ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
ベルたちが地上で新たな武器と絆を紡いでいた頃、クライヴ・ロズフィールドは敏捷Sをも遥かに置き去りにするレベルカンストの超スピードでダンジョンを駆け下り、18階層にてフィン率いるロキ・ファミリアの大遠征軍本隊へと完璧に合流を果たしていた。
そこからの進軍は、まさに『世界の深淵』へと潜る過酷なものだった。特に中層や下層を越えた先。
ダンジョン深層の第52階層から始まる、奈落の大縦穴――『竜の壺』。
その数階層下の暗闇から、知覚に優れた火竜『ヴァルガングドラゴン』による、階層をも穿つ精密な超長距離砲撃が撃ち放たれた。
「うぁあああーー」
「総員、走れ!足を止めるな!!」
ドラゴンからの砲撃は凄まじく、簡単に地盤が消し飛んでいく。
フィンからの号令に懸命に走る、選ばれた精鋭メンバーたち。
しかし、そう簡単に逃げ切れるものでもなく地盤の崩落に巻き込まれ、真っ逆さまに大縦穴へと叩き落とされた先行隊のベート、ヒュリテ姉妹、アイズを庇ったレフィーヤ。
「ガレス!それからクライヴさんベートたちの援護頼みます!!」
「任せろ!!」
「では、行こうガレス殿」
フィンからの申し出に躊躇いなく彼らを追って飛び降りたガレスとクライヴ。
落下中、無数のワイバーンが襲いかかる中、クライヴの腕から飛び出したリズンが元・宝玉の胎児としての支配本能を覚醒。
ワイバーンの脳へと魔力の触手を突き立ててその神経を強引にハッキングし、チョコボの如く滑空させて落下の衝撃を完璧に殺してみせた。
ガレスは自慢の耐久活かしてまさかのそのまま落下して無事に着地していた。
そのまま先行隊はヴァルガングドラゴンとの本格的な大決戦へと突入。遅れて合流したフィンたちの遠征軍本隊と共闘し、激闘の末に砲撃竜の巨体を完全撃破。
遠征軍はついに最深部――第59階層の門を叩くのだった。
───
たどり着いた第59階層。
そこは本来「氷の平原」であるはずの場所だった。しかし、そこに広がっていたのは、怪物の力によって鬱蒼と生い茂る、異様なほどに緑豊かな「密林」だった。
その中心、巨大な植物型モンスター『タイタン・アルム』に寄生するようにして佇む、上半身が緑色の女体、下半身が禍々しい植物のシルエットを持つ、黄緑色の瞳の怪物――
『穢れた精霊(デミ・スピリット)』。
『ア……ァ……アリア……来テクレタノネ…会イタカッタ…ッ!!』
怪物が流暢に言葉を吐き散らし、精鋭メンバーたちをおどかせる。
その規格外の怪物の周りには多くの『灰』が降り積もっていた。
「『強化種』か!!」
ベートが吐き捨てるように叫んだ。
『アリア、アリア!仲良クシマショウ!!…一緒ニナリマショッ!!』
『ダカラ、アナタヲ食ベサセテ?』
天女を思わせる声、見た目から発せられる異常な言葉と紛れもなくモンスターと思わせられる本能からの警告。
彼女は、『デミスピリット』は妖しく黄緑色の瞳を光らせた。
アイズは驚愕するのも忘れて、口を震わせて自身のざわめく
「…『精霊』」
そう一言だけ呟くアイズはしばらく震えを止められなかった。
それでもロキファミリアの精鋭たちは怪物に挑みかかる。
「いっくよーー!!」
「ぶっ殺す!!」
「やることは変わらねぇ。ぶっ潰す!!」
ティオナ、ティオネ、ベートが堕ちた精霊だろうがなんだろうがいつも通りと変わらないと前衛として突撃していく。
「………ッ」
「俺も行こう。アイズ気負うなよ」
アイズとクライヴもまたデミスピリットに向けて走り出した。
フィンは密かに疼く親指に添って、クライヴのこともこの戦いで何かわかるのではないかと考えていた。
元々古代の英雄のように強く、それから
(さて、戦いに勝つのは大前提だが、他にも収穫があればだね)
周りの植物型モンスターたちにはサポーターとしている、ラウルやヘファイストスファミリアより団長の椿・コルブランドが応戦していた。
「レフィーヤは魔法の準備、詠唱を開始しろ。リヴェリアは少し待て」
二人の後衛の大火力魔導士の師弟にはそれぞれ別の指示を出すフィン。レフィーヤは素直に従い。リヴェリアは少し訝しげな眼差しを彼に向けた。
「親指が疼く…何かある」
フィンのその言葉だけで、リヴェリアは待機を決めた。このフィンの親指の疼きはよく当たり、何度も自分たちのピンチを救ってきたからだ。
ベートたちが畳み掛けるが女体型の触手や花弁は凄まじい硬度を誇り、重くもあり、猛撃を行うも傷一つ付けれずにいた。三人の表情には怒りや驚愕が入り混じる。
少し遅れて到着したアイズの斬撃も僅かに傷が入る程度だった。その様子を見て最後にたどり着いたクライヴは魔法『ファイア』を牽制で使いながら距離を詰める。
ファイアでは多少火傷を負わせる程度であるが、少なくとも無傷ではない。ならばと得意の『フェニックスシフト』からの『ライジングフレイム』で斬り込んでいく。
多少無理をするが、狙うは上部の女体型。
「…くらえ!!」
フェニックスシフトからの速攻に虚を突かれた女体型は防御の反応が遅れた。そこからのライジングフレイムは確かな威力を誇る。
5人の攻撃の中で始めて、ダメージが通った。左拳からの腹部への殴りつけ、そこからの斬り上げ。狙うは魔石があると思われる胸部。燃える裂傷を与えて着地する。
『イ、、痛イ!!…アナタ嫌イ!!怖イ、ソノ炎ハナニ!!?』
「モンスターと会話とは不思議な感覚とも言えるか。答えはさぁな!効くのは分かった!!」
追撃を仕掛けるクライヴに他の4人も続く。クライヴを中心とした女体型への集中攻撃にシフトしようとした。しかし──
『イ、イャアアアア!!』
叫びと共に触手の数が増えて、花弁から突風となる魔力弾が撃ち出され、後退させられる5人にデミスピリットは仕掛けた。
『【火ヨ、来タレ──】』
クライヴたち全員に驚愕と戦慄が走る。
「詠唱!?」
「リヴェリア結界を張れ!!」
一番距離があるのはクライヴであったが、フェニックスシフトを連続で使えば間に合わなくはない距離であった。
「魔法斉射!詠唱を止めろ!!」
フィンの号令が続く。
レフィーヤの火炎魔法。『【ヒュゼレイト・ファラーリカ】』を筆頭に魔剣を構えた者たちの一斉射撃が飛んでいくが全く効いていなかった。やはり下半身の部分は相当強固な触手と花弁である。
『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ──】』
クライヴは後退しながらも、敵の詠唱の
(火の魔法なのか?)
クライヴは
そんな中でも1人と1体の詠唱は続く。
「【舞踊れ大気の精よ。光の主よ。──】」
同時詠唱が続く間にも触手や植物型モンスターたちが襲いかかってきており、後退しながらもそれぞれが斬り殺し、蹴り殺し、灰に、細切れにと迎撃と応戦をする。
「相手にも近付けない…」
レフィーヤの呟きにリヴェリアの美貌が焦燥に歪みながらの詠唱を紡いでいく。そして、女体型の美貌は微笑む。
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ
攻撃・防御・詠唱と規格外の化物にフィンは歯を食い縛る。
「──総員、リヴェリアの結界まで下がれ!」
フェニックスシフトで結果まであと少しの所まで後退した、クライヴは未だ周りのモンスターを斬り伏せながら、更に考えを深めていた。
(代行者?
「…やはり炎の魔法か…ならば」
クライヴは意を決して、結界少し手前の位置でマントを翻しながら鮮やかに踵を返した。
「クライヴさん、何を!?」
「クライヴさん!!」
「何やってやがるおっさん!?」
「クライヴ殿!!?」
その動きに気付いた、アイズ、レフィーヤ、ベート、リヴェリアが驚愕して叫ぶ。
「クライヴさん何をやってるんだ早く結界へ!!」
「すまない。フィン殿。リヴェリア殿…俺のことは構わず結界を張れ。確かめたいことがある!!確信を得たい!」
フィンは更に歯を噛み締め、リヴェリアもまた詠唱完了までもう時間がなかった。
「【我が名はアールヴ】!」
詠唱の完了。遂に結界が張れていく。
クライヴは盾になることを決めた。
「【ヴィア・シルヘイム】!!」
リヴェリアの足元より翡翠色の
それとほぼ同時にデミスピリットの魔法も完成、放たれた。
『【ファイアーストーム】』
「──────────ッ」
クライヴの予想通りの極大な火炎の精霊魔法。炎と嵐。紅の熱波であった。
「ハァアアアアーーー!!!」
クライヴは全身に『ファイア』とリズンからの『ファイラ』を逆巻くようにして纏わせ、さらにリズンの魔力結界を同期させることで、耐えながら尚かつ『ライジングフレイム』を纏ったインヴィクタスを両手で振り下ろし熱波を真っ向から斬り裂こうとしていた。だが、クライヴの踏ん張りも虚しくジリジリと地面を抉りながら押され始めていた。
そして、遂に身体が浮き上がり背面に立つリヴェリアと結界を間に挟むように吹き飛んでくる。そこからは押し寄せる熱波がリヴェリアの結界に徐々に亀裂を生んだ。
「リヴェリア!!クライッ!!」
アイズが叫びきる前に結界が砕け熱波が迫りくる。
「ガレスッ!!アイズたちを守れーー!!!」
完全に砕けた結界。ガレスが大盾を被せるように構えて己を盾とするが盾は解け、兜も吹き飛んでいき、鎧も熱されていく。
「ウオオオオオオオオーー!!!」
ガレスの叫びと共に、遂に空間が大爆発を起こした。
魔法が収まった時、皆が倒れ込んでいた。その中で余波によるダメージとなったアイズたち冒険者たちは何とか立ち上がる。それぞれが絶望の表情を浮かべる中で立ち上がれない者もいた。
「リヴェリア、ガレス」
2人はボロボロの姿で倒れ伏したまま動かない。
アイズは一番前で結界にも入って居なかったクライヴを探す。
彼は立って後ろ姿を見せていた。リヴェリアを背中で押し倒すように倒れ込んだが、一番初めに立ち上がり、尚かつ一番軽傷という状態であった。
「皆、無事か…とは言えないか」
クライヴの静かな問いかけにアイズのみが答えた。
「クライヴさん…」
フィンを除く他の者たちは何故彼が生きておりしかも最も軽傷であるのか分からず、混乱して何も発せなかったのだ。
「確かめることが出来た。俺は戦う。抗う者として!!」
クライヴは剣を振り、走り出した。だが、そんな決意を嘲笑うようにデミスピリットは早すぎる動きを見せる。
『【地ヨ、唸レ──】』
(次は地属性か!)
デミ・スピリットの次なる絶技は、
いつもよりも炎の加速量が増したクライヴは初めて焦燥を浮かべて単身突撃していく。もう一度、フェニックスシフトとライジングフレイムにより一太刀のみ浴びせて、周り込もうとして後退しながら、前衛にて少しでも詠唱を止めるために、僅かに上がったファイアの連弾を撃ち込みながら再度突き進む。
今のクライヴは、大地の召喚獣『タイタン』の力が完全に封印されている。それはすなわち先ほどのようにはいかない。大地の理をいなす手段を持たない生身のレベル1の肉体。
『【──与エラレシ我ガ名ハ地精霊大地ノ化身大地ノ女王】──』
クライヴは後ろの者たちが立ち上がり反撃すると信じて、退かなかった。何より団長のフィンが炊きつける。どんな長も逆境の時こそ真価を発揮すると自身もかつてリーダーを務めて、そして、ある
『【メテオ・スウォーム】』
遂に多数の大出量の塊の隕石群が降り注ぐ。
クライヴも当然の如く執拗に狙われ、フェニックスシフトでかいくぐり避け続けるが、この魔法剣技には使用制限もある。だからこそ、そこを待っていたとばかりに天井から降り注ぐ巨大な大質量の岩盤が容赦なく被弾した。
「が、はっ……、あ、がぁ……ッ!!」
凄まじい衝撃に叩きつけられ、クライヴは膝を突き、地面へと大きく吐血した。レベル1の生身を襲う、命の危機。
「アイズさん!!」
「はぁ、…っ…はぁは」
アイズはエアリエルにて何とか持ち堪えていた。そんなアイズに声かけ、前線で1人奮闘していたクライヴを見るレフィーヤ。
「クライヴさん……ッ!」とレフィーヤが悲鳴を上げる。
誰もが今度こそ動けない中で、勇者が立ち上がる。
「あのモンスターを討つ!!」
「君たちに『勇気』を問おう。その目には何が見えている?」
フィンは語る。フィンは騙った。そしてフィンは焚き付けた。
「それとも、ベル・クラネルとクライヴ・ロズフィールドの真似事は君たちには荷が重いか?」
そして、それぞれの言葉で立ち上がっていく冒険者たち。
「アイズ君の全力の一撃で決めるんだ!!」
クライヴは禄に動けず、瀕死と判断したフィンはアイズに一撃の全てを賭けた。
「【
それに答えるように超短文詠唱にて【エアリエル】を発動するアイズ。
次はレフィーヤにも命じてそれに答える彼女は奮起する。
「はい!」
指示を出した自身もまた、詠唱を始めた。
「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」
フィンもまた超短文詠唱を行い走り出す。
「【ヘル・フィネガス】」
「──うおおおおおおおおおおお」
凶戦士と化した。フィンのニ槍の長槍をもっての鏖殺が開始された。
───
そこからのそれぞれの猛攻で徐々に距離を詰めていくフィンたちに女体型は笑い、詠唱を開始するが、フィンの渾身の投槍により、詠唱は失敗。
それを好機と見た冒険者たちは活気づいて突撃していく。
『【我ガ名ハ
それでも直ぐに再起した。デミスピリットは次は短文詠唱にて雷精霊の魔法を放つ。
『【サンダー・レイ】』
放たれた雷の槍に割って入る魔法。
「【盾となれ、破邪の
「【ディオ・グレイル】!!」
レフィーヤの【エルフ・リング】から呼び出した同胞たるフルヴィス・シャリアの障壁魔法だ。
「私だってぇぇぇーーー」
ヒビが入る障壁にヒュリテ姉妹が体当りしながら支える。そんな二人に答えるようにレフィーヤは叫び、意地を見せた。
「行くぞ!!」
それを見たベートとフィンとアイズが突き進む。
一方後方では立ち上がったガレスは前衛へと突撃。リヴェリアは詠唱連結にて最大出力の魔法を放とうとしていた。
「【吹雪け、三度の厳冬──】」
「【間もなく、
詠唱が連結されていく。
「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】!!」
詠唱の完成。
「【レア・ラーヴァテイン】」
巨大な炎が女体型の下半身の防御を焼失させていく。
後方では椿やラウルが植物型モンスターたちを迎え撃っていく。
遂に迫ったフィンたちが畳み掛ける、そこへ辿り着くガレスが触手の槍に貫かれようが耐え抜いて見せた。
「温いわあああああああああ」
フィンの攻撃からベートが繋ぐ。
「焼けちまええええええええ」
2人の声が揃い。遂に託された。
「「行け!!」」
アイズが跳躍し仕掛ける。一対一。
そこへ笑みを浮かべた女体型が魔法を行使した。
『【アイシクル・エッジ】』
氷精霊の魔法が空中で無防備になる一瞬を狙って迫るがここでも諦めなかった山吹色の髪をしたエルフが光の矢を飛ばした。
「【アルクス・レイ】!!」
見事に女体型の魔法を弾いてみせたことに全てを理解したアイズは眦を決して、驚愕する敵に向けて剣を振り下ろす。
風の剣。その太刀筋が女体型をズタズタに引き裂いていく。
『──イヤァ!?』
嫌がる女体型は触手を叩き着けてアイズを後退させるが。
「【
最大出力。
【エアリエル】の出力が注ぎ込んだマインドで最大化されていく。
『アアアアアアアアアアアアアアア~〜〜』
何かを
『【──
光の精霊魔法の完成。
『【ライト・バースト】』
そして、アイズも必殺の神風を叫ぶ。
「リル・ラファーガ」
間もなく、ロキファミリアとデミスピリットの戦いは終わろうとしていた。
──
少し時は遡った。
そして、クライヴは先ほどの【メテオ・スウォーム】にてかなり吹き飛び、生きてるのが不思議なほど瀕死であった。
正しく主の危機。
その瞬間、クライヴのマントの奥から、小さな衣服の包みを引き裂いて、一匹の仔獣が飛び出した。リズンだった。
「――グルルルルル……ウガァァァァァッッ!!」
普段の可愛らしい「きゅぅ」という鳴き声からは想像もつかない、地を這うような獰猛な『魔力の咆哮』が、リズンの小さな喉から轟いた。
その瞬間、59階層の空間全体が、びりびりと不気味に震え出す。デミ・スピリットが、その無機質な瞳を初めてリズンへと向け、同じく不気味な咆哮を返した。二つの魔力の、恐るべき共鳴。
リズンの魂のルーツは、レヴィスたちが下界の魔力から生み出した『宝玉の胎児』。
対するデミスピリットもまた、ダンジョンの魔力によって生み出された存在。
一方は異世界のロゴスの魔力で浄化され、一方は下界の怨嗟で穢された、いわば歪んだ『従姉妹』のような不気味な因縁の血が、深層の空気の中で激しく火花を散らしたのだ。
アイズの胸の奥にある『精霊の血』すらも、その共鳴に激しくざわめき始める。
さらにその瞬間「――『吹き荒れろ(テンペスト)』ッッ!!!」その混沌を切り裂き、アイズ・ヴァレンシュタインが最大出力の風を身に纏って飛翔した。全精鋭の怒濤の援護射撃が炸裂する中、アイズは唯一の必殺の空中突撃――『リル・ラファーガ』を解き放つ。
勝負は決した──。
──────はずだった。
『――我が名は
『『ダーク・ホール』』
デミ・スピリットの女体型部分が青黒く染まり、闇精霊の魔法が発動する。
アイズ渾身の一撃は、不気味に空間がねじれた暗黒の穴を虚しく突き抜け、完全なる空振りに終わってしまった。
女体型部分だけが亜空間へと逃げ延び、仕留め損なうという最悪の拒絶。
「なっ……魔法を、空間ごと消した……!?」
アイズが着地と同時に大きく目を見開く。
その突然の出来事にクライヴ以外の全員が青ざめた。
───
それは現れた。
デミスピリットの全身から、下界の濃い魔力に引き寄せられた黒紫色の『アルテマの残滓』
世界の理を歪める絶対の悪意。
「……
クライヴは、リズンの魔力を触媒にして、己の奥底の地獄の火『イフリート』の力を強引に引き出した。
ゲージは一つ。長くは持たない、数秒限りの覚醒。――『
ドゴァァァァンッッ!!!
インヴィクタスを振り鳴らし変貌を遂げるクライヴ。
クライヴの負った全てのダメージが一瞬で超回復し、一時的に魔力が無限となる破格のバフが肉体を駆け巡る。頭部からはイフリートの『炎の角』が突き生え、両腕は『灼熱の魔獣の爪』へと完全変貌を遂げた。
アルテマの残滓の具現化を見たクライヴの怒りに魂が呼応し、そのリミットブレイクの出力はこれまでにないほど狂暴に跳ね上がっていた。
デミスピリットの周囲を取り巻くように出現した、4つの青白い光を放つアルテマ由来の浮遊する
それが闇魔法の結界を維持している。
「ハァァァァッ!!」
クライヴは大地を爆ぜさせ、大跳躍を敢行した。空中でインヴィクタスを凄まじい速度で往復させ、4つの浮遊モンスターを瞬く間に獄炎の斬撃で切り刻み、焼殺、そして鏖殺。
それによって闇魔法『ダークホール』の理が強制解除され、亜空間から女体型部分が引きずり戻される。
「消え、失せろォォォッ!!」
クライヴは着地と同時に、下から突き上げるようにして地獄の劫火――『ライジングフレイム』を放ち、デミスピリットの女体型を焼却した。
体勢の完全に崩れた怪物へ向け、クライヴはインヴィクタスを両手で逆手に構え直し、上空から肉体ごと叩きつけるような渾身の『縦一文字』の斬撃を振り下ろした。
ドゴォォォォォンッッッッ!!!衝撃波が59階層の密林を吹き飛ばし、地面に巨大な斬撃痕のクレーターを作り出すほどの一撃。
デミスピリットはその上半身の女体型から、下の巨大な植物型『タイタン・アルム』の根元に至るまで、完全に真っ二つへと一刀両断され、断末魔の悲鳴と共に光の塵となって爆散、完全消滅するのだった。
クライヴの背中の『
───
「はあ……っ、はあ、はあ……っ!」
技を出し切った瞬間、リミットブレイクが強制終了する。
凄まじい魔力の反動。クライヴはインヴィクタスを地面に落とし、視界が急速に暗転していく中、息を荒く乱しながらそのまま仰向けにドサリとぶっ倒れた。
「クライヴさん!!」とアイズたちが駆け寄る中、元の姿に戻ったリズンが、心配そうに泣きながらクライヴの胸元にぎゅっと縋りついていた。
見事にデミスピリットを討ち果し激闘を終え、満身創痍ながらも地上へと引き返す遠征軍。
しかし、『大樹の迷宮』まで戻ってきたその途中、最悪のイレギュラーが彼らを襲った。
下界の濃い魔力に乗って干渉を始めたアルテマの残滓――その影響か、毒性の極めて強い芋虫型モンスター『ポイズンウェルミス』の大群が急襲してきたのだ。
「ちっ、運の悪い芋虫どもだ……!」
クライヴも気絶から目覚めてインヴィクタスで応戦するが、あまりの物量と毒霧の前に精鋭数人が重い毒を浴びてしまい、急遽、18階層の野営地(リヴェラ周辺)での緊急待機・足止めを余儀なくされてしまう。
「クソがっ! 俺が地上まで行って、ディアンケヒトファミリアの解毒薬を買いに走ってきてやる!」
ベートが地上へ向けて爆速でパシリ(買い出し)に走り去る中、クライヴたちロキ・ファミリアの本隊は、18階層の楽園の野営地で長い待機を強いられることになるのだった。
───
野営地。
ロキファミリアの三首領の幕内にて様々な話がされる中で、ある人物の話題に移る。
「しばらくはここに滞在するしかなさそうだね」
「ベートが帰りを待つしかないか…」
「あやつのことじゃ、何やかんやで皆を心配して急いでおるじゃろう」
ベートのことは口は悪いが三人は仲間想いだと信頼していた。
「さて、ポイズンウェルミスの毒のことはこれくらいにして──クライヴ・ロズフィールドについて、リヴェリアとガレスはどう思う?」
「珍しく曖昧だなフィン。どう思うとは?」
「儂らに何を言わせたいんじゃ?」
フィンは少しだけ思案しながら、意を決して話した。
「うーん、そうだね。2人も薄々感じてるだろう?彼は普通ではないと」
「それは確かにあるが…我らに協力的でアイズたちが助けられた恩がいくつもある」
「儂も同感じゃ。此度の戦とて命がけで皆を守っとった」
普通ではないと気付きつつ複雑そうにはしながらも、クライヴの事を信頼している二人にさらに問いかけた。
「僕もそこの点は同じさでもね。いくら規格外の存在でも今回のことは最早ただ、単に強いでは済まない。特に最後の姿がどうも引っかかってね。2人は何も思わなかったかい?」
「ティオナたちは変身魔法なのではと言ってはいたが…」
「ベートのように獣人種に見られる。獣化に近い感じに儂は思ったがの。フィンお主は違うのか?」
変身魔法か獣化に近い存在と推測する2人にフィンは答える。
「どっちもあり得るとは思う。それでも最初の敵の炎の魔法を平然としていたり、他の魔法では致命に至っていたのに全快するどころか劇的な炎の能力の向上を見せていた。つまり彼は…」
「フィンまさか、アイズと同じだと言うのか?」
「それははっきりとは分からないけどね。可能性の話ではある。あるいは全くの外れもあるかもだけどね」
「アイズと同じなら精霊との共鳴していた感じとあの珍妙なモンスターか何かを連れているのも頷けるのかのう…」
リズンもまた、今回のことで三人に完全に異質な存在と認識されていた。
「炎か…。敵の炎の魔法。【ファイアーストーム】と言ったか。あの時気のせいかもしれないが彼が何かを言っていた気がしたのだが」
「何かを確かめるとも言っていたね。それ以外かい?」
「ほう、あの時そんな事を言っておったか」
リヴェリアは何かが聞こえた気がしたと思い出そうとその美貌に思案の表情を浮かべる
「2人とも確証はないぞ?」
「いいよ。聞こう」
「構わん言うてみい」
少し当てずっぽうなように宙を見たあとリヴェリアは2人の顔を見て意を決して語った。
「後半の方は完全に聞こえなかった。だが、最初だけ聞こえた気がする。彼はそう…『我は炎の民』そう言った気がする。すまない。曖昧だな」
リヴェリアは俯きながらそう答えた。
「『炎の民』とな。それなら本当に炎を使いこなす逸材かもじゃな」
「そうか、彼はそんな事を。実に口上の続きを聞きたいけど。本人に聞くのは野暮だし、きっと答えない。これは間違いないと思うよ」
ここでクライヴのお話は打ち切られた。
「『炎の民』か…──」
最後にもう一度リヴェリアが呟いた。
───
――その頃、地上では。ヴェルフの打った新しい短刀『