――辻斬り。
それは古の日本における侍の作法。
武士が編み出し洗礼させ続けた由緒正しい鍛錬方法である。
やり方は簡単。裏路地に入り人間を斬るだけ。
この時に一撃でバッサリやるほど見事なワザマエであるとされる。
時間は視認されづらい夜が望ましいが、第三者に見つからなければ別に昼でも問題ない。要は捕まるなということだ。
なお鎌倉武士たちは主に自宅の前を通る坊主や民衆を斬っていた模様。モンゴル軍の撃退も納得の野蛮さだね。
それはさておき――
「という訳で試し切りの時間だよ! フフフ、今宵の麗斬刀ちゃんは血に飢えておるわ。夕食を抜いてきただけに(激旨ギャグ)」
そんな訳で私は深夜の裏路地を歩いていた。
理由は言わずもがな。具現化した【たまのをの絶佳麗斬刀】略して麗斬刀ちゃんの人斬りデビューである。
だいぶ奥に来たので街灯はない。空の月も雲に隠れていて暗さは十分。
試しに勘のまま歩き回ってみれば、すぐさま前方に歩く人影を見つけた。
私は闇に慣れた眼を細める。推定身長190cm前後の男性だ。
後ろからの観察であるが、重心と歩き方から只者ではないことが分かる。
間違いなく武術の達人。しかも滑らかにオーラを纏っていることから念能力者。
(斬れるかな? いや麗斬刀ちゃんのデビューに相応しいか)
クックック、サビにしてやろう。私はそんな事を思いながら即座に斬ることを決めた。
なんせこちとら具現化に専念してたせいで2ヶ月も人斬りを我慢していたのだ。精神はとっくに限界である。
それに戦闘も問題ない。なぜなら一撃で切り捨てるから。そして斬れなければ逃げればいい。
えっ、ずるい? だって私は相手を斬るのが好きなのであって、別に死合いたい訳ではないので。戦略的撤退は実質勝ちだって神君も言ってる。
私は手の中に【たまのをの絶佳麗斬刀】を具現化。
相手をガン見しながら、すり足で徐々に距離を詰めていく。
現在の距離はまだ遠間、間合いまでは後5歩……、4歩……、3歩……。
そして5mを切った瞬間――。
(ヒャァアアアもう我慢できなーーーい!!!)
間合いへ全力で踏み込んだ。
右肩に担ぐように構えた麗斬刀ちゃんを、男の左後方から袈裟に振り抜く。
右足を軸に力を回す。太ももから腰。腰から上体。肩から腕。最後に刀へ。
(――切り捨て、ごーめん!!!)
闇夜にきらめく刃の桜。
オーラによる強化を持って振られたそれは会心。
あとに残るのは斜めにぶつ斬れた胴のみだと確信する。
きっとズルリと落ちる上胴部が、私に拍手喝采をくれるだろう。
しかし――
「ん~、ボクに何か用かい? 可愛いお嬢さん♣」
「はっ?」
あろうことか私の麗斬刀ちゃんは
ゴウランガ。全力の一撃。しかも後ろからの不意打ちだ。
鎌倉で披露すればスタンディングオペレーション間違いなしの完璧な辻斬りだったはず。
それがなぜ――?
「いやぁ気持ちの良い殺気だったよ。しかも真っ直ぐ斬り掛かってくるなんてね◆ ククク、思わず勃起しちゃったじゃないか♥」
「えぇぇぇ……」
男がクイクイと股間を前後させる。
チラリと視線を向ければ、そこには見事なテントが張られていた。でかい!!
「うわぁすごい変態だ……」
想定外の状況に思考が停まりかける。
それでも私はどうにか平常心を保ちながら、男の全身をじっと観察。
ちょうど雲を抜けた月が照らす。その姿に私はとても見覚えがあった。
オールバックの金髪に整った容姿……。
人を食ったようなニヤついた口元……。
特徴的な目の下の星&涙型マーク……。
そして最後に、ピエロを模したような衣服……。
こいつ、どう見ても…………。
「ヒソカじゃねーか!!!」
「おや? ボクの事を知っているのかい? もしかして天空闘技場のファンかな?」
「だ、大体合ってる」
瞬間、私の脳みそに浮かぶ前世知識。
この男の名前はヒソカ=モロウ。
ハンターxハンター原作における主人公のライバルにしてトリックスター。
そして世界屈指の念能力者で、超弩級の変態殺人鬼である。
つまり近づいては駄目な奴だ。このままだと危険が危ない!!!
「ッ!!!」
「おっと♣」
危険を感じた私はとっさに麗斬刀ちゃんを引いた。
ついでに指をバラしてやんよ、と思いながら。
だが麗斬刀ちゃんは動かせなかった。どれだけ力を込めてビクともしない。
はっ、まさか浮気されてる!?
「チッ!!」
「おっ、刀が消えた? 具現化系かな?」
力比べは無理だと悟った私は、しょうがなく具現化を解除。
掴まれていた麗斬刀ちゃんを逃がす。
ついで即座に「堅」を行う。
「練」で爆増させたオーラを「纏」によって留める応用技。
これにより扱えるオーラは大幅に増加する。
「ん~、なかなか良いオーラ発してるねぇ♠」
ただし今の私では5分保たないだろう。
なんせ念の修行を初めてまだ2ヶ月ぐらいなのだ。
どう考えても修練が足りない。
私は完全な戦闘モードに入った。
腰を落とし右下段後方に構えながら麗斬刀ちゃん再具現化。
完全に系統がバレてしまうが、そんな事を言っていられる状況ではない。
間をおかず渾身の二撃目!!
「イヤーーーーーッ!!!」
今度は遠慮なくシャウトを発する。
辻斬りは黙ってやるのがマナーだった。
だが辻斬りは失敗した。ならばこれは死合いだ。叫んで良し!!
放った斬撃は右後方からの切り上げ。
それも一撃目とは逆に下からの一閃、しかも相手は今だに左半身である。
体勢・身長差・上げたままの左手……。完全に死角を付いた斬撃だ。
更に麗斬刀ちゃんの長さはバックステップのような甘えた回避を許さない。
――取った!!!
私は一切の躊躇なく振り抜く。
今度こそ斬ったと信じながら。
「……うーん、32点♥」
「ひくっ!!!」
だがしかし、あろうことか男は
サーカスで虎が輪をくぐるようにピョーンと。せまりくる刃の上を回ったのだ。堅から繰り出した全力の一撃を。まさにタツジン!! でもキモい避け方すぎて鳥肌立っちゃう。
しかし同時に理解もしてしまった。
この男(ヒソカ)との余りにも隔絶したレベル差を。
私が生まれたばかりのヒヨコだとすれば、ヒソカは巨大なコカトリスだ。
まさにピヨピヨvsコケコケ。視界に入るか触れただけで死にそう。
「それで次はどうするのかな♣」
「……タイムで」
ヤバイヤバイヤバイ!!!
今ごろになって心臓がバクバクと急激に鼓動を早めた。
このままだとマジでヤバイ!!
それでも私は長年の修練を思い出して体を動した。
私の右側面を取ったヒソカに対し踏み出した左足を軸に90度右回転。
そのまま左足を滑らせるように下げ半歩後退。
麗斬刀ちゃんを左中段後方に構え右半身で力を溜める。
袈裟は上下ともに避けられた。ならば横薙ぎは?
更に切り上げ・切り落としへ変化させる後の先を意識。
これならば上下の動きにも対応可能。
(こうなったらヤバレカバレだ!!)
更に【滾る赤泡/パワーレッド】も発動する。
刀身からふわりと浮いた赤い泡が、触れた私から更なるオーラを引き出す。
私は1歩半の距離から麗斬刀ちゃんを振るった。全身に力を込め、叫び声を上げながら。
「アアアアアアア!!!!!!」
体を左に捻り刀身を隠してからの右薙ぎ。
更に右から左への返し。そこから右逆袈裟。
締めは頭上でくるりと回して左頭上からの右袈裟。
ニの字の後に又の字を描くような4連撃。
(当たらない!! なんで!!??)
しかしどれも手応えがなかった。
全て避けられてしまったのだ。まじでコイツはどうなっているのか。
それでも私は焦りながら次の斬撃を放とうとし――
ドゴッ!!
――その途中で蹴り飛ばされて壁にぶつかった。
(はやっ!! おもっ!!!!)
くの字に曲がりながら吹き飛んだ私。
ぶつかったコンクリートの壁にヒビが広がる。
「ごほっ、おろろろっ!!!!」
ゲロとともに肺の空気が吐き出される。
恐らくは右のミドルキックだろう。体を捻った瞬間を狙われた。
最初に斬った工場長とは明らかに威力の桁が違う。
蹴られた場所がズキンと痛む。折れてはいないと思うが、アバラにヒビぐらいは入っていそうだ。きっつ!!!
「どうやら斬るのは無理っぽいかな」
「ようやく気づいたのかい? 20点♣」
「赤点になっちゃった!!!」
そう言いながらもヒソカはトランプを投げてくる。
全部で5枚。容赦ない追撃。私はとっさに麗斬刀ちゃんでトランプを弾いた。
キンキンキンと金属がぶつかり合うような音が3度。残りの2枚は私の体に刺さった。ちょう痛い。
「なかなか頑丈な刀みたいだね♠」
「いやいや、音がおかしいでしょ。ただの紙製トランプっぽいのに、どんだけ強化してんの」
私は痛む脇腹に刀背を当て、【癒す緑泡/ヒールグリーン】を発動。
一時的に自己治癒力が強化され痛みが徐々に治まっていく。
なぜか追撃してこないヒソカを尻目に、トランプも抜き追加で5回発動すると痛みはほぼ無くなった。
「へぇ~、自己強化だけじゃなくて治療まで出来るんだ。なかなか便利そうだね♠」
「私の麗斬刀ちゃんは優しくて最強だから」
ニヤニヤしてるヒソカに対して追い詰められていく私。
基礎能力、念の系統、具現化物、そして特殊能力。全てバレてしまった。
しかしココまで戦闘力に差があるとは。
(ここは一度撤退しよう。帰ればまた斬れるから)
戦力差を理解した私は即座に撤退を決意する。
再び【滾る赤泡/パワーレッド】を発動し、引き出したオーラを凝で足に集めて大きく跳躍した。
できるだけヒソカから距離を取ろうと。もちろんそのまま逃げるためだ。
しかし悲しいかな。私の体は飛んでる最中に急減速。
更にあろうことか途中から逆にヒソカの方へ引き寄せられてしまった。
結果、私の着地点はもっとも危険な場所――ヒソカの目前。
「げぇーーーーー!!?」
「おっと、ボクをここまで興奮させて逃げるなんて酷いじゃないか♥」
余りにも想定外に思わず悲鳴が上がる。
ヒソカのテントが更に張りを増し、オーラが不気味にウネウネと動き始める。
この能力に思い当たった私は自分の体に目を凝らした。
するとヒソカから伸びたぶっといオーラが、私のお腹の辺りに張り付いているではないか。
私は慌てて麗斬刀ちゃんでそのオーラを切断するも、それよりヒソカが新しいオーラを飛ばしてくる方が早い。
「なにこれ!? ビヨンビヨン伸びてめっちゃキモイ!!!」
「ボクのオーラはガムとゴム両方の性質を併せ持つ◆ 名前は【
「勝手に愛をくっつけるな!!」
他人へ勝手に愛を押し付けるなんて、こいつには常識がないのだろうか?
追い詰められた私はゆっくりとヒソカを見上げた。
眼の前には稀代の殺人ピエロ。体には引っ付いたビヨビヨオーラ。
どう考えても詰んでる。てか裏路地デビューでヒソカに出会うとかバグでしょ。クソゲー。
「私のバカバカ。どうして
「ククク、このボクを前にしてその態度。君もなかなかブッ飛んでるね♠」
私はそれでも麗斬刀ちゃんを構えようとしたが、それは成せなかった。
いつの間にか地面から伸びた複数のオーラによって全身が絡み取られていたのだ。まさにオーラの簀巻きである。
「なにこれ」
「残念だけど君はもう動けないよ♥」
「いつのまに」
「もちろん君がバカバカ言ってるあいだにさ♣ 駄目じゃないか、相手から眼を離しちゃ♠」
「そっかー。ちなみにお腹のはいつ付けたの?」
「そっちは側転のついでに◆」
「まじかー」
マジかよ。全然気づかなかった。
まだまだ本気じゃなさそうなのにコレか。
なんというか基本能力の差がありすぎる。
ゲームで言えばLvが違いすぎる的な。おしっこ漏れそう。
「困った、この変態はちょっと斬れそうにない」
「ところでそろそろ君が誰か教えてくれないかな? 殺しちゃう前にね♥」
「……ドーモ、ただの通りすがり少女です」
「それは流石に無理があるよ♣」
「ですよねー」
自分でも無理があると思いました。
「で名前は?」
「ミツネ。ミツネ=アマノ」
「うーん、覚えがない名前だね◆ 年齢は?」
「14歳。たぶん」
もうどうしようもないので正直に名乗る。
名前は前世のだけど、今世は名無しだったから別にいいだろう。
現実放棄気味な私に対して、クスクス笑いだすヒソカ。
何が楽しいのかオーラもグネグネ踊ってる。
でもどう考えてもゲームオーバーの未来しか見えない。
というかなんで初戦で裏ボスみたいな奴とエンカウントしてるんだろうか。まじふざけんな修正しろ。
「ん~、それにしても君はどこかチグハグだね♠ 殺意はビンビン、武術の嗜みもありそう。なのに何処か危機感が薄い。それにこういう時、何に気をつけるべきかが分かってないような。……もしかして通り魔の初心者なのかな?」
「……実は辻斬りは初めて」
「へぇ~、初めてなんだ♥」
ヒソカの問に下を向いて白状する。
しょうがないじゃん。だって前世では誰も斬れなかったんだから。
私だってもっと小さい頃から辻斬りしていれば、こんな無様は晒さなかっただろう。
ああちくしょう、自分だけ人を斬ってた父親が憎い!!
あと危機感を養わせなかった日本の学校も憎い!!!
いや後者は完全にただの八つ当たりだけど。八つ当たりだけどぉ。
「それで念―君が纏うオーラ―は誰に習ったのかな?」
「えーと、それは独学で。気づいたら体から湯気が出てて、起きたらこの太刀―麗斬刀ちゃん―と寝てたの」
「太刀と寝てた? なるほど、天然の能力者ね◆ それでボクを襲ったのは何でだい?」
「それはその……麗斬刀ちゃんに人斬りデビューさせたくて」
「麗斬刀ちゃんねぇ。そんなにその長くて硬そうなのが好きなんだ?」
「滅茶苦茶しゅき……夢にみるぐらい」
「夢で何をするのかな?」
「しょ、しょれはお股に挟んだりとか……」
「へへぇ~~~♥」
私はすごく照れながら答えた。
まさか生粋の殺人鬼に辻斬り初体験インタビューさせられちゃうなんて。
しかも後ろから不意打ちしておいて返り討ちで性癖暴露とか恥ずかしすぎる。
まるでAV動画の冒頭みたいだ。なんだこれ?
「それで襲う前にボクが念能力者だって分からなかったのかな?」
「いやそれは分かってた。でも一撃で斬って逃げれば問題ないかなって」
「なるほどなるほど♣ まぁ独学でそれなら見どころはありそうだね◆」
「ほんとぉ!?」
ヒソカの発言に私は伏せていた顔をガバっと上げた。
おっ、空気変わったな。これは助けてくれる流れなのでは?
ん~、君も合格(暗黒微小)的なノリでいけそう(原作再現)だぞ。
ワンチャンきたこれ!!
私は精一杯の愛嬌を振りまきながら、期待を込めてヒソカを見つめる。
城攻めは心を攻めるのが最上。ならいつ攻めるの? いまでしょ!!
「それでその……今回は見逃してくれりゅ?」
「確かに君は成長すれば美味しくなりそうだ♠」
「だったら!!」
「でもボクはこれから用事があるから――死のっか。聞きたいことも聞いたし♥」
「……なんで?」
しかし駄目っ!! 現実は非情である。
「待って、今完全に見逃してくれる流れだったじゃん。お互いに良き殺人ライフを! 的な感じで!!」
「君がボクならどうするかな? こんな舐めたことやられたら?」
「斬って殺す」
「それが答えだよ♥」
「うわー、理解できちゃった!!」
私は自分でも駄目だなと思った。
だって私もこんな舐めたことされたら殺すし。
舐められたら殺す!! それはどんな時代の武士でも共通の価値観なのだ。いや私は別に武士じゃないが。
でも死にたくないんだよなー。ここから逆転できないかな?
てかまだ麗斬刀ちゃんに血を浴びせてあげてないじゃん。
それに才能あふれる私を殺すって正気か? こいつ人の心がないんじゃね?
……そういやヒソカは生粋の快楽殺人鬼だった。ブッダは死んだ。
「最後に何か言い残すことはあるかい?」
そう言いながらヒソカは腕を振り上げた。
命乞いは通じなさそう。てかすでに失敗した。もはや何を言っても無駄だろう。
ならばココで言うべきは一つだけ。
考えるのを止めた私は、素直に心を吐き出した。
「……
それは
そう、私はこんな状況でも、心の奥底ではこの殺人鬼を斬る事ばかり想っていたのだ。自分でもどうしようもない所業だと思う。
「――いいね♥ 君、気に入っちゃったよ♥♥♥」
瞬間、ヒソカの顔が狂喜に歪んだ。
股間のテントが今まで以上に拡張し、視界全部を埋め尽くす勢いでオーラが噴き出す。マトモな人間ならこれだけで気絶してしまっていただろう。
でも私は最後までヒソカの眼をじっと見つめ続けた。
私以上の狂気を宿す、底なし沼のような黒い瞳を。
そしてついにヒソカの手刀が振り下ろされ――
――私は眼の前が真っ暗になった。