桃原はじめは、部活動の朝練もあり普段から朝6時には目を覚ましている。しかし先日の夜のこともあり、8時を過ぎてもなお、泥のように眠っていた。
ピンポーン。非常識な時間ではないが、来客にしては早過ぎる時間に、桃原家のインターホンが鳴る。勉強机の上には散乱したペンと漫画。中央には乱雑に置かれたチーム切札のデッキと、モモキングのカードがあった。
ピンポーン。はじめは重いまぶたを擦りながら、なんとか上体を起き上がらせる。モモキングの方を見ると、仰向けになったカードからいびきが聞こえる。重い体を引きずるように、2階にある自室から玄関へと向かう。
「はァい…どちらサマ…?」
「おはよう、桃原はじめくん」
「醜態。異性、それも同世代の前でしていい格好ではありません」
ガチャリ、と玄関を開けると、昨日出会った謎の少女、虚淵夢と、その相方ゲンムエンペラーがいた。はじめはゲンムエンペラーに指摘されて気付いた。タンクトップにトランクスと、おおよそ女子の前でしていい格好ではなかった。
「あっ…。あぁ、悪い。つい癖で…。けっこう早かったな、上がって待っててくれよ。リビングはそこを左だから、適当にくつろいでて」
はじめは夢を家へ招き、バタバタと自室へ上がっていく。夢とゲンムは言われた通りリビングへ向かい、ソファーに座ってくつろいでいた。
やがて2階から大急ぎで部屋着に着替えたはじめと、隣に浮かぶモモキングが降りてきた。
「お、おまたせ!なにか飲むか?オレンジジュースならあるけど…」
「いただきます」
「所望。私も夢と同じものを」
「はじめ殿、拙者も!」
オレンジジュースを4人分注ぎ、テーブルにそれぞれ配置する。クリーチャーの分はストローを刺すだけでいいと、モモキングとゲンムはカードからイラストサイズのまま、上半身のみを実体化させて、器用にストローから飲んでいた。
「…桃原はじめくん、私たちから提案があるの」
「あ〜、はじめでいいぜ?虚淵さん。フルネームで呼ばれるの、なんかむず痒くていけねぇや」
「じゃあ、私も夢でいい。提案というのは、私たち『チーム零』と、貴方たち『チーム切札』。この2チームによる共闘で、『ジャオウガ』を倒し、『デュエル・マスターズ』を勝ち抜きたいの」
「ちょい待ち!その前に、モモキングやゲンムの言う『クリーチャーワールド』とか、夢の言う『デュエル・マスターズ』とか、その辺を教えてくれねえか?」
「懐疑。モモキング、貴方ははじめに此度の戦いのことを、なぜ説明しなかったのですか?」
「うっ…。そ、そのことでござるが…」
「昨日は俺が疲れて寝ちまったんだ。モモキングを責めるのはよしてやってくれ」
「は、はじめ殿…!!」
ゲンムに詰められたモモキングだが、はじめのフォローで事なきを得た。実際は昨日のデュエマを終えた後、お菓子に興味を示したモモキングは飲めや食えやで騒ぎ、気がついたら寝ていたのだが。表情は全く読めなかったが、恐らくイラついているのだろう。黙っているゲンムの代わりに、夢が今回の出来事を説明し始めた。
「まず初めに、『クリーチャーワールド』。これは、ゲンムやモモキング、クリーチャーたちが暮らす星のこと。クリーチャーワールドでは、このイラストに描かれている通りの姿とパワーを有しているわ」
「で、この地球に来ると、なぜかカードの姿になって、本来の姿と力を失う…。って認識でいいんだよな?」
「肯定。話が早くて助か…」
「その通りにござる!はじめ殿は実に聡明でござるなぁ」
「…………」
モモキングのいらない担ぎにゲンムがますます口を閉ざす。はじめと夢は気まずそうにしていたが、当のモモキングはそのことに一切気づいていなかった。
こほん、と咳払いをして、夢が説明を続ける。
「次に『デュエル・マスターズ』。これは
「信長って…あの天下統一を為した偉人が!?そんな人もデュエマやってたのかよ…」
「必ずしもデュエマをする必要は無いの。相手が
「そんなことできるのかよ…。そりゃ信長も、第六天魔王を自称するわな…」
まさかの事実に、若干呆れながらも乾いた笑いが出る。当然信じ難かったが、目の前でカードからクリーチャーが実体化していれば(しかもジュースを飲んでいる!)、嫌が応にでも信じざるを得なかった。
「『デュエル・マスターズ』は開かれるたびに、参加条件やルールが異なる。今回は…『クリーチャーワールドから地球へやってきた、十の超獣王』が参加者であり、『王の力と思想に共鳴した
「最後の1組になると…どうなるんだ?」
「勝者の証でもある、『デュエルマスター・キングの証』。それがどんな願いでも、1つだけ叶えてくれるというわ」
「願いを…叶える…。なぁモモキング、お前はどんな願いを叶えたいんだ?」
突然話を振られ、口に含んでいたジュースを急いで飲み干す。急いだせいか、ごほごほとせき込むと、喉を整え高らかに宣言した。
「無論、『クリーチャーワールドの復興』でござる。今、クリーチャーワールドはとある災禍に見舞われ…。とてもではござらんが、10年や20年そこらで復興できるほどの傷跡ではないのでござるよ…」
「同意。それは我々『チーム零』の他クリーチャーワールド出身の王が率いる『チームボンバー』、『チーム銀河』、『チームウェイブ』、そしてモモキングが治める『チーム切札』。5つの王は最終目標を共有し、誰が勝者となろうとこの願いを叶えることを約束している」
「故郷の復興…。いったい何があったんだ?」
「それは今から説明する『ジャオウガ』が深く関わっているわ」
「さっき夢が言ってたヤツだよな。そいつが何かしたのか?」
「えぇ。ある日突然、ジャオウガはクリーチャーワールドへ降り立ったの。生と死を司る『大樹王 ギガンディダノス』、魔王であり天使でもある『月と破壊と魔王と天使』、永遠に続く美を追い求める『メテオシャワァ・ヲヲロラシアタァ』、正義の鉄拳を振りかざす『剛力羅王 ゴリオ・ブゴリ』。4体の超獣王と4つの王国を支配下に置いた『ジャオウガ』は、自身が治める鬼札王国の鬼たちと共に、暴虐の限りを尽くしたそうよ」
「ジャオウガの目的は?」
「星の中央に座する光の柱。そこに前回の勝者が平和を願い遺した『デュエルマスター・キングの証』。ジャオウガはそれを直接奪いに来たの」
「悔しいことに、拙者たちは彼奴らを退けることはできなかったのでござる…!」
「…無念。ジャオウガの猛攻は、私でさえ喰い止めるのがやっとでした」
「ジャオウガが証を手にしようとした瞬間、証はジャオウガの邪なる気を感じ、宇宙へと飛び出したの。そして飛び出した先が…」
「ここ、地球ってわけか。昨日の流れ星の正体は、証を追ってきたクリーチャー…『デュエル・マスターズ』の参加者たち…ってことか」
4人の間に重い空気が流れた。正直はじめはかなり楽観視していた。というのも、モモキングの性格や雑多さから、アニメや漫画のようなことに少し浮かれていたのだ。だが、いざ蓋を開けてみれば非常にシビアで、自分が負ければ命を落とすかもしれない。しかもモモキングらの故郷にも影響がある。絶対に負けられない。そんなプレッシャーが、はじめを圧し潰そうとしていた。
夢はそんなはじめを見て、戦いから降りるよう説得するべきだと思った。無理もない、相手はただの高校生。自分のように、幼少の頃から『デュエル・マスターズ』に参戦することを想定して鍛錬していたわけでも、命を賭して戦う覚悟もしていない。はじめには戦いに巻き込まれてほしくない。そんな想いから、はじめに戦いから降りるよう説得しようとした。
だが意外にも、最初に口を開いたのは、はじめだった。
「…わかったぜ、夢。お前たちと手を組むよ」
「はじめ殿!!?」
「驚愕。はじめ、貴方はデュエルに敗北すれば、命を失うかもしれないのですよ?」
「昨日、モモキングの仲間のキンタックスに襲われたんだ。あいつはジャオウガに操られて、自我を失ってた。ジャオウガを放っておけば、他にも被害が出るかもしれないんだろ?」
「然り。彼奴は他者を支配する能力に長けているでござる。また、悪の心を植え付けて、己の思うままに操ることもできる。これはクリーチャーだけでなく、恐らく人間も…」
「だったらなおさら、そんなヤツを放っておけるかっての!夢、ゲンム!俺はやるぜ!ジャオウガと、ジャオウガに与する王国を!俺はぶっ倒す!ぶっ倒して、お前の故郷を取り戻すんだ、モモキング!!」
「…!!か、かたじけない…!!」
「じゃあ、これからよろしく。はじめくん」
「おう!こっちこそよろしくな、夢!」
2人は固い握手を交わす。打倒ジャオウガを目指すチーム同士が今、手を組んだのだった。
☆★☆★☆
「な~るほど。だいたいお前らの話はわかった」
小春は自分の勉強机に頬杖をついて、目の前でおにぎりを頬張るジャオウガの話を聞き終わった。ずいぶん長々と話していたが、要するに星から星への侵略行為らしい。戦争の最終盤で、目的のブツが地球へ飛んで行ってしまったので、全員を引き連れてここへやってきたとのこと。
ジャオウガの後ろでは、『陰陽の鬼 ヨミノ清明』らが、ボロボロの『非道の鬼 ゴウケン斎』の看病をしていた。
「呑み込みが早いな!ならば己の手足となり、超獣王9体の首を、己の前に差し出すのだ!!」
「えっ、普通に嫌だけど」
「よし、ならば…なんだと?」
ジャオウガは小春の予想外の返答に戸惑ってしまう。
「だってお前ら、めちゃくちゃ悪いヤツじゃん。あとそんなヤバい戦い、私がやるわけないでしょ。わかったら、さっさとそれ食べて他のパートナー探しな」
「…己がなぜ、クリーチャーワールドを襲撃したか、だが」
「んなもん、土地が欲しかったとか、植民地欲しさだろ?侵略する側が求めるのはいつも富だって、西部開拓時代から変わんねーから」
「敵討ちだ」
「…?」
今度は小春が戸惑ってしまった。もちろんこれはジャオウガが自分を都合よく従わせようと、適当な嘘を吐いているだけかもしれないが、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、どこか悲壮感を漂わせていた。
「己には弟がたくさんいた。どれもこれも己とは真逆。非力で、鬼のくせに平和を望んだ。だが、それがどうして心地よかった。弟たちと平和を謳歌し、たまに暴れるクリーチャーどもを薙ぎ倒す。理想には程遠かったが、それでも己は満足していた」
ぽつりぽつりと己の過去を話していくジャオウガ。
「だが、そんな暮らしも、ある日突然崩壊した。クリーチャーワールドから、突如として幾千ものドラゴンが襲い掛かってきたのだ」
ぐ、とジャオウガの拳に力が籠められる。
「当然抵抗した。己からすれば、どれだけ強大でも所詮羽の生えたトカゲに過ぎない。向かってくる者から順番に片付けて行った。だが連中も阿呆ではない。己に歯が立たないと判断したトカゲどもは、己の一番大事なものへと標的を移した」
「まさか」
「弟たちだ」
小春は絶句した。不遜で尊大な態度を取っていたジャオウガだが、この時ばかりは鳴りを潜め、静かな怒りに燃えていた。
「己は守れなかった。己より大事なものを救えなかった。連中の1匹を捕らえ尋問すれば、あっさりと吐いた。全ての元凶はクリーチャーワールドにある。故に、己は残った鬼どもを率い、鬼札王国を建国し、クリーチャーワールドへと奇襲をかけた。その際、襲ってきた4つの王国を返り討ちにし、己の配下に置いたのだ」
昨日の振る舞いからは想像できない、とんでもない鬱エピソードがジャオウガの口から語られる。嘘だと思いたかったが、ジャオウガは突然小春に向かって頭を下げた。それにヨミノ清明が焦ったように、カードのままぴょんぴょんと跳ねる。
「ジャ、ジャオウガ様!!」
「先の態度が気に喰わないのならば、いくらでも詫びよう。小春、己に力を貸せ。此度の『デュエル・マスターズ』を勝ち抜くためには、貴様の力が必要なのだ!」
「よしんば勝ったとして、お前は何を願うんだ?」
「弟たちを生き返らせる。奴らへの復讐は、二の次だ」
小春は腕を組み、目を閉じてしばらく思案する。もちろんこれが嘘かもしれないし、それを証明する手立てもない。かといって、ジャオウガの言葉が真実ではないと証明もできない。1分ほどうんうんと悩んだ結果、小春は結論を出した。
「…次のお前のパートナーが見つかるまでだ。それまでなら、お前の戦いに付き合うぜ」
「…!」
「ただし!私はもちろん、他の人間に憑りついたり、迷惑をかけないこと!これ絶対条件だからな!!」
「…ジャーッハッハッハッハ!その程度でよいのか?」
「今はこれでいいさ。お前の話、信じてやるよ。それこそ昨日のキンタックスみたいに、人間に被害が出ても気にしなさそうな連中がごまんといるんだろ?それはそれで見過ごせねえよ」
「いいだろう!ならば小春よ!早速街へと赴き、クリーチャーたちの痕跡を手繰るのだ!!」
「命令すんじゃねえ!このナイーブ野郎!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ1人と1体。やかましいことこの上なかったが、それを見つめる鬼札王国の者たちには、かつて弟たちと騒いでいた頃のジャオウガの姿が重なって見えた。