ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
赤黒い霧を切り裂き、その場に凄まじい着地衝撃と共に姿を現したのは、前回の18階層でクライヴに左腕を切り飛ばされ、魔石を喰らうことで完全な『再生』を果たした赤髪の怪人――レヴィスだった。
そのすぐ後を追うようにして戦場へと滑り込んできたのは、満身創痍になりながらも愛剣『デスペレート』を強く握りしめる、ロキ・ファミリアの最高戦力の1人――『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。
別区画で一対一の分断作戦にハメられ、魔石捕食によるレヴィスの異常なインフレに大苦戦を強いられていたアイズだったが、クライヴの姿を視界に捉えた瞬間、その瞳に鋭い戦士の光を取り戻した。
「……クライヴ、さん……!」
「待たせてすまない。……これ以上の好き勝手はさせん」
言葉は要らなかった。
アイズが全身に風の付与魔法【エアリエル】を纏わせ、超高速の突進を開始すると同時に、クライヴの身体もまた、激しい火の粉を散らして揺らめいた。
――『フェニックスシフト』。
空間を無視した超スピードで、二大トップの呼吸が完璧に同期する。
アイズのデスペレートが放つ凄まじい風の連撃がレヴィスの漆黒の長剣を力任せに弾き上げ、生まれた決定的な一瞬の隙。そこへ、クライヴが『インヴィクタス』を鋭く滑り込ませ、紅蓮の炎と共にレヴィスの頑強な肉体を深く、深く切り裂いた。
「なっ――炎の男、邪魔ばかりしてくれるな……っ!?」
風が火を煽り、火が風を烈火へと変える。
下界のファルナの常識を置き去りにした、あまりにも圧倒的な『風炎の双閃』。ウダイオスを単独撃破したレベル6のアイズの本気と、ロゴスの器の超技術が重なり、インフレを続けるレヴィスをじりじりと防戦一方へと追い詰めていく。
「ハァア!!」
クライヴの『ライジングフレイム』の切り上げが命中。僅かに長剣で逸らされ、致命傷には至らなかったが、アイズが必殺の突き溜めるには十分だった。
「…ありがとうクライヴさん!」
「大丈夫だな?」
「はい!…『リル・ラファーガ』!!!」とアイズの中で唯一技に名前がつけられた突きをたたらを踏むレヴィスを瞬速を持って突き立てに行く。
「アリアーー!!」
裂帛の叫びとともに、レヴィスも柄に両手を握りしめて突きに合わせての大上段から禍々しい長剣を振り下ろす。
「ハァアアアア!!」
(この戦いに、この
(もっと、もっと!風を!!)
アイズの想いに答えるように風の出力が徐々に上がっていく。
「風が…貴様ァ!、まだ強くなるか!…おもしろいッ!!」
レヴィスも負けじと更に力を込める。ぶつかり合った力と力は一進一退の拮抗であった。
───
一方、戦場のもう一つの中心では、フィルヴィスの命懸けの並行詠唱に守られながら、ベートと『フェニックスシフト』で直ぐ様合流したクライヴの二人が怪人オリヴァス・アクトへと引導を渡すべく肉薄していた。
「…レヴィスめ、口先だけか…手負いの2人如きに手こずるとは」
「…【ディオ・テュルソス】!行け、
フィルヴィスの雷撃が目くらましとともにオリヴァスの周囲に拡散される。獣人としての五感、嗅覚き優れたベートは例え自身の視界が塞がられようが、オリヴァスの位置を正確に把握していた。
「雑魚が、よそ見して調子に乗ってんじゃねェよォッ!!」
ベートの機転と『フロスヴィルト』の超脚撃が、オリヴァスの構える不気味な大剣へと直撃した。バキィィィンッッ!!!と凄まじい破壊音が響き渡り、怪人の武器が根元から派手に叩き折られる。
武器を失い、オリヴァスが大きく体勢を崩す。そこへ畳み掛けるようにフィルヴィスが短剣をもって迫った。
「オリヴァスーー!!!」
執念とも言える斬撃を何度も命中させ、強靭な怪人の肉体に裂傷を刻んでゆく。
「ヌルいな!エルフ!!」
フィルヴィスに斬りつけられたながらも、怪人の身体能力をもって強引に殴りかかるが白の障壁に阻まれる。
「──【破邪の聖杯】!【ディオ・グレイル】!!」
ガキイイイン障壁はとても強固でオリヴァスの攻撃を確実に防いだ。
「小賢しいぞぉお!!」と身体の姿勢を強引に下げて、フィルヴィス目掛け蹴りつけようとするが、蹴り技ではもっと上にいる者がそこには居る。
「てめぇの蹴り程度!バレバレなんだよッ!!」
割り込んだベートが見事に蹴りを合わせて、なおかつ押し切った。強引の態勢と競り負けたことにより、バランスを崩すオリヴァス。
「仲間たちの仇ーー!!」
悲痛な叫びともに、フィルヴィスのスキル効果が発動する。『
悲哀の丈だけ彼女は魔法効果が上昇するのだ。
【ディオ・グレイル】を保ったまま、シールドバッシュの如く踏み込んでいくフィルヴィス。
オリヴァス目の前には光り輝き眩しい障壁。前を見れなくなっていた。バランスを崩した体勢でありながらも怪人の腕力をもって片手で強引に防ぐ。
「力比べのつもりか!邪魔だーー!!」
押し返され、今度はフィルヴィスが体勢を崩すに見えたオリヴァス。口元には笑みを浮かべていた。先ずは1人確実の息の根を止めると。そして、更に力を込めようとしたその時、障壁がいきなり解除されて前のめりなるオリヴァス。
「しまっ!!?」
「うぁあああーー!!」
目尻に涙をため叫びながら、短剣ティアーペインを胸へと吸い込まれるように突きを繰り出した。フィルヴィス狙うは胸の中心に存在する極彩色の魔石。
「おのれーー!!」
しぶとくもう片方の手で血を流しながらも短剣を掴み取り魔石に直撃する寸前でフィルヴィスの決死の攻撃は止められてしまった。
「惜しかったな。エルフ」と先ほどの焦り顔とは打って変わって今度こそ笑みを深めるオリヴァスが空いた片方の手でフルヴィスの首を掴む。
「仇を目の前にして、その仇を討つ寸前まできてこうして殺される気分はどうだ?」
怪人の膂力を持って首の骨をへし折ろうとしていた。フィルヴィスは苦しさと討てない悔しさで遂に目尻から溢れた涙が頬を伝っていく。
フィルヴィスを助けようといち早くベートが動く、そちらに意識を向けるが耐える自信があるオリヴァスはそのまま手に力を込めてフィルヴィスの首がミシミシと音を立て、彼女は藻掻き始めていた。
「フィルヴィスさんッ!!!」
遠くから山吹色の優しい同胞の悲痛な叫びが聞こえる。
意識が遠のくフィルヴィス。
このまま死ぬとそう思ったその瞬間──。
シュウゥゥゥッ!と地を滑る速度で滑り込んだクライヴが、インヴィクタスの一閃でオリヴァスの胴体を深く切り裂いた。致命傷。だが、クライヴはそれだけに留まらなかった。
「下衆が!!」
ベートの方へ意識と視界を向けていたオリヴァスは回避する思考さえ働いていなかった。
「この!!だが、こんな程度、こんなものでは私は死なんぞ!!」
彼は愛用してきた大剣を、容赦なくガシャンと地面へ投げ捨てる。
「――っ、何をする気だ、お前は……!」
オリヴァスが神への怨嗟と、醜い勝利の御託を並べようと口を開きかけた、まさにその刹那。クライヴは、魂の奥底にある不死鳥と地獄の炎のエネルギーを、自身の右拳へと限界を超えて収束させていた。かつて、元の世界で世界の創造主であり邪神である『アルテマ』を、人間の意志の鉄拳で完全にねじ伏せた、あの神殺しの最終決戦の再現。
「――くたばれぇッッ!!!」
ドゴォォォォンッッッッ!!!炎を纏ったクライヴの強烈な右拳が、オリヴァスの顔面へと全開で叩き込まれた。一切の言葉を発すること、神への言い訳を並べることすら許さない、圧倒的な理の粉砕。オリヴァスは顔面を跡形もなくドロドロに焼き潰され、再起不能の肉塊となって遥か彼方の岩壁へと吹き飛んだ。
───
アイズとレヴィスの戦いもまた先ほど決着は着いていた。結果的に言えば、引き分けに近かった。正確には武器の性能の差が出たと言える。アイズのデスペレートには『
一方のレヴィスもまたダンジョン産の武器では間違いなく業物ではあったが、破壊不可など特殊な性能はなかったのだ。
この性能の差でお互いの拮抗した力に耐えられず、長剣は折れ砕けそのままレヴィスも壁まで吹き飛び、壁面には大きなクレーターが出来上がっていた。
「ゴボッゴホッ…クッ」
腹部が抉り斬られて、口からどす黒い血を吐くレヴィスもまた、致命の一撃と言えるダメージを追っていた。あまりの深手に怪人の能力たる再生も中々追いついていなかった。
だが、アイズからの追撃もなく豊満な双丘の下にある魔石は無事であった。
アイズもまた満身創痍の状態で大きな力を出し尽くして、荒息を上げながら動けそうになかったのだ。
(仕留めきれなかった。もう追撃も出来ない…)
「ハァハァ…」アイズは呼吸を整えるので精一杯でこの時に植物型モンスターが一匹でも襲いかかれていればただではすまなかっただろう。
レヴィスもまたアイズの方に向かうのは危険と判断したのか、まだ再生しきっていない傷口を押さえながら同じく吹き飛んできたオリヴァスの方に向かった。
「…オリヴァス。もう喋ることも出来ないようだな。ならば更に力が必要になった。植物どもではなんの足しにならんからな」
そこへ冷酷に歩み寄ったレヴィスが、まだ息のあるオリヴァスの胸から魔石を容赦なくブチ抜き、己の力の糧としてその場で喰らう。最悪の闇派閥の指導者は、何一つ語ることなく、あまりにも惨めに絶命するのだった。
オリヴァスの魔石を喰らい、身体もみるみる再生していきより一層禍々しい魔力を滾らせたレヴィスだったが、クライヴとアイズ、そしてベートたちの布陣を前に、これ以上の戦闘は不利と判断した。
「まだ足りんか…。チッ…仕方がない。今回は痛み分けといこうアリア、人間ども。…
レヴィスは不気味な笑みを浮かべ、撤退の間稼ぎとして、大蛇の如き寄生植物『ヴィクスム』の無限生み出しを命令した。そこから次々と生み出されていく『ヴィオラス』たち。
さらに、24階層の食料庫の戦闘空間そのものを崩壊させる、未曾有の大崩落を引き起こした。ガガガガガガガッッ!!!天井から巨大な岩盤が次々と降り注ぎ、地中からは数百匹のヴィオラスの肉壁が迫り、クライヴたちの退路を完全に塞ぐ。
「まだ完全ではないが、充分に育った。エニュオに持っていけ」
「ワカッタ」
レヴィスのその言葉を元にその大混乱の最中、崩落のドサクサに紛れて姿を現した『紫紺色フードをした謎の仮面の存在』の手によって、今回の異変の核心である『宝玉の胎児』は、仕留め損ねる形で奪い去られてしまう。
「っ、触手の壁が厚すぎる……! 間に合わない……っ!」
負傷者を抱えたアスフィやファルガーが絶望の声を上げ、レフィーヤが命懸けで完成させた広域殲滅魔法【レア・ラーヴァテイン】の魔力が、激しい光となって視界を染め上げる。
「【──我が名はアールヴ】!!」
詠唱の完成。そして、師である
「【レア・ラーヴァテイン】」
その極大魔力の残光を吸い上げるようにして、クライヴの衣服の包みから、小さな女の子の魔獣――『リズン』が戦場へと躍り出た。
「リズン!?」
驚くクライヴをよそに、リズンはイフリートの小さな角を震わせ、背中にある美しいフェニックスの翼を全開に広げ、天を仰いで咆哮した。
「――きゅあァァァーーーッッ!!!」
放たれたのは、通常のファイアの階級を遥かに凌駕する、魂の目覚めの炎――中級魔法『ファイラ』。レフィーヤの広域殲滅魔法の火炎と、リズンが放った烈火のファイラが、戦場の中で奇跡的なシナジーを起こした。
ドゴォォォォォン!!!と空間を揺るがす大爆発が巻き起こり、行く手を遮っていた数百匹のモンスターの肉壁が、降り注ぐ岩盤ごと一瞬にしてドロドロに爆破・融解していく。
「すごい……道が、開いた……っ!?」
「きゅふぅ!」
満足そうにパタパタと羽を揺らすリズンを、クライヴは爆速で抱き上げ、インヴィクタスを拾うと叫んだ。
「走れ! 崩落に巻き込まれるぞ!」
レフィーヤの気高き大魔法、そしてリズンの新生『ファイラ』によって切り開かれた一筋の光の道を、満身創痍の全員が駆け抜ける。
そんな中レヴィスが最後にアイズに向けて、意味深な言葉を残した。
「『アリア』59階層に行け。そうすればお前の知りたいことも知れる」───。
今度こそアイズもまた駆け抜けた。
崩れ落ちる24階層の深淵の奈落から、ヘルメス・ファミリアに一人の死者も出すことなく、オラリオの精鋭たちは奇跡の生還を果たすのだった。
激闘が終わり、地上への帰路。
それは、あの小さなサポーターを正式に迎えるための、温かいヘスティア・ファミリアの再会へと繋がっていく。