ペトリコール伝記   作:Lumina

7 / 9
第7話

ダンブルドアは良い人だけど、良い人じゃないときもある。わたしの死の偽装を実行するに当たって一番気がかりなのは、わたしのことを少なからず想ってくれている人たちのことだった。

わたしの死を理由にダンブルドアが彼らを戦力として費やすのではないか、と。

 

実際、わたしは彼に救われた。

でもそれとこれとはやっぱり別の話だ。

 

───

 

「家族が増えたみたいで嬉しいよ」

 

突然転がり込んできたリドルを父さんは快く迎え入れた。父さんの言葉にリドルはほんの一瞬俯いて、次に見たときにはニコニコしていた。

 

父さんが部屋から出た途端にリドルは笑顔を引っ込めて、無言で扉を見つめていた。

 

父さんを風邪薬と見せかけて毒薬を仕込んで殺そうとするんじゃあないだろうな?

 

君には星を見ていてほしい。

 

彼はいつか愛を獲得できるのだろうか?

 

───

 

新学期の始まり。

わたしは列車の中で早めに着替えを済ませて、双子とセドリックと合流していた。

雲の隙間から差した夏の柔らかい日差しと、窓から入ってくる新鮮な空気で気分が穏やかになる。

今年はディメンターが来るからチョコの準備もバッチリしておいた。

 

足音が聞こえて目を向けると、コンパートメントからドラコが見えて身を乗り出す。ちょうどいいところに。わたしは用意していた包みを手に立ち上がった。

 

「ドラコ!」

「エディ!」

 

ドラコは破顔したが、他の人がいることに気づくと咳払いをして腕を組み直した。

フレッドとジョージが面白い物を見たと言わんばかりの表情をしたので、彼らが何も言わないように目配せをする。

 

「じゃん!ドラコにプレゼント!今開けてみて」

 

キリッとした顔のドラコが丁寧に包装を解くと、ラグドールのぬいぐるみが現れる。ドラコはお礼を述べた割にふてぶてしい様子だった。

ほんとはイタチと迷ったんだよね。でもトラウマになったらかわいそうかもってやめた。

 

抱っこして眠れるようにってちょっと大きめの買ったけどかわいすぎたかな?

でも彼には必要だと思う。この先わたしが突然居なくなっても平気なように。

 

あとディメンターも来るしな。

ビビリでかわいいドラコが少しでも安心できますように。

随分身長の伸びた彼の頭を撫でるとドラコはわたしたちを一瞥して去っていった。

 

───

 

車両が揺れて列車が止まった。空気が冷たくなり、わたしはひんやりとしてしまった窓を見た。

 

……あの頃の、一番酷かったときよりは回復したとはいえ、たまに強い目眩を覚えることがあった。

わたしはその感覚を恐れると同時に、この病が治らなければ永遠に母さんを忘れることはないとも思っていた。

 

わたしは仄暗い考えを断ち切りたくて首からかけていたネックレスを握りしめた。

 

しばらくしても発車する気配がないので、セドリックが外の様子を見てくると言った。

双子が扉の前に立ち塞がり、紳士ぶって静止する。

 

「プリンスが出るまでもない」

「ここは我らにお任せを」

「でも……」

 

ジョージがわざとらしく大きな咳払いをした。

 

「だからお前はエディとここにいとけって」

 

フレッドが口元を隠してセドリックに囁いたのが耳に入ってきた。聞こえないふりしたほうがいいのかな。

 

パチリとセドリックと目があって慌てて視線を逸してしまった。気まずい。二人きりなんて……

いや、何がまずいんだ?セドリックはただの友達だ。

 

いつの間にか双子の姿はなく、隣に無言でセドリックが座っていた。

顔を直視することができずに地についた足を見る。

 

セドリックの指先が少し触れた。わたしは自分から触れるのも、かと言って彼の手を払い除けるのも違う気がして何もできなくなった。

そのまま僅かに手が動いて、彼は静かに指を絡ませた。

 

わたしはひたすら窓の外を見ていた。繋いだ手にできるだけ汗をかかないように。チョコレートを一口食べて、列車が動き出すのを待っていた。

 

───

 

「リズ、ありがとう」

「また何かありましたらいつでもお申し付けくださいませ」

 

パチンと音がしてリズが消え、その場に残ったのは犬用のケージだけ。唸り声を聞きながらそっと扉を開けるとダックスフントが飛び出してきて──すぐに人の姿になった。

 

リドルが不貞腐れた表情で鼻を鳴らし、部屋を見渡してからソファーにどっかり座り込む。

 

「食べ物はリズが持ってきてくれるから大丈夫だよ。勝手に抜け出したらだめだからね」

 

わたしの話を聞いてるんだか聞いてないんだか、リドルは爪を弄りながら「ワン」と犬の鳴き真似をした。

 

───

 

ハグリッドの家にアポ無しで訪ねる。

雪だるまつくーろー、なんてね。毎回扉をリズミカルに叩くからか、誰が来たのかすぐにわかったとハグリッドに言われて苦笑する。

 

わたしが贈った客用の──つまり人並みの大きさの──カップに紅茶を注いでくれた。

カップに細かい装飾が施されていて高そうだと身も蓋もないことを言われてくすくす笑う。

尻尾を振っているファングのお腹を撫でる。

 

「ハグリッド、教師になったんだってね!」

 

君の授業を受けられるなんて夢みたい。すごく嬉しいよ。

素直に自分の気持ちを伝えたら、手元を確認しなかったハグリッドはケトルからケトルにお湯を注ぎ移していた。

 

「うんにゃ。ダンブルドア先生のおかげだ」

「ヒッポグリフ見てみたいなー」

「!お前さん魔法動物が好きか!」

「もちろん!ロマンがあるよね」

 

わたしは手作りのケーキを食べながら、しばしハグリッドの魔法動物の生態について聞いていた。

 

ヒッポグリフが悠々と空を駆けて、ムーンカーフがダンスを踊る。攫われたビスケット。

セストラルが馬車を引く。ホグズミードまでの道を歩くわたしと君。

虹の麓のユニコーンが眠る。

ちゃんと覚えている。

 

わたしがムーンカーフのダンスの話をするとハグリッドは手を叩いて喜んだ。実際に、この世界に来てから見たわけではないけれど、記憶にはある。

 

「そこまで知ってるとはお前さん相当好きだな!」

「撫でられたらいいのにな」

 

エアームーンカーフをブラシで撫でるふりをするとハグリッドは笑った。ファングが手のひらに顔を寄せてきたので迷わず撫でくりまわす。

 

「満月の夜にしか見れないのが難点だよね。あ!初回の授業はジョバーノールとかパフスケインみたいな危なくないおとなしい子にしてね」

 

ヒッポグリフのことを唐突に思い出して一応警告してみる。ハグリッドは一瞬固まった。

 

「ハグリッド〜?まさかヒッポグリフとか考えてないよね?」

「ま、まさか!」

 

あわあわしだした。こうもわかりやすいと笑ってしまう。

 

───

 

結局はこうなる運命なのか。

しばらくしてある生徒が怪我を負ったという噂を耳にした。

 

「ドラコ、見舞いに来たよ」

 

カーテンを開けた瞬間、ドラコはわたしのあげたラグドールのぬいぐるみを隠そうとする素振りを見せた。

しかし来客がわたしだということに気づくと、それをぎゅっと抱きしめたまま「聞いてよエディ!」と騒ぎ出した。

 

そこからヒッポグリフに殺されかけた話を延々と聞かされた。勇敢にも自分は立ち向かったと言い張ったり、父上に報告してやるんだとふんぞり返ったり……まあ、何かと憎めないやつだ。

わたしはドラコにチョコレートを分け与えながら話半分に聞き流していた。

 

「まだ傷が痛むんだ……」

 

包帯でぐるぐる巻きにされた自分の腕を労るように撫でながらドラコは呟いた。

ちらりと様子を伺われて、わたしが首を傾げて見つめ返すと少し強張った表情で視線を落とした。

 

「これじゃまともに食事もできない……」

「クラッブとゴイルがいるじゃん」

「……もっと可愛い子がいい……」

 

ドラコが絶望した顔で言うので笑いそうになってしまった。言いたいことはわかるけど。

 

「パンジーがいるでしょ。それでいいじゃん」

 

ドラコがボソボソ何か言っているが聞き取れない。「何?」と聞き返すと、彼が消え入りそうな声で「……エディは……?」と言ったのがわかった。

 

おっと、そう来たか。

不安そうに見上げられて面食らった。

ここは年上の先輩として応えなければならないか。

 

───

 

「えっ、朝食一緒に食べるのやめちゃうの?」

 

セドリックは眉尻を下げて寂しそうな顔をしていた。

 

「ドラコに食べさせてあげなきゃいけないんだ」

「……えっ?え?」

「ドラコに指名されたから」

「そんなっ、いや、そんなのって!なんで……!」

 

セドリックが矢継ぎ早に「ほんとに自分からしたいって思ってやってるの?」「誰かに言われてやらされてるんじゃなくて!?」などと言う。

ドラコの人望なさすぎるだろ。

 

あんなに騒いでいたのに、セドリックはわたしと目が合うと黙ってしまった。

 

別れ際、彼は躊躇いがちにわたしを見た。

 

「……また一緒に食べられる?」

 

わたしは床に映る二つの影を見て、セドリックに「もちろん」と笑って返した。

 

───

 

甘くて舌触りのいいかぼちゃスープを器によそい、骨付きチキンを食べやすいように肉を削ぎ落とす。

ぷりぷりとした感触の柔らかいお肉とその脂が蝋燭の火に照らされて淡い光沢を放つ。

一口サイズに切り分けてドラコのお皿に移し、その際にナプキンで口を拭ってあげた。

 

ドラコを挟んだ向かい側のお方から熱い目線を頂いている。悪い意味で。

 

「いくら先輩といえど、ドラコの身の回りの世話は私に任せてほしいものだわ!」

 

これでも抑えた方であろう金切り声のパンジーがわたしに向かってそう言った。

 

「僕はエディがいい」

「……」

 

気まずいんだけど。

パンジーは「こんなことするなんて、セドリック・ディゴリーにすればいいのに」とまだぼやいていた。

 

「噂は嘘だったの?」

「え、どんな噂?」

「ディゴリーが──」

 

パンジーが何か言いかける前にドラコが「もういいだろその話は」と遮った。わたしはパンにバターを塗ったまま言い返す。

 

「待ってよ、噂なんて気になるじゃん」

「エディ、ミートボール取って」

「はいはい……お肉ばっかりじゃなくて野菜も食べないとだよ」

「なっ……!子ども扱いか!?僕だってもう十四になるんだぞ!」

「全然子どもじゃん」

「食べ盛りなのよ!ドラコの言うことを聞きなさい!」

 

わあぎゃあ騒ぎ始めちゃった。結局ドラコもパンジーも不機嫌になるし、クラッブとゴイルはご飯に夢中だしで噂が何なのか聞くことは叶わなかった。

 

───

 

ドラコのお世話を始めてからセドリックの態度が素っ気ない。

そのことを追求すると、彼は自分の顔を覆い隠すように机に突っ伏した。

呼びかけても返事はない。そっとしていたら、少ししてくぐもった声で小さな謝罪が聞こえた。

 

「僕、自分でもよくわからなくて……なんか、モヤモヤするんだ。君がその……ドラコって子をお世話してるの、見てると……」

「見てると?」

「……自分だったら、良かったのにって……僕、最低だ。彼は怪我していて不自由だから君が介抱してるだけなのに……」

 

セドリックは深々とため息をついた。

時計の針がチクタク、音を鳴らす。わたしの心音も少し早くなった気がした。

 

「セドリック」

 

名前を呼ぶと顔を向けてくれたが、わたしが近寄りすぎていたせいか、セドリックは少し後ずさろうとした。わたしはもっと近づいて甘えるように耳元で囁いた。

 

「嫉妬してるの?かわいいね、セド」

 

みるみるうちに顔から火が出るんじゃないかと思うくらい赤くなった彼をじっと見つめる。セドリックはわたしの視線を遮るように手で顔を隠してしまった。

 

「セド」

「その呼び方、っ、からかわないで……」

「嬉しいくせに」

 

覗き込むように顔を追いかける。彼は観念したように首まで赤くなった顔を晒して、でもむず痒そうにしていた。

わたしが意地悪してもセドリックは怒らない。

そのことが無性に嬉しくなってわたしは口元に笑みを浮かべた。

 

───

 

「ディゴリーと何を話してた」

「え?」

 

談話室でネクタイを結んであげていたら、ドラコが自分からセドリックについて聞いてきた。わたしが驚いているのを見て、ドラコは目を伏せて小さい声で話し始めた。

 

「……お前とディゴリーが……イチャついてたって聞いた……」

「……?イチャ……?っふ、はは!おもしろ」

「笑い事じゃない!」

「大したことじゃないよ」

 

突拍子のない発言に、思わず肩を揺らしてくつくつ笑いながらドラコの襟を整える。ドラコの赤くなった喉が動いた。

 

「でも、あだ名で呼んでたって!クラッブが!」

「ああ、『セド』ってね」

 

そういった瞬間、ドラコの眉間にますますシワが寄って少し乱暴に手を振り払われた。

 

「なーに?イチャイチャしちゃだめなの?」

「ダメに決まってる!」

「なんで?僕は楽しいんだけど」

「……!!面白くない!」

 

ドラコは「もういい!出ていく!」とクラッブとゴイルを引き連れて談話室を後にした。今日は朝食のお世話はできないかもな。変なの。でもちょっと面白い。

 

大広間に入ってドラコたちを見つけたわたしは、何事もなかったかのようにドラコの隣に座った。クラッブとゴイルが唖然としているのがわかる。

 

「ドーラーコ、機嫌直してよ」

「……」

「ふふ、寂しかったね?でも今はちょっと嬉しいね?追いかけてきたってことは、僕にとって君はそのくらい価値があるんだって思っちゃったもんね?──いてっ」

 

ドラコに頭を小突かれた。ギプスをしてる方の手だ。自分からやった割に、なんだか罰の悪そうな顔をしている。

 

「じゃあ一人で食べる?」

「……手伝わせてやる」

 

わたしが意気揚々とドラコのお皿に野菜を盛り付けたというのに、ドラコは「エディはいじわるだ」と言って野菜をゴイルに押し付けてしまった。

 

───

 

こんな荒れた天気の中、結果のわかってる試合を見に行くなんてどうかしてる。でもセドリックに「応援してね」って言われたら断れないじゃん。

 

わたしはげんなりしながら箒で空を飛び交う選手たちを観客席から見ていた。もう秋なのに雨で顔中びしょ濡れだ。寒くて凍える体を擦る。雨天決行なんてやばすぎるだろ。心の中でブツブツ文句を言う。

 

「エディ!試合に集中しろ!ここからだ」

 

ドラコがなんか言ってる。自分が試合してるわけでもないのになんでこんな悪天候でそこまで熱くなれるんだ。

 

「ドラコはハリー応援しないの?」

「はあ!?」

 

歓声にかき消されないほどデカい声で返事をされる。オーバーリアクションで身振り手振りで否定してくるところ、ほんとに外国人っぽいよな。

 

「気になるからっていじわるしちゃダメだよ」

 

ドラコの青白い肌が紅く染まっていく。彼がわなわな震えて何か言おうとする前に、空気が変わって、おどろおどろしい影が空に集まってきた。

隣のドラコはさっきの覇気はどこへやら。いや、震えてはいるか。まあなんと格好の悪いことに腰を抜かしていた。

 

ディメンターに襲われたハリーが空から落ちてきて、ダンブルドアが「アレストモメンタム」を唱えた。

 

ぼーっと空からゆっくり降りてくるまるで「ラピュタ」のワンシーンようなハリーを見つめた。

そんでセドリックがスニッチ捕まえてたから試合が終了する。史実通りだ。

 

わたしは人波に揉まれながらもようやく大広間に着いた。

 

暖炉の前で毛布に包まりながら温まっていたら、セドリックが走ってこっちにやってきた。試合が終わってすぐ来たのかユニフォームを着たままだし全身ずぶ濡れだ。

 

彼が風邪を引かないよう魔法で乾かす。セドリックはお礼を言ってから「エディ!平気だった?」と言葉を続けた。

 

「何が?雨の話?」

「ディメンターだよ。試合が終わるまで奴らがいるって気がつかなかったんだ。君が襲われてたらと思うとすごく怖かった」

「ありがと。でも平気。それより雨最悪だった!」

 

ぶー垂れていたらセドリックは微笑んだ。

疲れているだろうとセドリックに毛布を被せる。布越しに笑い声が聞こえてきた。グレーの瞳が細められて、好青年らしい柔らかい表情をしている。

 

かわいい。かわいい?

 

セドリックにどこか具合が悪いのかと聞かれる。自分が感じたことを正直に伝えればいいのに、それは憚られた。

 

「大丈夫?やっぱりディメンターで気分が悪いんじゃ……?」

「なんか……わかんないけど多分平気」

「ほんとに?」

「……!!ほんとに!!」

 

セドリックが突然近づいてきたから驚いてほぼ叫んでしまった。まだ心配そうにこちらを見ている。

いつもと同じなのに、いつもと違う。

夜寝るときになっても思い返していたが、わからずじまいだった。

 

───

 

ハロウィンが来た。また大イベントだ。

 

シリウス・ブラックが太った婦人を切り刻んで学校中が大騒ぎしている。

 

彼の目的がピーター・ペティグリューだとわかっているから、少し不安を感じつつもわたしは周囲の人より冷静でいられた。

 

セドリックが大広間に飛び込んで来て、わたしの姿を見るなりぎゅっと抱きしめた。

変なところで照れないよな。何なんだ。

 

「君が心配だよ」

「んー……平気!」

「どうしてそんなに自信満々なの?」

「だってセドが守ってくれるでしょ」

「……!エディ……!」

 

あだ名で呼んだだけなのにセドリックは大慌てで離れてしまった。

「もうハグしてくれないの?」と追い打ちをかけたら顔を隠してしまった。かわいい。

 

「おい!公然の面前でイチャイチャするな!下品極まりない!」

 

そう言いながらドラコがわたしとセドリックの間に仁王立ちする。やることなすこと子どもっぽくてウケる。

 

ドラコはわたしの腕を引っ張って自分の隣に座らせ、苦笑しているセドリックを腕組みをして睨みつけた。

 

「羨ましいな。僕からしたら君とエディの方がよっぽど親密そうに見えるけど?」

「お前のとは違う!エディは僕のお世話係なんだ!」

「そうかい。ふふ……じゃあお邪魔虫は消えるとするよ。またね、エディ」

 

セドリックがわたしの頬に軽いキスをした。

彼の方が一枚上手だな。去り際の行動にドラコは立ち上がって抗議していた。

セドリックに向かって振っていた手をドラコに下げられてしまった。

 

───

 

休日になって必要の部屋に入った瞬間、リドルが「おい!見てたぞ!」とベッドの上から水晶玉片手に叫んだ。

 

「もっと引っかき回せ!」

「ええー?何の話?」

「ディゴリーとマルフォイだ!」

 

お前らの三角関係を見るくらいでしか暇を潰せない、だって。昼ドラの修羅場を楽しんでる方?

 

「三角関係って大げさな」

「とにかく、面白ければいい。焚き付けてめちゃくちゃにしてやれ」

「それで素直にうんって言うわけなくない?」

 

愛を恐れているのに恋愛リアリティーショー見てるの?というか、わたしは全然そんなつもりないし、二人もきっと同じだ。

 

「見たか?ディゴリーの嫉妬に狂った顔!最高だね!」

「リドル普通に趣味悪いよ」

 

多分わたしの話を聞いていない。リドルは水晶玉を覗いて「ディゴリーのやつ、手洗いに行きやがった!」と言ってハリーを見ることにしたようだ。逆だろ。相当暇なんだな。

 

───

 

底冷えしてズボンの下にタイツを仕込む時期になってきた。

 

「じゃーん!サプライズ!」

 

リドルが実体化してから初めてバースデーケーキで誕生日を祝うことにした。

二人では食べ切れないだろうと思いつつも、せっかくだからと奮発して買ってきたホールケーキを見せつける。

 

『ハッピーバースデー!トム!』

 

チョコレートの文字を読んでいるのが目の動きでわかる。ハッピーバースデーの歌を歌い、拍手をして彼の生誕を祝う。

歌い終わったのに彼は蝋燭の火を消そうとしない。様子を窺うとリドルが口を開いた。

 

「このケーキをめちゃくちゃにしたときのお前の顔が見てみたい」

 

彼は意地悪い顔を作ってわたしのことを見ていた。わたしは彼の生まれを思い浮かべた。

 

「そんなことしなくても僕は君のそばにいるよ」

 

ほら、火を吹き消して。

リドルは唖然としていたが、わたしが軽く促すと苦虫を噛み潰したような顔をして、しぶしぶ蝋燭の火を消した。

 

真っ暗になった部屋に溶けた蝋と煙の匂いがふわりと漂う。

切り分けたケーキをリドルはゆっくりと口に運んだ。

 

「……甘い」

 

誕生日おめでとう、トム。

君の過ごす一年が良いものでありますように。

 

───

 

「19世紀にゴブリンの反乱を起こしたと言われている人物の名前は?」

「ランロク」

「その人物と手を組んでいた闇の魔法使いが率いる組織の名前を答えよ」

「ランロク」

「ビクトール・ルックウッドの右腕と言われている人物は?」

「ランロク」

「ねえランロクに賭けすぎだって!一問しか合ってないよ!」

 

当てずっぽうにしてもこの時代の人物たちに思い入れがあるわたしは笑い転げていた。

 

彼らは本気で反乱を起こしたというのに、あっという間にそれはただの書面の歴史となるんだ。

そのことを理解していても、わたしはなぜだか彼らを憐れだとは思わなかった。

 

───

 

二月に入った。同級生たちの様子を見てクィディッチの試合でもあるのかと思ったけど違うらしい。

 

バレンタインデーだって。青春だね。恋の予感だ。わたしは微笑ましくなると同時に他人のゴシップに気分はウキウキだった。

 

フレッドとジョージがハッフルパフの席にいる。何かあったんだろうか。赤毛が楽しそうに揺れていた。ジョージがわたしに気付き、早くこっちに来いと身振り手振りで伝えてくる。わたしは駆け足で彼らのもとへ向かった。

 

「チョウ・チャンからチョコレート貰ったの!?」

 

セドリックが困ったように髪をかき上げて、双子がそのことをからかっていた。

わたしは周囲の話し声が遠ざかるのを感じた。

かわいらしいラッピングが施されたチョコレートを注視する。

 

『心優しき穴熊が美しい小鳥から贈り物を貰う』

 

心臓がバクバクと脈打つのを感じる。

ついに来たんだ。バレンタインデーというきっかけが。なんて甘酸っぱい思い出!やっぱりセドリックとチョウが結ばれるんだ!

 

───

 

バレンタインデーから少し経ち、わたしはセドリックと中庭で昼食を共にしていた。

ご飯を食べ終わったらリドルと魔法薬の調合がしたいな。

このままいけば自力で幸運の薬とか、未知の魔法薬なんかも作れるかもしれない。

 

「それからチョウとはどうなったの?」

 

わたしはセドリックに尋ねてからサンドイッチを一口齧った。レタスがシャキシャキと口の中で音を鳴らし、とろけたチーズに舌鼓を打つ。パンもカリカリに焼けていて美味しい。

 

「何も……ないよ」

 

チョコレートの受け渡しが行われただけで、彼らはまだまだこれからなんだろうな。

わたしはふた口目を食べた。焼いたハムとジューシーなトマトの旨味を感じる。口端に付いたパンくずをハンカチで拭った。

 

「ホワイトデーに返すつもり?」

「くれたから返さなきゃって思ってるけど……」

「けど?」

「……そういう気持ちがないのに贈るのもどうかなって……」

 

へぇ。紳士で優しいセドリックらしい悩みだ。義理チョコでもあげたら喜ぶんじゃないのかな。

小鳥がパンくず目当てに集まってきている。わたしのぶらぶらと揺らす足を警戒しながら小鳥は地面をつついた。

 

彼らの進展を祈りつつ、リドルとの約束のためにわたしは席を立つ。小鳥が一目散に逃げていった。

 

「また明日ね!」

 

セドリックにぐいっと強めに腕を引かれて、腕の中に閉じ込められる。

ドクドクと心臓の鼓動が聞こえてくる。

僅かに身動ぐとますます抱きしめる力が強くなった。彼の胸を軽く叩いてみた。

 

「セドリック、離してよ」

「嫌だ」

 

すぐに拒否されて驚く。周囲がざわざわ騒ぎ出して居心地が悪い。セドリックだって同じはずなのに、止める気配はない。

 

わたしが「苦しいよ……」と言ったことでようやく解放された。手をきつく繋がれたまま、違和感を抱いて彼の顔を見て息を呑む。

 

微風が髪を揺らし、木の葉が空に舞う。

わたしを見つめたセドリックは逡巡した後、口を開いた。打ちひしがれた声色で、でも表情は固い。

 

「どこにも行かないで」

「……」

 

どういう意味?とは聞けなかった。

冗談だよって笑って元通り、いつものようにいてほしかった。

 

僅かに火照った顔で真っ直ぐわたしを見つめている君の───彼の眼差しを、本当の気持ちを、真正面から受け止められるほどわたしはできた人間じゃない。

 

こんなわたしを愛さないで。卑しいやつだって罵って拒絶しておくれよ、お願いだ。

 

「エディ」

 

薄く開いた唇から鋭く短い息が吐き出される。

 

わたしは振り払うこともできずにその場に佇んでいた。

足元だけを見てセドリックを見ないようにしていた。

なぜだかわたしには、それはとても恐ろしいことのように思えた。

 

───

 

「先生!トレローニー先生!!」

 

わたしは大きな足音を立てるのも気にせずにズカズカと教室へと向かっていた。大声で先生を呼ぶも、登っている先の梯子の上からは何も聞こえない。

 

いてほしい、ような。いてほしくないような。梯子の途中でゆっくりと息を整える。

意を決して顔を出すと、普通に教壇にトレローニー先生がいた。居留守すな。

 

「いるなら返事をしてください!」

「無視などしていませんことよ。あなたが来ることがわかっていたから待っていただけですの」

「先生!予言は間違ってましたよ!」

 

バレンタインデーの日に心優しき穴熊が美しい小鳥から贈り物を貰う。ここまではいい。チョウは確かにセドリックにチョコレートを渡した。その後だ。

 

「『言わずもがな二人は急接近』って先生仰ってましたよね!?」

「あら、どの二人かなんてあたくし申していないでしょうに」

 

先生はまた茶葉で占いをしているらしくカッブの底を見ながらそう言い放った。薄暗い教室に沈黙が広がる。

ティーカップから手を離すと先生は茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせた。

 

「坊や、未来を見ようとしないあなたへのあたくしのサービスですわ」

 

頭を鈍器で殴られたような気分になった。

わたしは「!!!なっ……なっなん……!なんなの!」という何とも情けない反応をして、いても立ってもいられなくなり教室を飛び出した。

 

───

 

「起きろ」

「うーん……なにー?」

「朝食の時間だろ」

 

おかん?

寝ぼけながら目を擦って時計を見る。リドルの嘘つき。朝ごはんの時間とっくに過ぎてんじゃん。まだ眠いし今日は午前の授業サボろうかな。

布団に潜るわたしにリドルは「OWLがあるんだから真面目にやれ」と言った。

そんなの受けてもわたしは来年死ぬ予定だからな、と口にはせずに考えた。

 

まあ、OWLを受けなきゃいけないことに変わりはないので頑張るけど。リドルの指導のおかげで実技の成績もぐんぐん伸びてきている。色んな先生に、君は大器晩成型だったんだと大いに褒められた。

 

「そうだ、リドルに話さなきゃいけないことあるんだった」

「ディゴリーか?」

「そうだけどリドルが期待してるようなやつじゃないよ」

 

セドリックの代わりに死ぬ。正しく言えば死を偽装する。わたしの人生で最大の計画。結局気が重くてその日は話すことができなかった。

 

───

 

リドルは平日、部屋に現れたもので暇をつぶしているらしい。本を読むか、水晶玉でわたしのことを観察しているとか。

テレビを見るくらいのテンションなんだろうけどちょっと心配だ。

 

そこで先日誕生日を迎えたリドルに水筒を見せつけた。退屈しのぎになるわけがないと呆れていたが、その中身がポリジュース薬だと知ると彼は目を瞬かせた。

 

「僕に変身して外出してみない?」

 

───

 

ポリジュース薬の入った水筒を持ってわたしそっくりになったリドルと学校を歩く。

堂々と歩けるのが嬉しいのか意味もなく知らない人に挨拶している。勝手するのやめてよ。

会う人々に、リドルのことを休学していた自分の双子の兄だと紹介した。

 

「トムって呼んでくれ」

 

リドルがエドワードの顔で胡散臭い笑顔を浮かべた。しばらく過ごしてみてわかったけど、全く同じ顔なのに多分リドルの方がモテてる。なんでだ。リドルってそんな面白いかなあ。

 

意外なことにリドルはフレッドとジョージともつるんでいるらしい。教師にいたずらして逃げたり、新しいいたずら開発に明け暮れたりもしているとか。

 

この前はクソ爆弾に大量のトロールの鼻くそを混ぜ込もうと提案したと言っていた。

好き放題しすぎだろ。

 

エドワードの姿をしたリドルとわたしは水筒でしか見分けがつかない。ラブレターを渡されてリドル宛だからと伝えられることが何度か続いた。

つまり、リドルの悪事の火の粉はわたしにだけ降りかかるということだ。

 

平日は真面目に授業を受けているのに、休日になると豹変して、いたずらばかりするエドワード。

あまりにも態度が違うので病気を疑われて医務室に搬送されてしまった。

 

───

 

ある日、わたしが必要の部屋でマンドレイクの葉を採取しているとリドルが珍しく愉快そうに肩を揺らしながら帰ってきた。

 

「何したの」

「まだ何もしちゃいないさ!青臭いガキをちょっと揶揄っただけで」

「してるじゃん」

「あのディゴリーとかいうヤツやっぱり面白いな」

「ほんとに何したのさ」

 

エドワードの姿で悪さしないでよ、と釘を刺したが彼はくつくつ笑うだけだった。

 

───

 

春用のセーターを着るかどうか周囲の様子を伺う季節になってきた。

 

最近セドリックがよそよそしい気がする。

話しかけても上の空だし、顔をじっと見つめてくるのに「何でもない」と誤魔化してくる。

わたしは真っ先にリドルを問い詰めた。

 

「ああ、アイツか!見たほうが早い」

 

リドルが水晶玉を取り出して映像を昨日の夕方まで巻き戻す。そこにはセドリックとエドワードの容姿をしたリドルが親密げに会話をしていた。

 

夕暮れの陽が地面に影を作る。二人だけの世界がそこに存在しているかのようだった。

自分の顔をした人間がわたしの友人と妙に距離が近くて気分が悪くなる。

 

『ねえ、セド。君ってぼくの顔好きでしょ』

 

いつもと違う声色で、媚びたようにリドルが話している。ていうかセドって呼んでるんだ。セドリックが生唾を飲んだ。

 

『ぼくのこと気になってるの?』

 

わたしは手で目元を覆い、指の隙間から薄目で水晶玉を覗いた。

二人はもうキスできそうな近さだ。

 

おもむろにリドルがセドリックの首元に鼻を寄せて「いい匂いがするね」と鈴を転がすように笑った。

 

セドリックは赤くなった顔のまま、でも真剣な顔をしてリドルをそっと引き剥がした。

彼はさっきまで白くなるほどきつく手を握りしめていたというのに、リドルに触れるその仕草はどこまでも優しかった。

 

リドルは当てが外れたようなつまらなさそうな顔をしていた。

わたしはほっとして胸を撫で下ろしたが、セドリックの次の言葉に耳を疑った。

 

『僕が好きなのは君じゃない。僕は……エディが……エドワードが好きなんだ』

 

セドリックが俯いて掠れた声でそう言った瞬間、リドルは片頬に笑みを浮かべていた。

薄ら笑いをした唇が媚びたものに変化していく。

 

『本当にそうかな?』

 

セドリックが驚いている間にリドルがグイッと先程よりも密着するように身を寄せた。『試してみようよ』リドルがヒソヒソ、耳許で妖しい笑みを浮かべて囁く。

 

『君が本当にエドワードを好きなのか』

 

リドルがセドリックを押し倒した。

草原でガサリと音がする。リドルが乱れた髪をたおやかな仕草で耳にかけて舌なめずりをした。

 

『こんなに赤くなっちゃって……セド、ぼくのこと意識してくれてるんだ』

『違っ……!』

 

セドリックは、はくはくと苦しそうに口を動かしている。

『僕が、好きなのは……』弱々しく呟くセドリックをリドルが片眉を上げて見下ろした。

 

『エドワードはこんなことしてくれる?』

 

想像してみて。

手を握り、頬に指を滑らせ、唇をゆっくりとなぞる。『突き飛ばさないんだね』リドルが微笑を浮かべながらおもむろに顔を近付けていく。

 

『ドキドキする?それってぼくがエドワードと同じ顔だから?』

 

セド。リドルが恐ろしいほどに優しく囁く。

 

『君は本気でエドワードを愛していると言えるの?』

 

 

カチリ。

 

リドルが映像を止めた。

あんぐり口を開けているわたしを見てリドルは笑っていた。

 

水晶玉の中にいる、瞳の揺らいだ彼の顔を見た。

エディが好き。セドリックはわたしのことが好き。

 

「いやァ、おアツいことで」

 

リドルの大袈裟な拍手の音で我に返る。

 

「何してんの!?」

「揶揄っただけだ」

 

肩をすくめる。こんなことになるなんて思ってもみなかった、などとしらばっくれている。

 

「明日からどんな顔して過ごせばいいんだよう……」

 

わたしは頭を抱えた後、ダックスフント顔をするリドルに向き直った。

 

「リドルは外出禁止!」

「ハァ?お前に命令される筋合いはない」

「悪い子だから!」

「今更か?」

 

リドルからポリジュース薬を取り上げると、彼はやれやれとため息をついてソファーにどかりと座り込んだ。革のソファーに背を預けて足を組んでいる姿が様になっている。

 

わたしはリドルに背を向けてドアノブに手をかけた。

 

「逃げても無駄だからな」

 

『自分と向き合え』

 

わたしはぬいぐるみを抱きしめて、寝付けないまま次の日を迎えた。

 

───

 

「一体どんなことをしたらこうなるんです?」

「ごめんなさい」

 

禁じられた森で遊んでたら骨折しましたなんて口が避けても言えない。

しょんぼりしていたら反省していることが伝わったのか、包帯を巻き終えたらマダムポンフリーはすぐに席を立ってくれた。

 

今度禁じられた森に行くときは怪我しないようにしなきゃね。

 

「全治三週間です。安静にするように」

「はあい」

「……」

「……はい……」

「よろしい」

 

カーテンが閉じられて寝転び、白い天井を見つめる。見たこともない器具で吊るされて固定された自分の足が見える。

医務室の薬でかなり修復されたとはいえ、まだ身動ぎすれば痛む。ドラコのお世話どころじゃなくなっちゃったな。

 

欠伸をして退屈しのぎに本を読もうとする。片手で支えるのって難しいな。

魔法で頑張って浮かせた、魔女狩りの歴史について書かれた本を読む。変わり者のウェンデリン、47回も自分から火炙りにされたんだ、へー。猛者だな。

 

「走らない!」

「すみません!」

 

足音からして、注意されて競歩で誰か来てるらしい。シュールじゃない?想像してちょっとにやけた。

 

「エディ!!」

「うわ!びっくりした!」

「医務室で騒がない!」

「ごめんなさいマダム」

 

息を切らしたセドリックに、先程より小さな声で優しく「エディ」と呼ばれて、流れるように頬に手を添えられる。

『僕は……エディが……エドワードが好きなんだ』──不意に水晶玉の出来事を思い出してしまってカッと体温が上昇した。

 

誤魔化すように思いきり頭を動かしてその手に頬ずりをする。安否がわかってセドリックはくすくす笑っていた。

起き上がるときに補助してくれたり、寒くないようにと毛布でくるんでくれて至れり尽くせりだ。

足が固定されてるの見てびっくりしてたけど。

 

「ありがと」

 

わたしが素直にお礼を述べると彼は目を細めてわたしを見た。

セドリックは目を伏せたわたしの、怪我をしてない方の手を取って指先に口づけをした。セドリックが偶然跪いているためにプロポーズみたいになっていてすごく照れくさい。

 

「……その状態じゃご飯、食べられなくない?よかったら僕が──」

「エディ!無事か?」

 

セドリックが言い終える前に、再びカーテンが開かれてドラコが現れた。わたしの足を二度見してる。うわ、修羅場じゃない?わたしは頭の中のリドルが悪い笑みを浮かべているのを想像した。

ドラコが咳払いをして一歩前に出た。

 

「エディの世話は同じスリザリン寮生である僕が適任だ」

「君も手を怪我しているんだから無理しなくてもいいんだよ。ここは僕に任せて」

「!!平気だ!僕にだってできる!」

「どうかな。じゃあエディに決めてもらう?」

 

真剣な眼差しで見られても、結果は変わらない。怪我をしてからどうするかは既に決めていたのだ。

 

「いいよ、そんなことしなくても。リズにやってもらうから」

「「リズ!?」」

「静かに!」

 

二人の声が揃ってマダムポンフリーに注意される。すかさずドラコに「誰だそいつは!」と言われて、笑いそうになるのを堪えながら「うちの屋敷しもべ妖精だよ」と答えた。

 

その時の二人の顔といったら。

後からやってきたフレッドとジョージにそのことを話すと、彼らは大笑いしてまたマダムポンフリーに怒られていた。

 

───

 

その日の夜、眠れなくて窓の外を見ていた。今日は満月か。ルーピン先生が薬を飲んで凶暴化するのを防ぐ日。シリウスはホグワーツのどこかにいるのかな?クルックシャンクスに会ってたり。あるいは禁じられた森の中とか。

 

「エディ」

「わ!セドリック?」

「ふふ、監督生だからね」

 

セドリックが学校を自由に歩き回れる特権を活かしてわたしのもとにやってきた。優しく頭を撫でられて身を預ける。甘やかされるのだーいすき。

 

「それで、何をしてこんな怪我をしたの?」

「んー……ちょっと遊んでたら骨折してた」

「ほんとに?どこで?いつ?」

「昨日……禁じられた森で……」

 

セドリックの片眉が上がった。

 

「トロールに……戦おうとしたわけじゃないよ?ただ、会ったんだ。巣で」

「……」

「透明薬、自分で作ってみたくて……」

「トロールの鼻くそだってお店で買えるでしょ?」

「だってえー」

 

ゲームだったらアバダケダブラで一撃なのに。この数年で必死に練習した呪文を唱えて頑張ったけどトロールはタフすぎた。結局ボコボコにされて目を覚ますと知らない天井が──という感じだ。

誰が運んでくれたのかまでは知らない。しかも名乗っていないらしい。どうやって見つけたんだか……。

 

「君が禁じられた森に頻繁に出入りしてるのは知ってたけどこんな危険なことするなんて……僕がどれだけ心配したかわかってる?」

 

もうこんなことしちゃダメだからね?

その言葉に返事をする代わりに「ん」とだけ言って、わたしは手を差し出した。

 

「手、にぎって。セド」

「……もう……」

 

セドリックが項垂れつつも、優しく手を握ってくれたのが嬉しくてわたしは微笑んだ。

 

───

 

「こんにちは、エドワード……入ってもいいかな……?」

「はーい、どうぞ」

 

誰かが少し不安げな声でカーテンの前に立っているのが影でわかる。声や身長からしてイツメンじゃないのは確かだ。ゆっくりカーテンが開いて控えめに顔を覗かせたハリーに驚く。なんで!?

 

「ハリー?」

「去年のお礼ができてないなって思ったんです」

「去年?」

「フローリッシュアンドブロッツ書店で……マルフォイから守ってくれたこと、感謝してます」

 

わたしの足を気にしつつ、お菓子を詰め込んだカゴを持ったハリーはおずおずそう言った。

そんな小さなことまで覚えていてくれたの?わたし君が去年ロックハート先生に骨消されたときお見舞い行ってないのに。

 

ふと、ハリーの後ろから怪訝そうな顔をしたロンとハーマイオニーがこちらの様子を伺ってるのが見えた。

わたしは三人に手招きして、食べなければならないと思っていた大量のフルーツを分けた。

 

彼らも最初は遠慮していたけど、わたしがこんなに食べられないし、君たちが来てくれたのが嬉しいからと勧めると彼らは折れた。

ロンがいちごを一口食べて味わいうんうん頷く。ドラコからのものだって知ったら発狂するかな。

 

「あの、聞いてもいいですか……その足のこと」

「ちょっとね」

 

説明する際に「禁じられた森」というワードを出した時点でハーマイオニーが「あなたって……!」と言いかけたので「マダムポンフリーとセドリックから怒られたんだよう!もう十分!」と喚いた。

ハリーとロンはわたしが禁じられた森に行ったことに驚いている様子だった。

 

「トロールの鼻くそって便利なんだ。透明薬にも使われてるし」

 

ロンが「僕もう一生透明薬飲まないよ」と言っておえっとえずく真似をした。それを見て笑っていたら、ハーマイオニーが「スリザリンって、嫌な人しかいないと思ってたのに……」と呟いた。

 

わたしは紅茶を飲みながら苦笑する。ドラコとかいうスリザリンの酷いやつのお手本に絡まれてたらイメージは最悪なものだろうな。

ロンが「でもマルフォイとは仲がいいんじゃないの?」と言い、三人がわたしに目を向ける。

親の代から続く親交だと言うと彼らは驚きつつも納得した様子だった。

 

「ドラコはまだ君たちにちょっかいかけてるのかな」

「……」

「……」

「……」

 

……だまっとる、っちゅう事は「YES」ちゅう事じゃな

 

「……ところでさっき言ってたセドリックって誰なの?」

「あれ?知らないの?結構有名だと思ったんだけど」

「僕わかるよ。ハッフルパフのクィディッチのシーカーだ。こないだ対戦したばかり」

 

ハンサムで優しいからファンクラブもあるらしいよ。そう言うとロンはちょっと引いてた。引くな。

 

「僕が彼のことハンサムって言ってたことは秘密にしといてね。恥ずかしいから」

「あ!わかった!」

 

ハーマイオニーが突然、口元を抑えて黄色い声を上げる。医務室であることを思い出して声を潜ませて続ける。

 

「セドリック・ディゴリー!ずーっとどこかで聞いたことがあると思ってたら!」

「何?」

「あなたって名字ヴィクトリアでしょ?で、ディゴリーよ。ね?ほら!」

 

ハーマイオニーが確かめるように話を振るが、あいにくハリーとロンはピンと来ていないらしい。もちろんわたしも。でも彼女の物言いからしてこれはパンジーが言ってた噂に関係ありそうだ。

 

「何か噂されてるのかな?」

「!知ってるの?」

「噂があるってことだけ。どんな内容なの?」

 

ハーマイオニーは躊躇ってから「怒らないって約束してくれますか……」と上目遣いでタジタジしながら言う。かわいい。「怒らないよ」と言うと、彼女はパッと明るい表情になってそれから少し顔を赤らめた。

 

「おふたりが付き合ってるって噂!」

 

人ってこういうとき噎せるんでしょ?わたしは予想してたから平気だ。

 

「付き合ってない付き合ってない!」

「本当に?」

「全然そういうんじゃないよ」

「怪しいな」

 

悪ノリしてきた。特にロン。そういうとこ、兄貴に似てるよな。ハリーは顕著に態度に出すわけじゃないが興味はあるみたいだ。

 

「なんでもチョウ・チャンと三角関係って話よ」

「ヤダ!ほんとに!?」

「セドリック・ディゴリーの顔が気になるな」

「エディが首ったけのね」

「違う違う!」

 

冗談めかして噂話の真相について話していたら、カーテンが開かれてセドリックが現れた。タイミングがいいんだか悪いんだか。セドリックは見覚えのない三人の顔を見て軽く挨拶をした。社交的なやつ。

 

「楽しそうだね。何の話をしていたの?」

「君が──」

 

ロンが馬鹿正直に話そうとしてハリーがそっと制する。セドリックは「僕の話?」ときょとんとしている。

 

「……あなたのファンクラブがあるらしいって噂を聞いていたんです」

 

ハーマイオニーがフォローをする。

セドリックはファンクラブの存在を知らなかったこととそんな話を医務室でしていることに二重に驚いていた。

 

「またね!」

 

三人は気を遣ってわたしとセドリックを二人きりにしようとしていた。わたしたちの関係の誤解が解けたかは不明だ。

でもスリザリンの偏見が少しでも減ってくれたらいいな。

あだ名で呼んでくれたし、手を振るくらい仲良くなったから良しとしよう。

 

───

 

見舞いにやってくる人の中には会った覚えのない人もいた。その人たち曰く、見たこともないトンデモイケメンにわたしが助けられたと噂が立っているとか。

興味本位で病人からイケメンについて聞き出そうとしてくるの、すごく若者らしいな。

今のはスリザリン節だ。

 

黒髪の眉目秀麗な青年が医務室にやってきたのを見た、だって。

 

彼、わたしを運ぶのに必死でポリジュース飲み忘れたんだろうか。パツンパツンの服で歩き回ってたのかな。いや、さすがにリドルなら魔法でサイズ変えるか。

 

わたしが知らないと答えると彼らは残念そうに去っていった。ほっとしたのも束の間、ここからが大変だった。

怪我人だからと遠慮していた人々が一斉にやってきては、学校中の噂の的になっている例のイケメンについて根掘り葉掘り聞こうとしてきてわたしは辟易としていた。

 

ついにはセドリックまでこのことを尋ねてきて「白馬の王子様みたいだったって……」とまで言い出した。

 

セドリックの目を見つめる。彼の瞳は少し不安そうに揺れていた。

 

「なんで気になんの」

「それは……」

 

セドリックは目を伏せた。彼はもう少し傲慢に振る舞ってもいいくらいなのに。わたしはぶっきらぼうに答えたことを後悔して「ただの知り合いだよ」と返事をした。

 

───

 

完治した足で存分にスキップする。

必要の部屋にいるリドルにウキウキで飛びついてハグをした。

 

「リドル、ありがと」

 

わたしが助けてくれたお礼を言っても、リドルは返事もしないしパラパラと本を読む手を止めない。

何をするわけでもなく、部屋のベッドに寝転がる。机の上の水晶玉がわたしを映していた。

 

「……お前が死んだかと思った」

 

リドルの発言と、彼が言葉にした意味を反芻する。わたしはこれからもっと酷いことをするのに。

何を言うべきか迷って「うん、ごめんね」とリドルに背を向けた。

 

───

 

しばらくしてリドルから「ディゴリーを連れてこい」と言われた。

 

セドリックの手を取ったまま必要の部屋に入る。リドルはそのままの姿で現れて、何も言わずにセドリックの目隠しを外してしまった。

目の前に現れた好青年を見たセドリックの表情が強張った。

 

「あなたが噂の……」

「君に、伝えておこうと思ってね」

 

そう言ってリドルはわたしを抱き寄せるようにセドリックから引き離す。肩に腕をかけてわざとらしく頬を緩め、わたしの顔を一瞥するとリドルは首を少し傾けてセドリックを見た。

 

「エディが世話になってるようだから……」

 

いつも「お前」か「おい」なのに頭でも打ってしまったんだろうか。

精一杯の抵抗として顔を離してみる。

 

「近いんだけど」

「構わないだろう?僕達の仲じゃないか」

「勘違いさせるようなこと言わないでよ」

 

セドリックに「違うからね!」と必死に伝える。やめろと言ってもやめないうえに、悪ふざけが過ぎたリドルがわたしに顔を寄せて、セドリックが走り去ってしまった。

足音が聞こえなくなった瞬間、リドルはわたしを突き放した。薄情なやつだ。

 

「人をからかうのがここまで楽しいとはな」

「程々にしといてよね」

 

五月の、春を過ぎた風が生ぬるく感じる。

 

セドリックの姿が見えた。彼はもう走ってはいなかった。視界の中のセドリックが大きく揺らいでいる。

 

トボトボと小さな背中が遠ざかり、このままどこかへ行ってしまうのではないかと不安に襲われて──あのときと同じだ──心臓がドクドクと鳴り響いている。

 

「セドリック!」

 

声を上げた瞬間に階段を踏み外して尻餅をつく。大きな音を立てて踊り場に倒れ込んだ。

 

冷たい石畳が骨に響く。これは痣になるかもな。痛む足を奮い立たせてすぐさま追いかけようとしたとき、手が差し伸べられた。

 

逃げることもできただろうに、彼は唇を引き締めてわたしの目の前に立っていた。

 

セドリックの手を借りて立ち上がってからも、わたしはしばらく無言でいた。自分の荒い呼吸を必死に止めようとしていた。

 

「……彼は……確かに大切な友達なんだ。でも、セドリックが思ってるような関係じゃないよ。本当に。ただ、信じてほしくて、僕は……」

 

一度息をついて呼吸を整えようとする。セドリックの顔を見ることができない。

 

「彼と、セドリックは違う。僕の中では」

「もういいよ、大丈夫だから」

 

セドリックの声は震えていた。このままでいいはずかない。わたしは必死に思考を巡らせた。

 

「違う!だって、だって僕は──」

 

君に愛されるために生まれてきたんだから。

 

息を切らして、かつての彼の言葉をなぞった。

 

「だから」

 

セドリックに抱きしめられて、声が布に吸い込まれていく。

力加減を誤らないよう優しく大切に腕に抱きかかえられて、ほっと肩の力を抜いた。

 

───

 

「リドル」

 

名前を呼んでも彼は振り返らなかった。

 

彼がこんなことをしたのが、単純な嫌がらせだけではなく、わたしには不器用な足掻きにも見えた。

 

もしそうだとしたら、わたしは彼を愛して導きたいと思った。かつてリドルが魔法の指導をしてくれたように。

正しい道に、安心できる場所に。

 

「僕は怒ってないよ」

 

リドルが何も言わないので、わたしは「君が何をしても僕は平気だよ」と伝えた。

 

彼は不信感を隠そうとしなかった。「ほら、大丈夫だから」と言いながら、そっとリドルに近付いて抱擁する。抵抗はしなかった。

 

「もっといい方法がある。素直が一番だよ」

「知ったふうな口を利くな」

「なんだ、できるじゃん」

 

リドルが口を噤んで睨みつけてきた。それでも抱きしめるのをやめなかった。

しばらくの間、背中をぽんぽんと叩いていた。

 

「リドル、話があるんだ」

 

わたしは一度彼の反応を伺った。何も言わなかったが少し身構えているのがわかる。

 

「僕、君に言ってないことがたくさんある。君に話さなきゃいけないことも」

「……それで?」

「僕…………わたし、死のうと思ってるんだ──」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。