p.s.
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協会には、様々な施設がある。それは、魔法少女が一人の少女であることを忘れないための大切な居場所たち。勉学をサポートするための学舎。心身を労い親元から離れて暮らす少女たちのための寮。最後に魔法を極めるために生まれた訓練場。
今、私と里穂ちゃんが居るのが、まさにそこ。正直、パッと見ただけでは、ただ白くて小綺麗な場所としか思えないが、実際は全く違う。先代の輪花が作ったとされるどんな傷も無限に再生する案山子に、これまた現代の輪花が張った、誤射した魔法を完全に吸収する壁一面の結界。全く持って、便利で使い勝手がいい空間だ。
「じゃあ、実戦する前に。里穂ちゃんは魔法を上手く制御するために大切なのものは、なんだと思う?」
「……自分の中で確かなイメージを持つこと、でしょうか」
「模範解答だね。うん、大体はそれであってる。でも、イメージが明確なだけじゃ、完璧な制御とは言えない」
魔法は想像の世界。
イメージできたものが、形になる。つまり、裏を返せばイメージがブレた瞬間、全てが水泡に帰すということ。正確なイメージは魔法にとって重要だ。ただし、それは時と場合による。自分が作ったイメージが完全に固定化されてしまった場合、一つのズレによって出力に大きな歪みが生まれるのだ。
使えないだけなら、まだいい。問題は、制御を誤り仲間を傷つける、もしくは、仲間を危険に晒す可能性があること。
「想像っていうのは自由が一番なの。自分の中で、それを明確にしすぎると、いざと言う時に対処が難しくなる。例えば……ステッキがない時、とかね」
「……なら、一番大切なのはなんなんですか?」
「そりゃあ、勿論──反復練習だよ」
繰り返す。
何度も、何度も。
疲れていても、苦しくても、絶対に魔法を発動させられるように。自分の中のイメージを、頭だけで完結させず、体に覚えさせる。凡人が力を付けるには、それしかない。
一度でいい。たった一度でも使えたなら、あとは、意識しなくても体が反応するように。十回でも、百回でも、千回でも、魔法を放ち続ける。
体が覚えたなら、あとは簡単だ。トリガーを作ればいい。呪文を口にする、とか。特定の動作をする、とか。なんでもいい。なるべく状況に左右されず、可能な限り自分自身だけで完結する起動スイッチさえ作れれば、それで終わり。
極めた魔法は、唯一無二の武器になる。
「最初は私が実践するから。里穂ちゃんはまず、見てて」
そう言って、私は開いた右手を、前に突き出す。少し大袈裟に、されど丁寧に。魔法を放つ工程を、しっかりと見せていく。協会が教える基本魔法の一つ「雷の槍」。槍の形に形成した雷を放つ、シンプルな魔法だ。連想元も多く、漫画、ゲーム、映画。どのジャンルでも登場する場面があり、炎や水の系統の魔法と違い、後処理が必要ない。
数少ない私のお気に入りだ。
「雷の槍よ、貫け」
掌に現れた小さな魔法陣。雷と同じ、青白く光るそれは、バチバチと音を立てて槍を形成し──放った。簡単な初歩の魔法。使い慣れた者は他の系統に移り、見向きもしなくなる最初の一歩。その一歩が、案山子の上半身を消し飛ばす。
「……ぁ」
「ね、すごいでしょ?」
案山子は、即座に吹き飛んだ上半身を再生させるが、別に彼らの耐久が脆いわけじゃない。そもそも、ひよっこ魔法少女じゃ傷をつけるのすら、最初は難しい代物だ。
けど、制御が安定すれば不思議と威力は増し、簡単にこういうことができるようになる。言わば、定着化とでも言うべきだろうか。
「よし、お手本は見せたし……ここからが本番、かな。制限時間は一時間。私は外で待ってるから、打って打って、打ちまくってみて」
「わ、わかりました!」
緊張しながらも、力強く返事をした里穂ちゃんの肩を叩いて、私は訓練場の外に出る。
この先は、あの子の努力次第だ。
◇
訓練場を出て、ちょっと歩くと小さな休憩スペースがある。テーブルに丸椅子、ベンチに自販機、これといって面白みのない在り来りな場所だ。
……昔はよく、ここでみんなと駄弁っていた。魔法の修練に明け暮れ、時間を忘れる私を百花が引っ張り、ここで癒してくれた。特別なことなんてない。自販機のジュースと、誰かがこっそり持ってきたお菓子で盛り上がって、笑いあった。
色褪せて、掠れてしまっても消えない、記憶。
「……なんだ、もうないんだ」
お気に入りだったピーチティーは、なかった。三年という時間は、私が思うより長かったらしい。元々ピーチティーがあった場所には、甘いミルクティーがあって、仕方なくそれを買おうとすると──何もないはずの空間が割れた。徐々に広がるヒビは数秒もしない内に、人が一人くぐれるような大きさになり、聞きなれた声が響いてくる。
「ちーちゃんの探し物はこれかな〜?」
「……嬉しいけど、もっと普通に会いにこれないの──百花?」
間延びした声に合わせて、なんでもないように裂け目から出てきたのは、私の元バディであり、元恋人でもあり、現役最後の輪花……小石百花。空間を操る魔法を得意とする魔法少女だ。何故か今は、私のお気に入りだったピーチティーのペットボトルを持って、ニコニコとしているが、列記としたこの国の最高戦力である。
「だって〜、折角協会に来てたのに、ちーちゃん連絡一つもくれないんだもん」
「…………それは」
理由なんて、腐るほどある。
会いたくなかった。
会ったら、嫌でも過去の罪が目に入ってしまうから。
見られたくなかった。
おかしくなっている自分を、自覚しているから。
聞きたくなかった。
電話越しじゃない声は、私の罪を無自覚に癒そうとするから。
色んな理由があって、私は連絡をしなかった。もっとも、協会は百花のテリトリー。中に入った時点で、知覚はしていただろう。それでも、すぐに接触を図らなかったのは、2人になりたかったから。そんな下らなくて、ささやかな理由、だと思う。
「ごめん」
「んー、いいよ。あたしの話し相手になってくれるなら、許してあげる。最近ずっと忙しくてさぁ、ゆっくり話せる人が欲しかったんだよね。付き合ってくれる?」
「……私でいいなら、いくらでも」
「ふふっ、やった。じゃあ、えっとね〜」
捕まってからの時間は、早かった。似合うようになった綺麗なビジネススーツと、上下ジャージの組み合わせは、目を引くが……会話の内容は昔と変わらない。最近見た海外ドラマの話や、魔法少女同士の恋バナ、果ては新技と称した珍妙な魔法の開発についてだったり。
真面目に見えて、バカみたいな話。昔、百花から始めてくれた、私の肩の力を抜くための他愛ない話。
話せば話すほど、あっという間に時間は過ぎていく。この感覚だけは、今も心から好きだと、そう思える。
「……にしても、よかったよ。里穂ちゃん、ちーちゃんと仲良くやれてそうで」
「やっぱり、百花だったんだ。あの子、私の所に送ったの」
「まぁね〜。色々事情があってさ、都合が合う子が里穂ちゃんだったの」
「……あんないい子、親御さんは心配しないの? いくら元魔法少女とは言え、歳も結構離れてるし……」
家事全般が得意で、優しくて、気が効いて、育ちもいい。異性の家に送ったら、事故になりかねないくらいには魅力がある子だ。
まぁ、幼さ故か、自分の決めたことを曲げられない部分は短所ではあるが、同時に美点でもある。
いくらひよっことは言え、私みたいな人間のところで侍女ごっこをさせるには惜しい人材だろうに。
「あらあら、もしかしてちーちゃん……浮気?」
「そういうんじゃないって、知ってて言ってるでしょ」
「……まぁ、冗談は置いといて。里穂ちゃんのご両親ね、家を空けることが多いんだって。あの子が保育園とか幼稚園の時まではお手伝いさんとか雇ってたみたいなんだけど……多分、気付いちゃったのかも。小学生からは自分で勉強して、料理とか洗濯とかし始めて──で、三年前の災害が起きた」
あぁ、なるほど。
だから、あの子はあの時、独りだったのか。
消そうと思っても消えない記憶の中、埋もれていた初めの出会い。里穂ちゃんの話で思い出した馴れ初めは、お互いに一人だった。
助けたあと、私はすぐに他の場所へ仲間の救援に向かったが、きっとあの子は、両親が来るまで独りで……耐えていたんだろう。
「無事、だったんだよね?」
「うん。でも、ご両親は今の状況を改めて見つめ直したみたいで、色々考えてたんだって」
「……その結果が、これ、か」
「魔法少女になってからは、余計に心配事が増えちゃったみたいでさ〜。本当に、都合がよかったの。引退したとはいえ、輪花が傍にいるならご両親も安心、でしょ?」
確かに。
納得しかない答えだ。
私だって、自分の身内を任せるなら、なるべく強い人に守って貰えたらって思う。
だとしても、一言くらい断りの話をするべきじゃないのか。私だって拒否権くらいあるはずだ。そりゃあ、援助がなくなるのは困るが、あんないい子、知れば知るほど──私が穢してしまわないか心配になる。
寂しかったのは本音だが、後腐れなく終われないくらい、私は全部を話してしまったし、あの子は受け入れてしまった。
百花とは別ベクトルで、里穂ちゃんは私の視線を引く。似ても似つかない部分はあるが、志や行動がどうしても、過去の自分とダブって見える。
今や、呪いでしかないあの時の真っ直ぐな自分を見ているみたいで、眩しく、感じる。
「……私には眩しいよ、あの子は」
「あたしも、ずっと眩しかったよ」
言葉の意味を聞き返すのはきっと違うから、私はテーブルの上に置かれた手に、そっと触れる。傷つけたくなんて、なかった。穢してしまうのが、怖かった。罪を直視するのが、怖かった。
別れた理由は、一つじゃない。
一つじゃないからこそ、心はずっと傍にあって、惹かれている。
「ごめん……」
「……いいよ。ちーちゃんが、苦しいのあたしも嫌だもん」
「……ごめん」
眩しかった。
眩しかった私は、もういない。
絡まる指先が、伝わる温度が、眩しさを愛していた彼女の想いを、私に伝えてくる。
壊れた関係は、修復できる。
やろうと思えば、今からだって。
やろうとしないのは、私がもう、昔の私じゃないと理解しているから。
腐って、堕ちて、赤く染まった手で触れられるのは、ここまで。それ以上は、自分で、自分を許せなくなる。
当たり前だ。
三年間、私は何もしなかった。足を失い。それでも義足を使ったリハビリを続け、再び立ち上がろうとする百花から、目を背けた。逃げたのは、私だ。
彼女の努力を、彼女の想いを、受け取る資格なんてない。
だけど、浅ましくも、この熱を離せないから、私を手を握り続ける。
いつかから始まった大好きのキャッチボールを、私はずっと返せないまま、持ち続けていた。
「そろそろ、戻らないと」
「……うん」
「電話もそうだけど、たまにはこうやって会えたら、嬉しいな〜」
「……うん」
「……ちーちゃん」
「ごめん。もう、離すね」
うまく、笑えていただろうか。
誤魔化せないことなんて、わかってる。
わかっていても、ちょっとくらいはかっこがついただろうか。
手が離れれば、自然と解けていく。
私と百花を、繋ぐ糸が。
断ち切れない、糸が、伸びていく。
ずっとずっと捨てられない私の未練が、伸びて、いく。
次回もお楽しみに!
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