ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
最近、体調優れずストックはあるのですが、毎日更新途絶えるかもです…
廃教会の地下室――そこは本来、ヘスティアとベルだけの極めて手狭な空間だった。
しかし、クライヴがかつて『隠れ家』のリーダーとして培った建築技術を駆使し、昏睡するアルテミス様のための純白の個室と、無理やり質素なベッドを二つ並べた限界の『男部屋』を増築したことで、何とか五人と一匹が寄り添える家族の家として機能していた。
夜明け前。まだベルとヘスティアが泥のように眠る中、いち早く地上の不穏な気配を察知したクライヴは、すでに目を覚ましていた。その隣、壁に背を預け、腕を組んで立ったまま眠るという竜騎士長としての深い警戒姿勢を維持していたディオンが、静かにその翡翠の瞳を開く。
「――来たか……」
「……そのようだな。下界の小悪党どもが、朝早くから騒がしい」
二人は即座にベルとヘスティアを叩き起こすと、大人の、そして圧倒的な強者としての静かな威厳を以て、鋭く忠告を告げた。
「ベル。ヘスティア。地下室からは絶対に出るな。何があっても、奥のアルテミスを守り抜け」
(※アポロン陣営は、この地下に月の女神アルテミスが眠っていることなど微塵も知らない。彼らはただ、ベルを拉致するためだけに動いていた)。
「リズン、みんなの側に居てくれ」
『きゅう』と鳴いてマントの中から出てきて、腰に手を当てるようにポーズしていた。任せてと言っているのだろう。
アルテミスを巡るエルソスの戦いでは、ヘルメスファミリアと共にアンタレスの眷族たちを相手に頑張ったようだ。
直後、地上の古い教会建物が、アポロン・ファミリアの魔導士隊が放った容赦なき先制の爆破魔法によって、激しい轟音と共に木端微塵に崩壊した。
もうもうと立ち込める黒煙と炎を割って、崩れ落ちた教会の瓦礫から、灰色のマントのクライヴと、白銀の正装のディオンの二人が、平然と地上へと歩み出てきた。
衣服の汚れ一つない二人の姿に、襲撃の指揮を執っていた団長ヒュアキントス・クリオが、下卑た冷笑を浮かべて拡声のマジックアイテムを弄ぶ。
「のこのこと出てきたか、哀れなウサギの同居人どもが! おい、大人しくアポロン様のハーレムに侍る栄誉を受け入れ――」
「――おい、そこの道化。お前たちの神のゲスな妄想はどうでもいい。……用があるなら、この俺が相手をしてやる。一騎打ちだ」
クライヴは『フレイムタン』の柄に手をかけることもなく、冷徹にヒュアキントスを挑発した。
ヒュアキントスは未だ、この二人のことを『登録したばかりの、ちょっと強いだけのレベル1の雑魚』とナメきっている。周囲の魔導士隊に「構うな、一斉にハチの巣にしろ!」と命じようとした、その刹那だった。
「――遅い。高低差など、我が槍の前には無意味だ」
ディオンの身体が光の残像となった。新スキル『
ディオンは抜いたザンブレク竜騎士槍を一閃させ、瓦礫の上に陣取っていたアポロンの魔導士隊の包囲網を、迎撃の詠唱すら許さぬ『一瞬』で完璧に叩きのめし、全員を地面へと転がして完全制圧してみせたのだ。
「な……っ!? なんだあの金髪、一瞬でうちの魔導士隊を……っ!?」
歯軋りし、顔を引き攣らせるヒュアキントス。
「言ったはずだ、一騎打ちだと。……それと、ナメない方がいい。俺はレベル3、そこのディオンはレベル2だ。お前たちの浅薄な情報網など、下界の理の外側では何の役にも立たん」
「レベル3だと……!? 嘘を言うなァァァッ!!」
プライドをズタズタに引き裂かれたヒュアキントスが、怒狂ってアポロンの聖剣を抜き、クライヴへと斬りかかってきた。だが、世界を救った神殺しの王の速度は、レベル3になったばかりのステイタスすら置き去りにしていた。
――シュウゥゥゥッ。
「が……っ!?」
ヒュアキントスの視界から、クライヴの姿が完全に消えた。
直後、耳元を爆風がすり抜ける。クライヴはわざと刃を当てず、ヒュアキントスの首皮一枚を、視認すら不可能な超高速の『フレイムタン』の一閃で通り抜けていたのだ。
「……貴公、今のが当たっていれば、真っ二つだったな」
クライヴの放った、元の世界で幾度も邪神やドミナントを引き裂いてきた本物の大人の『殺意』。その圧倒的な凄みと恐怖のプレッシャーを脳髄に直接刷り込まれたヒュアキントスは、自分が今の一撃で本当に身体を真っ二つに両断され、内臓をブチ撒けて絶命する、あまりにも生々しい『死の幻覚』をその目の裏に幻視し、ガタガタと全身の震えを止められずにその場に
「ここでやり合って、貴公たちが全員死んだら、そのゲームはどうなるんだ? ……もし貴様に、あのゲスな太陽への最低限の忠誠心と誇りがあるのなら、これ以上ナメてかからず、しっかりとゲームの当日まで準備を整えてくることだな」
クライヴの冷徹な宣告に、ヒュアキントスはプライドも闘志も完全に叩き折られ、這う失意のまま、部下たちの骸を引きずってすごすごと撤退へと追い込まれるのだった。
「ああぁ…。もうダメだ。兎を追った先には理を焼き尽くす外の
「また、この子は夢の話を。だいたい
「ダフネちゃ〜ん。信じてよ〜」
予言の少女の言葉にまたいつもの戯言と聞く耳を持たぬダフネと呼ばれた少女はそれでも何故かただならぬ胸騒ぎを感じるのだった。
───
襲撃が去り、瓦礫の中から出てきた主神ヘスティアは、変わり果てた我が家の姿、そして何よりも、クライヴが魂を込めて増築し、昏睡する親友アルテミス様のために用意した、あの『純白のベッドの部屋』まで理不尽に汚され、破壊された現実を目撃した。
「――よくも……、ボクの可愛い子たちを傷つけ、アルテミスの……アルテミスの、大切な部屋をぉぉぉーーーーーっっ!!!」
「僕たちのホームが…。せっかくアルテミス様の分をとクライヴさんたちと作って…」
『きゅううううううん!!!』
ヘスティアの怒髪天を衝く、かつてない『逆鱗』の絶叫。
家族を奪われかけた母親としての、そして親友の安眠を踏みにじられた神としての凄まじい怒りを剥き出しにした。
ベルは呆然と呟き、リズンはヘスティアを真似るように鳴き声を上げた。
クライヴとディオンは滾らせた戦意を瞬時に引き、そんな家族たちの反応を静かに見つめるのであった。
そこから瓦礫を片付け、整備をして何とか地下室は使えるようにと即席ではあるが、小屋を立てた。
クライヴは元の世界でかつて初代隠れ家が『大地の召喚獣タイタン』たる『地の
今はアルテミスの事もあり、ホームが崩壊したからと言って早々に新しくホームを手に出来るものではない。
エルソスの地での戦いは公にはされない戦いとしてギルドによって情報統制がなされており、アルテミスもまた現在はヘスティアファミリアに居ることを当事者たち以外は知らないのだ。
幸いにもベルとヘスティアは軽傷。リズンは無傷。アルテミスも無傷であった。今のアルテミスが傷を負うことになればファルナ無しの人間とそう変わらない肉体のため、万が一も十分にあり得るのだ。
ヘスティアを一旦落ち着かせた後、今後どうするか話し合うことになった。ヘスティア曰く、アポロンはとてもしつこいそうで、新しくホームを手にしても同じような事が起こるとのことであった。
もちろん、巷では既にアポロンファミリアがオラリオの居住地で襲撃という騒ぎを起こしたことは知れ渡っている。
「さて、そうなるとギルドの事も考えると奴らのホームを襲撃して焼き払うというのは考えものか」
「しかし、このままでは済ます気などこちらも出来んがな」
クライヴとディオンはホームを焼き払うという選択を何でも無いように口にするが、普通は大きなファミリアが総出になって実行したりである。もし、本当にやるとすればだが…。
「ボクも今回だけは穏便に済まそうと言う気はサラサラない!!」
「そうなると『ウォーゲーム』というのを受けて戦うんですよね?」
「恐らくアポロンのことだから理不尽なルール設定をするだろうけどね」
慈愛の塊のようなヘスティアも今回の事は大層ご立腹であり、引く気はないようだった。ベルとしてもアルテミス様の事もあり、引く気はないがどうしたらと言った感じだ。
リズンも会議に参加しているつもりなのか時より頷くように『きゅう』と鳴いていた。彼女も立派な家族の一員なのだ。
「次点としてはアポロンを闇討ちが手っ取り早いがな」
「私の矜持に反するが一理ある」
相変わらず、大人2人が物騒な事を平然と言っているのでベルは苦笑いを浮かべる。ヘスティアはどうやってアポロンをと思案しており、聞いていないようだった。
アルテミスだけが物騒さも喧騒の欠片もなく静かな寝息を立てていた。
その後はヘスティアの怒りが沸々と再発して、結局はベルたちを引き連れてアポロンの豪華な館へと真っ正面から殴り込みをかける。
そして、オラリオ中が見守る前で、アポロンの顔面に叩きつけるようにして、魂を懸けた全面抗争『ウォーゲーム』の受諾を怒号と共に宣言するのだった。
───
アポロンへの宣戦布告の裏側で、サポーターのリリルカ・アーデが、ソーマ・ファミリアの邪悪な団長ザニス・ルストラの脅迫に晒され、神酒の呪縛によって檻へと囚われていた。
主神のソーマがファミリアの運営に関心がなく、ザニスに一任しているのもファミリアの劣悪な環境に拍車をかけていた。リリは容姿も整い、
「アーデ、賢いお前のことだ。これからしっかりと働いてもらうぞ。クククク」
「……はい…」
◇
それはアポロンたちが本格的に動き出す少し前のことだった。いつものように下宿先からヘスティアたちのホームである廃教会に向かう途中、何者かに襲われたかと思うとザニスが現れたのだ。
「アーデ、団長として団員が居なくなって心配して随分探したぞ。ヘスティアファミリアだったか、『
「ザニス様…!?ち、違います。あのファミリアはベル様たちはリリのことを本気で…──」
突然の襲撃と団長のザニスが現れたことに狼狽えながらも何とか分かって貰おうとするリリであったが、ザニスはメガネの奥の眼光をドロつかせながら提案という脅しをしてきた。
「そうか、そうか。それはさぞ、
リリはその言葉で全てを諦めた。ソーマの神酒で人が変わってしまったみんなの姿が頭を過ぎった。リリは自身の平穏は終わったのだと思ったのだ──
◇
そんな出来事を思い出していたリリの元に何やら、ソーマファミリアのホームが騒がしくなった。
ベル、そしてクライヴとディオンの二人のドミナントが正面からソーマの拠点へと乗り込んできたのだ。
「チッ、騒がしいな。お前の英雄たちが助けてに来たようだぞ。これは好都合だ…クク」
ザニスは表に出て私闘の禁止を盾にニヤニヤと挑発するが、クライヴとディオンが放つ、人を殺すことに一切の躊躇いのない本物の『大人の殺意』の前に、ソーマの荒くれ者たちは指一本動かせず恐怖に慄く。
最終的には主神ソーマに呼び出される事になった、リリを含めた四人が、神酒を飲んでそれでも意志が変わらないのなら、ファミリア脱退を認めるという彼なりの神の試練を持ちかけて来たのだ。
「そうか。ならばその酒を飲んでみよう」
何の躊躇いなく言うクライヴにリリは制止しようとするが、ソーマから差し出された杯を一気に飲んだ。
「たしかに上手いな。清らかな自然と抜ける香りと僅かな奥深い甘み。素直に美味いな。これで試練とやらはクリアか?」
表情に乏しいソーマが僅かに驚愕の表情を見せたが、「…そうだ」と一言だけ答えた。
次に杯を口にしたのは、ディオン。
「…ふむ。私の好みではないが悪くはないな」
さも平然と最初は味合うように口をつけ、その後に何事もなく飲み干して感想を述べていた。
ソーマはこの子どもたちは強い意志があると確信する。
次に挑みしはベル。リリはとても不安な目でベルを見つめながら祈った。
そして、クライヴを真似るようにベルも杯を一気に飲み干した。一瞬、フラつくベルにリリはダメだったかと目尻に涙を浮かべた。
「最初は何だか、自分が自分でなくなるような感覚になりました。でも、僕の意志は変わらない。リリは僕の家族です!!ソーマ様!!」
ベルは決意を持って一瞬揺らぎかけた己の道もリリに対する家族への気持ちへの不可思議な揺らぎを払いのけ、力強く己の意志を示した。
「…いいだろう。お前たちのことを認める。強き子どもたちよ」
「最後にリリルカ・アーデと言ったか。お前の意志を示せ」
ソーマはベルたちを認めて、最後はリリの意志次第だと杯を差し出した。
リリに過去に味わった神酒の呪縛が蘇り、身体が震える。その震える手のまま、杯を少しずつ飲み干した。
リリは倒れ込んだ。
「リリ!!」
ベルの自分を呼ぶ叫びが微睡む意識の中で木霊した。ふわふわと揺れる視界と意識。このまま飲まれていく。弱い自分にはやっぱりベルたちと居ることは叶わないんだとそう思えて来た。そうして、意識が途絶えようとした時に、溢れる涙と共に思い出した。
あのキラーアントに囲まれて死の淵に立たされた絶望的な状況。
その時に願ったものを。その時に助けられて見せられた背中を。縋りついた懐と温かさを。交わした言葉を。想いを思い出した。強く、強く意志として甘い誘惑を跳ね除けるように。弱い自分を脱するように。そして、想いを添い遂げられるように。
リリはいつの間にか自力で立ち上がり、強き意志を携えた眼差しでソーマを見た。その眼差しで全てを察したソーマはハッキリとした口調で伝えた。
「合格だ。脱退を認めよう」
「はい!今までありがとうございました!」
リリは喜ぶベルと静かに見守る大人な2人に見守られながら、主神室を後にする。そして、ソーマが最後に一言だけ伝えた。
「…身体には気をつけない。家族と幸せになりなさい」
リリは扉を閉じながらもう一度だけ、頭を下げて涙を流した。もっと早く聞きたかった言葉。それがあれば何かが変わっていたかもしれない。
それでも巡り会えた今を思えば、この時が良かったのだろう。親として最後に送って貰えた言葉だ。
ベルたちの純粋な意志と二人のドミナントの圧倒的な意志に動かされ、神酒の呪縛を自ら打破したリリルカ。
リリは正式にヘスティア・ファミリアへの
───
ウォーゲームのルール上、オラリオ内の他ファミリアからの助っ人参戦は一切認められない。しかし、仲間たちの絆は規律を越えてベルを支えていた。
ヴェルフは改宗せずヘファイストスの元に留まりつつも、ベルのスキル【
マインドダウンの危険を完全に踏み倒した極大の切り札をベルに託し、武具を極限まで整備してくれる。
さらにヤマト・命は、大剣の扱いが未だ下手なベルに対し、東洋の大刀術の基本(重心の置き方、遠心力を乗せた体捌き)を伝授。
これにより、ベルは背中の『フレイム・オックス』を、凶暴な剣技として戦術的に扱いこなす技術を身につけるのだった。
そして唯一、オラリオ外(アストレア・ファミリア所属)という例外的な立場を活かし、元『疾風』のリュー・リオンが公式の『助っ人』として名乗りを上げる。
そして、開戦までの数日間、ベルの肉体を極限までハネ上げる狂気的な特訓サイクルが開始された。
昼はアイズ&ティオナによるレベル6が2人の超高速戦闘の洗礼。夜はクライヴ&ディオンによる、異世界の神殺しの技術と戦闘スタイルの徹底的な叩き込み。
下界の最高峰と、異世界の頂点に挟まれ、死なない極限の泥仕合を何度も繰り返したことで、ベルの基本アビリティはレベル2の限界の壁を盛大にぶち破り、4桁(1200オーバー)の領域へと突入するのだった。
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開戦の少し前。
ヘスティアの激しい大号令の元、ヘスティア・ファミリアの全戦力がオラリオの門の前に集結し、これから馬車に揺られて、戦地へと向かう。
試合内容はくじ引きでヘルメスが書いた『攻城戦』に決まったのだ。
今回の戦いは神の鏡でオラリオ中に中継されるため、イフリートやバハムートの完全顕現・半顕現は完全に封印。だが、クライヴの『フレイムタン』に宿る炎の属性や簡易的な魔法や召喚獣アビリティ、そしてディオンの『ザンブレクの竜騎士槍』による重力を無視した槍術があれば、正面突破など何の問題もなかった。
リューがその神速を活かして『戦場の攪乱・遊撃』に回り、リリは他者への変身による攪乱工作ではなく、ベルの真横にぴったりと寄り添い、3つの武器(ショートソード、灼牛、フレイム・オックス)のスイッチやポーションの受け渡しを行う『専属サポーター』として共に正面を駆ける。
「さあ、行こうかい我がファミリアの英雄たち! あの傲慢な太陽を、引きずり落としてやるんだ!」
「――はい! 行ってきます、神様!」
ヘスティアの力強い大号令に、ベルが、小さなサポーターが。そして二人のドミナントが静かに頷く。
アポロン・ファミリアの待ち受ける巨大な居城(攻城戦の舞台)に向けて、朝焼けの平原を、圧倒的な覇気を滾らせて堂々と馬車に乗り込んでいく一行。その最高に熱い後ろ姿を描き、第二十八話が完全に締めくくられる。