p.s.
トマトとみりんさん、☆9評価ありがとうございます!
罪は、罰により赦される。納得できなくとも、感情の火種が消えなくても、罪は罰によって洗い流される。なら、仲間を見殺しにした罪は、どんな罰が相応しいのだろう。
逆の立場に回る?
──違う。
彼女達が味わった苦痛を与える?
──違う。
答えは、そう。
何度も、繰り返し、同じ悪夢を見せるんだ。自分の選択の結果を、自分の罪の証を、何度も、何度も何度も何度も、深く心に刻ませる。それこそが罰であり、私に課された贖罪。
だから、今日も夢を見る。
忘れられない、忘れることを許されない、悪夢を。
◇
息が、苦しかった。もう、どこが痛くて、どこが痛くないのかわからないくらい、痛くて。体中ボロボロで呼吸さえままならない。そんな、最悪な状態で、私だけがまだ──立っていた。
「みんな……」
大勢いたはずの仲間は、もう両の手で数えられるくらいに減っていて……私を慕ってくれた後輩も、私を信頼してくれた先輩も、私と肩を組んでくれた同輩も、みんな、みんなみんな倒れていた。微かに聞こえる呻き声だけが、彼女たちが生きている証拠であり、時間が残されていないことの証明。
討伐まで、あと一歩。あと一歩のところまで来てる。怪物の右胸に空いた、穴。そこから僅かに見える、血の如く紅い核。ギリギリではあるが、今、大技を叩き込めば殺せる。再生し、活動を再開するより早く、やつの命を絶てる。
でも、それは、その行為は、仲間を見捨てるという選択の上で、成り立つもの。
大切で、大好きで、一緒に帰ろうと約束した仲間を、見殺しにしなければ、いけない。
「私は……」
「……迷っちゃ、ダメだよ……ちーちゃん」
「っ! 百花!!」
聞き慣れた声が響いたのは、近くに積もった瓦礫の山から。我を忘れて急いで駆け寄れば、そこには親友である小石百花が……瓦礫に埋もれて、横たわっていた。出撃前に整えたはずの茶髪の髪はくすみ、綺麗だった栗色の瞳は濁り──腰から下は完全に見えなくなっていた。ここまでくれば、見えない部分がどうなっているか、想像に容易い。
「……ぁあ」
「わかってる、でしょ? あたしも、あたし以外のみんなも、助かる確率なんて……たかが知れてる」
「でも……わかんないじゃん! まだ、みんなが助かる道だって!!」
「そうだね〜……助かる道は……あるよ」
「なら──」
「あいつを倒せれば、ね」
どうしようもない、二択だった。
みんなを助けるには、怪物を倒さなきゃいけなくて。けど、怪物を倒して戻ってくる頃には、みんなが生きてる保証なんか、なくて。──心が、ミシミシと軋んでいく。
頭では、わかってるんだ。
自分が今取るべき、最も正しい選択を。正義の名を冠する魔法少女として、世界のため、力なき誰かのため、取るべき選択を。
わかってても、わかってても、選びたく、ない。
だけど、もう、残された時間なんて、ほんのちょっともなくて。私は、走った。全身全霊、全速力で走って、怪物に全てをぶつけた。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
叫んで、吠えて、放った魔法は正確にやつの核を撃ち抜き、この世から存在ごと消し去っていく。余裕は、ない。文字通り全力を尽くした一撃だった。仲間の回復に割ける力なんて一割も残ってないから。痛む体を引き摺ってでも、みんなの元に、歩く。自分の体なんて二の次。一人でも多く、どうか一人でも多く救えたら、それでよかった……よかったのに、運命は私を嘲笑い、
「……ひゃっ、か……?」
「ごめんね、ちーちゃん……やっぱり足は、もう、無理だったみたい」
「ぅあ……みん、なは?」
「…………」
沈黙という返事が持つ意味を、私は知っている。知っているから、視界が歪んで、心がぐしゃぐしゃに、引き裂かれていく。世界は、確かに守られた。仲間たちの命と、私の大切な人の足を犠牲に。確かに、守られたんだ。
守れなかったのは、約束。
みんなで帰るという、当たり前の約束。
忘れてはいけない。忘れられるわけがない。これが、私にとっての……罰だから。
◇
「慣れないな……ほんと」
衝動に任せて全部終わらせられれば、きっと楽だろうに。私の周りは、私の過去の仲間は、それを許さないから。ゆっくりと、息をする。
隣を見れば、静かに寝息を立てて、穏やかな表情で眠る里穂ちゃんがいて、すこしホッとした。どうやら、起こすほどのなにかはしてなかったらしい。
「……はぁ、2時間も寝てないじゃん」
スマホの時計がさす時間は、午前1時過ぎ。丑三つ時にはまだ早く、最後に見た時刻からは2時間も、経っていなかった。いつも、いつもそうだ。夢を見る時はいつだって、そう。眠った気がしないくらいの時間に叩き起され、疲れが取れてない脳をぐちゃぐちゃと、感情ごと掻き回される。最低の気分だ。全部吐き出して、寄りかかりたくなる。甘えてもいい誰かに、寄りかかりたくなる。
そんな資格、もうないのに。
「…………」
何度眺めたかわからない、メッセージアプリのトーク画面。ずらずらと並んだアカウントの多くは、あの日からずっと動くことはない。盛大な打ち上げをやろうと、各国の仲間たちと励ましあったグループの履歴も、止まったまま。唯一動き続けているアカウントは──百花のだけ。
「まだ、起きてるかな」
普段は定期的な生存報告を兼ねたメッセージしか送らないが、たまに電話をする時がある。特別な理由はない。ルールを設けたことも、ない。お互いが、お互いの好きな時に電話をする。なるべく拒否はせず、数分でもいいから言葉を交わす。好き合って、付き合い始めた頃から変わらない、私たちの距離感。
今はもう、終わった関係ではあるけど、心まで離れたわけじゃない。
声が聞きたくなる時だって、ある。
だから、そっと布団を抜けて、ベランダへと歩いた。繋がるかなんてわからない。話すことなんて考えてない。別に、理由なんてちっぽけで、なくたっていいんだ。好きな人の声が聞けるなら、なんだって。
「…………ふぅ」
夜風が涼しいベランダで一呼吸おいてから、私はスマホの通話ボタンに指を落とす。1コール、2コール、3コール。プルルルルと、小気味のいい音を聞きながら、私は彼女の声を待った。待って、もう少し待って、7コール目を過ぎた時、温かい声が耳に届く。
『もしも〜し、ちーちゃんの百花だよ〜』
「…………」
『──ちーちゃん?』
「……ごめん、百花。すこし、声が聞きたかったの。本当に、それだけ」
『ははーん……さては、嫌な夢でも見た?』
「あはは、ちょっと……ね」
勘がいいと言うべきか。
別れてから、こういう時以外はあまり私から電話をかけなくなったから、当然と言えば当然だが、原因は呆気なく見破られてしまう。
もっとも、追及されることはない。過去に関して、どれだけ話しても結論は……変わらなかったから。議論は平行線のまま。私は私を許せず、百花はそんな私を許そうとする。許されたくなくて、許して欲しくなくて、最後まで感情が交わることは、なかった。
──それでも、優しさが途絶えることはないから、電話越しに言葉が響く。
『……あの日、あの時のちーちゃんの選択は、ちーちゃんにしかできなかった。他の誰にも、きっとあたしでも、できなかった。あなただから、できたの』
「だとしても、私は……みんなを、助けたかったよ」
『あたしもそう思う。けどね、あの時、あの選択をしてなかったら、みんな死んでた。あたしも、ちーちゃんも、みんな』
「…………」
『忘れないで。あなたが助けてくれた命があること』
助けたかった命。助かった命。似ているようで全く違う2つ。そして、そのどちらにもいる百花。心を壊した理由も、今の私を生かす理由も、彼女が担っている。失ったものは戻らない。命も、足も、戻らない。戻して、あげられない。守ると誓って、ずっとそばに居ると約束したのに、今は離れている。
なのに、寄りかかろうとするなんて、バカみたい。バカみたいなのに、心が癒されて、ぬるま湯みたいな毒に浸かっている。
愛という毒に。
「……いつも優しすぎるよ、百花は」
『もぉ、わかってないなぁ〜……優しさに過ぎるなんてないんだよ、ちーちゃん』
「……かもね」
甘くて、綺麗で、心を溶かす愛。
無垢でも純粋でもないけど、濁りのない真白の想い。私にはもったいないくらい、いい子だ。いい子だから、私の手の届かない場所で幸せになって欲しい。傷つけた私を置いて、近くて遠い場所に行って欲しい。
大好きだから、大切だから、私の罪で汚してしまう前に──さよならをしたい。
「こんな時間なのに、付き合ってくれてありがと。声……聞けてよかった」
『いいよ〜、このくらい。寧ろ、毎日話したいくらいだよ、あたしは』
「毎日はちょっと……うん、でも、たまにはこうやって連絡するよ」
『そう? なら、待ってようかな〜』
声色から、表情がわかる。百花はきっと、笑ってる。嬉しそうに、笑ってる。私は、どうしようもないやつだ。繋がりすら、分かつべきなのに。さよならしたいと思っているのに。愛されることも、愛することも止められない。
どうしようもない、バカだ。
「おやすみなさい、百花」
『おやすみなさい、ちーちゃん』
愛してる。そう声に出さなかったのは強がりだと、自分が一番わかっていた。
次回もお楽しみに!
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