復活した古の大妖魔、現代社会にカルチャーショックを受ける 作:ちわちわぱけぱけ
夜の闇の暗さは、昔も今も変わらない。
むしろ目に鮮烈な光が灯る今の方が、闇はより深く、暗いようにすら思える。灯の元こそが一番暗い、人はよく言ったものだ。
その闇に紛れて悪事をなすのも、また変えられぬ人の性か。滑稽なものだと我は笑う。
「ちょ、離して、離してください……」
「いいじゃんちょっとぐらい」
「俺たちと少し遊ばない?」
建物の裏手で、一人の若い女を取り囲む奇抜な恰好の若者たち。傾奇者のように髪を茶色だの金色だのに染めた彼らは、にやにや笑いを顔に貼り付けて有無を言わせず女を壁に押し付ける。
「俺たちいい場所知ってるんだよ。ちょっとぐらいいいだろ?」
「貴方達が何を言ってるのか私にはわかりません……! いいから、離してください!」
「なんだよ、俺たちがこんなに誘ってるに何が不満なんだよ、あぁ!?」
あくまでも抵抗する女に一転して男達が声を荒げる。
この手の輩はいつだってそうだ。世の中舐め切って生きている癖に、ちょっと自分の思うようにならなかったら機嫌を損ねて暴力に訴える。
ある意味とてもわかりやすい。
が、おかげでこちらとしてはとてもやりやすい。数百年前と、全く同じやり方で対応すればいいだけの事なのだからな。
「あー。そこのお前たち。乱暴狼藉、そのあたりにしたほうがいいのではないか?」
「ああん?」
「なんだてめぇ」
後ろから嗤いながら声をかけると、男達が剣呑な様子で振り返る。おお、怖い怖い。
くっくっと笑いながら闇から姿を現すと、うってかわって男達は怪訝そうな顔をした。
「……なんだ変な恰好のおっさんか」
「よっぱらってんのか?」
「普通にださいぜその着こなし」
…………。
そ、そうか……。我としては自信があったんだが……。
「を、をほん。我の恰好はまあ別によかろう。それよりその女子、嫌がっているではないか。手を離してやれ」
「ああん? いきなり出てきて説教かよ、だせぇよ」
「うっせーなあ、俺たちは同意でやってるんですぅー。部外者が顔を出さないでくれますかぁー?」
こちらににじり寄って圧を欠けてくる男達。まるで接吻するかのように顔を押し付けてくるが、なんというか無防備にもほどがある。
自分達が暴力をふるう側と信じて疑わない奴はまあ総じて無防備だが、それにしたってこれは……。
昔の悪漢は最低限、反撃されてもいなせるだけの実力者だが、こいつらはただのモヤシだな。頭がおかしいから躊躇なく暴力を震えるというだけで、芸達者でもなんでもない。
今の世の中の治安は一体どうなってるのだ?
まあいい。
これはこれで、容易い相手に変わらない。
「まあまあ。少し、酒を飲みすぎなのではないか? ほれ……」
「あ……?」
「ん……?」
ぎらり、と少しだけ呪術を使ってやればこの通り。肉体的にも精神的にも無防備だった男どもは、たちまちくらりと昏倒してその場にひっくり返った。
路地裏に転がる体を脚で払いのけて、私はさっきから怯えて壁に張り付いている女子に声をかけた。
「さて。無事かな、若いの」
「え? あ、は、はい……だ、大丈夫です」
「どうやら彼らは酔いが回ってしまったようだ。起こすのもなんだ、このまま放置しておこう」
そのまま女子を誘導し、表通り近くへと移動。通りの明かりや音楽が聞こえてくるところまでくると、露骨に彼女は安堵した様子を見せた。
「ふぅ……ありがとうございます。一時はどうなることかと」
「嫌何。見て見ぬふりをするのもいかがなものかと思ってな。些細な事が、気にしなさるな」
感謝の言葉を継げる女に、我は好青年を装ったまま考えを巡らせた。
いつもであれば、女の油断をついて褥に誘い、一晩の慰めとするのだが……今は正直、それどころではない。
今世の情報収集。それに何より、活動資金が欲しい。というかあの肉飯が食べたい。
くくく。まあ、不運であるが幸運な男だ。この怒魏羅様に目をかけられて、貞操を失わずに済むなどめったにある事ではないぞ?
「この御恩は忘れません。それでは……」
「んむ。……ん?」
が、女は軽く会釈をするとその場を立ち去ろうとする。
あれ……これで終わり? 窮地を救われて、感謝の言葉一つで終えるつもりか?! そこは普通、「大したもてなしはできませんが……」とお礼の一つでも口にするのが普通じゃないの!?
どうなってんの今の世の中!?
「あいや、ちょっと待たれよ。いやほんとに待って」
「え?」
こちらの呼びかけに女が振り返る。視線が重なった女に、私は呪力をもって暗示をかけた。
「ええと、こんなものでよろしいのですか?」
「うむ。これがいい」
その後。
例の肉飯を提供している店に、我は女を伴って訪れていた。
呪力による暗示で「お礼をせねばならない」と思い込ませて、こうして店で飯を奢らせる事にしたのだ。いやはや、今世はずいぶんと、御恩という概念が薄れているらしい。
全く以て嘆かわしい限りだ。
まあそれはそれとして、ありがたく謝礼はいただこう。
女を引き連れて席に着き、はたと我に返る。
……ここからどうすればいいのだ?
「? どうかしました?」
「いや、その。……どう操作すればいいのだ、これは?」
「ああ……最近、どこもかしこもタッチパッドを導入しましたからね。何年ぶりかに来たら、わからないでしょうね」
我の問いかけに、女はさほどいぶかしむ様子もなく、机の傍らの黒い石碑のような物を手に取る。女が触れると、石碑に描かれていた絵が一瞬のうちに切り替わり、また別の絵が表示された。
これは奇怪な。いかなる絡繰りだ? 触れるだけで操作できるようだが……。
指先で操作するとなると、陰陽師どもの術の応用か? しかし連中は一般に自分達の技術が流れるのを嫌がっていたと思ったのだが……。
「ええと、メニューはどうします?」
「めにぅ? ううむ。一番普通のを頼む。店の看板料理という奴がいい」
「そうですか? では、牛丼並盛で、と」
女が画面を操作すると、机の横に戻す。我はそれをそっと手に取り、色々と操作してみる。
ほほう。まるで本物のような精緻な絵が並んでいて……それに触れると数字が増えるのか。それで、絵札を切り替えてほかの品も見られる、と……。
書いてある言葉の意味はさっぱり分からぬが、言葉だけより料理が分かりやすいのは確かだな。これは便利である。
ふむふむ、と頷いていると、傍らに店員がやってきた。その手にしたお盆の上には、注文した料理が湯気を立てている。
「お待たせしました。注文の牛丼並盛です」
「あ、いいや、おまたせしてないぞ。早いな、素晴らしい仕事だ」
「? あ、いえ。ありがとうございます……?」
首を傾げながら下がっていく店員だが、我からすれば掛け値なしの評価だ。注文してから四半刻も経っていないぞ? 今の店というのはずいぶん早く料理を提供するのだな。びっくりである。
「で、では、いただくぞ……」
箸を手に取り、牛丼をかっこむ。
途端、我は目を見開いた。
「これは……!」
まずは肉。臭みもなく、とろけるように柔らかい肉が、贅沢に砂糖や醤油をふんだんに使って甘辛く味付けしてある。獣臭さはまったくなく、それでいて噛みしめれば噛みしめるほど肉の味が口いっぱいに広がる。一緒に煮込んであるのは葱か何かだろうか。しかしこんなに柔らかく、甘い葱は食べた事がない。
そして米!
白く粒のたった米の上手い事! こんなに上手い白米は食べた事がない!
こんなものが、今世は通りの店で提供しているのか? もしかして意外と高級店なのか……とも思ったが、客層を見るにそうは考えられない。
これが……今世……。
良いのか悪いのか、全く分からぬ……!
「はふはふはふ……!」
その後も我は夢中で飯を平らげると、空になった丼を机に戻した。
「ご馳走になった……」