数カ月前、ハルノは突然現れた。
「……えぇ、お名前をお聞きしても?」
「ハルノと言います」
国際警察のリラが深刻な面立ちで尋ねる一方、その向かいに佇む子供は、一向にして平然さを保ち続けていた。
カロス地方のとある片田舎。ハルノはそこで保護された。近くの小屋で、リラはひとまず事情聴取を行っている最中であった。
嘘のような白い柔肌に、ひと束の三つ編みに束ねられた白髪。黒いワンピースに似た機能的な服を身に着けており、幼さと儚さを両方感じさせる風貌だった。
「あなたはどこから来ましたか」
「カロス地方です……ごめんなさい。それしかわかりません。どこの町で産まれたかまでは」
ハルノの答えを、リラは正確に書き記していく。
ハルノはまたしても現れたfall指定候補である。無論、ハルノには記憶障害が見られる。完全な喪失というわけではなく、断片的に覚えているようだった。
「そうですか。覚えていることを、細かに話してもらってもよろしいですか」
リラの冷徹な問いかけにも、ハルノは微笑みながら応じる。
「えぇと……本当につい最近のことしか覚えてないのですが、私はカロスの発電所に足を運んだ……そこで中に入って、ポケモンを捕まえた……ということだけははっきりと」
「カロス発電所に……?」
ハルノはこく、と頷く。
カロスには幾度か訪れたことがある。確か、カロス発電所内は、数年前に起きたフレア団関連の事件をきっかけに、現在は安易な立ち入りが禁止されているはずだが。中にポケモンがいる、ということに関してもおかしなことだ。きっちり管理されている施設に野生ポケモンが入り込んではなるまい。
「どんなポケモンですか?」
「あぁ、お見せします。少し大きいので、外で」
ハルノは懐から、リラが見慣れないボールを取り出した。紫色のフタに、「M」の意匠が施されたボール——マスターボールだ。希少性が高い反面、いかなるポケモンも捕獲することができるとされている。
小屋の外から出ると、夕暮れ時のそよ風がハルノらを薙いだ。
ハルノは動じず、マスターボールに秘められたポケモンを解放した。
「……!」
現れた姿を見て、リラは目を丸くする。
金色を基調にした機械を思わせる豪快なボディ。背中からはホースを思わせる二対のアームが伸びており、至近距離では無いのにそこからの荒々しい熱気が素肌で感じることができた。
「ご存知ですか? 私、この子の名前も忘れてしまって……」
「ヴォオーッオ」
そのポケモンは、爆破のようなくぐもった鳴き声を轟かせた。
その気迫から、目の前のポケモンがあまりに異質な存在であると瞬時に判断した。
(UB……いや、ならこちらが認識できるボールに納められているハズは)
リラが困惑していると、ハルノとそのポケモンが顔をのぞき込んでくる。
「大丈夫ですか? こんな見た目ですけど怖いポケモンではありませんよ」
「ヴォー」
黄金のポケモンはハルノに頭を擦りつける。
どうやら彼女に良く懐いているようだ。
「……すいません。私もこのようなポケモンは見聞きしたことがなかったもので。ひとまず、我々のもとであなたとそのポケモンを保護させていただいても?」
「どうしてですか」
「貴女も記憶を失って闇雲に彷徨うのは得策ではないでしょう。それに……まだ色々と調べさせてもらいたいことがあるのです。大丈夫。刑務所ではなく、ホテルと捉えてもらって結構です」
リラは微笑み、黄金のポケモンを一瞥した。
モンスターボールに入っている時点で、この生物はポケモンであると認識していい。だが果たしてUBと考えていいのかは謎だ。
「良かったね。おいしいごはん、食べられるよ」
「ヴォー」
「保証しましょう」
どこから見ても年端もいかない少女だが、隣に立つポケモンの異質な気配——個体そのものとしての気迫と威厳を超えた何かのせいで、彼女も悍ましいものに見えて仕方がない。
◇
「ボルケニオン……ですか」
「えぇ、カロス南西部に伝わる国造りの伝承。水蒸気爆発で大地を削ったポケモン——ボルケニオンと、あの子の持つポケモンの姿が一致します。色はだいぶ違うようですが」
リラの部下 ハンサムが二日で調べ上げた内容によると、彼女の持つポケモンはカロスに伝わる幻のポケモン ボルケニオンである可能性が高いという結果が導き出される。
ハイドロスチームと呼ばれる強力なわざを放つための蒸気機関にも似た体内器官。それに必要な水を吸引するための巨大なアーム状の器官。それらがあの黄金のポケモンには確認された。
「まぁ、なおさら彼女の保護は続行でしょう。幻のポケモンを持って普通の生活を送るのは、何かとトラブルに巻き込まれるうえ、あの子はfallである可能性もある」
ハンサムは頭を掻きむしりながら吐き捨てる。
幻のポケモンを付け狙う悪しき人間たちと、ハルノにまとわりつくエネルギーを求めるウルトラビースト……その双方からの圧力を常に抱え込みながら生活するのは、同情するレベルで息苦しいだろう。
「ウルトラビーストの動きは?」
「アローラ地方以外でも、チラホラと目撃されるようになってきています。ガラルの寒冷地でウルトラホールが確認されたとの報告もあります」
ハンサムは二人分のコーヒーを淹れながら、淡々と状況を説明する。
fallに比例してウルトラビーストも動き出す。あまり芳しい状況ではなかった。
ハンサムから手渡されたコーヒーを飲み、リラは熱を帯びた吐息を吐露する。
「いつも私達二人が動いていますね」
「人手がほしいですな。何よりトレーナーはボスだけだ。この前のfall候補も、協力してくれたら助かったのですがね」
まだ解決していない事件を掘り返し、ハンサムは自分でむせ返りそうになる。
「ウルトラビーストの調査もまだまだ山積みだ。ボルケニオンほど強力なポケモンを持つトレーナーの力は役に立つでしょう」
国際警察はウルトラビースト——ウルトラホールと呼ばれる時空の歪みの先から現れる謎の生物——の対策に当たっている。アローラ地方に在留するエーテル財団との協定の関係上、殲滅ではなく保護が目的だ。
ただでさえ強い相手を生け捕り、生半可な戦力では太刀打ちできない。
ボルケニオンほど強力なパワーがあれば話は別だが。
「その件ですが……」
リラは複雑そうな表情で切り出した。
「彼女は、我々の捜査に全面的に協力したいと言っていますが——
「それはなぜ?」
「……ボルケニオンは「むかしのともだち」を探しているから、戦わせたくないのだと、わけのわからぬことを」
リラの説明で、ハンサムは黙り込む。
「それは、訳がわかりませんな……だが、どうやっても彼女が元の世界に帰れるわけではないのですから、深く考えるべきではないでしょう。考えるべきはこちらでのこれからです」
ハンサムの言葉に、リラは眉間にしわを寄せる。
彼だって悪気があるわけではない。何より事実だ。
「……彼女にはしばらく外出許可を与え、ボルケニオン以外のポケモンと捕獲し親交を深めるよう言いました」
「ボルケニオン以外のポケモンを持っていなかったのか?」
「はい。トレーナーとして最低限の道具は持っていましたが、ボックスにはポケモンが一匹も……彼女のトレーナーとしての腕前を確かめるのは、もう少し時間が必要そうです」
◇
「さて、ハルノさん。我々に協力するにあたって、あなたの力を試させていただきたいのです」
ハルノを保護しているホテルのバトルコートにて、リラとハルノは向き合っていた。
ハルノは数日の間に多くのポケモンと親交を深めるだけでなく、ある程度の育成までこなしたという。もうその時点でトレーナーとしての腕前は図れるが……彼女なりの流儀がある。
「時短のため三対三で行います。沢山のポケモンを育てたようですが、選りすぐりの三体でお願いします。なお、道具の使用も禁止です」
「なんだか懐かしいですね」
「?」
微笑むハルノ。続けて言う。
「ホウエンのバトルフロンティアみたいだ、この緊迫感」
「——え」
リラの呼吸が僅かの間止まる。
彼女の中の断片的な記憶の数々が繋がりそうになった。
「さて、やりましょう。久々のポケモンバトルです——リラさん?」
モンスターボールを取り出したハルノの言葉で、リラは呼吸を再開した。しかし、肺の動きがおぼつかなかった。
だが、彼女の記憶には確かにある。自分がホウエン出身で、どこかの塔を守っていたポケモントレーナーであるという、欠片に過ぎない記憶が。
「す、すいません。始めましょう」
リラもモンスターボールを構え、バトルに入る。
腑に落ちないものを抱えたまま、リラはボールを投げた。
リラのカビゴンが降り立ち、凄まじい震動を響かせる。
ハルノが繰り出すはフシギバナ。こちらも負けず劣らずの震動がホテルの骨格をも震わせる。
「戻れ、フシギバナ」
「カビゴン、あくびで——なっ」
命令を下した直後、ハルノはフシギバナを引っ込める。
代わりに降臨するのはエビワラー。
カビゴンがかました大きなあくびを受け、眠気を誘われた。
それを解除すべく、彼女はまたポケモンを控えに戻した。リラは読みを外す。かくとうタイプで有利をつけるエビワラーで無理矢理にでも攻める算段かと踏んだのだが。
「いくよ、ルカリオ。インファイト!」
ボールから姿を現すや否や、ルカリオの凄まじい連撃がカビゴンを襲う。
彼女のカビゴンは特殊方面には手堅いが、物理には手薄——ルカリオの拳が炸裂し、カビゴンは一撃で沈んでしまった。
「まだです、フーディン! メガシンカ!」
「こっちもです。メガシンカ!」
リラの繰り出したフーディンの持つメガストーンが、彼女のリングと共鳴。
時を同じくして、ハルノが首から提げたメガストーンが、ルカリオナイトと反応した。
二体のメガシンカが君臨。バトルコートはこれほどまでにない緊迫感で包まれる。
「ルカリオ、バレットパンチ!」
「フーディン、サイコキネシス!」
フーディンは、ルカリオのとくせいをトレースしている。
てきおうりょく——フーディンの持つエスパーの力は、限界値まで引き上げられている。サイコキネシスの火力は凄まじい。
しかし、ルカリオの先制技が突き刺さる。
鉄の拳に晒されるフーディン。なんとか堪えるも、二度目はない、とリラに必死に訴えた。
炸裂するサイコキネシスがルカリオを穿つ。
流石の火力。彼女の切り札であろうルカリオを一撃で葬った。
てきおうりょくをトレースしたフーディンなら、素早さと火力で残りのポケモンを蹂躙できる。
リラは勝ちを確信していた。
繰り出されるエビワラー。
フーディンのサイコキネシスが炸裂——するはずであった。
エビワラーの拳が、その前にフーディンを襲っていた。
襲い来る鉄の拳に、フーディンは弱々しく倒れ込む。
——見誤った。
マッハパンチ。これもまた、威力を捨てながら相手の懐に潜り込む先制技。
しかしながら、ルカリオにより痛手を負ったフーディンを仕留めるには十分だった。
リラの最後の手待ちはマニューラだが、エビワラーには手も足も出せず、敗北した。
「……お見事です」
リラは祝勝を送る。以前、といってもかなり前の話にはなるが、こうして国際警察の協力者相手に何度も完敗したのをよく覚えている。悔しくはない。——ただ、バトル前のあのことが、ぐるぐる頭を回っている。
「やはりエビワラーは若干火力不足。特化の攻撃で手負いのフーディンを上振れでしか倒せないとなると、やはり先制技に頼るのは悪手。それにルカリオと役割が被っているから何か他の型が必要になるな、だとするとルカリオと同時選出はせずに、フシギバナの相性補完としてなおかつサイクルを回せるような型がいいかもしれない。技構成はドレインパンチは確定枠、メガフシギバナは物理方面の受けを想定しているからとつげきチョッキを持たせて特殊に厚く——」
小声でぶつぶつと呟いていたハルノは、自分が祝われていることに気づくとにか、と笑う。
「あっ。ありがとうございました。これで、私も国際警察の仲間入りですか?」
「そうですね。あなたの実力はよくわかりました。我々のもとで共に捜査にあたることを正式に許可します」
聞きたい。でも、喉元につっかえて出てこない。
自分の過去を知りたい。でも、知るのが怖い。
その考えで頭がいっぱいなリラは、彼女にあらぬ質問を投げかけた。
「……あなたが前に言っていたボルケニオンの「むかしのともだち」というものについて、何か思い出しましたか」
「なんですか急に? ……何も思い出せませんよ。ボルケニオンと初めて会ったとき、あの子が探しているものを勝手に私がともだちと言ってるだけで」
ボルケニオン。
リラにとって《バトルフロンティア》が記憶のカギであるように、彼女にとっての記憶のカギはあのポケモンなのだろう。
「あなたは、自分の記憶を取り戻したいとは?」
「……あんまり興味はありませんが、ボルケニオンの捜し物だけは、探してあげたいと思っていますよ」
ハルノは沈み始めた夕日を見据えながら言う。
「私には、ボルケニオン以外何もありませんから」
その黄金の輪郭は、ハルノにとっては眩しくてたまらなかった。