未明の山海経。
とある廃屋の中を、咲斗は独り歩いていた。
ココナやイブキの姿はない。
彼女達が寝てる間にこっそりと抜け出してきている。
「……」
ここを訪れたのは、実は初めてではない。
キヴォトスに来てからは、約二日に一度のペースでここに来ている。
その目的は、とある生徒に会うためだった。
「……今日も来たか」
「師匠。今日もよろしくお願いします」
「サオリでいい、と言ったはずだが」
「いえ、今のオレがあるのは師匠のおかげですから!」
「……そうか」
錠前サオリ。
咲斗が身に付けているゲリラ戦術を中心とした戦闘技能。
キヴォトスに来る前から連絡を取り合い、それを短期間で叩き上げてくれた、咲斗の師匠にあたる人物だった。
「では、早速始めよう」
「はい!」
こうして咲斗がキヴォトスに来てからも、サオリは数日おきに夜な夜な咲斗に稽古をつけている。
すべては咲斗の「見ているだけの大人になりたくない」という願いに応えるためであり……サオリ自身の償いのためでもあった。
模擬弾を充填した銃を手に、咲斗とサオリは入り組んだ構造の廃屋の中で弾を撃ち合う。
時には敵を攪乱させるために障壁物に弾を当てて音を鳴らしたり、あるいは弾の跳ね返る性質を利用して跳弾を狙ったりもする。
そうして、実戦を想定した模擬戦の中、一人路地裏を歩くサオリを、咲斗は身軽であることを生かして露出した屋根の骨組みから一方的に捕捉していた。
サオリは咲斗を見失ったか、慎重に辺りを見回している。
(今だ……!)
タイミングを計った咲斗は、屋根からサオリの方へと急襲し、その身柄を押さえにかかる。
隠密行動からの奇襲だった。
本来であればそれは成功するはずであったが、相手はかのアリウススクワッドのリーダーでもある錠前サオリだ。
「……甘いな」
「わぶっ!?」
サオリに発射した模擬弾を軽々とかわされた挙句、地面に落ちている角材を足で跳ね上げられ、顔面に叩きつけられる。
「いててて……」
「終わりだ」
「あっ……」
そのまま、着地に失敗して倒れ伏したところを、サオリに銃を突きつけられる。
咲斗の敗北。通算何連敗目か、数えるのも馬鹿らしくなった。
「狙いは悪くないが、だからといって迂闊に跳ぶのはまずい。お前には翼がない以上、空中軌道を変化させることはできないからな」
「それは……はい」
的確な指示に、咲斗は懐からメモを取り出してアドバイスを書き留める。
「……今日はこれまでにしておこう」
「はい!」
「少し顔に傷ができているな。少し見せてみろ」
「え、いや、いいですよ。自分で手当てできますから」
「いいから」
「……はい」
そう言って、サオリは咲斗に絆創膏を貼ってくれる。
消毒を欠かさずに行い、血が止まったことを確認してようやく放してくれた。
「その、いつもありがとうございます。オレに合わせてこんな訓練場所も見つけてくれて……」
「気にするな。お前の熱意に私が応えたまでだ」
「……」
「どうした?」
「えっと……その割には手厚くしてくれるなって思って……」
言葉を選びながら咲斗は言う。
サオリはキヴォトスに来る前から稽古をつけてくれた恩人でもある。
脆弱なキヴォトスの外の人間に稽古をつけるような酔狂な生徒はそうそうおらず、そんな中でサオリだけが連絡を取ってくれた。
「特に意味はない。私だけの問題だ」
「師匠のですか?」
「私はもう行く。お前も仲間に悟られないよう早く戻れ」
「あっ……」
サオリははぐらかすように、そそくさと出て行ってしまう。
結局のところ、サオリが咲斗に何を思っているかは分からずじまいだった。
仕方なく、咲斗は梅花園の居住スペースに戻ろうと廃屋を出る。
「ん?あれは……」
すると、咲斗はあるものを見かけたのだった。
§
寝静まった山海経の中を、パトロール中の玄龍門の構成員を避けながらサオリは行く。
(咲斗……)
稽古をつけている、年端もいかぬ先生の息子。
サオリはいつも、咲斗に会うたびに罪悪感を抱いていた。
(私は……一歩間違えれば、お前をひとりぼっちにしてしまうところだった……)
思い返すのは、エデン条約の動乱。あの混乱の最中、サオリは先生を瀕死にまで追い込んだ。
もし、あのまま先生が死んでしまっていたら。
咲斗はどうなっていたのだろう。
(これは、私の問題だ。私にできる、咲斗への唯一の……)
咲斗に訓練に付き合うことが、サオリにできる、彼女なりの償いだった。
「誰だ?」
その時、サオリの鍛えられた勘が尾行者を捉えた。
サオリはすぐに振り返り、隠れられるであろう場所を視界に捉えて銃を向ける。
「へぇ、お前があのアリウススクワッドのリーダーか。噂には聞いちゃいたが思ったよりはやれるみてぇだな」
「『元』リーダーだ。そのような組織は既にない。要件は手短に話せ」
尾行者は、あっさりと姿をサオリの前に現した。
「そうだな、あたし個人としてはお前と腕比べしたいとこだが、今回はそうじゃない。お前に聞きたいことがある」
「何だ?言っておくが、山海経については対した情報は持っていない」
「いや、別にこんな古臭いとこに興味なんてねぇよ。あたしが知りたいのは、お前が咲斗と夜な夜な何をしているかだ」
「……そういうことか」
何かに得心したサオリは銃を下ろす。
「なぜ山海経に、伝統とは真反対の合理を重んじるミレニアムの生徒がいるか疑問だったが……C&Cのダブルオーであれば不思議ではない、か。ところで、先生は元気か?」
「……へぇ、頭も回るみてぇだな。最近はすこぶる元気だぜ」
美甘ネルと錠前サオリ。この短い会話の中で、既に両者の放っていた殺気は薄れていた。
§
昼下がりの梅花園。
咲斗、ココナ、イブキの三人で教官の仕事を分担している中で、不意に咲斗が未明の山海経で見かけたことを話した。
「山海経の生徒がいたの?そんな時間に?」
「ああ。なんか妙な様子だったな」
サオリとの訓練の後、パトロールの目を盗んで梅花園に戻る中、山海経の生徒を見かけたのだ。
しかし、その様子は明らかにおかしかった。
まるで人形が糸に操られているようなおぼつかない足取りで歩いており、その瞳からは生気が感じられなかった。
あの時は気に留めなかったが、よくよく考えてみると玄龍門の一部の生徒以外が夜の山海経を出歩いているのは不自然だ。
「というより、なんで咲斗君そんなこと知ってるの?もしかして……みんなが寝ている間外に出ているの……?」
「い、いや!寝れないから夜風に当たってただけだって……」
ココナに疑惑の目を向けられてギクリとしながらも、咲斗はどうにかはぐらかす。
「夜更かしはお肌の敵ってシュン先輩が言ってたよ?」
「イブキちゃんの言う通りだよ。私達もレディー見習いとして早寝早起きしてるんだから、咲斗君も睡眠たくさん取らないと」
「いや、オレはレディーじゃねぇし……」
「今は男の人もお肌に気を使うんだよ!」
ココナが釘を刺すように注意してくる。
それに相槌を打ちながらも、咲斗は二人に提案する。
「なあ、今日の深夜さ。オレ達だけでパトロール行かないか?先生見習いとその当番が山海経を守るんだ!」
「面白そー!イブキも行く~!」
「ちょっ、話聞いてた!?夜更かしはめっですよ!」
「考え方を変えるんだよ。早めに寝て睡眠時間を確保すれば、後で睡眠時間が短くなっても大丈夫なんだって。『寝だめ』ってやつだよ」
「そ、そうなのかな……?そうかも……?」
咲斗の提案に即乗りするイブキに、渋っていたが口車に乗せられてココナも承諾する。
咲斗のいる、比較的治安の安定している山海経でも、過去には門主の座を巡る抗争や、京劇部による動乱といった大事件があったという。
キヴォトスの事件を解決する先生の端くれとして、事件の匂いがあれば見逃すわけには行かないのだ。
「じゃあ、今日は早めに寝ような!」
「りょうかーい!」
「分かったけど、迂闊なことはしないでね!」
そうして、三人は今日の梅花園での仕事を終えて、園児達と同じ時間に就寝した。
§
そして、未明。
咲斗はイブキとココナを連れて探索に乗り出した。
昨日見かけた怪しい生徒がいないか見回りに行く。
当然、武装はしっかりと整えている。
山海経の外れにある、廃屋や廃工場が多く存在する区画。
ここをさらに奥に出ると山海経の学校自治区からは外れることになり、玄龍門の管轄外となって治安はさらに悪くなる。
当然、ほとんどの生徒が眠りに就いている深夜であるため、人通りはなく、咲斗の持つ懐中電灯がなければ前も見えないほどに暗い。
「肝試しだね……ドキドキするね……!」
「だ、大丈夫……何も出ないよね……?」
「大丈夫だ。足元に気を付けろよ?」
先頭を進む咲斗に、ココナとイブキが続く。
イブキは冒険心をくすぐられているようだが、ココナはまるで化け物が出てきそうなホラーな雰囲気を感じ取ったか、心細そうに咲斗の服の裾を掴んでいる。
三人で、この区画に多く建つ廃屋や廃工場を、裏路地を伝いに転々としながら巡回する。
確かに、この暗さと静けさ、そして人の気配すらもないため、ココナが何か出そうと感じても不思議ではない。
「ねぇ咲斗君。そろそろ危ないよ……戻ろうよ!」
「なんだよココナ。もしかして怖いのか?」
「こ、怖くないから。これは……そう、当番としての諫言です!」
明らかに虚勢を張っており、足元がぷるぷると震えていた。
「でも、昨日見たあれを放っとくわけにはいかないだろ。もっと進もうぜ」
「まっ、待ってよ!」
置いて行かれそうになり、縋りつくように咲斗にべったりとくっつく。
「な、なんだよ。怖かったら先に帰っていいんだぜ?」
「そんな恐ろしい……じゃなくて、責任を放棄することなんてできないよ!ちゃんと当番として咲斗君を守らないと!」
まるで言い訳するかのように咲斗と腕を組む。
「お、おい……」
「咲斗くんとココナちゃんがいれば安心だね!」
「イブキまで……」
反対の方の腕をイブキが組んでくる。
両脇に女の子の肌を感じて、なんだかくすぐったい感覚を覚えながらも進もうとする。
――パキッ。
「きゃああああああっ!?」
不意に、ココナがガラスを踏みつけて、それで生じた音でココナは飛び跳ねる。
すぐさま、ココナは咲斗の腕に抱きついて縮こまるように身構えた。
「わわっ、びっくりしたぁ……」
「声が大きいって……」
咲斗の肩に頭を伏せ、目を瞑り、獣耳をぺったりと閉じながら小動物のように怯えていた。
(ココナ、意外とこういうの苦手なんだな)
咲斗の息のかかりそうなほどにココナの顔が近づいても、ココナは怖れからかそれを気にする余裕すらないらしい。
頬でココナの髪越しに震えを感じながら、そんなココナが少し可愛らしく思えた。
「驚きすぎだろ……ただのガラスの音だよ」
「そ、そうだよね!私は別に驚いたんじゃなくて咲斗君を咄嗟に庇おうとしただけだから」
「ココナちゃんってえすぴーみたい~!」
「いやあれはどう見ても……」
どうにか取り繕おうとするココナに、それを真に受けるイブキ。
思わず突っ込もうとするも、このままでは探索どころではないので特に触れないことにした。
そうして、しばらく宵闇の区画を三人一緒に調べまわっていた時のことだった。
ようやく、咲斗が以前見たモノが見つかった。
「えっ、あれまさか……おば――」
「しっ!お化けとかじゃない……あれは……」
「山海経の先輩……?」
廃屋の角から、上からココナ、咲斗、イブキがそれぞれ顔を出している。
その視線の先には、覚束ない足取りで特定の方向に向かう人影を捕捉していた。
その頭上にあるヘイローから、山海経の生徒だろう。
だが、そのヘイローが何やらぼやけたりノイズがかったりしながらふらふらと歩いており、心ここにあらずというような様子だった。
懐中電灯による僅かな光がなければ、ゾンビと見間違えそうなほどだ。
「どこに向かっているんだ……?」
目を凝らしてみると、一人だけではない。
まばらに、何人かの生徒が、同じ方向に向かって歩みを進めていた。
「あの人達、何しに行くんだろう……?」
「確かに咲斗君の言う通り、怪しいね……」
イブキ、ココナも咲斗の感じたことを理解する。
その背後に何かの重大な事件が起きていそうな、ただならぬ雰囲気だ。
「追うぞ」
咲斗の一言に、ココナとイブキも頷き、物音を立てぬように慎重に尾行する。
確か、この先は山海経の自治区の境に繋がっているはずだ。
§
懐中電灯を消し、暗闇に身を隠しながら咲斗達は生徒達を尾行する。
彼女達は思いの外長距離を移動し、ついには山海経自治区の境界までもを超えてしまう。
流石にこれ以上行くのは拙いかとも思ったが、事件の現場を抑えるために用心しながら尾行を続行した。
(気を付けてね、咲斗君。いざとなったら私達が守るから)
(お前らも無理すんなよ、ココナに、イブキも)
(イブキ、頑張るね)
咲斗も、ココナも、イブキも、警戒を緩めないために既に銃を構えて生徒達の行方を見守る。
すると、生徒達を待っているであろう人影が姿を現した。
生徒達は、その人物を見かけると死に物狂いで向かっていった。
「お願い……!早くアレをちょうだい……!」
「出会って開口一番がそれか。例のモノが欲しければまずはその対価を渡すべきじゃないか?」
「えっと……それは……」
生徒達の前にいるのは、スーツを来た機械人のような見た目の男だった。
しかし、その男の目は鋭く、いつ生徒を口封じに消してもおかしくないような殺気を放っている。
男に聞かれた生徒達はしどろもどろになりながら狼狽えている。
「金がないのならその代わりになるものを出してもらおうか。例えば玄龍門の機密情報。例えば錬丹術研究会が秘匿している調合素材。金に代わるものなら何でもある」
「そっ、それなら――」
生徒達は金を持っていないためか、自身の知り得る情報や、山海経で手に入れた珍しい物など、考え得る限りの価値あるモノを次々に男が侍らせているオートマタの傭兵に渡していく。
それを受け渡された男は、値踏みをした上で価値の釣り合うモノを渡せた生徒にだけ、粉の入った袋を配った。
「ね、ねぇ私は……」
「お前はダメだ。少なくとも我々の出した値段に比肩するモノを出せてはいない」
「そんな……!」
粉を渡されなかった生徒は、絶望した面持ちでその場に力なく跪く。
対して、粉を手に入れた生徒はすぐにそれを口の中へと放り込み、幸福感に包まれたような恍惚の表情を浮かべていた。
「くっくっ、必死だな。『望みを叶える代わりに重大な副作用を伴う薬』と『副作用を一時的になくせる薬』……これのおかげで大金を稼がせてもらった。『五塵の?猴』に感謝しなければな」
(なんて奴らだ……)
(酷い……)
(あの人達すごく苦しそう……)
ココナも、イブキもこの光景を見て言葉を失っていた。
年端もいかぬ少年少女にはなかなかに刺激の強い光景だった。
(あいつら……マフィアか!)
(マフィアって?)
(悪い奴らが手を組んで作った組織ってことだ)
イブキに教えながら、策を練る咲斗。
事態は、思っていたよりも重いようだ。
(とにかく、ここから離脱――)
そう、ココナとイブキに指示を出そうとした時のことだった。
「がっ……!?」
咲斗の後頭部に、強い衝撃が走ったのだ。
一気に意識が遠のいていき、前のめりに倒れる。
その後、すぐに身体に重りのようなモノが乗ってきて身動きが取れなくなる。
痛む頭に鞭打って振り返ると、咲斗の小柄な身体を男が雇っていたと思われる傭兵が取り押さえていた。
「咲斗君!」
「咲斗くん!」
ココナとイブキは目を見開き、咲斗を案じて近寄ろうとするも、それがいけなかった。
「きゃぁっ!」
「あっ!?」
すぐに二人とも別のオートマタの傭兵に取り押さえられ、銃を取り上げられる。
咲斗は焦燥感に駆られながら頭を回転させる。
見つかった?いや、懐中電灯は消していたしこっちに気づいたような素振りはなかった。
なら、なぜここに来ていきなり奇襲された?
「どうやら、ネズミが紛れ込んでいたようだな」
コツ、コツ、と、静かに、しかし恐ろしい靴音を立てながら男が咲斗に近づいてくる。
その鉄の肌に浮かぶLEDの双眸が恐ろしく見えた。
「やめて!咲斗君に近づかないで!」
「酷いことしないで!」
「動くな!」
「痛っ……」
「あぅっ……」
ココナとイブキが声を上げるも、取り押さえている傭兵が力を強めて二人を黙らせる。
咲斗も、どうにか起き上がろうともがいてはいるが、オートマタの力に11歳の男児でしかない咲斗が勝てるはずもなく、地面に這いつくばったまま動けなかった。
「な、なんで……だ……!?」
「なんで、だと?自分から首を突っ込んでおいておめでたいガキだな」
男は咲斗達を見下しながら嘲笑う。
「最初から気づかれて知らずに、ここまで来るとはな。途中で引けば見逃してやったものを」
咲斗は目を見開く。
生徒達を尾行していることが最初からバレていて、泳がされていた。
咲斗達は、マフィアの掌の上で踊らされていたのだ。
「おい、このガキ共を眠らせろ。見られてしまったからにはこのまま帰す訳にはいかん」
そして、男の指示を受けたオートマタに咲斗、ココナ、イブキは無理矢理薬を飲まされる。
それを飲み込んでしまった瞬間、意識は闇に落ちた。
§
(う……ここは……?)
しばらくして、咲斗は意識を覚醒させる。
頭痛が酷い。視界がまだぼやけている。
どうにか立とうとするが、どういうわけか身体が動かない。
自分の身体を見下ろすと、手足と腰が、それぞれ椅子に縄で縛り付けられていた。
咲斗の持っていたアサルトライフルは、勿論取り上げられている。
(クソッ……なんて様だ……)
山海経を守りたいという思いが過ぎてしまったか。
あるいは先生見習いとしての功名心が先走ってしまったか。
どちらにしろ、失敗して囚われの身になってしまったことに違いはない。
咲斗の心を支配するのは自責の念。自分の不甲斐なさ。
父親とは違う大人になるだなんて豪語しておきながら、結果はこれだ。
自分どころか、当番の生徒までもを危険に晒してしまった。
(そうだ……っ、ココナとイブキは……!?)
完全に目が覚めた咲斗は、周囲を見回して、クリアになった視界の中から二人の姿を探す。
しかし、見えてきたのは一面の無骨なコンクリートで囲まれた殺風景な広い部屋の景色だけ。
強いて言えば、咲斗の目の前には巨大なスクリーンがあることぐらいだろうか。
「ここは……多分あいつらの……?」
恐らく、マフィアのアジトだろう。
あの時眠らされて、ここまで連れて来られたか。
とにかく、ココナとイブキが心配だ。
いますぐこの拘束を解きたかったが、両手は肘掛けに、両足は椅子の足に縛られているのが厄介だ。
しかも、肌身に付けている護身用のナイフも取られている。恥ずかしいことに、隈なく武装を隠し持っていないか調べられたか。
「このっ……このっ……!」
どうにか咲斗は椅子から立ち上がろうともがくが、縄は思ったよりも硬く縛られており、咲斗の手足に痕がつくだけで動くことは叶わなかった。
すると、咲斗を監禁する部屋の壁のコンクリートの一部がスライドして、まるで自動ドアのように開く。
開いた部屋の穴からは通路が繋がっており、そこから、スーツを来た機械人がオートマタ達と共にぞろぞろと入って来る。
中には、咲斗達を捕えたあの男もいた。その中央にいる恰幅が良い機械人が、このマフィアのボスだろう。
マフィアのボスは拘束されている咲斗をまじまじと見た後、語りかけてきた。
「いやいやいやいや……驚いたよ。まさかあのシャーレの先生の息子を拉致することになるとは……うちの幹部も厄介なものを持ち帰って来てくれたものだよ」
「じゃあ離せよ。今すぐオレとココナとイブキを解放しろ」
「まあ待ちたまえよ。まさか君達ほどのものが一気に手に入るとは我々も想定外でね、結構混乱したんだ」
咲斗。言わずと知れたシャーレの先生の息子であり、先生見習い。
ココナ。山海経の中でも神聖視されている梅花園の教官であり、場合によっては幹部クラスの権限を持つ。
イブキ。現在は職業体験で梅花園に来ているが、実際はゲヘナの生徒会である万魔殿で溺愛されている実質のトップとも言える女の子。
そんな組織の弱点とも言える子供達を一気に獲得してしまったのだから、その処遇については紛糾したようだ。
「君達を人質に利用すれば、確かにキヴォトスの8割方を得られると言っても過言ではない。しかしそれは、山海経にゲヘナ、そしてシャーレを敵に回すということで、それだけリスクもある」
「……」
「何より、シャーレの先生が厄介でね。ゲヘナと山海経の同士討ちを狙ってもあの先生なら両者をうまくまとめてしまうだろう」
マフィアのボスはわざとらしく身震いするようなジェスチャーを咲斗に見せつける。
「それで……オレに何をさせたいんだよ」
「囚われの身だというのに肝が据わってるねえ。流石はシャーレの先生の息子だ」
「親父は関係ねぇだろ!」
「いやいや、関係はあるんだよ。君のお父さんにね、我々に対して莫大な投資をしてもらえるよう掛け合って欲しいんだ。勿論、組織のことは隠してね」
ねっとりとした口調でマフィアのボスはおねだりするように言ってくる。
「……大人しく従うと思うか?」
「そうだろうと思ったよ。……連れて来い」
マフィアのボスが号令をかけると、何人かのオートマタが通路の奥へと入っていく。
すると、ひた、ひたという乾いた足音と共に、オートマタ達に囲まれた、まるで子供のような小柄な人影が新たに現れる。
その姿を見た咲斗は驚き、目を見開いた。
「くっ……」
「うぅ……」
通路の奥から、あられもない姿で拘束されたココナとイブキが、銃を持ったオートマタ達と共に歩いてきたのだ。
衣服は下着に至るまですべて脱がされ、代わりにハーネス状の革ベルトによる拘束具で、申し分程度に大事な部分を隠された、まさに虜囚に相応しい姿だった。
両手は拘束されたまま動かないのか、ココナもイブキも両手を後ろ手に組んだまま腕を動かす気配はない。
「な……な……な……っ」
咲斗は理解を拒んでいた。
普段の制服姿とはかけ離れた、素っ裸の上に革のベルトだけのココナとイブキの惨めな格好は、状況の深刻さを物語っていた。
周囲の五体満足の上に武装したオートマタ達と比べると、その立場の差は火を見るよりも明らかだ。
まるで首輪のように首に巻かれたベルトからは縦に革ベルトが伸びており、それは股間を通って背中を伝い、うなじ側にまで繋がっている。
胴体を縦に巻く形に、食い込むようにきつく締め付けられている。
そのベルトの胸と下腹部あたりの金具では、それと交差するように横にベルトが広がっており、縦横にその幼い胴体を縛られていた。
さらに首のベルトの金具からはリードが伸びており、それをドローンによって曳かれて連行され、まるで首輪を付けられた犬のように歩かされている。
「私達を、どうする気ですか……!」
「酷いこと、しないで……!」
ココナは、自身を連行する者達をキッと睨みつけながら威嚇する。しかし、内心では怯えているのか、剥き出しの肌は少しだけ震えている。
対して、イブキは恐怖しきっているのか、不安そうに俯きながら声を絞り出す。
「くぅぅ……!?」
「あうっ……!」
声を上げたところで、ドローンに首に繋がるリードを引っ張られ、思わずココナとイブキは前のめりに転びそうになる。
両足には金属の足枷とその間を硬い革で繋がれており、かろうじて狭い歩幅で歩くことしかできないようだった。
極めつけにはココナとイブキの腕、太腿、膝にまで革ベルトが巻かれており、手足に枷を付けられた奴隷のように二人はただドローンの気の向くままに従い、歩くことしかできなかった。
「我々は可能な限りリスクパフォーマンス重視だが、その分確実に得られる利益には死に物狂いで確保する主義でね」
「お前ぇぇぇぇっ!!」
咲斗はココナとイブキを何とも無力な格好にされて激昂するも、マフィアのボスは意に介さない。
「咲斗君!?」
「咲斗くん!」
ココナとイブキが椅子に縛り付けられている咲斗に気が付き、悲痛な声を上げる。
目を見開いて咲斗を案じるように見てくるも、手足を拘束されてドローンに連行されている手前、ただ見ていることしかできなかった。
よく見ると、二人の両手も全身に巻かれている革ベルトと同じ材質の手枷で拘束されており、後ろ手に回したまま動かせないようだった。
「いい姿になったじゃないか。似合っているよ」
「全然似合ってなんかいません!れ、レディーをこんな格好にするなんて……ヘンタイです!」
「いやぁ……外してぇ……!」
マフィアのボスは、すっぽんぽんに拘束具という異様で無力な姿にされたココナとイブキを、周囲の構成員と共に不快な笑みを浮かべながら見下ろす。
二人の歳でも羞恥心はあるのか、ほんのりと頬を朱に染めながら恥ずかしそうに男達を見上げる。
ココナとイブキは拘束具を解くべく、絶えずもじもじと全身を捩って手足を動かそうと抵抗していたが、一向に二人を拘束する革ベルトが破れる気配もなかった。
「さて、我々が何を言いたいかは分かってくれたかね?」
「何をする気ですか……っ!」
「分からないのか?君達は人質だよ。この子がシャーレの先生にちょっとおねだりしてもらうためのね」
「私とイブキちゃんを利用する気……!?」
ココナとイブキは咲斗に見せつけるように、リードを引っ張られて自ら歩かされ、咲斗の目の前に並ばされる。
「咲斗くん、ごめんね……!イブキ、何もできなかった……」
「私も……!先生に咲斗君を守るって約束したのにこんなことに……!」
「な、なんでお前らが謝るんだよ!お前らのせいじゃねぇよ!」
両手を後ろ手に組んで、服とはとても言えないような拘束具だけを身に付けて素肌を晒す身体を隠せないまま、ココナとイブキは申し訳なさそうに謝ってくる。
「仲が睦まじいことで羨ましいねぇ」
「やだっ、触らないでっ!」
「放してぇっ!」
そんな二人の背後から、マフィアのボスは抱き寄せるように二人の肩に手を置く。
両手を拘束されているココナとイブキはその手を振り払うこともできず、嫌悪感に顔を歪める。
「やめろぉっ!!テメェら、ココナとイブキに何かあってみろ!!ぜってぇ許さねぇからな!!!!」
咲斗はこれまでに上げたことがないような大声で叫んだ。
「それなら、君が何をすべきか分かるはずだ」
「それ……は……」
咲斗は嫌な汗を垂らしながら逡巡する。
このままマフィアのボスに先生である父親を売る行為をするなど、先生見習いとしてあってはならぬことだ。
そうなれば父親も責任を追及される上に、咲斗自身も先生見習いではいられなくなる。
何より、これ以上父親に迷惑をかけたり助けを求めるなど咲斗のプライドが許さない。
しかし、現状では抵抗するための力は奪われている。武器は奪われ、咲斗も、ココナも、イブキも拘束されて動けない。
「さあ早く決断してくれないか。君のかわいい生徒がどうなってもいいのか?」
「咲斗君……」
「咲斗くん……」
咲斗の前に立たされているココナとイブキが、心配そうに見つめてくる。
「オレは……!」
このままではココナとイブキが危ない。
先生見習いもまた先生だ。生徒を守らなければならないというのに、保身のために生徒を危険に晒すなど絶対に避けなければならない。
父親か、ココナとイブキか、その間で咲斗は揺れる。
「そんな奴に従っちゃだめっ!!」
そんな時、咲斗に向かって、ココナが声を上げた。
「咲斗君が無理することないよ!私なら大丈夫!」
ココナは気丈に笑顔を作って、咲斗を安心させようとする。
「だって、咲斗君の当番だから!」
手足の自由を奪われ、服すら奪われていてもココナは当番の生徒として抵抗することを選んだ。
「ココナちゃんの言う通りだよ!」
それはイブキも同じだった。
「イブキ、本当はすっごく怖いけど、信じてるから。忍者のお姉さんのような人が絶対にイブキを助けに来てくれるって!」
イブキは焦燥する咲斗を励ます。
本当のことを言えばとてつもなく怖いのだが、これまでの思い出と咲斗とココナがいればどうにか恐怖心を抑えることができた。
「だから、咲斗君も諦めちゃだめだよ!」
「イブキ……」
咲斗とは違い、衣服まで奪われているにも関わらず諦めない姿に、咲斗は元気づけられた気がした。
だが、そんな虚勢を張る子供達を見ていて面白くないのがマフィアの構成員達だ。
「そうかそうか。どうやらそんな絵空事でどうにかなると思い込んでいるようだな。なら大人が徹底的に分からせてやらんとな……!」
「二人に何する気だ!?」
「いや何、先生の息子にはもっとよく考えてもらおうと思ってね。少し、この子達を借りさせてもらうよ。――連れていけ」
「きゃっ……」
「やっ……」
マフィアのボスは低い声でそう言うと、ドローンに指示して再びココナとイブキを歩かせる。
二人はどうにか咲斗の前に居座ろうと踏ん張るも、足枷を嵌められた両足では抵抗すら許されずに、拘束具に連結したリードをドローンに引っ張られて再び歩かされる。
「ココナ!イブキ!」
「咲斗君気にしないで!私とイブキちゃんなら大丈夫だから!」
「負けないでね!咲斗くん!」
イブキとココナは、革ベルトに縛られた背中とお尻、そして手枷で拘束された両手を咲斗に見せつけながら、引っ張られていく。
最後に、振り返って咲斗を励ますことを忘れないまま、通路の奥の闇に消えていった。
「おい、アレを使うぞ」
「アレを、ですか?アレはまだブラックマーケットから仕入れたばかりで正常な動作を保障できなかったはずでは――」
「構わん。ああいうガキ共には恐怖を植え付けるのが一番だ」
「はっ」
(何が始まるんだ……?)
咲斗はココナとイブキの負けない姿勢に感化されながらも、猛烈に嫌な予感がして胸騒ぎが収まらなかった。
§
あれからドローンに連行されたココナとイブキは屋外に連れていかれ、アジトの近くに併設された場所に連れていかれた。
既にドローンはいない。目的地についたと見るや、リードを外してそのまま飛び去ってしまった。
ココナとイブキは、リードで歩かされることもなくなったが、自由になったわけではない。
未だに素肌の上に革ベルト製の拘束具を装着されたまま、不自由な手足で立ち尽くしている。
キヴォトスにおいては銃を持たないだけでも致命的なのに、その上で丸腰で拘束されたまま出歩けば悪人達の格好の的になるだろう。
ここから逃げ出したとしても、無事で済むとは思わなかった。
「ココナちゃん、ここどこ?」
「分からない……」
辺りを見回す。
ゴーストタウンを再利用したのか、所々崩れた建物や捨てられた車などの遮蔽物がいくつかある。
そこかしこに的や銃弾の残骸があるのを見るに、ここでは実弾を使った模擬戦を行っている訓練場と見るべきか。
「イブキ達、何されるんだろう……」
「大丈夫……大丈夫だからね。私もいるし、咲斗君も頑張ってるから」
不安げに見上げてくるイブキをココナは安心させようとする。
とはいえ、ココナもイブキと同じく武器もどころか服もなければ、武器を持つための両手も使えず走るための足も制限されているのだが。
「わっ!な、何?」
すると、突如としてブザーがココナとイブキのいる場所に鳴り響く。
同時に、わずかな地響きと共に機械の鈍い駆動音がしてくる。
しばらくすると、訓練場の中心に位置していたリフトが降り、ぽっかりと正方形の穴が空いていた。
「……」
「……」
生まれたままの姿で拘束具を装着した無防備な姿のまま、ココナとイブキはリフトの方面をじっと見据える。
やがて、駆動音と共にリフトがせり上がってきた。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
ココナとイブキはリフトで上がってきた「それ」に対して驚愕する。
中くらいのビルはあろうかという巨躯。
頭部にはどんな硬い装甲であろうと粉々にしてしまいそうな重々しい砲塔。
両腕には戦車を軽々と吹き飛ばせそうな回転式の機関銃を携えている。
そんな圧倒的なスペックの武装を至る所に搭載した二足歩行型の決戦兵器――ゴリアテが現れたのだ。
「あっ……あぁ……!」
「ひっ……」
ココナとイブキは肌を寄り添わせながら息を呑む。
冷や汗が、ベルト型の拘束具に巻かれた剥き出しの肌の上を幾重にも垂れる。
なぜ自分達がこんな場所に連れて来られたのか。なぜゴリアテのような兵器がここに現れたのか。
その理由を理解し始めていたが、理解したくはなかった。
――ズシン。
「ッ!!」
地響きを上げながら、ゴリアテがその巨体を駆って一歩を踏み出す。
対して、ココナとイブキは一歩後ずさる。
火力に装甲、どれを取っても並みの生徒であれば相手にならないスペックのゴリアテに対して、対峙しているココナとイブキはどうだ。
銃を奪われ、下着すら身に付けることすら許されず、身に付けているものは全身に張り巡らされた拘束具。
両手を後ろ手に拘束されて無防備な状態を強制され、両足は足枷によって制限されている。
動ける分、カカシよりかはマシな程度の動く的でしかない。
「あぅ……あぁ……、ココナちゃん、ど、ど、どうしよう……!」
「ど、どうするって言われても、銃もないし、縛られてるし……あぅ……」
ココナとイブキは互いに顔を見合わせてどうにか打開策を探るも、あまりにも詰みに近い状況だ。
戦う力も逃げる力もなく、何もできることが見つからない。
ただ、圧倒的な力に押しつぶされる未来しか見えない。
「うっ……うぅぅぅぅぅ……!!」
「ふんっ……うーーーーん……!!」
せめて拘束具を解こうと、ココナとイブキはその場でもぞもぞと身体をしならせてもがくが、拘束具の革ベルトがギシギシと音を立てるだけで、二人の身体にぎっちりと縛りついていて解くことは叶わなかった。
かろうじて胸と股と尻を隠しただけの肢体と肌が擦れるだけで、無情に時間が過ぎていく。
ココナとイブキはしばらく抵抗した後、哀願とも言える表情でゴリアテを見上げる。
しかし、ゴリアテは、その無力な生徒を押しつぶさんと、二歩目を踏み出していた。
ココナとイブキは、ようやくこの絶望的な状況を受け止めて、恐怖で目を見開いた。
「いやああああああっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
ココナとイブキは、口火を切ったようにゴリアテとは反対方向へと逃げ出した。
手足が不自由な今、もはやできることは戦うことを諦めて無様に逃げ惑うことだけだった。
「あぁっ!?」
「あぐっ!?」
しかし、全力で逃げようとしたところを、肩幅未満しかない革で連結された足枷に両足を取られ、二人同時に受け身もとれず前のめりに転んでしまう。
ベルトの食い込んだお尻を突き上げた姿勢になり、それでもどうにかゴリアテから距離を離そうともがく。
手足が使えないなりに、不恰好に身体をくねらせながらバランスを取りつつ立ち上がる。
「あぅっ、うぅっ、あああっ……!」
「イブキちゃん、走って!少しでもあれから逃げないと!」
「でも!足がほとんど動かないの!どうすればいいの!?」
「それでもこけないように走るの!」
ココナとイブキは、不自由な両足を一生懸命に動かして逃げ始めた。
少しでも速く逃げようと歩幅を大きくすると足枷に足を掬われてしまうため、細心の注意を払いながら、足枷が許す限り交互に前に足を差し出す。
しかし、その姿は走っているとはとても言い難く、まるで赤ん坊が歩くようなよちよち歩きのような滑稽な走り方であった。
だが、ココナとイブキにとっては至って真剣で、万が一転んでしまってはそれだけで一貫の終わりだ。
生まれたままの姿に拘束具という無惨な姿で、足枷を嵌められたまま逃げる姿は一周回って微笑ましくさえあった。
§
そんな、ココナとイブキが蹂躙されかかっている映像が、咲斗の目の前のモニターに表示されていた。
「いい見世物だろう?果たしてあの子達がどれほど持つか、見物だなあ?」
「やめろ!あの二人に傷つけるんじゃねぇっ!!今すぐやめさせろぉぉぉ!!」
拘束された椅子の上で暴れながら咲斗は叫ぶ。
今すぐにでもココナとイブキを助けに行きたいが、座らされたまま動けないのがとてつもなく悔しい。
「それなら我々の要求に従ってもらわないと。大人の世界ではね、何かを得ようとしたら何かの対価を支払わねばならんのだよ」
マフィアのボスは、そう言って咲斗が持っていた携帯端末を差し出す。
そこには、モモトークが立ち上がっており、先生の連絡先が表示されていた。
「このままだとあの子達がどうなるかは分かるだろう?さあ、父上と連絡を取ってもらおうか」
「……ッ!」
改めてモニターを見る。
モニターに映るココナとイブキは、あられもない姿で手足が使えない中、ゴリアテから必死に逃げていた。
しかし、咲斗もマフィアのボスも気づかなかった。
咲斗の携帯端末に、何かしらの通信が行われていることを示すアイコンが表示されていたことに。
§
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
恐怖を抑えるために呼吸が深くなるココナ。
「誰かぁっ!助けてぇっ!!」
泣きそうになりながら、それでも諦めず逃げ続けるイブキ。
二人は後ろ手に拘束された全身を捩らせながら、狭い歩幅に制限された両足でとてとてと走る。
しかし、その実態は普通に歩くよりも遥かに遅いよちよち歩きだ。
足枷で両足を拘束され、転ばないように注意しながらではどうしても牛歩と言えるような遅さになってしまう。
――ズシン!!
その証拠に、ゴリアテは敢えてゆったりと動いているにも関わらず、ゴリアテとの距離は全くと言っていいほど離れなかった。
むしろ、足音と地響きが近くなったような気もする。
「来ないでっ!!」
「来ないでぇ!!」
思わず振り返ってそう叫んでしまう。
ココナもイブキも、背中やお尻、お腹といった拘束具から露出している素肌にはびっしょりと汗を掻いていた。
無力化されて追い立てられる焦りからか、不自由な身体を動かす疲れからか、あるいは拘束具の内側にある肌の敏感な部分がベルトの裏と擦れるからか、頬は赤くなり上気してくる。
前に進もうという気持ちが先行して前のめりになりながら、ゴリアテに革ベルトの食い込んだお尻を見せつけながら逃げ続ける。
「ココナちゃん!あそこ、しゃへい!」
「逃げ込もう!」
イブキが首で示した方向には、打ち捨てられた廃車があった。
ひょこひょこと足を小さくばたつかせながら、二人はどうにか遮蔽の内へ逃げ込む。
しかし、状況は全く好転していない。
射線を防げただけで、ゴリアテに対抗する手段は皆無なのだ。
「このままじゃ本当にやられちゃう……っ!」
「せめて手か足が動けばいいんだけど……これ、イブキちゃんなら解けそうかな?」
ココナはイブキに背を向けて、後ろ手に拘束された両手首を見せつけながら聞く。
イブキはその両手首を見るも、厚い革ベルトに硬く巻かれた手枷を解くのは容易ではないように思えた。
「うーん……ダメ、そうかな……」
ココナと尻を突き合わせる形になりながらも、イブキも後ろ手に拘束された両手をココナの手首に持っていき、手枷を外そうと引っ張ったり引っ掻いたりしてみる。
しかし、所詮はイブキの両手も拘束されており、ベルトを切れるような道具も持ち合わせていない以上拘束を解けるはずもなかった。
「じゃあ、足は……!」
一縷の希望にかけてココナは言うも、結果は同じだ。
イブキが跪いてココナの足枷をまじまじと見つめるも、丸腰の上に拘束されたイブキにはできることがない。
「こっちも解けないよ……せめてハサミみたいな斬るものがないと……」
「うぅ、どうすれば……」
胸と股間をかろうじて隠しつつ発育段階の肢体を晒したきわどい格好のまま、ココナとイブキは廃車に背を預けて考えを巡らせるも、打開策は思いつかない。
ふと、ゴリアテの足音がなくなったと思い、怪訝に思っていると、ココナとイブキのいる場所に影が差してくる。
なんと、ゴリアテが廃車の上からココナとイブキを覗き込んでいたのだ。
「「わああああああっ!!」」
ココナとイブキは悲鳴を上げながら、再びよちよち歩きのような拙い走り方で、亀のような遅さでゴリアテから逃げ出す。
ゴリアテは、武装を敢えて使わずじっくりとココナとイブキを甚振るようにゆったりと歩行しながら二人を追い、低レベルな追いかけっこが再開される。
今度は、ココナとイブキはコンクリートの瓦礫の山の裏側に隠れる。
「何とかしないと……またあいつが来ちゃう……!」
「んっ、この……!」
再び、二人は力を込めて拘束具を破ろうとするが、二人の身体に貼り付いている革ベルトはあまりにも硬く、人力だけで解けるものではない。
それでも、何かしらの道具がない以上は嫌でも自力で解くしかない。
多少不恰好になろうと、ココナとイブキは時には身体をくねらせて、時には踏ん張りながら身体を上下させ、時にはぴんと背伸びしながら抵抗し続ける。
力む声を上げながら、両手を前に出そうと後ろ手に組まれた両手首を離そうとしながら、両足首の間に繋がる革ベルトを引きちぎろうと、軽く地団駄を踏みつつぱたぱたと片足を前に出す。
そんな微笑ましい抵抗を嘲笑うかのように、拘束具のベルトはピンと張るだけで二人の身体に食らいついたまま放さず、時間だけが過ぎていく。
「これ……余計に締まっちゃう!?」
「きついよぉ……っ」
しかし、その無駄な抵抗は余計に二人を拘束するベルトの締め付けを強めるだけで、苦しみを増やすだけだった。
胸と腹、そして股間に回されたベルトの輪の直径が狭まり、思わず苦悶の声を漏らす。
「そうだ!これで……!」
すると、ココナがコンクリートからせり出した鉄筋を見つける。
何かをひらめいたココナは、鉄筋で両手を拘束するベルトの手枷を擦りつける。
「これ、ちぎれるかもしれないね!」
イブキも、ココナに追随して共に手枷をガリガリと鉄筋に押さえつけ、どうにか拘束具を破壊しようとしていた。
しかし、確かに削れてはいるのだがなかなか擦り減る速度が遅い。ゴリアテに追われている今、悠長に拘束を解いている時間はない。
「それならこれだけでも……」
「んっ……」
今度は、胴体の上下に巻かれている革ベルトを解きにかかった。ココナはお尻、イブキは下腹部あたりを通るベルトを引っかける。
「ふっ、ふっ……」
「この、このぉ……!」
ぎこ、ぎこ、と鉄筋をのこぎりに見立てて身体を引きながら、引っかけたベルトを鉄筋に押しつけつつ身体を上下させる。
自力では拘束具を解けないココナとイブキの苦肉の策であった。
その時、瓦礫の山の向こうで、何かが高速で駆動する音が聞こえた。
「ッ!イブキちゃん離れてっ!」
「えっ、えっ、何!?」
嫌な気配を咄嗟に感じ取ったココナは、イブキの肌に巻き付くベルトを背中で束ねて拘束されている手で引きながら、瓦礫の山から離れようとする。
「あっ!?う、動けない!?」
すぐにでも動き出そうとした二人だったが、鉄筋に二人の胴体を縛るベルトが引っ掛かっていたために咄嗟に移動できず手間取ってしまう。
拘束具を解こうと鉄筋を利用したのに、逆に鉄筋にその場に縛り付けられてしまっていた。
「早く抜こう!」
「ふぬぬぬ……!」
両腕を拘束されている中、肌と革ベルトの合間に挟まる鉄筋を身体の動きだけで引き抜くのはかなり難しい。
イブキとココナは、ベルトの胴体の締め付けが強くなることも厭わず、ぐいっと身体を傾けて背伸びしながら鉄筋から逃れようとする。
「早くぅっ!」
二人並んでぴょんと背伸びしながら焦燥に駆られる。
瓦礫の山の先に見えたゴリアテは、腕の機関銃のシリンダーを回転させて銃口をこちらに向けていた。
「ひっ……!」
ココナもイブキも目を見開いて必死に鉄筋による磔を解こうと頑張る。
すると、どうにか二人で力を合わせて鉄筋を引っ張ってコンクリートごと傾けたことで、肌とベルトの合間にある鉄筋を抜き、どうにか身体を引き離すことに成功する。
ココナとイブキは胴体に密着させた革ベルトを解くことすらできず、大急ぎでよちよち歩きをしながらその場から逃げる。
「きゃあああああっ!!」
「ひゃあああああっ!!」
直後、ココナとイブキは背後からの衝撃で吹き飛ばされ、前のめりに倒れる。
二人のいたコンクリートの瓦礫は、無数の銃弾によって吹き飛ばされ、跡形もなくなってしまった。
「う、嘘……っ」
ココナが震えながら、おそるおそる銃弾のあった方角を見る。
そこには、両腕の機関銃を放ったばかりのゴリアテが佇んでいた。
ゴリアテは、戦闘本能に目覚めたかのように、体面のライトを妖しい赤に点灯させていた。
「ココナちゃん……っ!」
イブキが、ぴと、とココナに肌をくっつけて縋りついてくる。
これまで武装を使わなかったゴリアテが、それを使った。
次にあれがどの方向を向くかは、容易に予想がついた。
「咲斗君……!」
イブキを庇いながら、ココナはゴリアテを睨みつつその名を呟いた。
§
「どういうことだ!?武装を使わずじっくり追い詰めろと指示したはずだぞ!うっかりあのガキ共を殺してしまったら取り返しのつかないことになる!」
「ブラックマーケットの説明にあったでしょう!?そのまま使うと指示系統を受け付けずに暴走するから必ず試用期間を挟めと!」
「クソッ、とんだ欠陥だ!」
咲斗の前で、マフィアのボスとその部下が浮足立って議論している。
どうやら、この事態はマフィア側としても想定外のようだった。
「誰かアレを止めてココナとイブキを助けろよ!!」
椅子から何度も立ち上がろうとしながら咲斗は叫ぶ。
いずれにしろ、このままではココナとイブキが危ないことには変わりはない。
こうしている今にも、武装の使用を解禁したゴリアテは無力な状態のココナとイブキを狙っている。
「せめて、この拘束を早く解けよ!!」
……嫌だ。
このまま見ているだけなんて嫌だ。
また守ることもできないで終わるなんて嫌だ。
最愛の母のように、死んでいくのを見ているだけなんて嫌だ。
(誰か……オレに生徒を守る力をくれよ……!!)
咲斗は祈るように、瞳に涙を浮かべながらそう念じた。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだ!?」
その時、突如として部屋に轟音が響き渡り、壁が爆破される。
コンクリートでできていたはずの壁は、あっけなく風穴が空いた。
「何があった!?」
「ぼ、ボス……いきなり二人の生徒が急襲をかけてきて――」
状況を飲み込めないマフィアのボスに対して、穴から這い出てきたマフィアの構成員が、命からがら説明するも、言い終えることなくガクリと気絶する。
そこから間もなく、舞い上がる粉塵の中から、二つの影が咲斗の前に飛び出してきた。
「すまん咲斗。ここ辺りの土地勘に疎く、遅くなった」
「随分と情けない姿になってるじゃねぇか」
裾の長いジャケットとキャップを被った長身の女性――錠前サオリに、制服を着崩して両手にサブマシンガンを携えた少女――美甘ネルだった。
「師匠!!……と、誰だ?」
「ああん!?あたしを覚えてねえってのか!?」
「あ!駅で助けてくれた偉そうなガキ!」
「テメェこの事件が終わったら覚えてろよクソガキ!」
「話は後だ。とにかく、拘束を解くぞ」
怒るネルをよそに、サオリは咲斗の手足の拘束を解く。
ようやく咲斗は椅子から解放され、サオリに縋りつく。
「そうだ師匠!ココナが、イブキが危ないんだよ!早く助けないとあいつらが……!!」
「……落ち着け。私達が来たからにはもうお前は一人じゃない」
戸惑いながらもサオリなりに咲斗を宥めるも、ココナとイブキを案じる咲斗は気が気でなく、今にも泣きそうになっていた。
「二人に何かあったら……オレ、また何も守れなくなっちゃう……!!」
「……」
声を上擦らせて、思わず泣き言を言ってしまう。
サオリはそんな咲斗を見て思うところがあったのか、無言で頭を撫でて胸に受け入れてやる。
「オイ、お前」
しかし、ネルはそんな咲斗を見て苛つきを隠しもせず、その胸倉を掴んで無理矢理立たせる。
「ピーピー泣いてる暇があったら身体を動かせよ。先生とは違って自分の手で生徒を守るんだろうが!?」
「うっ……」
自分に顔を近づけさせて、至近距離で咲斗に向かって声を荒げる。
「あたしはな、自分でやると言っといてグズグズしているような奴を見てるとイライラするんだよ!!」
そう言って、突き放すように咲斗の胸に鞄を押し付けて解放する。
「これは……!」
咲斗は押し付けられた鞄を見て目を丸くする。
それは咲斗が武器を常に携帯している鞄だった。マフィアに没収されていたのを、ネルとサオリが回収していたものだった。
「行ってこいよ」
ネルは部屋に空いた穴の方へ咲斗の背中を押す。
咲斗はよろめきつつ振り返って、ネルを見る。まだ戸惑いは晴れていないようだった。
「自分の手で守るっつったからには自分で守って見せろ」
『……咲斗君だってきっと頑張ってるから!』
『イブキも、信じてるから。絶対に助けがくるって!』
「ほら、あいつらも待ってるだろうよ」
スクリーンから発せられるココナとイブキの声。
ネルはスクリーンに映る生徒の姿を見せ、発破をかけた。
「ッ……!」
咲斗は改めて自分の役割を自覚すると、鞄からアサルトライフルを取り出す。
その目には、既に涙はなく、決意だけが浮かんでいた。
「いいツラになたじゃねぇか」
ネルはそんな咲斗を見て、満足げに呟いた。
「さっきから見てりゃ好き放題やりやがって……!今すぐこのガキ共を捕えろ!!」
しかし、二人の生徒に計画の邪魔をされて黙っているマフィアではない。
マフィアの幹部たちに加え、傭兵のオートマタ達が一斉に銃をネルとサオリに向けてくる。
「ハッ、やれるもんならやってみやがれ」
「咲斗、こいつらは私達が片づけておく。お前はあの二人を助けに行ってやれ」
「はい!」
サオリの声を受けて、咲斗は穴の向こうへと駆け出す。
先生見習いとして、生徒を守るために。
「……行ったか?」
「ああ」
「ったく、手のかかるガキだぜ。周りに心配かけて無理させんなっつっただろうが」
「それは私達も同じだろう?」
「そりゃそうだけどよ……」
「結局のところ、誰かが責任を負うしかない。それを、私達は先生に任されている」
「あいつらに比べたらあたし達も大人ってことか。仕方ねぇな」
襲い来る敵に向かって、ネルとサオリは銃を向けた。
§
「はっ、はっ、はっ……!」
「ふっ、ふっ、ふっ……!」
ココナとイブキは、どうにか足をぱたぱたと動かして、それでもゴリアテから必死に逃げていた。
「どこかに遮蔽は……」
「あんな遠くにしかないよ……!」
しかし、絶望的なことに、今二人が逃げているのはかなり開けた場所で、近くに遮蔽は存在しなかった。
辺りを見回しても、足枷で両足を縛られたココナとイブキにとっては途方もない距離にバリケードがあるだけだった。
「くっ……!」
「うっ……!」
改めて、ゴリアテの方を見る。
ゴリアテはその場から動くことはなく、ただ頭部の主武装である砲塔をココナとイブキに向けていた。
ゴリアテの持ちうる最大火力を、二人にぶつけようとしていることは言うまでもなかった。
「くぅぅぅっ!!このぉっ!!」
「お願いぃ……外れてよぉっ!!」
もはや遮蔽に意味がないと悟ったココナとイブキは、両手を背中で束ねて拘束された身体を何度も跳ねさせて、その場で拘束具を破壊しようと足掻く。
直立不動になりながら、それでも状況を打開しようと、その足掛かりを掴むために、上半身と下半身を何度もじたばたさせて、手か足のどちらかの自由を取り戻そうとする。
しかし、どんなに強引に両手足を引き離そうと暴れても、それは無機質に二人の両手足を繋ぎ止め続ける。
しかし、拘束というものは拘束が解けない限り永遠にそのままだ。自力で解けないものは解けない。
「はぁっ、はぁっ……」
「もう、ダメなのかな……」
ココナとイブキは寄り添い合いながら、主砲を発射しようとしているゴリアテを見る。
今の自分達は、両足を足枷に取られてもはや避けることは叶わない。
攻撃を受けようにも、服は奪われており、装甲は皆無。身に付けているものはきつく縛って離れない拘束具のみ。
両手は後ろ手に拘束され、両手を前に出して身を守ることすら許されない。
防御も回避も困難で、破壊されるカカシとして、無防備な身体に最大火力の直撃を受けることになる。
その射線上に立ち、何もできないで直立している二人を見れば、その未来を辿ることはもはや変えられないだろう。
「大、丈夫……咲斗君だってきっと頑張ってる……!」
それでも、ココナは気丈に振る舞い、ゴリアテを見据える。
「そう、だよね……。イブキも、信じてるから。絶対に助けがくるって!」
イブキはココナと共に、ゴリアテに対して勇気を振り絞る。
二人は、両手を後ろ手に束ねて肌のほとんどを晒したまま、仁王立ちしてゴリアテを見据える。
処刑台に立つ囚人のように、その時を待つだけの悲壮な覚悟。
なすすべもなく、そのまま立ち続けて一縷の希望と信じて待つことしかできなかった。
やがて、チャージが完了したか、ゴリアテはいよいよ主砲を発射する。
「咲斗君!!」
「咲斗くん!!」
二人はぎゅっと目を瞑って、その名を叫んだ。
すると、ゴリアテが主砲を発射する瞬間、その砲塔に爆弾が投擲されて爆発し、わずかに重心がブレる。
重心がブレるということは射線も逸れるわけで、ココナとイブキが立っている場所から僅かに逸れて主砲が発射される。
撃ち出された弾は地面を削りながら進み、背後にある建造物を瓦礫の山に変え、その弾の通った跡は地面が抉れていた。
その反動で、ゴリアテはバランスを崩して轟音を立てながら倒れた。
「……?」
何も痛みを感じないことにココナが不思議がっていると、何が起きたか理解する前に背中のベルトを引っ張られ、吊り下げられるように持ち上げられながら運ばれる。
「きゃあっ!?」
「あんっ!?」
背中のベルトを引っ張れたことで股間を通るベルトがより強く食い込み、ココナもイブキも思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
数瞬置いて、ようやく降ろされる。ココナとイブキは、おそるおそる目を開く。
するとそこには、二人をバリケードの内側まで避難させた、先生見習いである咲斗の姿があった。
「咲斗、君……?」
「咲斗くん……?」
呆けたように呟く。彼の姿が目の前にあることを、一瞬信じられなかった。
「よかった……間に合った……」
咲斗は、ココナとイブキを救えたことに、胸を撫でおろした。
久々に聞いたような気がする、先生見習いの少年の声。やっと目の前の咲斗が本物であると分かった。
「「咲斗くぅぅぅぅん!!」」
「うおっ!?」
ココナとイブキの心は、咲斗が助けに来てくれたことによって、決壊した。
咲斗に再び会えたことで、抑えていた恐怖心や心細さが溢れ出てきた。
まるで永らくあっていなかった主人に飛びつく犬のように、飛びかかるようにして泣きついた。
「ふぇぇぇぇぇん……!!怖かったよぉ……!!」
「うああああぁぁぁん……咲斗くん……咲斗が来てくれたぁ……!!」
ココナもイブキも、咲斗の胸に頭を預けて泣き腫らす。
これまでずっと恐怖と絶望で荒んでいた心を、咲斗がいる温もりで癒した。
しばらくの間、ココナとイブキはずっとそうしていた。
「よかったぁ……咲斗君、無事だったんだね……。本当なら生徒が先生を守らないといけないのに……逆になっちゃったね」
やがて落ち着きを取り戻したか、ココナとイブキは顔を上げる。
ココナは自嘲気味に言いながらも、咲斗に微笑みかけて安堵する。
「信じてた……イブキ、信じてたよぉ……えぐっ、助けに来てくれるって……」
イブキの方はまだ安堵が足りないのか、顔を上げてもなお咲斗に涙を見せていた。
「あの……っ、ココナ、イブキ……っ!!」
だが、咲斗の様子がおかしい。
どういうわけか、先生として生徒を救えたことに胸を張ってくるかと思ったら、そんな余裕はないほどに慌てているようなのだ。
「咲斗君?」
ココナは怪訝に思い小首を傾げる。
咲斗は頬を赤らめながら、ココナとイブキの身体から目を離せないようだったのだ。
「へ……?」
「あ、あわわわ……」
咲斗の目には、ココナとイブキの、ベルトによって胸と股間がかろうじて隠れた、ほとんど裸のあられもない姿が、至近距離で目に飛び込んできていたのだ。
拘束されていた時はそれを気にする余裕すらなかったため何とも思わなかったが、ココナとイブキを救えて安堵したからこそ、改めてそれを意識してしまう。
下着すら身に付けていない一糸まとわぬ姿に、ベルトだけで構成された水着ですらない拘束具だけを装着された恥ずかしい格好。
頂だけを隠した胸の横に走るベルトに、鼠径部を丸出しにしながらも一番大事な部分は食い込ませる形で隠した股間の縦に走るベルト。
咲斗のような男児にとって、そのようなシチュエーションはなかなかに刺激が強い。
「ッ!!!!」
ココナの方も、ぼんっ、と顔が熱くなる。
自分がどんな格好をしているのか、改めて認識したのだ。
縛るついでに局部を申し分程度に隠したような破廉恥な格好は、ともすれば全裸よりも余程恥ずかしい。
「いやっ、咲斗くん見ないでぇっ!!」
思わずココナは身体を隠そうとするが、ココナの両手は後ろ手に拘束されており、隠すことができない。
そのため、ずっとその身体は咲斗の目に留まったままであり、拘束具に彩られたセクシーな姿を見られ続けた。
「咲斗くぅぅぅん……」
「イブキっ、近い、近い……!」
イブキの方は、まだ咲斗に甘え足りないようで、自分の姿を気にすることなくべったりと張り付いている。
後ろ手に拘束されているため、まだ成長の兆しが見えない小さな肢体の肌をぴとりとくっつけて、咲斗の体温を感じ取ろうとしている。
(ふ、触れてる……女の子の……!)
咲斗の方は、逆にイブキの肌に直に触れることになり、その感触は咲斗の何かの神経を刺激した。
イブキのまな板のような平坦な胸となだらかなお腹。その触り心地は、硬いけど柔らかかったの一言に尽きた。
「んなっ!?」
「んひっ!?」
「んあっ!?」
ほとんど裸で拘束された女の子に挟まれるのに耐えかねた咲斗が、慌てて立とうとすると、咲斗の両膝からぷにゅっとした柔らかい感触が伝わってくる。
咲斗も、ココナも、イブキも、思わず変な声を上げてしまう。
咲斗の両膝は、ココナとイブキの、それぞれの股間を突き上げる形で、ベルト越しに触れてしまっていたのだ。
「わあああっ!ご、ごめんなさい!」
思わず丁寧語になった咲斗は、ココナとイブキの股間から両足を同時に引き抜いて立ち上がる。
女の子の大事な部分を、意図せずかつ直接ではないとはいえ膝で感じてしまった時の感覚が頭に焼き付いていた。
「さ……咲斗君のエッチいいいい!!」
「咲斗くん……もうちょっとそばにいて……!」
ココナとイブキも立ち上がり、ココナは咲斗に体当たりをかまそうとし、イブキはなおも咲斗に寄り添って恐怖心を和らげようとする。
「ちょっと!触れてる!触れちゃってるから!」
しかしそれは、いずれも自分から咲斗に剥き出しの肌をぶつけに行くに等しかった。
§
三人は、改めて落ち着きを取り戻す。
咲斗は、鞄からナイフを取り出してココナとイブキの拘束を解こうとしていた。
「あ、あまり見ないでね……!?」
「分かってるって!」
「咲斗くん、早く解いて……!」
ココナとイブキを自分の目の前に背を向けて座らせて、手枷と足枷の役割を持つ革ベルトに刃物を立てる。
二人の後ろ姿が咲斗の目に飛び込んでくる。
髪の生え際と首輪から覗くうなじから、背中、そしてベルトよりはみ出ているお尻までが、とてもまぶしく感じる。
そのあまりにも柔らかな光景をあまり意識しないようにしながら、二人の肌を切らぬよう注意を払う。
「なっ、切れないだと!?」
「「えっ……!?」」
ココナとイブキは同時に振り返り、絶望的な表情を浮かべる。
咲斗は、何度もココナとイブキの手を取ってその手枷を、ふくらはぎを押さえて足枷を斬ろうとするが、その革ベルトは弾力があり、硬い。
ナイフの刃がなかなか入らず、拘束を簡単に解くことができないのだ。
時間をかければ不可能ではないかもしれないが、そんな悠長なことはしていられない。
「まずいな……あいつが起き上がった」
そう、ゴリアテは一時的に転んだだけで、まだ機能を停止した訳ではないのだ。
一時的に咲斗達を見失ったためか、周囲を見回して索敵しているが、見つかるのも時間の問題だろう。
「拘束を解いてる暇はないみてぇだな……」
「そんな……咲斗くんが来てくれたのに、大丈夫じゃないの?」
「大丈夫、先生見習いのオレを信じろ。どうにか策を立ててこんな場所から脱出して見せるって!」
不安そうな顔をして見上げてくるイブキを安心させようと努める。
しかし、状況は非常に悪いのは確かだ。
「でも咲斗君……私やイブキちゃんの足は……」
ココナの言う通り、ココナとイブキの足枷はまだ健在で、満足に走ることすらできない。
両手も後ろ手に拘束され、武器を持たされたとしてもまともに使うことはできない。
ココナは忌々し気に自分の素肌を直に縛っている拘束具を見下ろす。
異性に見られたくないような恥ずかしい格好にした上に手足を拘束して役立たずにしてしまう拘束具。
咲斗が戦っている間、自分とイブキは見ているか逃げ惑うことしかできなくされてしまっているのが、とてつもなく悔しい。
ここから撤退するにしても、足手まといもいいところだろう。
「……ッ!見つかった!」
咲斗達のいるバリケードに、ゴリアテからライトが当てられる。
咲斗達の居場所を知ったゴリアテは威圧感たっぷりに、重い足音を響かせながら走ってくる。
「予備の武器がある!二人ともこれを使え!」
そう言って咲斗は鞄からハンドガンを取り出して、ココナとイブキの背中で組まれた手に持たせる。
そして、咲斗、イブキ、ココナでゴリアテに向かって発砲するが、ココナとイブキは後ろ手に拘束された手で、ゴリアテに背中を晒す形で銃を向けて撃っている。
しかし、拘束されたまま使っているため、基本的な動作さえままならず、銃弾は明後日の方へと飛んで行った。
「だめ……っ、今の私達じゃやっぱり使い物にならない!」
「これ……難しいぃ……」
これでは誤射の危険性が高く、むしろ使わない方がいいまでもあった。
咲斗の放った銃弾は命中していたのだが、ゴリアテは意に介せず弾を弾きながらこちらに向かってくる。
その様子を見た咲斗は舌打ちをしながらココナ、イブキと共に再度バリケードの裏へと戻る。
ココナとイブキは、咲斗に申し訳なさそうにハンドガンを返した。
やはり、この状態では文字通り手も足も出ない。
守ろうとしていたはずの咲斗に守られながら、力になることはできず、見ていることしかできない。
その時、丸腰に戻ったココナは顔を上げる。
「……咲斗君、聞いて」
意を決したように、ココナが言う。
「私が囮になるから、イブキちゃんを連れて逃げて。咲斗君と違って私は生徒だから、機関銃なら何発が耐えられると思う」
「なっ……そんなことやらせるわけないだろ!!」
「やめてよココナちゃん!」
突然のココナによる殿の申し出。
どんな役立たずでも、盾になることくらいはできる。
当然、咲斗とイブキはすぐさま却下する。
「でも、こうするしかないよ!戦えるのは咲斗君だけだけど……今の私にも守ることはできるから!」
「なんでそんな無理するんだよ!先生見習いとして当番にそんなことさせられるかよ!」
「当番だからするの!先生に頼まれたから……咲斗君を守って欲しいって」
たとえ服を奪われて、手足を拘束された無力な状態にされても、ココナはその使命だけは忘れていなかった。
マフィアに捕まった時から、どんなことがあっても咲斗を守ろうと心に決めていた。
そのためなら、自分からゴリアテに無防備な身体を自ら晒して、防御の許されない小さな身体に銃撃の直撃を受けることになっても構わない。
「それでも!オレにはココナが必要なんだ!そんなことは絶対に許さない!」
ココナの肩を掴んで、彼女を真っ直ぐな目で見つめながら咲斗は言う。
咲斗もまた、先生として生徒を守るという使命を忘れてはいない。
「イブキも。オレの当番としてずっと一緒にいて欲しい」
「咲斗くん……」
イブキの方も見て、咲斗は強い決意を口にする。
「そんな二人を、オレはこんな場所に付き合わせちまった責任がある。だからこそ二人には無事で帰って欲しいし、そうしなければならないと思ってる」
ココナとイブキは咲斗を見つめる。
その姿は先生と重なった。だがそれは、咲斗の父親とは違う『先生』だった。
「ここに足手まといなんていないんだ。いいか、短く話すからちゃんと理解してくれ」
今も、ゴリアテは猛烈な勢いで咲斗達に迫ってきている。
もはや猶予はない。
咲斗はココナとイブキに作戦を伝える。
咲斗が先ほど言った通り、咲斗は二人のことを足手まといとしては見ていなかった。
たとえ丸腰で手足を拘束された状態であっても、できることがあると咲斗は伝えたのだ。
「オレは生徒を信じてる。だから二人もオレを信じてくれ」
「……分かったよ、咲斗君!」
「イブキ達に任せて!」
それと同時に、ゴリアテの機関銃によってバリケードが爆破される。
視線の先には、そびえ立つようにゴリアテが立っていた。
「行くぞ!」
咲斗の号令と共に、三人は動き出した。
「イブキちゃん!」
「うん!」
ココナとイブキは、咲斗の背後の方向へと滑稽な走り方で動き出した。
背中で組んだ形で拘束された両手とお尻を晒して、足枷に阻まれた歩幅でせかせか歩きのように、ゴリアテから距離を取ろうと一生懸命に、少しでも速く走る。
だが、逃げ惑うしかなかったこれまでとは違い、明確な目的を持って逃げていた。
「こっちだ!」
三人の中で唯一五体満足な咲斗は、ゴリアテと適切な距離を保ちながら周囲を駆け周り、アサルトライフルによる挑発射撃を繰り返す。
ゴリアテの装甲に全弾命中するが、いずれも弾かれてダメージはない。
しかし、ゴリアテの注意を引くことはできた。
ゴリアテは両腕の機関銃を咲斗に向かって放つが、咲斗は訓練場の遮蔽や打ち捨てられた建造物を使って、パルクールの要領でジャンプとスライディングを駆使しながら機関銃の命中を避ける。
サオリ仕込みの敵の掃射の回避術だ。
「咲斗君……大丈夫かな」
「大丈夫だよ!咲斗くんはイブキ達の『先生』だもん!」
一方で、ココナとイブキはかなり遠くまで来ると、振り返って咲斗の戦いをじっと見守る。
まるで、自分達は解けない拘束具を装着されて観戦を強制された敗北者であり、助けられるのを待つだけの囚われのお姫様。
戦いを咲斗に任せっきりにして、加勢できないのは正直なところ、心苦しい。
だが、今のココナとイブキにはやることがある。
ココナは、首にかけていた咲斗の鞄を、頭を下げて地面に落として、イブキと共にできることをする。
ほとんど裸で、碌に手足が動かない状態でもできることを。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
咲斗は適宜リロードを挟みつつ、挑発攻撃を繰り返しながらゴリアテの射撃を避けていた。
咲斗の性質上、一発一発が致命傷になるから、文字通り命がけだ。
どうにか避け続けているとはいえ、体力には限りがあるため、咲斗の顔には珠の汗が浮かび上がってくる。
もはや訓練場における、咲斗の周囲にある遮蔽物になりそうなものは、すべて機関銃により崩壊させられた。残るは平地に立つ咲斗の身一つを残すのみだ。
このままではジリ貧。そのため、咲斗は賭けに打って出た。
「うおおおおっ!!」
機関銃が玉切れを起こし、ゴリアテがリロードする隙を狙って、咲斗はゴリアテの方へと突っ込んでいく。
そして、小柄な体格を生かしてその両脚の合間に入り込むと、スライディングで滑りながらアサルトライフルを股の合間に打ち込む。
さらにダメ押しに手榴弾を放り投げ、すれ違いざまにアサルトライフルで撃ち抜いて起爆する。
しかしそれでも、ゴリアテには有効打に成り得なかった。
「咲斗くーん!!」
その時、ココナの声がした。
声がした方角を見ると、遠目からココナとイブキが、拘束具を付けたままの身体をぴょんぴょんと跳ねさせてこちらに合図を送っているようだった。
すると、ゴリアテもその声に反応したかそちらの方を向く。
そして、ゴリアテはその巨躯の方向を変えて、ココナ達の方へ向かい出したのだった。
「ッ!!」
咲斗は全速力でダッシュしてゴリアテが進んだ方向へ追い縋ると跳躍し、ゴリアテの機体を駆けあがって頭部に掴まる。
当然、ゴリアテはココナとイブキの方へ向かいながら咲斗を振り落とそうと頭部を左右に振り回すが、咲斗は歯を食いしばって必死に耐える。
前を向くと、ココナとイブキがゴリアテから少しでも距離を離そうと、再びとことこと不恰好な早歩きでお尻を向けながら走っていた。
(今だ……!!)
タイミングを見て、咲斗はゴリアテの頭部から手を放して前方へ大きく吹き飛ぶ。
そしてちょうどココナ達が走っていたあたりの場所で受け身を取ると、すぐに立ち上がってココナとイブキの元へと到着する。
「悪ぃ、遅くなった!少しでも離れるぞ!」
「咲斗君!よかった……無事で……っ!」
「しゅっぱつしんこー!」
咲斗がここまで来たことに心からの安堵を示すココナ。
咲斗はココナとイブキのお腹のあたりの縦に走るベルトを掴んで、半ば引きずるように走り出す。
「ちょ、ちょっと咲斗君!そこ食い込むからあああ!?」
「わわわ……っ、電車ごっことはちょっと違う感じ……」
そんなことに気を遣う余裕もなく、ココナとイブキの股にかかるベルトを引っ張りながら咲斗は走った。
「咲斗君、ごめん……足枷でうまく走れない……」
しかし、ココナもイブキも両足には足枷が嵌まっており、とても咲斗の歩幅には追い付けず、不格好にとてとてと後ろをついて歩くしかできない。このままでは追い付かれる。
「仕方ない、それなら……!」
「ふぇっ!?」
「ひゃっ!?」
すると、咲斗がココナとイブキの前で屈んだと思えば、二人の背中に両手を回して、お腹を支点に両肩ですくい上げるように持ち上げる。
そのまま、両肩に拘束されているココナとイブキをそれぞれ抱えながら走り出したのだ。
「さ、咲斗君!そこ私のお尻いいいい!!」
「すごーいっ!咲斗くんはやーい!」
ココナとイブキの身体を支えるために、両手で二人のお尻を直接むにっと掴み、揉んでしまっているが、それを認識する余裕は咲斗にはない。
ゴリアテを誘導するように、一点の方向へと逃げ惑う。
それは、咲斗が伝えた作戦のためだった。
ゴリアテは咲斗達をそのまま追おうとする。
すると、ゴリアテがココナとイブキがいたあたりの場所を通った時、何かを踏みつけたような気がした。
それを踏みつけた瞬間、足元から大爆発が起きたのだ。
「うおっ!?」
「きゃっ!」
「わぁーっ!」
その爆発の規模は凄まじく、はるかに前を行っていた咲斗達でさえも前に吹き飛ばされ、ココナとイブキのお腹に顔を埋めるようにして前のめりに転んでしまう。
振り返ると、ゴリアテが踏んだ何かを中心に、炎の柱が上がっていた。
実はココナとイブキは、事前に咲斗の鞄に入っている手榴弾といった爆弾や、所持している弾薬などの火薬類を一ヵ所に寄せ集めて、即席の地雷を作っていたのだ。
たとえ手足を拘束されていても、物の出し入れや軽い物の持ち運びくらいはできる。
起爆のトリガーとなる強い衝撃は、ゴリアテがそれを踏むだけでいい。
それによって生じる爆発に、ゴリアテを巻き込む手筈だった。
「やった……!すげーじゃん、ココナ、イブキ!」
「イブキ、役に立てた?」
「当たり前だろ!」
「やったー!」
「ちょちょ、くっつくな!イブキ服着てないんだから!」
結果として咲斗の伝えた作戦は成功し、イブキは喜びながら咲斗に抱きつく。
抱きつくといってもイブキは拘束されていて両手を使えないため、露出した素肌をくっつけたと言った方が正しい。
「でも、本当にどうなるかと思ったよ。咲斗君、脆弱だから……」
「『先生』を信じろって言ったろ?」
「うん……それに、こんな格好にされた私やイブキちゃんを信じてくれて、嬉しかった……もう一人前の紳士かもしれないね」
「だから紳士って何だよ……。でも、ココナがオレをずっと守ろうとしてくれてたの、何というか、すげーレディーっぽかったよ」
「そ、そうかな?……あっ!あんまり、見ないで……」
「お、おう……」
照れくさそうに笑っていたココナだったが、素肌のほとんどを晒して隠せないでいる、レディーとはかけ離れた姿であることを思い出し、頬を紅潮させながらしゃがみこんで身体を隠す。
咲斗も、ココナの身体を目にしてしまい、思わず目を逸らした。
「あっ!あれ……」
その時、イブキがゴリアテのいる方向を見る。
ゴリアテは、あれほどの爆発をモロに受けながら機能を停止することはなかった。
バランスを崩して転んだだけの、一時停止にとどまる。
だが、咲斗達からすればこれでよかった。
「よぉ、ジャストタイミングみてぇだな」
「こっちは終わったぞ」
「師匠!と……」
「ネルだ。美甘ネル。覚えときな」
ちょうど、咲斗の元にネルとサオリが現れたのだ。
様子を見るに、マフィアを粗方制圧し終えたらしい。
「後はあれを片付けるだけで完了ってことか。やればできんじゃねぇか。ちゃんと『大人』を頼ったな」
「よくやった。お前が連絡をくれたおかげでこっちも状況を把握できた。後は私達に任せろ」
咲斗達だけでゴリアテには勝てずとも、ネルとサオリが来ていたからには時間さえ稼げればよかったのだ。
事前に咲斗が「すべて終わったら自分の元へ来て手伝ってほしい」と連絡していたため、ネルとサオリはここに来られた。
「それじゃ――掃除の時間だ」
「ああ」
手負いのゴリアテは、C&Cのリーダーとアリウススクワッドの元リーダーによって、あっさりと機能を停止した。
こうして、一連の事件に終止符が打たれたのだった。
§
その後、山海経の一部生徒をマフィアが利用していた事件が明るみになった。
マフィアのボスやその構成員は、『山海経の伝統的な厳しい刑罰』に処されるという。
しかしながら、咲斗、ココナ、イブキが危険な目に遭ったという事件の詳細は基本的に伏せられ、事件の関係者や玄龍門の上層部、それに梅花園のシュンに加えて、先生にだけ伝えられた。
当然、事件のことについて、咲斗達はシュンからこっぴどく叱られた。
夜に出歩く時は絶対に確認を取るよう、指切りまでさせられた。
ちなみに、ココナとイブキが着せられていた拘束具だが、ネルによれば元はミレニアムのとある部活が制作した水着だったらしい。
あんな破廉恥な外見な上に手足まで拘束して水着なのかと問いたくなるが、『敢えて逆境に自分を置くことで泳げるようになる理論』の元、泳げない人のために造られた水着だったようだ。
実際にミレニアムの生徒が何人かこれを身に付けたところ、想像以上に頑丈に作られて脱げなくなる騒動があり、そこからこの水着の欠陥――スタートラインとなる理論自体が欠陥と思わなくもないが――が表沙汰になり回収されたとのことだ。
その横流し品が、あれだったのだろう。
そして数日後、咲斗はココナやイブキと共に、先生の執務室に呼び出された。
ココナとイブキは既にあの拘束具から解放され、いつもの制服姿に戻っている。
当番の生徒を危険に晒してしまったわけだから、一発殴られることくらいは覚悟していたのだが……。
「お前が無事でよかった……お前に何かあったら私は――」
「な、なんだよ!?会って一番抱きつくとか気持ち悪ぃよ!」
先生に会うなり、咲斗は抱き締められていた。
キヴォトスに来た時に比べて嫌悪感が減っているとはいえ、無いわけではないため、慌てて振りほどいて距離を取る。
「ごめん。流石にいきなりは気持ち悪かったかな」
「当たり前だろ!?」
「先生は咲斗君のことが心配でたまらなかったんだと思うよ。ちゃんとお父さんの気持ちも汲み取ってあげないと」
「まぁ、心配かけて悪かったとは思ってるよ……。ネルさんにもそう言われたし」
ココナに言われて、咲斗は頬をぽりぽりと掻きながら、気まずそうに反省の弁を述べる。
「ネルは頼れる生徒の一人だ。私にいいにくいことがあれば彼女に頼ってもいいからね」
「ま、親父よりは頼りやすかったな」
「それはそれで傷つくなぁ……」
先生は苦笑しながら冗談めかして笑う。
「……でも。オレ、あとちょっとで親父をマフィアに売っちまうところだった。いつもあんなデカい口叩いてるのに……笑えるよな」
「大丈夫。咲斗は悪くない。それはココナとイブキを守るために仕方なくやろうとしたことだろう?たとえ私が咲斗に売られたとしても、生徒を守るためなら構わないさ」
「親父……いや、父さん。……ごめんなさい」
咲斗は、一瞬躊躇した後、はじめて父親に向かって謝った。
「でもね先生、咲斗くんね、イブキとココナちゃんを助けに来てくれたの!すっごくかっこよかったよ!」
イブキが当時のことを思い返しながら言う。
イブキにとってはとてつもなく怖かったはずなのだが、それが思い出になっているのは、咲斗が死に物狂いで生徒を守ろうとしたからなのだろう。
「けどイブキ、お前やココナがあんなことになったのは元はと言えばオレが――」
「抱え過ぎだよ、咲斗くん」
否定しようとした咲斗をココナが優しく制止する。
「確かに軽率だったかもしれないけど、それを言うならシュン姉さんに相談しなかった私だって悪いし……誰も山海経を守ろうとした咲斗くんの行動は否定してないよ」
「ココナがオレを庇う日がくるなんてな……」
「私だって良いと思ったところは褒めるよ!レディーはね、評価すべきところはちゃんと評価するんです!」
「それならイブキ、咲斗くんのいいところ、もーっと言えるよ~!」
「わ、私だってちゃんと咲斗くんのこと見てるから!」
そんな咲斗達三人のやり取りを、先生は微笑みを浮かべながら見守っていた。
良き友との青春の日々で、成長していく息子の姿。
今は亡き妻が思い描いたであろう、咲斗のこれからが、ここにあった。
「咲斗」
先生は、今一度息子の名前を呼ぶ。
「なんだよ、親父」
「いい『先生』になったね」
「……おう!」
咲斗は屈託のない笑みを、父親に向けた。