先生が所帯持ちであることが暴露された騒動から日は流れる。
晴れ渡る空の下、シャーレのオフィスビルの作り出す影から、黒いメッシュの入る長い銀髪をした幼い少女――春原ココナが、執務室のある階を見上げていた。
山海経の梅花園の教官である春原ココナは、鼓動を早めようとする胸を深呼吸して落ち着かせる。
そわそわと忙しなく弾む獣耳を押さえて、気を紛らわせるように身だしなみを整える。
「よし……!」
覚悟を決めた表情で、ココナはシャーレのオフィスビルへと足を踏み入れる。
先日のこと、シャーレの先生から連絡があった。先生に妻子がいたことが判明したのは記憶に新しいが、近日中に先生が息子をキヴォトスに呼ぶというのだ。
そこで、先生の息子と歳が近いココナに当番として、その補佐と護衛を任せたいとのことだった。
(シュン姉さんやルミ会長じゃなくって、先生が私を選んでくれたんだ……!一人前のレディーとして、教官として、先生の子を導いてあげなきゃ……!)
胸に想いを秘めながら、ココナは執務室の扉に手をかけ、一度深呼吸してから開ける。
執務室には、既に四人入っていた。一人は先生。二人は生徒で、ココナよりほんの少しだけ背が高いだけの小柄なピンク髪の少女――小鳥遊ホシノに、それより一回り大きいジャケットの制服を着た少女――早瀬ユウカ。残りは眼鏡をかけた長身の女性――七神リン。
「やあ、ココナ。今日は来てくれてありがとう」
「い、いえ!先生のお願いですから!先生のお子様は私が教官として預かります!」
やや過剰気味に背筋を伸ばしながらココナは言う。
そして、先生から順にユウカ、ホシノ、リンに視線を移した後、キョロキョロと執務室を見回す。
「それで、あの……先生の子供はどこに……?」
「ああ、あの子なんだけど……」
「オレに何か用かよ」
「ひゃっ!?」
背後から突然、声変わりのしていない少年の声が発せられる。
ビクッと身体を震わせて振り向くと、そこにはココナとほぼ同じか少し高い程度の背丈の少年がいた。
「紹介するよ。この子の名前は
先生がココナに紹介すると、咲斗はムスッとした表情を強める。
「……」
ココナはじっと咲斗を見つめる。
この人が、先生の息子。
しかし、先生の息子というにはイメージにかけ離れている。
手入れのしていない跳ねた黒い髪の毛。ネクタイを緩めた上に着崩れたスーツ。
面影こそあるものの、あまりにも、父親であるはずの先生とは真反対な印象だ。
「咲斗。この子が春原ココナ。お前と同い年の11歳だ。これからお前は『先生見習い』としてキヴォトスで生活してもらうことになるから挨拶を――」
「誰が見習いだ。勝手に見下してくんなクソ親父!」
「なっ……」
クソ親父という敬意も何もない発言にココナは口をあんぐりと開ける。
「出張でキヴォトスに赴任したと思えば生徒は見事に女ばっかり。どーせハーレム作って鼻の穴伸ばしてたんだろ!キメェんだよ!」
「……咲斗。私は大人として――」
「大人だぁ!?オレは知ってるんだからな!ここに入る前にそこのピンク髪の女と楽しげに話してただろ!ここに来てやることが青春ごっこかよ!」
咲斗は先生を指差して糾弾する。
いきなりやり玉に上げられたホシノは「うへ~」と言いながら頭を掻く。ユウカとリンは咲斗の先生に対するあまりの態度に困り顔をしていた。
「大人が大人がいちいち言うクセに、薄っぺらいんだよ!お前のせいでオレと母さんは――」
「親に向かってそんなこと言うんじゃありません!」
そこで黙っていなかったのが、ココナだった。
「咲斗くん、だよね。私は春原ココナ。当番として君を補佐することなったの」
ココナは、咲斗の手を取り、いつも梅花園で園児を宥めるような言い方で咲斗に接する。
「咲斗くんはまだ子供なんだから、父親にあんなに反抗しちゃダメだよ!キヴォトスに来て不安かもしれないけど、私が一人前のレディーとして手伝ってあげるから、お姉ちゃんだと思って頼って――」
「いきなり出てきてなんなんだよお前!?家族の問題に口出してくんなこの、ドブスネズミ!」
「ど、ドブスネズミ!?」
「そもそもレディーって、オレより小さいクセに何背伸びしてんだよ!どーせクソ親父にオレと同い年だからって当番に当てられたんだろ?だったらお前も子供じゃねぇか!」
「な、な、な……!!」
咲斗に罵られたココナはわなわなと震え、いともたやすくココナの感情の許容域は決壊した。
「レディーに対してなんてこと言うの!!」
「だからレディーじゃないだろお前!どう見てもオレよりガキじゃん!!」
お互いに向かって声を荒げる咲斗とココナ。
執務室の中でけたたましい声が鳴り響く。
その口喧嘩は留まるところを知らずにヒートアップしていく。
「ガキじゃないの!!教官なの!!少なくとも君よりはお姉ちゃんなんだから!!」
「勝手に上から目線でお姉ちゃんぶるなドブスネズミ!!」
「そんなこと言ってたら先生みたいな大人になれないんだからね!?」
「あんなクソ親父こっちから願い下げだドブスネズミ!!」
「ドブスネズミって言うなああああっ!!」
「いっ……てぇなぁ!!」
「痛っ……耳引っ張るなあああっ!!」
「先に叩いてきたのお前だろ!お前こそ手放せよ!!」
しまいには、取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまう。
咲斗がココナの耳を掴み上げてココナが咲斗のネクタイを引っ張り、このままでは殴り合いにまで発生しそうな空気だった。
咲斗と同じ年だからと呼び出したはずが、初っ端から険悪どころでは済まない雰囲気になっていた。
「ストップ、ストップ!喧嘩はやめて!」
「ココナも落ち着いて!」
咲斗とココナの取っ組み合いを見て、ユウカと先生は慌てて止めに入る。
「……チッ」
「……ご、ごめんなさい……」
それでも喧嘩腰の収まらない二人を宥めて、どうにか執務室は落ち着きを取り戻す。
ココナは先生にみっともないところを見られたからか、しゅんと項垂れている。
「……で、コイツが本当にオレの当番?最初からこんなんでやっていけんのかよ」
「……うーん」
「何がうーんだよ」
腕を組んで唸る父に咲斗は悪態をつく。
「ココナはどう思う?」
「この子の、当番なんですよね。私が……」
先ほどまで乗り気だったココナも、どこか躊躇する様子を見せていた。
「――無理だろ。最初っから喧嘩なんて、相性が悪すぎる」
ココナが答える前に、咲斗が先生の周囲にいる生徒達の想いを代弁するように口を開いた。
「別に、当番がいなくったっていいよ、オレは。こんな風にお互いが傷つくくらいなら距離取っといた方がいいだろ。……先生と生徒なんだし」
「咲斗。これからお前はキヴォトスで暮らしていくんだ。年の近い友達は多い方がいいよね?それに、お前は先生見習いであると同時にこども――」
先生が続けようとしたところにバン!と机を叩く音がした。
ココナがビクッと身体を跳ねさせると、そこには憎しみすら感じさせる視線で先生を睨む咲斗がいた。
「――父親にすらなれなかったヤツが偉そうに子供認定してんじゃねぇ」
しん、と執務室が静まり返った。
「……先生見習いとしての研修先は山海経の梅花園ってとこだろ?先に行っとくから」
「さ、咲斗!待って――」
呼び止める先生だったが、咲斗は聞かずに執務室を後にした。
深い溜め息が先生の口からこぼれた。
「いや~、若いっていいねぇ」
「何というか……想像以上に『子供』でしたね」
「あはは……情けないところを見せてしまったね」
ホシノとユウカは一連のやり取りを見た印象を語る。
「ですがそこは先生の息子ですね。怒った時に銃を乱射しないという意味では大人しくて私としても助かります」
「そんなことはしないしさせないよ!?」
「キヴォトスの不良生徒と一緒にされたら流石の先生も心外なんじゃないかな~?」
眼鏡の位置を直しながら淡々と呟くリン。
確かにここで銃火器を持ち出す発想が湧かないという意味ではキヴォトスの生徒らしくはないと言えばそうだが、そうはなって欲しくはない、と先生は思う。
「それにしても先生にそんなとこがあったんだね。おじさん、ちょっと意外だったよ」
「……そう、だね」
「そういえばアビドスに来たばっかりの時の先生は確かに頼りなかったからね~。あの子の中ではその時の先生のまま固まってるとか?」
「懐かしいね。……でも、ホシノの思った通りかもしれない」
顔を逸らすように先生は振り返り、窓から覗く青空を見上げる。
「私は『先生』になることはできても、あの子にとっての父親になることはできなかった」
「ですけど、あの子もあの子ですよ。いくら家庭に問題があったとして、父親に向かってあんな言い方――」
「いいんだ、ユウカ。咲斗がああなるのも仕方ないから」
「先生……」
ユウカから見た先生は、深刻に思い悩んでいる顔をしていた。
「……ココナ」
「へっ!?は、はい!」
「お願いして来てもらったのにすまなかったね。こんなことになるとは思わなかったんだ」
「先生が気にすることなんて全然ないですよ!咲斗君があんな言い方するからです!」
急に話を振られたココナは驚きつつも、咲斗の態度を思い返して頬を膨らませる。
「それで……やっぱりダメそうかな。咲斗の当番のこと」
「あっ……」
これまでの話の流れを思い出し、ココナは再び逡巡する。
咲斗の第一印象は最悪。先生とは対照的で、がさつで口が悪くて、言うに事欠いてドブスネズミなんて呼んできた。
けれども、これは先生たっての願いだ。あの先生が、春原ココナにしかできないこととして自分を頼ってくれた。それが何よりも嬉しかった。
「ダメならいいんだよ。無理をする必要は――」
「いえ!私、やってみせます!咲斗君の当番!」
「ココナ……」
「先生が私を頼ってくれたんですから、私もその期待に応えたいです!」
それを聞いた先生は、安堵したかのように微笑む。
「ありがとう、ココナ」
そして、頭を深々と下げてお願いする。
「あの子もまた、キヴォトスの外の人間。私と同じく脆弱だ。このキヴォトスで生きていけるよう、あの子を導き、守ってほしい」
先生のあまりに畏まった様子に、ホシノ達も目を見開く。
「せ、先生!そこまでする必要はないですよ!頭を上げてください!」
「いや、これは必要なことなんだ」
止めに入ってくるココナを制する先生。
「これは、先生としてではなく父親としての頼みなんだ。咲斗は私の大事な一人息子。私の愛した人が残してくれた子なんだ。どうが、息子を頼む……!」
「先、生……」
ココナは心で理解する。
治安が乱れ、銃弾のみならず危険が跋扈するキヴォトスという学園都市。
自分達生徒のように頑丈ならば問題ないが、先生のように脆弱であれば、生きていくには常に死と隣り合わせと言ってもいいだろう。
きっと、父親として悩んでいたに違いない。
そんな先生の息子を守る大役を、春原ココナに任せてくれた。
立派なレディーとして、絶対にこれに応えなければならないと思った。
「はい!この梅花園の教官にお任せください!」
ココナは先生の頼みを肝に銘じる。
「絶対に咲斗君を守り、そして仲良くなって見せます!」
笑顔で胸を張って宣言する。
そうして、ぺこりと一礼すると咲斗を追ってココナは執務室を出ていった。
「……本当に、ありがとう」
父親に代わって息子を見ていてくれる生徒に、先生は深く礼を言った。
ふと、時計を見る。すると、そろそろ次のタスクに取りかかってもいい時間になっていた。
しみじみと感慨に耽っている暇はないと、デスクに腰掛けようとする先生。
しかし、執務室の様子が何かおかしいことに気づく。
「……あのさあ、先生」
声を低くしたホシノがゆらりと覗きこんでくる。
これはいつも眠そうにしているアビドス対策委員会のホシノではない。
余裕を失くした、本気になった臨戦態勢のホシノの顔だ。
「ほ、ホシノ?」
「あまり女の子の前で『愛した人』なんて口にしない方がいいよ?」
「では、私もこれで」
ホシノとリンが冷徹な目で先生を見下ろした後、振り返ることなく執務室を出ていった。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
先生の背後では、ユウカが気を紛らわすためにコーヒーを豆ごとがぶ飲みしていた。
「ユウカ!?やめるんだ!豆ごとはマズいから!」
「ななななんですか私は至って正常ですよええ正常です別に先生の愛した人が出てきたことで精神を乱されたわけではななななななななな」
ユウカの目元にはとても深いクマができていた。
「でででで、でも大丈夫なんでしょうかあああああの子達。うまくやってきてるかごぼぼぼぼぼ」
「ユウカ!まずはその缶から手を放して!」
どうにかユウカを制止して、ソファに横にさせてやる。
先生が所帯持ちであったことが相当堪えていたようで、ここ最近はカフェイン中毒寸前までコーヒーを摂取するようになったらしい。
「でも、心配はいらない。もしものために手は取ってあるよ。あの子達のためにも」
夢の中で唸らされているユウカに聞こえない声で、先生は呟いた。
§
シャーレのビルから出て、D.U.シラトリ区で咲斗が信号待ちをしていると。
「咲斗くーん!待ってー!」
背後から、春原ココナの高い声がしてきた。
咲斗は少し振り返るも、無視して先を急ごうとする。
が、追いついたココナに袖を掴まれる。
「待ってよ!待ってったら!先生なら当番の生徒を置いて先に行っちゃダメだよ!」
「うっせーよ。なんでついてくるんだよ。当番にならないんじゃなかったのかよ」
「それは君が勝手に決めたんでしょ!?私、君の当番することにしたから!」
「はあ!?いや、あんなことあったのに無理することは――」
ばつが悪そうに目を逸らす咲斗。
「無理なんてしてない!私がやりたいからするの!」
ココナはがしっと咲斗の手を取って向かい合う。
咲斗の顔を真剣な眼差しでしっかりと見つめる。
「先生に咲斗君のこと、お願いされたから。私が咲斗君の力になるよ」
ココナから発せられた先生の名に咲斗は露骨に機嫌が悪くなり、手を振りほどいて先を行こうとする。
「もう!無視しないでよ!」
「オレはこれから研修先の山海経ってとこに行かないといけないんだよ」
「それなら大丈夫。私は山海経高級中学校の生徒だから!」
「は?高校生?お前どうみても子供じゃ――」
「子供って言わないで!レディーに失礼でしょ!」
今度はココナの機嫌が悪くなる。
ピシッと言われた咲斗はココナに押されて「どこがレディーだよ……」などと零しながら黙る。
コホンと咳払いして、ココナは続ける。
「私は山海経の梅花園の教官なの。元々私が咲斗君の当番になるって話があったから、あらかじめ研修先が梅花園になっていたと思うの」
「だから何だよ」
「当番になったからには、私が送ってあげるね。はい、手を放さずについてきて!」
「ちょっ……」
そう言うと、ココナは咲斗と手を繋いで歩き出す。
「て、手を繋ぐことはないだろ……?」
「だめ!ここキヴォトスは危ないから、子供が一人でいるのは危険なんだよ」
「だからお前だって子供」
「ココナ教官って呼んで!」
「当番なのか教官なのかどっちなんだよ!」
「どっちも!」
半ば強引に手を引きながら、ココナは咲斗を連れて山海経へ向かう路線のある駅へと向かう。
ココナにとっては、それは恋人同士がやるそれというよりも、子供の手を引くそれの意味の方が強かった。
女の子と手を繋いだ経験のない咲斗は周りの目を気にしてキョロキョロと周囲を見渡すも、ココナは気にしない。
途中、すれ違い様に微笑ましそうに見てくる獣人の存在に気づき、咲斗は顔をさらに紅くする。
「なあ、そろそろいいだろ?オレもう11だし手を繋ぐなんて……」
「もう、あんまり言うこと聞かないと減点するよ?」
「あのなあ、そう幼稚園児みたいに扱われるとムカつくんだよ!」
「あっ!?」
我慢の限界が来たか、咲斗はココナの手を強引に振り払う。
「危ないから手を繋いでないといけません!」
「だからそうやって園児みたいに扱うのやめろって言ってんだよ!」
「咲斗君は先生と同じで脆弱なんだから、このくらいの扱いでいいの!」
「何だとぉ!?」
駅の入口付近で、再び咲斗とココナはぶつかり合う。
「当番のクセになんだよその言い方!オレを補佐するんならオレに従えよ!」
「当番は先生を補佐するのと同時に守らないといけないんだよ?このくらい当然だよ!」
「じゃあお前あのクソ親父とも手を繋ぐのかよ!」
「繋いだことあるもん!」
「どう見てもお前が守られている側だろうが!」
「ちーがーうー!私が守ってたの!というか親をそんな呼び方しないの!」
「親を何と呼ぼうがオレの勝手だろうが!」
もはやこのぶつかり合いは定番になりつつあった。
そうして再び掴み合いになりそうな一触即発の雰囲気になった時に、それは起こる。
巨大な入口のある駅舎の壁が、突如として爆破されたのだ。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
テレビ番組を中継していたモニターのある近代的だった壁は轟音を立てて崩れ去り、利用客の悲鳴と共に大小の瓦礫を飛散させる。
その中でも一際大きな岩の塊がココナに向かって落ちてくる。
「危ないっ!」
咲斗は咄嗟にココナに覆いかぶさるようにして庇い、ちょうど近くにあった花壇に身を隠す。
咲斗とココナのいた場所には、少し遅れて人体など軽々と押しつぶしそうなコンクリートが落ちてきていた。
「咲斗君……」
呆けるようにココナは咲斗を見上げる。
まるで咲斗が自分を助けたことが予想外だと言わんばかりの顔だった。
すぐ近くにココナの顔があることに咲斗は気づく。
少しだけ匂いがすることに気づいて慌てて飛び退いた。
「な、なんだよ。喧嘩してた相手を助けるのがそんなにおかしいかよ」
恥ずかしげに咲斗は言う。
実際はそうではないのだが、ココナは思わずクスッと笑ってしまう。
「何がおかしいんだよ」
「ううん、何でもないよ。ただ、あれだけお父さんが嫌いなのに先生みたいなことするんだなって」
「オレだって先生だから!生徒を守るのは当然だろ!?」
ムッとして反論した咲斗だったが、そこに駅の構内から怒号が飛んでくる。
「いつまで待たせんだこの鉄道は!もう1時間も遅延してんだぞ!?とっくに会合の時間過ぎてんだろうが!」
「で、ですがバスジャック犯が線路上で立て籠もっているという報告がありまして電車を動かすわけには……」
「利用客にこれ以上迷惑かけてんじゃねぇ!責任取れよ!」
利用客らしい生徒と、車掌が言い合っている声だ。先ほどの爆発はこれが原因だろう。
「また事件だよ……」
駅構内を覗きながらうんざりしたような声でココナは言う。
こういったことはキヴォトスでは日常茶飯事だ。
「……どうやら、早速先生の出番みたいだな」
すると、咲斗が身を隠していた花壇から立ちあがる。
「親父よりも上手くやれる。いけるか、ココナ!」
「……は、はい!」
一拍子置いて、ココナはまるで先生に返事するように返した。
§
駅のホームでは、フルフェイスのヘルメットを被った少女が銃を乱射していた。
キヴォトスを代表する荒くれ者の生徒の集団、ヘルメット団だ。
ヘルメット団のうち一人が、駅員と見られる獣人の胸倉を掴んで威嚇している。
止まってしまったエスカレーターに伏せながら、咲斗とココナは様子を伺う。
「……人質がいるな。数は3だ」
「私だけで大丈夫かな……」
銃の整備をしながら、ココナは心配そうに呟く。
ココナの覚えている限り、先生は戦闘の指揮に専念して生徒が前に出る。
しかし、今のところ咲斗の前に出れるのはココナ自身だけだ。
いざとなったら咲斗を守るつもりではあるが、戦えるのが自分だけだとどうしても不安になってしまう。
「誰がお前一人だけで戦うと言った?」
しかし、それはココナの常識に沿った場合の話だ。
咲斗は持っていた鞄からアサルトライフルを取り出して弾薬を詰め込んでいた。
「さ、咲斗君!?どうしたのその武器!」
「シャーレを出た時にコンビニで買った」
「そういう話じゃなくって!咲斗君も出るの!?」
「ああ。オレも一緒に戦う」
「ダメだよ危ないよ!」
「お前が決めることじゃない!オレはクソ親父とは違う先生になる。それもあいつみたいに後ろで隠れてるだけじゃない、生徒と一緒に立てる先生に……!」
「咲斗君……」
先生はそんな人じゃない、と出かけた言葉をココナは呑み込む。
ココナは咲斗を案じる以上に困惑が混ざっていた。なぜそこまで父親を目の敵にしているのか。それが分からなかった。
「――行くぞ。準備はいいか?」
「う、うん」
軽く作戦の説明をした後、咲斗はココナの顔を見る。
頷くココナだったが、不安は拭えなかった。
それは作戦を遂行できない不安ではなく、咲斗を守れるかどうかの不安だ。
聞いた感じだと作戦に問題はないし銃の扱いもつい最近キヴォトスに来たにしてはとても手慣れている。
とはいえ、やはり先生と同じで脆弱な肉体、しかも先生の息子であるがゆえにそれに輪をかけているだろう。
咄嗟の事態に守れるかどうか……。ココナは、なるべく咲斗に注意を払っておくように意識することにした。
「……っ!」
ココナに目配せすると、咲斗はヘルメット団員の足元に発煙弾を投げ込む。
「な、何だ!?」
発煙弾は滑るように静かにヘルメット団員の靴を小突き、煙を噴射。
瞬く間に駅のホーム一帯の視界が奪われた。
ココナは煙に紛れながらホームから降り、線路を伝ってヘルメット団員がいる反対側へと回り込む。
咲斗と挟み撃ちをする形だ。
そして、煙の中に見える影に向かって愛用の銃――ではなく、咲斗に支給された武器を向けて放つ。
「うわぁっ!何だこれっ、絡みついて……!」
ココナの手に握られたそれは、ネットランチャー。
銃弾ではなく敵の動きを封じる網を発射する、敵制圧用の拘束に特化した銃だ。
まずは一人。
咲斗もココナも体格で劣っているため、格闘で制圧するのは現実的ではないが、この道具を使えばそれができると咲斗は教えてくれた。
「こ、こっちもだ!誰だ!?ヴァルキューレか!?」
「落ち着け!こんなに早く来るはずないし、なにより投降を呼びかけてくるはずだ!」
慌てふためくヘルメット団員をよそに、ココナが咲斗の様子を探ると、咲斗は近くの自販機に飛び乗っており、その上に跪いて息を殺していた。
呼びかけようとするココナだったが、咲斗は彼女に向けて人差し指を口の前に置くジェスチャーをした後、すぐ下を注視する。
煙幕弾の煙が徐々に晴れていくと、そこには自販機の前で咲斗のネットランチャーにより拘束されたヘルメット団員を、まだ無事なヘルメット団員が助けに来ていた。
「……っ!」
それを確認した咲斗は自販機を蹴り、ヘルメット団員達のいる位置へと押し倒す。
「う、うわーっ!」
ヘルメット団員は二人とも自販機に押しつぶされて悲鳴を上げる。
その倒れ伏したヘルメット団員に、咲斗はアサルトライフルを突きつけた。
「駅員さん、無事か?」
「え、ええ!ありがとうございます!助かりました!」
自販機の影には咲斗が退避させた駅員がおり、傷一つ負っていなかった。
「何しやがるこのガキ!こっちは電車の遅延を抗議してただけなのにここまでする必要ないだろ!?」
自販機に胸まで浸かっているヘルメット団員が咲斗を見上げて声を上げる。
「抗議するのに銃弾なんて使うなよ。そもそもここで暴れたらもっと電車が遅れるだろ!」
咲斗は至極真っ当な正論でヘルメット団員を一蹴する。
ぐぬぬとヘルメットの奥で下唇を噛むヘルメット団員。
一部始終を見ていたココナだったが、想像以上に咲斗が戦闘に慣れていて驚いていた。
すぐに作戦を立てて実行する能力は父親譲りだが、それ以上に銃や武装の扱い、そして地形を利用するゲリラ戦術の能力は確かにある。
下手をすれば、そこらの生徒であれば脆弱でありながらも完勝してしまいそうな気がした。
とにかく、咲斗に声をかけようとしたココナだったが、カチャ、と何かの金属が蠢く音がした。
「生意気言うなよ……このガキ!!」
ココナが網に捕らえたヘルメット団員が、網の中から手を伸ばして咲斗に銃を向けていたのだ。
「咲斗君、危ない!」
「ぐっ!?」
ココナは咄嗟に駆けだして、咲斗を押し倒すようにして庇う。
先生に咲斗を任された以上、どんなに痛い思いをしても咲斗を守ると決めた上での決死の行動だった。
背中に銃弾を受けることを覚悟して、ココナはぎゅっと目を瞑る。
「ココナ……」
今度は咲斗が意外そうな顔をしてココナを見る。
まるで抱きつくように咲斗の盾になろうとしており、ココナの柔らかい髪の感触が咲斗の頬から伝わってくる。
恐れているのかぷるぷると震えている。そんな思いをさせてしまったことに咲斗は自分を情けなく思った。
しかし、銃弾が発砲されることはなかった。
「オイ、そこのちっこいの」
目を開けると、咲斗やココナ以外の生徒が割って入っていた。
背は咲斗と同程度で、髪は片側を三つ編みに結んだ橙色の短髪に長いアホ毛。上着を腰に巻いてシャツのボタンを殆ど解いており咲斗以上にがさつな印象を与える。
そんな柄の悪そうで目つきの悪い少女が、ヘルメット団員から銃を奪い押さえつけていた。
「詰めが甘ぇんだよ。網に捕らえたくらいじゃ簡単に手を伸ばせるだろ?せめて銃を蹴とばすくらいはしとくんだな」
少女はココナと、その下に倒れている咲斗の手を引いて「立てるか?」と無事を確認しながら、指摘する。
「は、はい……。ありがとうございます……?」
唐突に出てきた生徒に言葉を失う咲斗。
ココナも、どうにか言葉を絞り出すことで精一杯だった。
「それと、お前も」
少女は今度は咲斗の方へと視線を移す。
「その歳にしちゃ悪くねぇ技量だし筋もいいけどよ。あー、その……なんだ」
頭をポリポリと掻きながら、少女はどうにか言葉を探す。
「人のこと言えた義理じゃねぇが、あんまり周りに心配かけて無理させんじゃねぇぞ」
「……」
居心地が悪そうに、咲斗は少女から目を逸らして押し黙ってしまう。
「ま、次は上手くやれ」
ポン、と手を肩の上に乗せ、少女はホームを後にする。
駆けつけてきたヴァルキューレの生徒に状況を報告することは欠かさない。
そして、人目のない場所を探してスマートフォンを取り出し、電話をかける。
「……言われた通り、『本当に危ない時』だけ助けといたぜ……先生」
『……ありがとう。咲斗を守ってくれて』
「それと、先生のガキ……咲斗だったか?あいつの意思も否定しないようにした。親父と違って隠れてるだけじゃない生徒と一緒に立てる先生、だったか?大胆なこと考えやがるよな」
『きっと、咲斗にも考えがあるんだよ。私に代わって、あの子とあの子を取り巻く子達を見守ってあげて欲しい』
「見守る、ねぇ……。あたしが一番苦手にしてることだっつーの」
『大丈夫。君にならできるって信じてるよ』
「んなこと言われたらやるしかねぇじゃねぇかよ」
乱暴めに電話を切る。
これからも面倒なことを呼び起こしてくれるであろう咲斗とココナのことを思うと、美甘ネルは思わず溜息が出る。
「ったく……先生もどこぞの会長と変わらねぇじゃねぇか」
しばらくは制服を着て一般生徒に扮したまま、スカジャンを着たいつもの姿には戻れなさそうだった。