――斬りたい、斬りたい、斬りたい。
この私、
物心付いた時には何かを『斬りたい』という衝動があった。
家でゲームをやっている時も。
学校で友達と話している時も。
道場で剣術の訓練している時も。
常に斬りたいという黒い渇望が内に溢れていた。
横一文字に首を刎ねる。
小手返しで手をくるくると切り落とす。
上段からの袈裟斬りで胴を分断する。
通学路で出会う子供を、クラスの同級生を、通勤中の歩く大人を。
人を見る度に「斬りたい」という思いが湧き上がってくるのだ。
おおよそ人としてまともに生きれるとは思えない業。
将来は犯罪者として捕まるのは確定だろう。
だから私は16歳の誕生日に人を斬ることを決めた。
捕まるまでに沢山斬ろうと思って。
真っ先に狙ったのは父親である。
小さな頃から拷問じみた修練ばかり強制する男。
逃げられたであろう母親は家におらず、褒められたことは一度もない。
父親がやることと言ったら私を扱くだけ。
正直、私に斬られてもしょうがなくね? なんて考えていた。
だが――
「――たわけが、その衝動がお主だけのものだと思うてか」
「うそでしょ……ゴフッ」
真剣を持って道場に向かうと、父親は普通に私を斬ってきた。
道場の中央で剥き身の刀を振るう親子。どちらもガチで殺す気である。
しかし練度と身体差で押し切れ、私は胴を真っ二つにされてしまった。
ああ、なんということだろう。
どうやら父親は思っていた何倍も強かったらしい。
というか人斬り衝動まで同じだったとは。
実の娘を斬るのに一切の躊躇が無いだなんて予想外だ。
あたふたしている間に斬ろうと思ってたのに。くそがっ。
「冥土の土産に教えてやろう。お主の母は俺が斬ったのだ。お主もまたよい贄であったぞ」
「鎌倉武士かよ……」
そうして私は死んだ。
人斬り衝動に悩まされ続けた結果、結局はただの一人も斬れずに。
ああ、どうか次に生まれる時は、人を斬れる世でありますように、と願いながら……。
★★★
――ズキリとした鈍痛で意識が浮上した。
とっさに体を動かそうとするも全身がダルい。
まるで限界まで修行させられた翌日みたいだ。
内は千切れた筋が繋がろうとしてるように熱く。
外は鈍器で殴られ続けたかのような鈍痛がある。
だが――
「あれ? 生き、てる……?」
それでも私は生きてるようだった。
感覚からして今は仰向けに倒れていると分かる。
しかし一体何がおきたのか? 暫くぼんやりしていると、霞んでいた眼のピントが徐々に合ってきた。
まず視界に飛び込んできたのは垂れたロープ。
木の枝に縛り付けられ、しかし途中から千切れている。
さらに顔を左に向ければ真っ黒なゴミ袋が5つ。
中から溢れたであろう鏡の破片を覗き込むと、そこには痩せた白髪の少女が映っていた。
ホラー映画の怨霊みたいだ。ちょっと怖い。
「どういう事? もしかしてこれって夢? ……いたっ!!」
まさかの状況に頭が混乱した。
だが私の心はそれは絶対にないと拒絶する。
だって確実に死んだはずなのだ。
刃で裂かれた時の熱……。分断された体……。こぼれ落ちる臓物……。
そしてそんな私を狂気染みた笑顔で見つめる父親……。
全てしっかりと覚えている。父親と斬り合ったのは間違いない。
しかしホッペを抓ってみれば、そこにはちゃんと痛みがあった。
頭を上げて体を見る。斬られたはずの胴も繋がっていた。夢のようだが夢ではない?
と思っていたら唐突に始まる万力で締められるような頭痛。
「これ、もしかして転生って奴では? あっ、あっ、あっ。記憶が、ぶり返して、きてるぅ」
その瞬間、脳裏を駆け巡る誰かの記憶。
……孤児。……14歳。……名無し。
……ヨークシン。……煉瓦工場。……奴隷。
……辛い。……首吊り。……そして失敗。
ビデオの早送りのように、あるいは走馬灯のように。
私の脳内を誰かの人生が超速で流れていく。
これはもう転生して今ちょうど記憶が戻った、と判断していいのだろうか。
もしかしたら憑依かも知れないが。まぁどちらでも同じだと思う。
「んんん? 記憶から判断するに、労働の辛さから精神を病んで自殺って所? どうせなら相手を斬って心中すればいいのに。もったいない」
……記憶と現状から推測するに、
しかも見事に失敗してしまい、落ちて頭を打った衝撃で前世記憶が戻ったと。
右手で触ってみれば後頭部にコブが出来ている。さすると痛い。
「どうやら今回も碌な人生じゃなかったようね」
両親はおらず戸籍所か名前すら無い。
それでも何とか生きていたが、半年ほど前にマフィアの人狩りに捕まり、奴隷として売られた小さな工場は劣悪。まともな教育も食事もなく、クソみたいな労働だけを押し付けられる日々だったようだ。
あとはハンター文字とか、ジェニー通貨とか、1996年とか。
どこかで聞いたことがある用語も頭に浮かんできたが……。
「でもまぁ記憶が戻ったしギリギリセーフ? しかもココってハンターxハンターの世界じゃん。たくさん人が斬れそう。……これは大当たり(な世界)なのでは?」
私も日本の学生としてサブカルチャーはしっかり納めていた。
漫画とゲーム。とくにHxHはかなり好きな部類だ。特に人がガンガン死ぬのが良い。
そんな世界に転生できたとすれば、それは特大の大当たりだと言えるだろう。
私はズキズキと痛む頭を抑えつつ、頑張って現状の把握に務める。
自殺するほど追い詰められていたようだが、それでも幸運が2つあった。
1つ目は前世の記憶を取り戻したこと。
自殺失敗の末とは言えこれは大きい。
9年間の義務教育で培った思考能力が戻ったのは大きなアドバンテージだ。
今回の私は教育なんて一度も受けてなかったっぽいから特に。
2つ目はすでに念の一部――「纏」を習得していること。
ハンター世界は「念」という「生命オーラ」を操って戦う世界である。
その中で「纏」はオーラで体を覆う、念における登竜門的な能力。
普通の人なら纏の習得だけで1年以上はかかると言われている。
だが今回の私は生まれた時から「纏」を使えていたらしい。転生者だからかな?
「ん~~、よく見れば湯気っぽいのが体を覆ってる……これがオーラね」
しかし記憶が戻る前の私は有効的な使い方を知らなかった。
工場の大人からも、ただ体が頑丈だとしか思われてなかった。
お陰で人の何倍のノルマでこき使われてたっぽい。
それも毎日ひたすら重い材料を積み下ろしするだけ。正しく宝の持ち腐れだろう。
「その結果がこのボロボロ状態ね。せめてもうちょい食い物よこせっての」
記憶によれば食事も水も最低限。
その癖に仕事の量だけは10倍だったようだ。
そりゃ身も心もすり減って自殺したくなるわ。
「でも思い出しちゃった以上、こんなところで死ぬわけには行かない。何より――もう人を斬らずに死ぬなんて嫌だ」
私の前世の最後を拒絶するかのように首を振った。
今度こそ斬って斬って斬って斬りまくりたい。
その為には誰にも負けない力がいる。
あとついでに良い暮らしもしたい。
「つまり『暴力』と『金』と『刀』が必要」
人生における三種の神器である。
なるはやで手に入れる必要がある。いや絶対に手に入れなければならない。
「たとえ誰かを殺してでも。まぁその前にまずはご飯。『実際、お腹が減ると戦は無理』宮本武蔵の言葉だっけ?」
目標を決めた私はググゥ~と鳴り続けるお腹を撫でながら立ち上がった。
少しふらついたが目をつぶって呼吸を整えると次第に治まった。
そのままこの肉体の記憶を頼りに台所へ忍び込む。
「はむはむはむはむ。んまぁ~~~~い!!」
冷蔵庫を開けると、私は中の食料を片っ端から貪った。
ハムとチーズ、少し硬めのパン。燻製肉からリンゴやブドウまで色々ある。
私には碌な食事を与えなかった癖に、大人たちは良い物を食っていたらしい。
「おっ、ワインもあるじゃーん。よっしゃ開けちゃおっと」
ついでに奥の方に有った高そうなワインで喉を潤す。
ああ~、神の血が全身に染み込んでいくぅ~~~。
シャクシャクと咀嚼しワインを流し込む度に、体が回復していくのが分かる。
「おいてめぇ! なに勝手に食ってんだ? また殴られてぇのか!!」
「…………」
しかしそんな回復タイムも長くは続かなかった。
いつの間にか入口から腹が出てるハゲ男が叫んでいた。
全く気づかなかった。どうやら食べるのに夢中になりすぎたようだ。
「聞いてんのか? このクソガキがっ!!」
食事の最中に喋り始めたハゲをじっと見つめる。
記憶によればこのハゲはココの工場長。
性格は強欲でサド。趣味は私を殴ること。
つまり殺していいクズという事になる。
「てめぇみてえな家畜が人間様の物を食ってんじゃねぇ!!!!」
「!!?」
ハゲは歩いて近づいてくると、遠慮なく私に蹴りを入れた。
ぶっとい足が私の脇腹に突き刺さる。
体がくの字に折れ、景色が高速で流れていく。
私は食器棚にぶつかった。だが思ったほどダメージはない。
胃の中身をぶちまけることも無ければ、口に入れたリンゴもそのまま。
むしろシャリシャリと食事を再開する余裕すらある。手足だって問題なく動く。
これは私が使っている「纏」の力、圧倒的な防御力向上の結果だ。
つまり――
「――あれ? これって私の方が強いのでは?」
「はっ? 何言ってんだてめぇ。ついに頭がおかしくなったのか」
私の強気発言にハゲが青筋を立て指をバキバキと鳴らす。
対して私は冷静にどうやって殺すかを思考し初めていた。
現状、私がハゲに優位を取れるのは「纏」のみ。
しかし「纏」は防御力こそ大きく上昇するものの攻撃力はあまり上がらない。
だが私にとっては防御力だけで十分だ。
「――なぜなら、人は刃物で斬られれば死ぬから」
それこそがこの世の唯一にして絶対の真理である。
私は食器棚から落ちたペティナイフを拾い立ち上がった。
それから「纏」でまとったオーラを少しずつ手足の方へ集まるように意識。
最後に前世の剣術修行を思い出しながら両手でしっかりとナイフを握り込む。
そしてダッシュ――からの跳躍。
「死ね」
「はぃーーー!!?」
私は驚愕したハゲの首筋にナイフを当て、そのまま真っ直ぐに斬り裂いた。
瞬間、手に伝わる命を裂いた感触。
「ひぃいいいいいいい!!!!」
「…………」
ハゲが首筋を抑えながら膝をついた。
その様をじっと観察する。
ああ、やっぱりだ。
相手に不可逆の傷を与えても、私の心は微塵もショックを受けていない。
普通の人なら嫌悪感で吐いてるだろうに、手足は微塵も震えを起こさず、むしろ逆に気分が高騰している。
自身の心を理解した私は再びナイフを振るった。
上腕、手首、太もも……。大動脈をザクザク容赦なく斬りまくり。
一撃ごとに増えていく出血。
ハゲは恐怖に陥ったのか全く反撃してこない。
「これが人を斬る感触……最高じゃん!!!!」
私は初めての人を斬る感触に歓喜の声を上げた。
これだよこれ。ずっとコレがやりたかった!!!
もし夢なら覚めないでほしい。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!」
対してハゲは血を止めようと藻掻いたが、結局は汚い悲鳴を上げながら倒れた。
体中がビクビクと痙攣し、床は血の海と化している。死んだか?
「てめぇ……ふざけんな……よ…………。奴隷の……くせ……に…………」
「うわ、まだ生きてるの? 頑丈すぎでしょ」
死んだと思ったらまだ生きていた。
さすがハンター世界の住人だけあってしぶとい。
私は渾身の力を込めてナイフを左右に振るう。首に向かって。
右! 左!! 右!! 左!! 4回目でついに男の首が胴体と分かれた。やったぜ!!
「ン”キ”モ”チ”ィ”イ”~~~!!!!」
男の首がトンだ瞬間、黒いトキメキに脳が焼かれた。
他者の肉を、皮を、命を。蹂躙する喜びが溢れて止まらない。
「これが人斬りの味かぁ~~~。黒くて甘くて、ちょっと切ない。ふぅふぅふぅ……。やべっ、3回もイッちゃった。でもこれは病みつきになっちゃいそう……」
まるでウェディングケーキの入刀で新郎を斬っちゃった気分だ。
いやウェディングケーキとか実物は一度も見たこともないが。
あれ? 一体私は何を考えているのだろう? 頭がバグってる……。
「……フヒヒヒヒ。さてこれで私がココの大人より強いことは証明された。なら残りも殺しとかないとね? 記憶によれば従業員は後4人。みんな私を殴ってたクズみたいだし、ちゃんとお返ししなきゃね。あ”~~~、テンション上がってきた!!!」
心がはしゃぐのは報復を成し遂げたからか、それとも後4人も斬れるからか。
間違いなく後者だろう。もしかしたら両方かもしれないが。
どちらにしろ前世の知識が戻った以上、もう従順な奴隷でいる必要はない。
なので全員を斬って殺す。今までのお返しだ。利子を付けて(あの世に)送ってやろう。
この場所は町外れなので発見されるのも遅くなると思うし。うん、遠慮する必要はない。
「っし!! じゃあ残り4キル。逝ってみよう~~!!」
予定を定めた私は台所から包丁を取り出すと、残りがいるであろう作業場へ向かった。
初めての人斬りに限界突破したテンションのまま。
工場の廊下にペタペタと足音を響かせながら……。
リハビリ作。
キチガイ主人公です。
よろしくお願いします。