キヴォトスに朝がやってくる。
連邦捜査部シャーレの顧問であり、キヴォトスの生徒達を見守る大人――「先生」に休みはない。
起床すると軽く朝食を取り素早く身支度を済ませて、コーヒーを片手に居住区から執務室へと移る。
「おはようございます、先生」
執務室の扉を開けると、今日が当番のユウカが出迎えてくれる。
あらかじめ先生が仕事をしやすいように整頓をしておいてくれるなど、何かと世話を焼いてくれて仕事がしやすい当番の一人だ。
パソコンを立ち上げ、今日のスケジュールを確認する。広いキヴォトスを股にかけるに相応しい分刻みの過密スケジュールが目に飛び込んでくる。
「あれ……?」
ふと、スケジュールの中に存在する見慣れない仕事に目が移り、すぐに日付を確認する。
「そうか……」
感慨深そうに息をついて、先生は執務室に映る空を見上げる。
シャーレの顧問となり、これまで月日の感覚を失うほどに生徒のために奔走してきた。
当初は頼りなかったり情けなかったりした部分もあったが、生徒達との交流は先生にとっても大きな学びとなり、大人としても成長させてくれた。
「そろそろ、だね」
「何かあるんですか?」
意味深に呟いた先生を怪訝に思ったユウカが聞いてくる。
先生は少し顎に手を当てながら、何か決心したような顔つきでユウカに向き合う。
「ユウカなら教えておいてもいいかな」
「な……なんですか急に」
思ったよりも大事な話が来そうで、ユウカはおろおろとしながら心の準備をする。
「これは大事になりそうだから秘密にしておいて欲しいんだけどね」
「は……はい」
ごくり、と固唾を呑むユウカ。まさかこんな場所で……!?と胸の鼓動を昂らせる。
「実は……私は――」
「っ!」
「そろそろ、私の息子をここに呼び寄せようと思うんだ」
「そ、そんな先生!私はまだ生徒で――え?今なんて」
想定していた内容とは違った言葉に目を点にして、ユウカは思わず聞き返す。
「だから、息子だよ。私の、大切な一人息子だ」
「え、あの、せん、せい……」
処理落ちしそうな脳を回転させながらユウカは言葉を紡ぐ。
息子。そう、先生は息子と言った。
「ご家族……いらっしゃたんです、か?」
息子がいると言うことは、妻がいるということでもあり。
自分にとっては想定外どころか最悪とも言っていいものだった。
「うん、実のところはね。私も大人だから、勿論家族も作っているさ。妻と一人息子がいるんだ。けど、一部の生徒達にはショックを与えそうだからこの話は内密に――」
「先生、その」
「ん?」
ユウカは半ば放心状態になりながら、執務室の扉を指す。
「今朝はクロノススクールの取材があるので……もう報道陣を通してるんですけど……」
「……え」
おそるおそる、執務室の入口を見る。
そこには、特ダネを手に入れて目を輝かせた川流シノンがいた。
「失礼しましたああああああっ!!」
「ま、待って!!」
脳内にお呼びでないスクールの曲がぐるぐると流れながら先生はシノンを追いかけるが、執務室から出るとそこには誰もいなかった。
直後、テレビには「【速報】先生、既婚者で子持ちだった」というテロップのニュースが流れていた。
その日、それを知った生徒達による暴動やボイコットがキヴォトス中で起こり、あわや崩壊という規模にまで至る騒動が起きた。
ゲヘナの風紀委員長はしなしなに痩せ細って体調が悪くなり、数日間自宅で寝込み仕事ができなくなった。
セミナーでは、現実逃避をするかのようにコーヒーを片手に5日間生徒が不眠不休で働き続けた。
トリニティでは謹慎中の元ティーパーティーの生徒が脱走して恐慌状態に陥り破壊の限りを尽くした。
七囚人の一人はホバークラフトをシャーレビルに投げ飛ばした上で自身も搭乗し、壁を突き破り直接執務室に乗り込んできた。
先生がキヴォトスを駆け回ってどうにか鎮めることができたのだが、それはまた別の話。
とにもかくにも、先生の息子が近いうちにキヴォトスに来る、という情報は殆どの生徒の知るところになった。