キヴォトス三大学園の一つ、ゲヘナ学園。
その中枢を担う生徒会の役割を持つ万魔殿では、重苦しい空気が流れていた。
荘厳な、悪く言えば見栄を張っているとも取れる豪華なインテリアの揃った万魔殿の執務室。
窓際に佇んでいるのは、裾の非常に長いジャケットをマントのように羽織り、悪魔の如き立派な角を生やした軍帽を被った女――万魔殿の議長、羽沼マコト。
その背後に控えている毛量の多いこんもりとした赤毛を降ろした小柄な少女は、同じ万魔殿のメンバーである棗イロハ。
マコトはいつになく真剣な面持ちをしていた。
「……イロハ。例の話は本当か?」
窓の外を眺めたまま微動だにせず、背後に控える棗イロハに問う。
マコトの視線の先ではゲヘナ第一校舎の前で生徒達が銃を手に駆け回り、銃弾や榴弾を浴びせ合っているありふれた光景が広がっている。
「間違いありませんよ。しっかり本人から聞きましたから」
イロハはマコトの問いに淡々と答える。
執務室には、マコトとイロハ以外の万魔殿所属の生徒はいない。
不気味なほどに静まり返り、それだけに事態が深刻であることを暗示していた。
「っ、そうか……」
イロハが答えると、マコトは息を呑み、帽子を深く被りなおして俯く。
「……そうか。まさかこのマコト様の知らぬ所でそんなことがあったとはな」
わなわなと肩を震わせる。
その肩に乗る感情は怒りか、悲しみか、あるいは恐れか。
マコトがどんな顔をしているか、イロハからは伺い知ることができない。
「……どうしますか?マコト議長」
一拍子置いて、イロハは指示を仰ぐ。
イロハもまた、やや緊張感のある顔つきになっていた。
それはこれからのマコトの決断が、今後の万魔殿に大きな影響を与えることになるために他ならなかった。
「決まっている」
マコトは即答する。
「私は万魔殿の頂点に立つ者だ。大きな決断ほど躊躇していては全体の士気に関わる」
窓から振り返ってイロハにようやく顔を見せ、口角を吊り上げて「キキキ」と笑う。
「ということは」
「ああ、そうだ」
合点が行ったイロハをマコトは肯定する。
「これだけは絶対に為さねばならん――」
「――先生の息子をイブキの友達にすることはイブキの、引いてはゲヘナ全体の悲願なのだ!!」
マコトの大声が、執務室を支配していた静寂を粉砕した。
「……はぁ。ようやく気づいたんですか」
耳から指を抜きながら溜息交じりにイロハは言う。
丹花イブキ。
万魔殿の最年少のメンバーであり、マスコット的存在であり、マコトのみならずイロハからもとてつもなく可愛がられている無邪気で可憐な少女。
「前々からイブキは先生のお子さんに会いたがっていましたよ」
呆れつつイロハはマコトに細かく説明する。
そもそも、先生の息子の存在が明らかになった時から、イブキと同い年であることもあり彼女は先生の息子と友達になりたがっていた。
しかし、マコトがその願いを認識したのは、先生の息子がキヴォトスに来て一週間以上過ぎてからの今だったのだ。
「何だとっ!?それは本当か!?いや、そんなハズはない、このマコト様がイブキの願いを聞き逃すことなど万が一にも有り得ん!」
「何言ってるんですか、何度も聞き逃していましたよ。何ならイブキをここに呼んで改めて聞きますか?」
イロハはマコトに冷静に突っ込む。
どこかマコトへの当てつけを含んでいるような口ぶりだった。
「クッ、バカな……。この羽沼マコト一生の不覚……!これまでいくらでも時間はあったはず、何故今まで気づかなかったんだ……!?」
「先生が妻子持ちだと知ってしなしなになっていた風紀委員長を煽ることに全力を尽くしてましたね」
「クソッ!無駄な時間を過ごしたことなど一秒たりともなかったはずだ!」
テーブルに拳を振り下ろしてマコトは悔しがる。
「……それで、結局どうするんですか?先生に聞いたところだと山海経の梅花園に研修の名目で身を預けているようですけど」
「……キキキ、イロハよ。心配は無用だ。既に手は打ってある」
ニタリとしたり顔で歯をむき出して笑うマコト。
マコトの真意を理解できず、イロハは小首を傾げる。
「手を打つって……まさか山海経に何か吹っ掛けるんですか?そもそもゲヘナと山海経は救急医学部以外全くと言っていいほど交流はありません。あまり刺激しない方が……」
「甘いな、イロハ。私の情報網を侮ってもらっては困る」
イロハは嫌な予感がしながらも「はぁ」と相槌を打つ。
「イブキのことだが、先日先生と共に職業体験に参加したことは知っているな」
「はい、それは知っています。戦車の見学もしていましたね」
「だが、どうやらイブキが将来希望している職業は先生のようなのだ」
「先生?なぜ先生が」
「そうではない!職業としての先生だ!」
マコトはイロハを指差して訂正しながら、雄弁に語る。
「そこで私はイブキを先生の息子に合わせる完璧な作戦を考えたのだ。ずばり、イブキを職業体験生として梅花園にねじ込めばいい!」
「……まあ、不可能ではないでしょうけれど。そんなに上手く行くんですか?」
「バカめ。上手く行くなどではない、『上手く行った』のだ」
「はい?」
イロハは耳を疑い思わず前のめりになる。
「議長、まさかとは思いますが……」
「察しの通りだ。既にイブキは山海経の梅花園に職業体験生として研修に行った!そこでしばらく世話になることになる」
「な、なんてことを……」
イロハは立ち眩みを覚えて倒れそうになるのを寸で踏みとどまった。
「キキキ、シャーレの先生にこのことを話せば呆れるほどスムーズに事が進んだぞ。しかも、幸いなことにイブキを先生の息子の当番にしてくれるらしい。これでイブキは先生の息子と友情を育み、そしてあわよくば息子を懐柔してシャーレを支配下に置ける……キキキ、このマコト様の恐ろしいほどの聡明さよ」
自身の計画を自画自賛しながら、マコトは高笑いしていた。
しかし、マコトは気づいていなかった。自身の失ったもののことを。
「……議長。イブキの送別会は計画しましたか?」
「いや、別にはしていないが。別にもう会えなくなるわけでもあるまい?」
「そうですけど、少なくともしばらくは会えなくなりますよ」
「何故だ?我々から赴いて様子を見ればよかろう」
「ご自身の立場を考えてください。梅花園は山海経でも特に重要視されている場所。アポ無しでゲヘナの万魔殿が梅花園に突入すればそれだけで大事、下手をすれば全面戦争ですよ」
「……」
「しばらくイブキとは遊べなくなりますね。はぁ……こんなことならもうちょっとイブキに構っておくんでした」
マコトは石のように固まったまま頭の中で現在の状況を処理する。
研修に行くということは、イブキは一時的に万魔殿の所属ではなく梅花園の所属となり、おいそれとは会えなくなる。
それはマコトやイロハが日常的に可愛がっていたイブキと遊べなくなることを意味しており、しばらくの間、万魔殿はイブキ抜きでの活動を余儀なくされることになったのだ。
「な……何ィィィィィ――――ッ!!」
当然、マコトからすれば想定外であった。
§
梅花園に備え付けられているテレビの前で、咲斗は園児達の真ん中に座り込み、皆と一緒にその画面を、固唾を飲んで見守る。
皆一様に真剣な面持ちであり、その画面の中の出来事に全集中力を割いていた。
「……あっ」
園児の一人が声を上げるが、ハッとして声を殺す。
動揺はしたが、まだ終わってはいないようだった。
「……行け」
不意に咲斗が声を漏らす。
すると、それに釣られたかのように園児達が次々に声を上げる。
「いけー!がんばれー!」
「まけるなー!」
「勝ってー!」
立ち上がり、無我夢中に心からの声援を送る。
まるでそこにヒーローがいるかのようだった。
やがて、その声援は歓声に変わった。
「よっしゃあああっ!」
「やったぁー!」
「かっこよかったー!」
園児達に混じって咲斗も立ち上がり、拳を突き上げる。
目の前のテレビの画面の中では、苦戦の末に敵を打ち倒した主人公の背中と仮面ドライバーのエンディングテーマが流れていた。
「仲間のピンチに駆けつけるとこ、すげぇかっこよかったな!『ひと走り、付き合えよ!』って決め台詞!」
「わぁー!咲斗くん仮面ドライバーみたい!」
作中の仮面ドライバーの決め台詞を真似る咲斗に、園児達はきゃいきゃいと歓声を上げていた。
「かっこいーい!イブキ、仮面ドライバーはじめて見たけど楽しかった~!」
「ん……?」
そんな時、咲斗は違和感に気づく。
自分と取り囲む園児達の中に、明らかに浮いている服装の女の子がいるのだ。
その子は梅花園の園児服ではなく、背丈に対してあまりにも大きいぶかぶかな黒い上着を羽織っており、その下には初等部らしい可愛らしい制服が見え隠れしている。
「お前……新しい子か?」
「イブキに何か用~?」
金髪の女の子はイブキと名乗る。
よくよく見ると、小悪魔らしい角に羽、そして尻尾が生えている。少なくとも、山海経の生徒に見られる特徴ではない。
「イブキって言うのか。ここの新入生か?……ってその腕章、ゲヘナぁ!?」
上着に巻かれている腕章のマークを見て咲斗は目を見開く。
ゲヘナの生徒がなぜ梅花園に忍び込んでいるのだ。
咲斗が戸惑っていると、ドタドタと勢いよく駆ける足音が聞こえてくる。
「あー!咲斗君、いないと思ったらここにいたの!?まだ朝のテレビの時間じゃないよ!」
ココナが教室に顔を出して、開口一番咲斗を??りつける。
「いーじゃん別に。この時間は仮面ドライバーとムシクイーンがやってるんだよ」
「そういうのはこの子達に刺激が強いからだめ!1時間後にモモフレンズの番組やってるからそれ見せてよ」
「でもいっぱいアニメ見れた方が楽しいじゃん。オレとしてはモモフレンズよりそっちの方が好きだし」
「咲斗君が見たいだけでしょ!」
「みんなも、面白かったよな?」
「そーだよー!」
「面白かったから次も見せてよ!」
「へんけんはいけないことだよ!」
「うっ……」
咲斗に釣られて園児達は次々とココナに抗議の声を上げる。
子供達の声に怯みながらも、ココナはあることを思い出して咲斗に詰め寄る。
「それよりも、新しくここに来る子知らない!?シュン姉さんと待ってたけど時間になっても来ないの!」
「それって、イブキのこと~?」
「そう!丹花イブキって名前の子で、新しい教官として梅花園に来るって……」
「「え?」」
咲斗とココナは同時にイブキを見る。
「もしかして、君が……?」
「うん!イブキはイブキだよ~!先生になるための職業体験としてここに研修に来たの!」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべて二人を見上げる。
その邪気のない笑顔は眩しささえ感じられた。
「職業体験なんて話あったっけ?」
「私も今朝シュン姉さんから聞かされたんだ。本当に、急に決まったんだって」
「ねぇねぇ、君が咲斗くん?」
その時、ちょいちょいとイブキが咲斗のスーツの裾を引っ張ってきた。
「ああ。オレが咲斗だけど」
すると、イブキはぱあと顔を明るくして、咲斗に抱きついた。
突然のことに咲斗が戸惑っていると、イブキは咲斗の胴に密着してその顔を上目遣いで見上げてくる。
「やっと会えた~!イブキ、先生が君の当番にしてくれるんだって!ずっと会いたかったんだ~!」
「お、オレの当番!?」
「ね、一緒に遊ぼう?」
「ち、近いって……!?」
咲斗はまだ11歳で、イブキもかなり背が低いとはいえその身長差は頭一つ分には満たない。
つまり抱きつくとイブキの顔が目と鼻の先にあるわけで、イブキの息遣いすら咲斗には感じられた。
「わぁ……」
「すごい……これがれんあい……?」
その光景を園児達は胸をときめかせながら見守っていた。
「さ……咲斗君のエッチぃぃぃ!」
「なんでオレに言うんだよ!?」
しかしココナだけは例外で、以前の「混浴」事件を思い出したのか、頬を赤らめながら咲斗とイブキの間に割って入るのだった。
§
その後、イブキを見つけた咲斗とココナはシュンから事情を説明された。
イブキたっての希望ということもあり、万魔殿から職業体験生としてイブキを推したいという要請があって、それを快諾した先生が咲斗の当番にと梅花園へ送り出したそうだ。
きっと、イブキも咲斗やココナと歳が近いこともあって友達にして欲しいのだろう。
「なんだよそれ……余計な気遣いしやがって」
当然、父親である先生が絡んでいることもあり咲斗としては面白くない。
「え……?イブキ……余計だった?」
「いやいや、イブキは悪くないって!」
泣きそうな顔になったイブキを慌てて宥める咲斗。
しかし、それ以上に複雑な心境なのがココナだった。
(私だけじゃ……役不足っていうこと?)
当番として先生の息子である咲斗を導き、守る。
そう先生に約束したはずだ。だが、ここに来て同じ年の生徒が咲斗のもう一人の当番としてこの梅花園に研修に来た。
そう思うと、何故だか無性に落ち着かない思いがした。
「ココナちゃん!」
「はぇ?」
すると、イブキがココナの元に来て手を握ってくる。
「ココナちゃんだよね!いくつなの?」
「じゅ、11歳だけど」
「イブキも一緒~!咲斗くんやココナちゃんと同い年なの!これからよろしくね~!」
「う、うん」
微笑みかけてくるイブキに、ココナは笑みを返すことができなかった。
この日から早速、イブキを咲斗とココナがバックアップして教官としての仕事をすることになった。
当初はイブキも園児達とそこまで変わらない背丈や言動の幼さもあって苦労するかと思いきや、意外と手はかからなかった。
たとえば遊戯の時間。
「じゃーん!これ、忍ペロさん!」
「あ、ペロロ様だー!イブキちゃん、それどこで貰ったのー?」
「百鬼夜行の渦巻映画村!イブキね、そこでお姫様をやって忍者の人達に助けてもらったの!」
「お姫様やったの!?すっごーい!」
「いいなー」
イブキは園児達の輪の中に混じり、モモフレンズの話題の中心になる。
以前の思い出を語りながら園児達の興味を惹き、瞬く間に園児達に溶け込んでいた。
「百鬼夜行に忍者っているのか!?漫画やアニメじゃなくって?」
忍者という言葉の響きに惹かれるものがあったか、イブキと共に園児に構っていた咲斗も話に混じる。
「本当にいたんだよ!忍術研究部やってるの!」
「キヴォトスって本当に色んな学園があるんだな……」
「そうだ、咲斗くん!」
すると、イブキが目を輝かせながらとてとてと咲斗の前に出てくる。
「咲斗くんも忍者みたいに強いんでしょ!?」
「オレか?まあ、そこらの生徒に負ける気はないけど……」
「先生が言ってたよ!悪い人をやっつけたんだって!忍者みたいにあんぶっしゅしてババーンって!」
「ア、アハハハ……あれ忍者って言えるのか……?」
「先生も驚いてたよ!どこであんなに戦えるようになったんだって!」
「まあ……少なくともあいつよりは強くありたいとは思ってるかな」
先生の話題を出されて顔を引き攣らせながらも咲斗は答える。
確かに咲斗はキヴォトスの外の人間でありながらも生徒と同じく銃撃戦、特にゲリラ戦術をそれなりにこなせる。
すべては咲斗の鍛錬の結果だが、確かにやってること自体は忍者っぽいかもしれない。
「『先生』なのに戦えるってかっこいい!」
「そ……そうか?かっこいいか?」
「イブキにも忍術教えて~!」
「おう!いつかイブキにも教えてやるからな!」
咲斗は舞い上がったように顔をほころばせてイブキに笑いかける。
父とは違い、生徒と共に戦える自分を褒められてとても嬉しそうにしていた。
授業の時間。
教官見習いとなったイブキの授業は、ある意味で園児達にとてもマッチしていたと言ってもいい。
「それではイブキ先生から問題です!おやつの時間にイブキがプリンを1コ、咲斗くんとココナちゃんがアイスを1コずつ食べます。おやつを何個食べたでしょうか~?」
(3個だよね)
(3個だよな)
教室の隅で見守っている咲斗とココナは互いに目配せをする。
イブキが算数の問題を出すと、園児達からははいはいはいと次々に手が上がる。
「はい、いちばん早く手を上げたきみ!」
「みんなが1個ずつおやつ食べられるなんてすっごく幸せー!」
「えっ?3個じゃないの!?」
思わずココナが思ったことを口に出してしまう。
「ココナちゃん違うよ!」
「3個を分け合ってるから幸せでしょ!」
「そ、そうなの……?」
口々に寄せられる園児達からのダメ出しにたじろぐココナ。
「あっ、食べた後は歯みがきは忘れないでね!」
「は~い!」
イブキの呼びかけに園児達は元気よく応じる。
教育になるという意味ではしっかりと授業になっていた。
「……考えてみれば確かにな」
「咲斗君も納得しないで!これ算数の授業だよ!?」
自分だけが納得がいかないことに納得できないココナであった。
§
午後からはおやつの時間……であったが、この日は咲斗が玄武商会からの依頼で出張に出る予定があった。
『教官』としてではなく、『先生見習い』としての仕事だ。そのため、当番としてココナとイブキが付き添いで出ることになった。
本来、付き添いはココナだけの予定であったが、イブキが当番に加わったことで着任後即当番としての初仕事をする形になった。
「なあ、もっと遅れて出てもよかったんじゃねぇの?」
「おやつ、食べたかったな~……」
百鬼夜行行きの電車に乗った咲斗達。
咲斗とイブキは車両のボックスシートに座り、車窓にもたれかかりながら名残惜しく呟く。
「仕事は早い方がいいでしょ」
ココナは咲斗の隣の通路側の席に座って、背後から咲斗を説教する。
「先生ならきっとおやつのためだけに仕事を遅らせることなんてないと思うよ。先生見習いじゃなくてちゃんとした先生になりたいのならこういう所からしっかりしていかないと」
「イブキ、こんなことコイツは言ってるけどな、多分おやつがキャロットケーキだから早く出たかっただけだと思うぜ」
「な、なぜそれを……!」
得意げに説教していたココナの牙城はいとも容易く崩れ去る。
「えぇ~!?ココナちゃんにんじん食べられないの~!?」
驚きながら振り返って言ってくるイブキに、ぐぬぬと歯噛みする。
「そ、そういうイブキちゃんはどうなの!」
「イブキ、にんじんやピーマンは苦手だけどにんじんやピーマンの料理なら食べられるよ~!」
「ぴ、ピーマンまで!?」
自分だってにんじん料理なら先生と一緒に食べたことある、という切り札を消し飛ばされ、愕然とするココナ。
「ココナって人にはグダグダ言うくせに自分の欠点については無頓着だよな」
「レディーにも欠点の一つや二つはあるの!細かいこと言ってたら先生みたいな大人には――」
「クソ親父のこと引き合いに出すなよ。そうやって無理して見下してくるの見苦しいからやめろよ」
「見苦しいって何!?私は先生から咲斗君を任されたから言ってるだけで……あと父親をクソ親父なんて呼ぶのはいけないって何度も――」
「わぁーっ!!咲斗くん、ココナちゃん、見てみて!おっきいー!」
咲斗とココナが口喧嘩に発展しかけたその時、イブキが車窓に見える景色を興奮しながら指差した。
そこには、百鬼夜行のシンボルでもある見事な桜の神木が見えていた。
イブキは百鬼夜行には何度か来たことあるが、咲斗とココナは初めてだ。
それゆえに、口喧嘩も忘れるほどにその巨木は美しく、しばらく二人も魅入られていた。
「……」
「……」
ここでの喧嘩は神木によって未然に防がれた。
だが、電車を降りるまでそれ以上咲斗とココナが言葉を交わすことはなかった。