百鬼夜行連合学院は、観光業で賑わっている学園自治区だ。
そのため、敷地内には多くの食材や名産品、それらを利用して作った料理などが売られている。
玄武商会からの依頼とは、目ぼしい食材や料理などの「美味しそうなグルメ」があればそれを購入して持って帰ってきてほしいというものだった。
勿論、それは咲斗達年少の子供から見た視線での「美味しそう」を調査する目的も兼ねている。
「これうんめー!」
「こんな甘いの初めて……」
「あま~い!」
百鬼夜行の喫茶店「百夜堂」で、咲斗達はいちご餡蜜を頬張っていた。
スイーツを頬張りながら咲斗、ココナ、イブキは一様に至福の一時と言わんばかりに顔をとろけさせている。
「美味しいですよね、うちのいちご餡蜜。今ならなんとお子様割引券も付けちゃう!また来たいですよね?」
そんな三人に、百夜堂の看板娘である河和シズコが手をにぎにぎと動かしながら接してくる。
「いえ、私達は山海経にいるのでそう頻繁には……」
「また来たいな!」
「行きたーい!」
「二人とも……あ、テイクアウトお願いします」
即答する咲斗とイブキに呆れながら目を顰めながら、ココナは玄武商会に持ち帰るためのいちご餡蜜を注文する。
「そんな嬉しいことを言ってくれる子達には特大サービス!アイスバーを一本付けちゃいます!」
更なる売れ行きの匂いがしたのか、お子様向けの営業スマイルをしながらシズコはアイスバーを咲斗達に配る。
「これからも是非お越しくださいね!にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん……?」
シズコの最後の仕草には小首を傾げながらも、百夜堂を後にした。
「いやー、こんなおいしい仕事できるんならいくらでもしてぇな!」
「ねー!」
公園のベンチに腰掛けて小休憩を取り、咲斗とイブキはシズコからもらったアイスバーを手に談笑していた。
傍らには、いちご餡蜜以外にもキツネせんべいやサクラ大福のようなルミの元へ持ち帰るための百鬼夜行のグルメがぎっしり入った紙袋が置かれていた。
「それにしても、やっぱ百鬼夜行ってシラトリ区とも山海経とも違うな。見たことないっていうか……タイムスリップした気分だ」
「面白いものや場所がたくさんあるの!百鬼夜行に何回も来たくなっちゃうよね~!」
風情のある和風建築の数々に加えて、神木から風に運ばれてきた桜の花びらを見かけると、何度も立ち止まりたくなってしまう。
その上、お菓子もおいしいし、場所によってはアニメのグッズやホビーの品揃えも充実している上に実際にカブトムシが生息している地域もあるという。
まだ小学生相当の歳の咲斗ですら、ここで暮らしてもいいと思えるような居心地のよさを感じる場所だった。
「えへへ~」
「どうした?イブキ」
アイスバーを食べながら、イブキはにかっと咲斗に微笑みかける。
「イブキ、咲斗くんと一緒にいるとすっごく楽しい!」
「そ、そうか?」
少しむず痒さを感じながらも、咲斗は満更でもなさそうに言う。
「うん!イブキね、ずっと咲斗くんの当番してたいな~」
「……そうだな。オレもイブキと一緒にいると楽しいよ」
純粋に、イブキが梅花園に来てから感じていたことを話す。
「そうだ!ここの近くに確かムシクイーンのカードショップがあるんだよ!そこでムシクイーンやろうぜ!」
「うん、始めよ~!咲斗くん、教えてくれる?」
「当たり前だろ!」
イブキとは気が合うし、何より咲斗のことを否定しないし自分の趣味に興味を持ってくれる。
イブキがいることで、教官の仕事も先生見習いの仕事も楽しくなった気がする。
「その前に、まだやることがあるでしょ?」
しかし、その前には腰に手を当てて不機嫌そうにしているココナが立っていた。
「今まで買ってきたやつ、お菓子ばっかりじゃない!お菓子以外も買わないとルミ会長もきっと困るよ」
ココナは百鬼夜行のグルメの入った紙袋を見る。
その中には、お好み焼きや焼きそばといった食事はなく、所謂お土産用のスイーツばかりが入っているのだ。
玄武商会の作る料理は言うまでもなく、スイーツだけではない。
であるならば、幅広い料理を持ち帰るべきというのがココナの言いたいところだ。
「でも、別に何取ってこいとかルミさん言ってなかっただろ?単にオレ達が百鬼夜行に行って、美味しかった百鬼夜行のグルメを知りたかっただけなんじゃねぇの」
百鬼夜行でおいしい料理を十分堪能できた以上、これでいいんじゃないかと咲斗は反論する。
「咲斗君!先生をやるんなら生徒のお願いをちゃんと把握しないと!偏ったらルミ会長に迷惑だよ」
「いや、だからそうやって無理に色んな料理詰め込んだらルミさんだって困るだろ!」
当番として咲斗を叱るココナだが、咲斗も引く気はない。
「先生だったらちゃんと生徒のお願いを聞いてたよ!そんな感じに適当だからお父さんと違って先生見習いなんだよ!」
「オレとクソ親父を比べるなよっ!!」
自分と父親と比較された途端に、咲斗は血相を変えて声を張り上げる。
咲斗と言い争っていたココナも、咲斗の隣でおろおろと様子を見ていたイブキも、ビクッと身体を震わせた。
その声は木々にも伝わったか、付近の木からは鳥が慌てて飛び立っていく。
「鬱陶しいんだよ……そんなにクソ親父が好きならアイツの当番になりゃいいだろ!」
「……もう、分かったよ!あとは私一人で仕事を進めるから!私は一人前のレディーだから先生に代わって仕事ができるし!」
ココナは少し悲しそうな膨れっ面を維持しながら、一人で咲斗とイブキの元を離れていった。
「ココナちゃん……」
「……ほっとこうぜ」
イブキは、咲斗の不機嫌そうな顔とココナの後ろ姿を、心配そうに交互に見つめていた。
§
「へぇ、ここが百鬼夜行のカードショップ……山海経より品揃えがいいな」
百鬼夜行のカードショップに入り、中を見て回っていた。
咲斗もイブキも、パックやカードといった商品から商品へと目移りさせながら店の中を探検する。
キヴォトス全域で流行しているムシクイーンだが、地域差は一応存在する。
山海経ではこういったサブカルチャー的なものは流通は禁じられていないものの、やはり子供向けという固定観念があるからかそこまで規模は大きくない。
老若男女問わず流行っている百鬼夜行に比べればプレイヤー人口は雲泥の差だ。
「あっ、咲斗くん見て見て!モモフレンズのみんながカードになってる!キラキラしてて綺麗~!」
イブキが興奮してぴょんぴょんと跳ねながら、額縁に飾られているカードのうちの一枚を見つける。
そこには、モモフレンズのペロロ様を中心とした奇妙なデザインのキャラクターがそのままムシクイーンのカードになったものが飾られていたのだ。
「ああ、これは確かペロロ様の映画とタイアップでカードになった時のやつだな。確か雑誌の懸賞に応募して抽選で当たった人にしかもらえなかった気が……」
おそるおそる咲斗がその値札を見ると、その嫌な予感は的中する。
「たっか……」
ペロロ様を中心としたカードには天文学的な値段が付けられており、咲斗の懐では到底買えるものではなかった。
「咲斗くん、これ買えないの?」
「このカードはもうほとんどの奴が持ってない超レアカードだからな。一枚買うだけでお年玉だけじゃ足りねぇんだよ」
「そっか……」
イブキは納得した様子だが、ほんの少ししゅんとした様子を隠しきれていない。
当然、ルミから渡された渡航費や食費に手をつける訳にもいかず、咲斗がイブキに買ってやることは到底できなさそうだった。
「そこの君、そのカードに興味があるなんてお目が高いね!ペロロ様の冒険映画のタイアップでできたペロロ様のカード!しかも単なるコラボカードかと思えば効果も超強いんだ!」
そんな咲斗とイブキに、少女が声をかけてきた。
まるで巫女服のような百鬼夜行の制服に、髪をお団子に結んでいる、ココナとそこまで背の変わらない小柄な少女だ。
強いてココナと違う点を挙げるとすれば、巫女服の上からでもはっきりと分かるほどに大きな乳房を胸に携えているということだろうか。
「……」
「あっ、私、勇美カエデ!百鬼夜行一年で修行部のマスコット!」
その明らかに丸みを帯びた、下手をすればルミやシュンのそれよりも大きなバストに思わず絶句していた咲斗。
そんな咲斗が戸惑っていると受け取ったカエデは慌てて自己紹介する。
僅かにカエデの胸が揺れ、彼女自身はそれを気にしていなさそうだからこそ、余計に咲斗の意識がそこに移ってしまう。
「あ~!修行部のカエデさんだー!」
「イブキちゃん!?ここでまた会えるなんて意外だね。久しぶり!」
「顔見知りなのか?」
「渦巻映画村でね。イブキちゃん、お姫様になったんだよね!」
「うん!お姫様になって忍者に助けてもらったの~!」
元気いっぱいに「ねー!」と言い合うイブキとカエデ。
渦巻き映画村で起こった事件で、二人の間に面識があった。
「コホン。それで、効果って?何かあったっけ……」
意識を逸らすように咲斗はカエデに聞く。
「そうそう、このカードの効果はね……なんとモモフレンズ関連グッズを持ってれば持ってるほど攻撃力が倍々に増えてくんだよ!」
「つまり、使ってる奴がモモフレンズのファンであればあるほど最強になってくのか」
「そういうこと!」
「ねぇねぇ、もしかしてこの忍ペロさんも入るかな?」
「勿論!」
「ペロロ様強~い!イブキ、いつかあのペロロ様のカードで咲斗くんとムシクイーンしたいな!」
ペロロ様が強いことに嬉しそうに跳ねるイブキ。
そんなイブキの言葉を聞いて、カエデの頭にあるアホ毛がぴんと跳ねたような気がした。
「咲斗君って……もしかして先生の息子の!?」
「そ、そうだけど……」
途端にカエデは咲斗の手を掴んで近くに寄ってくる。
その胸の重量感に押されながら、恥ずかし気に目を逸らす咲斗。
「ここにいるってことは、咲斗君もムシクイーンやってるの!?デッキ持ってる!?」
「おう、もちろん持ってるぜ。アニメも見てる。イブキにムシクイーンを教えようとこの店に来たんだ」
「イブキちゃんもムシクイーンを!?」
「うん!」
カエデは、二人の同志を見つけた感動で有頂天になり、目を輝かせながら食い入るように見てくる。
「それならさっ、あっちの対戦スペースでバトルしない?多分実戦も交えるとイブキちゃんも分かりやすいだろうし!」
「なるほど……確かにな」
デッキを見せつけてきたカエデに対抗するように、咲斗も常備しているデッキを見せつける。
男児の純情よりもムシクイーンバトラーとしての熱が前に出るようになった。
「でも、負ける気はないからな」
「こっちだって!」
「二人とも頑張って~!」
そう言って、咲斗とカエデはイブキを連れて対戦スペースへと行き、カードバトルを開始した。
§
空が陰りを見せてきて、太陽が夕焼けの顔を帯びるようになる。
ココナは百鬼夜行の商店街をとぼとぼと歩きながら、なんとなくで選んでテイクアウトした料理の数々を両手に持っていた。
当然、にんじんとピーマンを使った料理はこの中にはない。
「……やっぱり、咲斗君は私よりもイブキちゃんといた方がいいのかな」
思えば、イブキが来てからというもの、咲斗が心から笑う時が増えた気がする。
いつも教官として、多少無理があっても咲斗を注意したり叱ったりしているが、やはりそれは鬱陶しいのだろうか。
(もし咲斗君が私を必要としていないなら……私は……)
そんなことを思いながら歩いていると、目に付いたカードショップの中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
(この声は……)
その声に釣られるように店の中を覗き見ると、そこには咲斗とイブキ、そしてココナと同じくらいの背丈だがグラマラスな巫女服を着た少女がいた。
何やらカードを手にして楽しそうに遊んでいるが、あれがムシクイーンというものだろうか。
「っ……!」
(咲斗君ったら……)
もっと小言をぶつけてやろうと、ココナは店の中に入った。
熾烈を極めたバトルは終わりに差し掛かっていた。
咲斗とカエデが対峙し、それをイブキが固唾を呑んで見守っている。
情勢としてはカエデが若干優勢といったところだろうか。
次の咲斗の行動で全てが決まると言っても過言ではなかった。
「ふっふっふ……もう後はないよ咲斗君!君のターンが終われば私の勝利は確定する!」
「じゃあ、オレのターン……ドローッ!」
勢いよく叫んで、積まれたカードの上からカードを一枚引く。
咲斗はそのカードをじっと見つめる。
「鳥カブトを召喚!」
そして、手札の中から鳥のような翼の生えたカブトムシの絵柄のカードをカエデに見せる。
「それで終わり?なら、咲斗君の戦力だと私を倒せないから私の勝ちだね!」
「何を勘違いしているんだ?」
不敵な笑みを浮かべるカエデに対して、不敵な笑みを返す咲斗。
「何……?」
「オレのターンはまだ終わっちゃいないぜ……!オレにはまだこれがある!」
「そ、それは!」
咲斗が懐から取り出したものは、何かの台座だった。まるで水晶でできた台のような装飾が施されている。
「まさか、『サモンライドルール』を!?」
「その通りだ!サモンライド!!仮面ドライバーを召喚!」
咲斗はカードの名前を叫んで、手札の中から変身ヒーロー――仮面ドライバーのカードを取り出し、台座の上に乗せた状態で場に出す。
「くっ……!まさか仮面ドライバーとのコラボカードの上にもはや入手困難な激レアアイテム、クリスタルステージを持っているなんて……!」
悔しそうに、しかし羨ましそうにカエデが言う。
咲斗の持つ仮面ドライバーのカードは、モモフレンズとはまた別のタイアップ企画にて実現したカードだ。
こちらもムシクイーンのカードの中では超のつくプレミア価格のつくコラボ限定のレアカードだ。
「サモンライドルール?」
「サモンライドルール……!それはクリスタルステージを持っていればモンスターカードの出撃制限といったあらゆるルールを無視して場に出せる特別ルール……!まさかそれを使える人間がいるなんて……!」
イブキの問いを受けてか、解説するカエデ。
まだまだ、咲斗の勢いは止まらない。
「まだ終わらないぜ!このカードの効果は、決め台詞を言えば召喚即攻撃が可能になる!……『ひと走り、付き合えよ!』」
「……かーっ!負けた―……」
負けを認めたカエデは、へたり込むように椅子の上に尻もちをついた。
「でも、楽しかったぁ。咲斗君強いねー」
「こっちも、楽しかったぜ。久々に本格的にバトルできたし、ここに来れてよかった」
勝者は勝者なりに、敗者は敗者なりに、咲斗とカエデは互いを称え合う。
「咲斗くんかっこよかったー!」
「ありがとな、イブキ!どうだ?ムシクイーンのルールは分かったか?」
「最後のはよく分からなかったけど、だいたい分かった~!」
イブキはイブキで楽しめたようで、咲斗に近寄って瞳をキラキラさせていた。
「そうだ。咲斗君は先生見習いの仕事はいいの?」
もう夕方であることに気づき、カエデは対戦の最中に聞いた咲斗の仕事について尋ねる。
「ああ、それならもう終わってるよ。ほら」
咲斗はカエデに百鬼夜行で食べ回りしたスイーツの詰まった紙袋を指す。
「確かイブキちゃん曰くもう一人一緒に来てるって話してたけど……」
カエデは怪訝に思いながら、あと一人のことを案じる。
イブキや咲斗と同い年らしいが、この時間に一人で大丈夫だろうか。
一人で出歩いて魑魅一座などに連れ去られていないだろうか。
すると、咲斗はゆっくりと口を開いた。
「いいんだよ、ココナのことは。あいつがいてもオレのやることに文句ばっかり付けて、こっちのペースでやろうとするとかえって仕事の邪魔になるし」
何気なく放った、ここにはいないはずの何とはなしのココナへの文句。
それを咲斗は、本人がいる場所で吐いてしまった。
「あっ……」
カエデの何かに気づいたような息を詰まらせる声と同時に、背後でトスッと何かが落ちた音がした。
「ッ……!」
咲斗が背後を振り向くと、そこには料理のはいった紙袋を両手から落としたココナが、今にも泣きそうな表情で咲斗のことを見ていた。
「ココ……ナ……」
「……そっか。そうだよね。私……邪魔、だったよね……」
言葉を詰まらせながら、どうにか言葉を絞り出す。
行き場のない感情で手が震えるも、どうにかこらえて咲斗の方を見る。
「……私、咲斗君の当番として不適格だったね」
「……」
ショックを隠せず、重く沈んだ声でココナは言う。
その目は既に涙で潤んでいた。
今まで見せたことのないココナの表情に絶句する咲斗。
付近のイブキとカエデも呆然としている。
「咲斗君にはイブキちゃんがいるだろうから……、私、一人で、帰るね」
とぼとぼとおぼつかない足取りで踵を返す。
紙袋すら持つことも忘れて、そのままカードショップから出ようとした。
「ココナっ!オレは――」
「来ないでッ!!」
思わず呼び戻そうとした咲斗だったが、ココナは振り返ることなく声を張り上げた。
そのままカードショップの扉を蹴破るように勢いよく開いて、そのまま店の外に駆けていった。
「……」
「……」
「……」
カードショップを静寂が支配する。
しばらくの間、誰も声を発することができなかった。
「……行こうぜ、イブキ」
「……えっ」
すると咲斗が動き出し、ココナの置いていった荷物も含めて全部持つ。
「帰るぜ」
「でも……」
「ココナも山海経の教官だからどうせ帰って来るだろ」
抑揚のない声で、淡々と言う咲斗。
イブキから見れば、色んな感情を抑え込んでいるようにしか見えなかった。
「咲斗くんはそれでいいの?ココナちゃんとこのまま――」
「いいんだよあんな奴!こんな場所にまで入ってくる奴なんて……どうせクソ親父と比べられてまた喧嘩してただろうし、周りに迷惑かけるよりかはマシだろ」
「咲斗くん……」
イブキは悲しげに咲斗を見る。
咲斗は、まるで自分を正当化するため、自分自身に言い聞かせるように話していた。
そのまま、咲斗はイブキを連れて出ていく。
対戦スペースには、ぽつんと残された勇美カエデだけが残されていた。
(どうしようどうしようこれ……修羅場ってやつ――!?)
内心であたふたしながら、頭をフル回転させる。
現場の当事者の一人として、咲斗と同じムシクイーンバトラーとして、何かできることはないのか。
(わかんない……助けてツバキ先輩!ミモリ先輩~~~~~っ!)
今ここにはいない修行部の先輩に祈るように助けを求めるも、当然その声は届くことはない。
「わかんない……けどっ!」
ガタッと椅子を鳴らして席を立つ。
「ムシクイーンのアニメでも言ってた!ケンカしちゃったらまずは話し合おう!絶対に仲直りできるからって!」
そのまま、カードショップを飛び出すのだった。
§
「はぁ……っ、はぁ……っ」
一心不乱に走って、走って、肩で息をするまで走って、百鬼夜行某所の公園まで来た。
先ほどの咲斗の言葉がフラッシュバックするように頭の中を駆け巡り、そしてココナの感情は封を解いたように決壊する。
「うっ、……ぐすっ……ふぇぇぇぇぇええん……!!」
子供のように、まるで幼い子供のように、その場に蹲って泣きじゃくった。
声を上げることも躊躇わずに、大粒の涙を地面に零しながら泣き続けた。
――このキヴォトスで生きていけるよう、あの子を導き、守ってほしい。
先生から咲斗を任されたからには、咲斗の当番として、咲斗のお姉ちゃんとしてしっかりしないとと思っていた。
そう思っていたからこそ、ココナは咲斗がやんちゃしたりだらしないところが目につくたびに注意し、叱っていた。
(咲斗君……私がいなくても、ちゃんと仕事できてたよね……)
だが、実際のところはどうだ。
一見がさつでやんちゃに見えるが根は優しいことはココナも知っている。
それだけでなく、責任感がなさそうに見えても、なんだかんだで仕事もしっかりこなすのだ。
園児達への授業も問題なく行えるし、料理もできる。
何より、梅花園の園児達とすぐに打ち解けて園児達からも人気だ。
今やってるこの仕事だって、ルミから料理の種類を指定されていないのはその通りだ。きっとこのままスイーツだけを持ち帰っても褒めてもらえただろう。
(……やっぱり、咲斗君は私のことは必要ないのかな……)
思考がぐるぐると駆け回る。
自分が一人前のレディであるように、咲斗にも一人前の紳士になって欲しかった。
何があっても、咲斗を導き、守る。
先生から託されたからには、それを果たさねばならないと思っていた。
(咲斗君は私が邪魔だと思ってたんだ……ずっとそう思ってたんだ……)
なのに、無理を押して一緒になってみればぶつかり合ってばっかりだ。
結局のところ、初めて会ってすぐ取っ組み合いの喧嘩になってからの関係から一歩も進歩していなかった。
何よりも、今日は咲斗の笑顔を見れる日が多かった。だがそれは、イブキがいたからだ。
この一日、イブキが突然教官に加わってから、自分といる時よりもずっと楽しそうに笑っていた。
――ココナなんて、必要ない。
――イブキだけで十分。
――ココナなんて。
――ココナなんて。
――お前なんて。
――この、ドブスネズミ。
「ぐすっ……えっく……」
嗚咽を漏らしたまま、動けなかった。
「あーっ!」
そんなココナに、ある人物が駆け寄ってくる。
「やっと見つけたよ!君だよね?咲斗君とイブキちゃんが言ってた子!」
それは、勇美カエデだった。
「よかったら、私に詳しく聞かせてくれない?」
カエデは、跪いてココナに手を差し伸べて、にかっと微笑んだ。
§
「……」
「……」
しばらく歩いて、そろそろ山海経行きの電車が通る駅の近くまで来た。
空は夕焼けに染まり、いよいよ日が沈もうかというところまで来ている。
ここに来るまで、咲斗とイブキは言葉を交わすことはなかった。
すると、ここでイブキが重い口を開く。
「……咲斗くん」
「……」
「ねぇ、咲斗くん」
「……」
「咲斗くん!」
「うるせえな!なんだよ!!」
何度も話しかけてくるイブキに思わず怒鳴ってしまう。
しまった、と思いイブキを見ると、目を潤ませて咲斗を見つめていた。
「わ、悪ぃ……」
気まずそうに謝る咲斗。
だが、イブキが涙目になっているのはそれが理由ではなかった。
「咲斗くんは、もうココナちゃんと会わないの?」
「え……」
唐突に切り出されて戸惑う。
勿論、咲斗にそのつもりはない。
「何言ってんだよ。オレ達が帰る先は山海経だろ?ココナだって梅花園の教官だから遅れても帰って来るって」
「じゃあ、咲斗くんはココナちゃんと『ぜっこう』したの?」
「それは……」
咲斗は思わず言い淀んでしまう。
あんな別れ方をして、もう一度これまでと同じように接することはできるだろうか。
あんな顔をしていたココナに、何も言葉をかけないでいいのだろうか。
それとも、もうこのまま一緒にいても互いに傷つくだけならいっそ……。
明らかな迷いが、咲斗の顔に出る。
「……イブキね、歩いている間ずーっと考えてたの」
「……」
イブキは咲斗と向き合い、声を震わせながら語る。
「イブキのせいで咲斗くんとココナちゃんが『ぜっこう』しちゃったんじゃないかって」
「そんなことは――」
否定しようとする咲斗をよそにイブキを続ける。
「ココナちゃん、咲斗君にはイブキちゃんがいるだろうからって言ってた。ココナちゃんのいた場所にイブキが入っちゃったから咲斗くんもココナちゃんも仲良しじゃなくなったんじゃないかって!」
頬に涙を流しながら、イブキは咲斗に縋りつく。
「イブキ、こんな終わり方いや……!咲斗くんと仲良くなりたい……。ココナちゃんとも仲良くなりたい……。咲斗くんとココナちゃんも友達でいて欲しい……!」
「イブキ……」
「三人一緒で教官やりたい……!ココナちゃんと一緒に咲斗くんの当番でいたい……!」
咲斗の胸を借りて顔を伏せながら、イブキの願いを咲斗にぶつけた。
「オレは……」
咲斗がイブキから目を逸らした、その時。
その視界の隅に、これまで一番会いたくなかった人物が現れた。
「咲斗……!」
身体に鞭打って走ってきたのか、肩で息をしている咲斗の父親――先生だった。
§
夕焼けを見ながら、カエデとココナは公園のベンチに座っていた。
「そっか……ココナちゃんなりに頑張ってたんだね」
「立派なレディとして咲斗君の力になりたいって思ってたんです。でも……咲斗君は……」
ココナは、自分の抱えていることを全てカエデに吐露していた。
咲斗への思い、先生から託された責任、そして咲斗が自分に思っていたこと。
「私も、ちょっとくらいは言い過ぎかなって思うこともあったんですよ?でも、全部咲斗君のためだから、お姉ちゃんとして言うべきことは言わないとって思って……」
「うんうん」
俯くココナの隣でその顔を見ながら、カエデはしっかりとその言葉に耳を傾ける。
「いつか将来は、先生みたいな立派な大人になって欲しいから。立派なレディーとして導かないといけないんです」
「ココナちゃん、もう立派なレディーなの?すごいじゃん!」
「当然です!」
褒められて気を良くしたか少し胸を張ってふんすと鼻を鳴らすココナ。
しかし、再び俯く。辛いことを思い出したようだった。
「でも……咲斗君は私が面倒を見なくても上手にできて、梅花園のみんなとも仲良くなれて……イブキちゃんが来てからは笑うことも多くなったんです」
レディーとして振る舞おうにも、空回りするばかりだった。
自分は何のために咲斗の傍にいるんだろう。なぜ先生に咲斗のことを任されたんだろう。
咲斗の力になりたいというのは紛れもない本心だ。だが、本当に自分は咲斗の助けになっているのだろうか。
彼の傍にいる意味が、分からなくなった。
「本当に……私は咲斗君にとって必要ないのでしょうか。咲斗君からすれば邪魔でしかないのでしょうか……」
「う~ん、そうだねぇ……」
悩みを吐き出されたカエデは、腕を組みながら考える。
(くぅ~っ!ここが踏ん張りどころだよ!頑張れ勇美カエデ!ちゃんとココナちゃんが立ち直れることを言ってあげないと!ムシクイーンで何かこんな展開ってあったっけ……)
しばらく考え込み、欠かさず視聴し続けたアニメの記憶を掘り返すが、気の良い台詞が脳裏に浮かんでこない。
(あぁ~~~っ!なんでこんな時に限って何も浮かばないの!ツバキ先輩やミモリ先輩ならきっとうまくできるはずなのに!)
「やっぱり私は……」
しゅんと落ち込むココナを横目に、内心でカエデは慌てる。
(えっと、ええっと……ダメだ、このままじゃ素敵なレディーには……ん?レディー?)
その時、カエデのアホ毛の上に電球が灯った。
カエデはココナの肩に、優しく手を置いた。
「カエデさん……?」
ココナがカエデの方を見る。
「ココナちゃんは、立派なレディーなんだよね」
「そうですけど……どうしてそれを今聞くんですか?」
改めて確認を取ってきたカエデにココナは怪訝そうな顔をする。
「私ね、もう立派なレディーのココナちゃんとは違って、素敵なレディーになるために修行部にいるの!」
「修行部ってことは、修行中なんですか?」
「うん!実はまだ道半ばなんだよね~」
照れくさそうに頭を掻きながらカエデは言う。
対するココナはまだ理解できないのか、小首を傾げたままだ。
「えっと、何を言いたいかって言うとね。咲斗君はまだ先生見習い。つまりまだ修行中なの」
「そうですよ。だから一人前の私が――」
「そこだよ。ココナちゃん」
ココナの言うことを遮って、カエデは優しく諭す。
「ココナちゃんは一人前の自分が引っ張ろうとしてるけど、咲斗君は多分、自分と一緒に修行してほしいんじゃないかな」
「修行、ですか」
「引っ張るんじゃなくって、一緒に成長していきたいってこと」
「それだと私が半人前みたいじゃないですか!」
ココナはむっとした顔で反論する。
自分が一人前だと思っているココナにとって、それは受け入れづらいだろう。
それでも、カエデは引くことなくココナと対話を続ける。
「でも考えてみて。自分がもう一人前って思っちゃうと、それ以上成長しなくなっちゃうんだよ」
「……!」
ココナはハッとしたような顔でカエデを見る。
「恥ずかしいんだけど私ね、ココナちゃんより年上なのにドジ踏むこと多くてさ。自分がもう素敵なレディーだって思った傍からボロが出ちゃうんだよね」
自ら立ち上がり、ココナの手を引いて立ち上がらせる。
「だから、焦る必要はないよ。ちょっとずつ着実に素敵なレディーに進んでいくってことが成長することだと思うし、大きくなるってことだと思う!」
「カエデさん……」
「ココナちゃんは私より年下だからもう、伸びしろはすっごいよ!?私も将来が楽しみなくらい!」
カエデの言葉が胸に響いたか、ココナの表情はどこか柔らかくなっていた。
「その……ありがとうございます」
「お互い頑張ろ!立派なレディーと素敵なレディーを目指す者として!」
「はい!」
カエデに一礼し、そして拳を突き合わせる。
ココナはどこか清々しい表情をしながら、公園の外へと駆けていった。
「ふぅ……これでちょっとは素敵なレディーに近づけたかな?」
一息ついて、カエデはココナに心の中からエールを送った。
§
「咲斗。教えてくれないか。ココナと何があったんだ?」
「……」
先生と向かい合うも、咲斗が質問に答えることはなかった。
「答えてくれ。私も詳しいことを知りたいんだ」
真剣な表情で咲斗を見つめて、先生が問い詰めてくる。
「……んで」
「何?」
「なんでここにいんだよ」
敢えてぶっきらぼうに咲斗は聞く。
「イブキからモモトークで連絡があったんだ。咲斗とココナが大変だから助けに来て欲しいって」
「ごめんね!イブキ、このまま咲斗くんとココナちゃんが離れ離れになるのがイヤで先生に……」
「……いいよ。イブキは悪くない」
先生がここに来た原因であるイブキの方を見ながらも、咲斗はその頭を撫でて宥める。
そして改めて、先生と向き合う。
「そうだよ。ココナと喧嘩した。オレのやることに文句ばっかり付けてかえって邪魔になるって言ったら泣いて走っていった」
「どうしてそんなことを!!」
先生の言葉は明らかに怒気を孕んでいた。
イブキは初めて先生が怒る瞬間を見て、泣きそうになりながら身体を震わせる。
しかし、咲斗は怯むことなく口答えする。
「……今更父親らしいことでもする気かよ」
「そんなことは関係ない!なぜそんなことを言ったのか、お前に聞いてるんだ!」
「言葉そのままの意味だよ。それ以上の意味なんてねぇよ」
「咲斗……!」
先生は悲し気に目を伏せる。
そして数瞬置いた後に、再び咲斗を問い詰める。
「なら、質問を変えよう。咲斗はココナのことをどう思ってるんだ?」
「だから、さっき言った通りだよ。うるさくて、自分のことを棚に上げてやたらと姉ぶってきて……」
これまでのココナとの生活を思い返しながら咲斗は語る。
「でも……。全部オレのためにやってくれてることは知ってるつもりだよ。先生見習いであるオレのことを、いつも想ってくれてるいい生徒だよ」
「……そうだね。ココナは私の願いに応えてくれた。応えようとしたから、ココナなりにその責任を果たそうとしているんだろうね」
先生の息子を導き、守る。
その言葉をココナは忘れたことがないのだろう。
少しでも咲斗が先生の息子に相応しい子に成長できるように、いつも見守ってくれていたのだと思う。
「それを分かっているのなら、その思いは尊重してあげるべきじゃないかな。なぜ言ってしまったんだ?」
「仕方ねぇだろ、聞かれたんだから。自分から言ったわけじゃねぇ」
「それでも、咲斗なら言わないはずだ」
「なんで分かるんだよ」
「分かるさ。私は確かに父親にはなれなかったが、それでも親だ。お前が心無いことをわざわざ理由なく口に出すような子じゃないと理解しているつもりだよ」
在りし日――キヴォトスに来る前の、妻と子の姿が先生の脳裏に浮かんでくる。
咲斗にとってよき父親にはなれなかったかもしれない。それでも、咲斗の本質は見誤らないようにしたつもりだ。
だが、その言葉を聞いた咲斗の顔は厳めしいものになる。
「……知った風な口を聞くなよ!!」
「知っているから言うんだ。お前は人を気遣える優しい子だ。私もあの人も――お前の母さんもとっくの昔から知っている」
「……ッ!」
咲斗は下唇を噛み、拳を握り締める。
先生とその妻が愛し愛され、咲斗が生まれた。
先生の妻であり、咲斗の母である女性の姿を、思わず幻視してしまう。
「教えてくれないかな。そんなことを言ってしまった理由を。私が悪いのなら謝ろう。でも、ココナの思いだけは踏み躙らないであげて欲しい」
「……当たり前だろ。あいつは……ココナは悪くねぇよ。勝手に機嫌を悪くして周りを振り回すオレが全部悪いんだ」
咲斗は血が流れそうなほどに拳に込めていた握力を緩め脱力し、その場にへたり込む。
「ココナは……いや、このキヴォトスのほとんどの生徒はお前のことをを尊敬してる。だからココナも、『先生みたいな大人になれない』みたいなこと言ったんだろうな。オレが、親父の息子だから」
「そりゃオレだって立派な先生になりたいよ。でも……親父と比べられて、親父に相応しい息子になるよう何度も叱られて、親父みたいな大人にさせられる……それだけは、我慢できなかったんだよ」
観念したように、咲斗は父親に心の内を語る。
先生は目を動かすことなく、真っ直ぐに咲斗のことを見ていた。
「……つまり、ココナが咲斗と私を比べるような言い方が気に障っていたのか?なら、それを話せば――」
「そんな単純な話じゃねぇんだよッ!!」
咲斗は父親に向かって叫ぶ。
その目には、過去を思い返したのか、涙が浮かんでいた。
「オレは……〝先生と同じ大人〟になりたくなかったんだよ!忘れたなんて言わせねぇからな……あの日、クソ親父がオレと母さんの前から姿を消してキヴォトスに一人行っちまった日を!!」
「咲斗、それは――」
「――大人のクセに言い訳してんじゃねぇよ!!」
「咲斗くん……」
咲斗は、泣いていた。
イブキは咲斗に目線を合わせて座り込み、静かに寄り添う。
どうしようもない自分への怒りと、何もしなかった父親への怒り。行き場を失くした感情が咲斗の目から込み上げてきていた。
「知ってるよな?もう母さんはどこにもいない!オレの目の前で死んだんだ!オレは何もできなかった!母さんを助けられなかった!なのにお前は……オレと病気の母さんを置いてキヴォトスに行った!家族よりも生徒を選んでキヴォトスに行ったっきり……父親として何もしなかった!」
「……」
「なのに、今更オレをキヴォトスを呼んで先生見習いだと……?ふざけんなよ!それで父親らしいことしたつもりかよ!オレをひとりぼっちにしておいて!!」
母が、病気で死んだ。
病に伏せがちだった、母親。咲斗は懸命に看病したが、その命を救うことはできなかった。
父はキヴォトスに赴任し、母は死に。咲斗は、ずっとひとりぼっちだった。
「お前と同じような大人になっちまったら……誰も守れない。だから、お前とは違う大人になるしかないんだよ!!自分の手で守らないと……大切なものも失くしちまうだろうが!!」
最愛の母を失ってから、咲斗は必死に努力した。
教養を身に着けるために、飛び級した内容を勉強した。
大切なものを自分の手で守るために、鍛錬も重ねた。
だから、キヴォトスの生徒と秘密裏にコンタクトを取ってゲリラ戦術を中心に学び、戦えるようにもなった。
すべては、後ろで生徒を見ているだけの、父親のような大人にならないために。
「……そうだったのか」
そう一言、咲斗の思いを知った先生は、目を伏せて呟いた。
そして、深々と頭を下げる。
「……すまない。お前のこと、まったく分かっていなかった」
先生は、詫びた。父親であると同時に、大人として。
「……今更、遅ぇんだよ」
鼻をすすりながら、咲斗は立ち上がる。
心の中に溜まったものを発散できたためか、落ち着きを取り戻していた。
「……けど、これだけは言わせてくれ」
先生は頭を上げて続ける。
「私がキヴォトスに行く背中を押してくれたのは――紛れもなくあの人なんだ」
「は……?」
先生の口から明かされた真実に、咲斗は呆気に取られる。
「母さんが……?」
「お前なら分かるだろうが……当時の私はそこまで頼れるような大人ではなくてね」
先生は感慨深そうに語る。
当時、持病が深刻化していた先生の妻は、既に死期を悟っていた。
夫である先生も思い悩んでいた。まだ咲斗だって子供だ。このまま一人で、キヴォトスに行っていいのだろうかと。
「その時、あの人は『行ってきて』と言ってくれた。大人としても成長して――咲斗。いずれキヴォトスで暮らすとになるお前を、見守ることができるように」
「……」
確かに、咲斗の母はキヴォトスのことについて話してくれた。
自分が旅出ったらキヴォトスで学び育って欲しい、父さんのいるキヴォトスで友を作り、青春の日々を過ごして欲しい、と。
当時の咲斗は、縁起でもないと否定してそこから先を考えなかった。
だが、その言葉の意味を、ここでやっと咲斗は理解した。
「確かに、私はお前の言った通り、父親にすらなれなかった。だが今は――父親であると同時に大人として、生徒達と共に育っていくのを見届けたいと思っている」
先生は、シャーレの執務室で再会した時に言えなかったことを、咲斗に伝えた。
「オレ……は……」
戸惑いを隠せず、先生から目を逸らす咲斗。
すると、その視界の隅に見覚えのある生徒の姿が映った。
「ココナちゃん!」
咲斗の傍にずっといたイブキがその名前を叫ぶ。
春原ココナが、息を切らして汗を浮かべながら、咲斗の元へと戻ってきていた。
「咲斗君!」
「ココナ……」
互いの名前を呼ぶ。
そして、咲斗が何かを言おうとする前に、咲斗の元へと駆けてきた。
「ごめんね、咲斗君!」
そして、軽く頭を下げて謝罪する。
「私……咲斗君がどう思ってるかなんて考えてなかった。ずっと先生から咲斗君のことを頼まれて……当番としても一人前のレディーとしても、咲斗君をしっかりさせなきゃって思ってたの」
「でもね。私、いつの間にか焦っちゃってたみたい。ずっと、私の考え押し付けてばかりになっちゃって……咲斗君にあんなこと言わせちゃった……」
それを聞いた咲斗は、申し訳なさそうに項垂れるココナの両肩を固く掴む。
「ココナのせいじゃない!悪いのはオレなんだよ!」
「咲斗君……」
「……本当は分かってたよ。ココナがオレのために言ってくれてるってこと。でもオレ、ずっとココナが先生のことを念頭に置いてる気がして、勝手にひねくれて……。ごめん!酷いこと言っちまって!」
咲斗もココナと同じく、首を垂れて心から詫びた。
「ココナが邪魔だなんて思わない!出会ったばかりの時に喧嘩したのに、それでもついてきてオレの当番になってくれた。オレも先生見習いとしてココナのことは大事に思ってる。これからもオレの当番でいて欲しい!」
「はぇっ……」
不意打ちのように発された、一種の告白とも取れる言葉に、ココナは頬を赤らめてどぎまぎする。
「……咲斗君。こっちを向いて」
ココナが深呼吸してからそう言うと、咲斗は顔を上げる。
「私、咲斗君が言った通り、立派なレディーなんかじゃなかったみたい」
ココナは、微笑みかけながら、自嘲気味に言う。
「にんじんも食べられなくて、料理もそんなに上手くないし、梅花園のみんなに振り回されてばかりで……」
「そんなこと言わなくていいって!ココナは頑張ってるだろ!」
「うん。私なりに頑張ってるつもりだよ」
すると、ココナは「だからね」と付け加え、両手で包むように咲斗の手を握る。
「私はこれから、レディー見習いになります!」
「へ……?」
にっこりと笑いながら、宣言する。
「これまでは咲斗君を引っ張ろうとしてたけどね……これからはレディー見習いとして、咲斗君と一緒に頑張って行きたいの!だからこれからはお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、そういう上下関係もなし!どう……かな?」
少しだけ照れくささを滲ませながら、ココナは上目遣いで咲斗を見る。
「当たり前だろ……オレの当番なんだから」
咲斗も照れで返しながら、ココナの手を握り返した。
「改めてよろしくな。レディー『見習い』」
「はいっ!」
「それとありがとな。オレに歩調合わせてくれて」
「お礼ならカエデさんに言わないと!相談に乗ってもらったんだよ!」
「じゃ、また百鬼夜行に来ないとな!」
咲斗とココナは、心から笑い合う。
それは、二人の間にあったわだかまりが完全になくなったことを意味していた。
「ねぇねぇ、イブキは?イブキは?」
そんな二人に、イブキは軽く跳ねながら手を上げてくる。
「勿論さ!なぁココナ?」
「うん、ココナちゃんも咲斗君の当番で……私達の友達だよ!」
「やったぁぁ―――!!」
イブキはとても嬉しそうに歓喜の声を上げながら、咲斗とココナに抱きついた。
咲斗とココナが仲直りできたことを、自分のことのように喜んでいた。
「じゃあイブキも、ココナちゃんとレディー見習いやる~っ!」
「イブキちゃんも目指すんだ。レディーの道は険しいですよ?」
「咲斗くんとココナちゃんがいればへっちゃらだもん!」
この三人で、再スタートを切れる。
もう、離れ離れにならないようにしよう。
その願いを表したかのように、イブキは両手に咲斗とココナを抱き留め、ぎゅっと三人で固まっていた。
「よかった。仲を戻せたみたいだね」
「せせせ、先生!?」
そこに、先生が近づいてきた。
一部始終を見られていたことに気づいたココナは動揺するが、それをよそに咲斗と先生はじっと互いを見つめ合っていた。
咲斗の顔に浮かぶ父親への嫌悪感は、当初に比べればかなり薄まっていた。
「咲斗。もしお前さえよければだが、シャーレにも時々顔を出してくれないか?本心を言えば、父親として息子の顔を見たいんだ。勿論、ココナとイブキも一緒にね」
「……仕方、ねぇな」
ほんの少し恥ずかしそうにして、咲斗はやれやれという風に先生の願いを聞き入れた。
「それじゃあ、私は先に行くから。ココナ、イブキ。改めて咲斗をよろしくね」
「はい!」
「はーい!」
咲斗はこれからも、ココナとイブキと共に成長していける。
それを確信して安堵したか、そのまま咲斗達の元から去っていった。
§
百鬼夜行から山海経へと戻り、咲斗達は梅花園への道を辿っていた。
「えへへ~」
「なんか、こうして手を繋ぐのも久しぶりな気もするよな」
「咲斗君、最初は嫌がってたもんね」
「でも、イブキと一緒ならなんか嫌じゃないよな」
「そうだね」
イブキを真ん中に、咲斗達は互いに手を繋いで歩いていた。
イブキは咲斗とココナの手に繋がる両手を前後に大きく振って、満面の笑みを浮かべていた。
「楽しそうだね、イブキちゃん」
「うん!だって~、咲斗くんとココナちゃんが一緒ならやっぱりすっごく楽しいから!」
「そうだな……オレも、イブキとココナが一緒にいてくれてよかったと思ってるよ」
「今日はね、ふたりが仲直りできたから、イブキもとっても幸せなんだ~!」
並んで歩きながら、咲斗とココナはイブキに微笑む。
これからも、三人一緒であることを誰よりも望んでいたが故に、その表情は眩しいほどに明るかった。
「ありがとな、イブキ。イブキがオレを止めてなかったら、多分このまま別れてたかもしれないから」
「そう?イブキ、咲斗くんの力になれた?」
「ああ、本当にイブキに救われたよ」
イブキが咲斗に願いをぶつけていなかったら。イブキが先生に助けを求めていなかったら。
咲斗は父親をずっと毛嫌いするどころか、ココナとも絶交していたかもしれない。
こうしてみんなで手を繋いで歩けるのは、イブキのおかげなのだ。
「同じレディー見習いとして、イブキちゃんのこともっと知りたいな」
「ほんと、ココナちゃん?何でも聞いて?」
「じゃあ、ゲヘナのこととか?あまり他の学校自治区のこと聞いたことないから」
「オレも興味あるな。教えてくれるか、イブキ?」
「いいよ~!じゃあマコト先輩やイロハ先輩、サツキ先輩にチアキ先輩のことも教えてあげるね!」
咲斗、ココナ、イブキは、そうして談笑しながら梅花園に戻っていく。
咲斗は先生見習いとして、レディー見習い二人の当番と共に、