ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
いつもありがとうございます。
3ヶ月に一度行われる
神々の喧騒と大喜利と美神の嗜みの末、前代未聞の速度と限界突破の数値を叩き出したベル・クラネルに授けられた正式なレベル2の二つ名は、下界の理に赫々たる火を灯した者への畏怖を込め、満場一致で決定した。
――『
さらに同時に、オラリオのすべての歴史を僅か一ヶ月半で塗り替えた白き少年に対し、冒険者たちは敬意を込め、もう一つの異名(あだ名)を街中に轟かせることになる。
それが『世界最速兎(レコード・ホルダー)』の通り名だった。
儀式を終えた廃教会の地下室。
ヘスティアがベルの背中に神の血を垂らし、レベル2への
力も敏捷もすべて【0】へと戻り、新しい器を手に入れたベルの背中。
そこには、神々の間でも超希少な発展アビリティ【幸運:I】が刻まれていた。
だが、ヘスティアが本当に声を裏返したのは、その下に新しく浮かび上がった、びっしりとした神聖文字の刻印だった。
「ま、またかい……! 『炎純一途』に続いて、また君の背中に、ボクの知らない独自の理を孕んだ新しいスキルが刻まれているよ……!」
ヘスティアは震える声で、その赫き英雄の力を読み上げる。
【スキル】:『
・あらゆる能動的行動(アクティブ・アクション)に対するチャージ権。
・チャージ時間に応じて威力・効果が乗算されるが、比例して体力とマインドを著しく消費する。
・火属性および雷属性の攻撃・魔法発動時、
・火属性のダメージ(熱量・火炎)を受ける際、自身の【耐久】アビリティの評価に超高補正。
「火属性の魔法の消費を劇的に抑え、あまつさえ火に焼かれる時に君の肉体を強固にするなんて……! クライヴくんや、古代の大英雄エピメテウスのような『炎の英雄』の意志が、ベルくんの魂に宿ったというのかい……!?」
その効果を聞いたクライヴが、フッと満足そうに口元を緩める。
「火に焼かれるほど、その身を強固にするか。……ベル、やはりお前の魂は、俺の炎の意志を確かに引き継いでいるようだな。これでお前は、より過酷な戦場(中層)でも抗う資格を得た」
「はい、クライヴさん……! 神様、ありがとうございます!」
ベルは、背中に宿った新たな「英雄の力」を噛み締め、己のステイタスに深く一礼するのだった。
───
レベル2へのランクアップに伴い、ギルドのアドバイザーであるエイナ・チュールから、正式にダンジョン中層――13階層『岩窟の迷宮』への進出許可が下りた。
「中層は今までとは次元が変わります。ベル様の身の丈に合った、ちゃんとした専属の『鍛冶師(武器・防具のメンテ役)』をスカウトすべきです」
サポーターであるリリの的確な進言を受け、ベル、リリ、そして出発を間近に控えたクライヴの3人は、ヘファイストスファミリアが主催する
ベルの背には、前回の決戦の戦利品である、オッタルの用意した長大な大剣と、ミノタウロスのドロップアイテムである『赤い角』が厳重に布に包まれて背負われている。
厳しい目で品定めをするリリに連れられ、3人は一軒の風変わりな鍛冶師の露店へと辿り着いた。
そこにいたのは、赤い髪をツンツンと尖らせた、無骨で眼光の鋭き青年――ヴェルフ・クロッゾ。
彼は魔剣の呪縛を持つ『クロッゾの一族』の血を引きながらも、
「使い捨ての魔剣なんか大嫌いだ。俺は持ち主と共に命を懸けて成長し、いつか絶対に砕けねぇ武器を作ってみせる」という職人の誇りを貫く、未だ成長途中の若き鍛冶師だった。
ヴェルフの目が、ベルの持つ『ヘスティア・ショートソード』、そして背負ってきた布包みの異質な気配を捉えた瞬間、職人魂に激しい火が灯った。
「おい、白髪……お前、その剣をどこで手に入れた。……いや、それ以上に、背中に背負ってるそのバケモノみたいな鉄屑は一体何だ!」
ヴェルフは布包みを解き、現れた長大な大剣の刀身を見て、息を呑んだ。あの決戦の最後。
ミノタウロスの血を吸い、さらにベルが放った最大出力のファイアボルトの熱量と炎龍の加護を極限まで浴びたことで、オッタルの大剣は、その刀身の中心が不気味に赤黒く変貌を遂げ、耐久強度を爆発的に増していた。
焼滅されし猛牛の遺産。
「……信じられねぇ。内地からこれほどの猛火を吸って、焼き切れるどころか硬度を増してやがる……。業物だ。こいつの名前は……そうだな、『フレイム・オックス(焼滅されし猛牛)』とでも呼ぶべきか。あるいはフレオ」
ヴェルフはその大剣の異質な価値を看破し、これを最高の状態で整備することをベルに約束した。
大剣の扱いが苦手なベルにとって、これは普段は背負うだけの、ここぞという時の大火力サブウェポン――後にクライヴの持つ『フレイムタン』と対になる、猛牛の炎の刃だ。
さらにヴェルフは、もう一本の『折れた大剣』と、ミノタウロスの『赤い角』を手に取り、不敵に笑う。
「気に入った。この最高級の素材を使って、お前専用の新しい武器を俺に打たせてくれ。最高峰の『不壊属性』に届くような代物はまだ打てねぇが……絶対にすぐ壊れたりしねぇ、お前の相棒をな。それともう一つ、俺をお前らのパーティの『前衛の盾』として、ダンジョンへ連れて行け!」
「いいんですか?しかもパーティまで!改めて僕の名前はベル・クラネル。よろしくお願いします、クロッゾさん!」
ベルが真っ直ぐに手を伸ばした。所がヴェルフは手を握ってくれなかった。戸惑うベルにヴェルフは少し気まずそうにする。
「あーすまないな。そのクロッゾっていう言われ方好きじゃねぇんだ」
「クロッゾとはもしやあの呪われた魔剣鍛冶師の?」
リリには思い当たる節があり、ヴェルフに問いかける。
「そういうことだ。俺は家のことが嫌いでね。だから、ヴェルフって読んでくれ。ベル・クラネルいやベル」
「だから、さっき魔剣は嫌いと言われてたんですね。分かりました。よろしくお願いします!ヴェルフ!」
「おう、次いでに敬語もナシでいい。これからは苦楽を共にするパーティになるんだからな!」
ヴェルフは今度こそ、ベルの手を熱く力強く握った。
こうしてリリが見守る中、職人と戦士の熱き専属契約が結ばれた。
ベル、リリ、そしてヴェルフ。原作正史のメイン3人パーティが、ここにお試しとしての結成を迎えた瞬間だった。
───
3人の強い絆と契約を見届けたクライヴは、静かに歩み寄り、ヴェルフの頑強な肩へと大きな手を置いた。
宿命を拒絶し、己の意志で新たな刃を模索するヴェルフの生き方は、深くクライヴの魂に共鳴するものがあった。
「いい目だな、若者」
「あぁ? 旦那、何だい」
「――ベルを、ウチの団長を頼むぞ」
口数は少なかった。
だが、そこには、これからロキ・ファミリアの深層大遠征へと旅立つ大人の、新しき前衛への絶対的な信頼が込められていた。ヴェルフはクライヴの、並の第一級冒険者すら吹き飛ぶような覇気と大人の眼差しを正面から受け止め、不敵にニィと口元を吊り上げた。
「――おう。任せとけ、灰色マントの旦那。あんたが帰ってくるまでに、この最速の兎にふさわしい、最高の鎧を打って待ってるわ」
「ああ、期待している」
クライヴはベルに向き直ると、最後に一度だけ、優しくその白髪を撫でた。
「自分を見失うなよ、ベル。お前はもう、英雄の産声を上げたんだ」
「はい……! クライヴさんも、気をつけて!」
「きゅぅ」と、リズンがベルの足元へ擦り寄り、小さくお別れの挨拶を告げる。
クライヴはリズンをマントの奥へと抱え込むと、踵を返し、バベルのゲートへと向けて歩き出した。
新武器の完成を待つ日常や、豊穣の女主人でのランクアップの祝杯イベントにはあえて不参加。
クライヴはフィンたち本隊(進軍の迷惑にならぬよう、時間をズラして先行している大規模な遠征軍)と18階層で合流するため、単身、道のりが頭に入っているアドバンテージを活かし、敏捷Sをも遥かに置き去りにするレベルカンストの爆速で、一人ダンジョンへと向けて疾走を開始するのだった。
───
翌日。
ベルは早速武器市で出会った赤い髪の若き鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾの工房へと足を運んでいた。
ベルの背には、ミノタウロス戦の戦利品である赤黒き大剣『フレイム・オックス』と、折れた大剣、そして『赤い角』が背負われている。
「おい、ベル……。お前のその腰の武器、ちょっと見せてみろ」
工房に入るなり、ヴェルフはベルの腰の後ろにある『ヘスティア・ショートソード』をじっと睨みつけ、快く鞘ごと渡すベルから丁寧に受け取り鞘から抜く。ただの業物ではない。刃に刻まれた神聖文字の気気高さと、刀身に秘められた神の息吹。
「……なぁ、ベル。お前、これ誰に打ってもらった?」
「えっ、あ、僕のファミリアの神様が、ヘファイストス様にお願いして作ってもらったもので……」
その言葉を聞いた瞬間、ヴェルフの全身に電流が走った。
「――っ、何だって……!? ヘ、ヘファイストス様直々の、神造の武器だと……っ!?」
ヴェルフは驚愕と自身の主神に対する絶対的な尊敬の念に身体を震わせた。
ただの業物だとは思っていたが、まさか下界の鍛冶の最高神が直々に土下座(直談判)を受けて打った至高の刃だとは夢にも思わなかったのだ。
「……信じられねぇ。だが確かに鞘のロゴはヘファイストス様のものだ。こんな神話級の武器を持ってる奴が、俺みたいな未だ『不壊属性』すら打てねぇなまくらの鍛冶師と専属契約を結んでくれたっていうのか……。上等だ、職人魂が燃え上がってきたぜ!」
ヴェルフは激しい熱意と共に、持ち込まれた戦利品の加工に着手する。
極大のファイアボルトを吸って耐久度を増した『フレイム・オックス』には一級の整備を施し、ベルのサブウェポン(ここぞという時の大火力大剣)として調整。
そして、折れた大剣と『赤い角の半分』を惜しげもなく炉に放り込み、ベルのレベル2の戦闘にふさわしい、頑強な新しい『短刀』を半日かけて作り上げた。
ヴェルフが鍛錬の熱気が残る手でベルへと差し出したのは、一本の、下界のどの様式とも異なる異質な風格を纏った『重厚な短刀』だった。
オッタルの大剣の鋼に、極大のファイアボルトを浴びたミノタウロスの赤い角の半分を溶かし込み、積層(ダマスカス)のように幾度も幾度も折り返し鍛え上げられた刀身。
刃全体が燃え盛る篝火のような钝い赤色を帯びており、その表面には黒い炎の揺らめきのような美しい波紋が重層的に浮かび上がっている。細身の華奢な刃ではない。
怪物の装甲を真っ向から両断し、敵の打撃を受け止めてもビクともしない、圧倒的な厚みと剛性を持つ肉厚な一振り。さらにヴェルフは、職人としての独自のインスピレーションから、その柄と鍔を、極東の意匠を思わせる機能美に溢れた黒紐の巻き柄と漆黒の鉄鍔で仕上げていた。それを収める鞘もまた、光を吸い込むような無光沢の黒漆塗りの風格。
「わあ……凄い、凄く綺麗で……それに、すごく強そうだ……!」
ベルがその黒い柄を握り、ゆっくりと引き抜くと、赤い刀身が工房の火光を浴びて妖しく、気高く輝いた。
「へっ、その大剣から不純物を叩き出した最高級の鉄だからな。重みはあるが、今のお前の神速なら、最高の武器になるはずだ。……名前は、
紅きショートソード、そしてヴェルフが魂を込めて打った黒と赤の重厚な和風の短刀。二振りの相棒を腰に帯び、背中には猛牛の遺産たる大剣を背負ったベルの姿は、レベル2の『赫灼の白兎』として、これ以上ないほど格好良く仕上がっていた。
「不壊にはまだ遠いが……俺の今打てる最高の武器だ。持ってけ、ベル!」
「ありがとう、ヴェルフ!」
───
武器の新調を終えた後、ヴェルフは「採寸は終わったから、俺はまだ残りの整備と防具作りがある。だから工房に籠もる」と不参加を決めたため、ベルとリリの2人は、レベル2のランクアップおめでとうの小さな祝杯を挙げるべく、夕暮れ時の『豊穣の女主人』へと足を運んでいた。
活気あふれる酒場の中で、ベルとリリが慎ましく料理を楽しんでいると、不意にドスンと乱暴に机が叩かれた。
「――おいおい、見ねぇ顔だと思ったら、今噂の『赫灼の白兎』サマじゃねえか。レベル1の限界突破ぁ? 笑わせんじゃねえぞ、ただの運が良かっただけのモブがよォ!」
現れたのは、18階層のリヴェラの街を拠点にするベテラン冒険者、モルド・ラトローたち3人パーティだった。
酒の勢いに任せ、新人の爆速の栄誉に嫉妬して難癖をつけてくる小悪党。(※この時点ではただの嫌味な小悪党だが、後に彼は誰よりもベルの気高さを認め、最高の男の一人としてベルを支えることになる)
ベルがドギマギと言葉に詰まっていると、横から冷徹な、しかし大気を凍らせるほどの静かな声が響いた。
「……そこまでにしなさい、私の前で、これ以上の不躾な絡みは許しません」
エプロンドレスを翻して立ちはだかったのは、酒場の店員であり、元『疾風』のリュー・リオンだった。第ニ級冒険者でもあった彼女の圧倒的な威圧に、モルドたちは「ちっ、……」とバツ悪そうに舌打ちし、すごすごと自分の席へと退散していった。
「助けていただき、ありがとうございます、リューさん!」
「いいえ、当然のことをしたまでです、クラネルさん。……所でですが中層へと挑むと聞きました。 13階層からはこれまでとは次元が違います。どうか、無茶はしないでください。ただ、貴方もまたランクアップを果たした立派な冒険者だ。元冒険者として応援しております」
リューは静かに、しかし少年の純粋な瞳を少し心配そうに見つめた。そんなリューにベルは元気よく答えた。
「はい! 頑張ってきます!」と力強く約束を交わすのだった。
地上に残された少年が、新しき仲間と武器と防具を手に、中層の『岩窟の迷宮』へと向かう、過酷なサバイバルの胎動を残して――。