ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
ストックが尽きそうなので、頑張ります。
巨大な新ホーム『竃門の館』から、ベル・クラネルは単身、ロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』へと足を運んでいた。
通された応接室。そこにいたのは、ディアンケヒト・ファミリアのアミッドによる規格外の解呪回復魔法『ディア・フラーテル』によって辛うじて一命を取り留め、執務に復帰した団長フィン・ディムナ、ガレス・ランドロック、そして副団長リヴェリア・リヨス・アールヴら首領陣の姿だった。
「僕のことは初めましてではなかったね。改めてロキファミリア団長のフィン・ディムナだ。来てくれてありがとう。ベル・クラネル君」
「は、はい。ヘスティアファミリアのベル・クラネルです。…ベルと呼んで貰って大丈夫です」
「そうか。では、ベル君。伝令の者から聞いていると思うが早速本題に入らせて貰っていいかな?」
「はい…。お願いします!」
ベルは彼らの口から、地下に広がる呪われた人造迷宮『クノッソス』の全貌、そして4日前の凄絶な撤退戦の顛末を、静かに、しかし真剣な眼差しで聞き終えた。
(クライヴさん……ディオンさん……)
下界の普通の少年であれば、イヴィルスが仕掛ける『
しかし、今のベルの胸中を占めていたのは、そんな醜い感情ではなかった。あの二人なら、仲間を逃がすための絶望的な局面で、迷わず笑顔で「
それは、お伽話の絵本の中でしか見たことのない、本物の『英雄の姿』であり、気高き『騎士の勇姿』そのものだった。
「──以上が粗方の顛末となる。本当にすまない。力を借りながら、僕が総指揮を執る中でそんな2人を置き去りに僕たちは撤退した」
「儂からも言わせてくれ。本当に不甲斐ない。すまなかった」
「私からもだ。本当にすまない。最後に撤退を決めたのは私だ。何か言いたいこともあると思う。何でも言ってくれ」
ロキファミリアの三
「…正直に言えば辛さはあります。神様たちもとても心配してます。それでも、クライヴさんたちなら誰かがそうしなければならない状況ならきっとそうすると思います。
ベルの正直な心の内を聞いた3人は改めて頭を下げて、次には謝罪ではなく感謝を伝えた。
「そんな風に言われるとは思っても見なかった。ありがとう。僕らからも今度は彼らを救う。そこに全力を注ぐと誓うよ」
「儂からも感謝じゃ。今回の事でもいくらでも選択肢はあったじゃろうに。少年もまた優しく心強い戦士よ!」
「ベル・クラネルと言ったな。私からも感謝を。どんな糾弾も甘んじて受けるつもりだった。副団長でなく私個人としても君に感謝を伝えたい。クライヴ・ロズフィールドには深層で一度庇ってもらい命を救われた。あとは今回の事と関係はないが、アイズが君と接することで喜んでいる。そちらも感謝する」
それぞれの形での感謝の気持ちを伝えられて戸惑いながらも力強く頷き、最後のリヴェリアの発言に衝撃と共に嬉しさを滲ませるベルであった。
フィンが頃合いを見計らったように懐からあるものを取り出した。
「――ベルくん。これは、元々君のファミリアのものだ。……君に、返そう」
フィンが、その小さな手のひらから一解の宝玉をベルへと差し出した。もしもの時のためにクライヴがロキ側へ貸し出していた、迷宮の扉を開閉するための絶対の鍵――『ダイダロス・オーブ』だった。
現状、大損耗によりファミリアの本隊を公に動かすことができないロキ・ファミリアとしての自責の念。そして何より、ファルナの枠組みを超えて驚異的な成長を続ける『世界最速の系譜』の少年であれば、イヴィルスの尻尾を掴み、奈落に取り残された二人のドミナントを救い出せるかもしれないという、フィンの鋭い直感と打算の元に託された、冥府の鍵だった。
「これが鍵になるんですね。分かりました」
「もし僕たちが知る以外の扉を発見したり、これと同じ物を手に出来たなら共有してほしい。敵の根城を捜索しやすくなる」
フィンは改めてのベルの可能性に賭けて、鍵を託す。
他の扉や鍵も手に入れることが出来たならより今後の作戦とその攻略に役立つのは言うまでもなかった。
「それともう一つ、ベルくん。……僕たちのファミリアの一員である、ベート・ローガを捜してほしい。彼は団員の昏睡状態に激怒し、今、一人で街を彷徨っている。……可能なら、連れ戻してほしいんだ」
「――はい。分かりました、フィンさん!」
ベルはダイダロス・オーブを固く握り締め、力強く頷くのだった。
◇
時系列は、ベルが黄昏の館を訪れる3日前――新ホームの作戦室という名の居間での事へと遡る。
あまりにも危険すぎるクノッソスの闇への単身探索となるため、ベルは残されるサポーターのリリ、そして昨日救い出したばかりの春姫の二人を見つめ、静かに、しかし絶対に揺るがない主神ヘスティアの前で、強い家族の決意を告げていた。
「――リリ、春姫さん。……僕が、クライヴさんたちを、絶対に連れて戻ります。だから……二人はホームを守っていてください」
「ベル様……っ」
「ベル様……どうか、ご無事で……っ」
危険な戦火へ大切なベルを送り出すことに、リリも春姫も涙を堪えて拳を握りしめるしかなかった。だが、少年のその深紅の瞳に宿る、かつてないほど強固な不屈の『
◇
回想から覚めたベルは、夕闇の迫るダイダロス通り、そして壊滅したばかりのイシュタル・ファミリアの歓楽街へと足を進めていた。アイズたち本隊の本格的な捜索よりも一足先に、ベルは自らの特徴の1つである速さを活かした圧倒的なステップを以て、一匹の孤高の狼の気配を追う。
応接室を出て出発した後の扉を見ながら、リヴェリアは少し複雑な表情をしながらフィンに語りかけた。
「フィン、やけに素直に『鍵』を渡したな。最もあそこで何か仕掛けるようなら私は快く思わなかったが…」
「おや?リヴェリアそれは含みかい?そうだな…彼の、ベル・クラネルの純粋さ素直な憧れに全くとは言わないが打算を入れたくなかった。羨ましくも思ったのかな…」
リヴェリアの言葉に少し思案をしながら答えるフィンにガレスが笑いかける。
「歳を取るとたしかにあのような純粋さは眩しいのう。そして、危うくも思うが儂は素直に応援したくなる。お主が59階層で焚き付けた意味も頷けたわい!」
そんなガレスの言葉にフィンもリヴェリアも微笑み、微かに頷いた。
3人は他の団員たちに聞かれていないのを感じながらこの僅かながらの穏やかな時を共有した。
(他の者たちは厳重さに諦めたがアイズはベルのことが心配でこっそりと覗こうとしたり、聞き耳をたてようとしたりと最後までしていたことはリヴェリアのみエルフの耳で気付いたがあえてそのままにした)
───
歓楽街の薄暗い路地裏の奥。
「オラァッ! 邪魔なんだよゴミクズどもがぁぁーっ!!」
凄まじい怒号と共に、クノッソスの手がかりを求めて徘徊していた時に見つけたイヴィルスの残党共を、力任せの強烈な脚撃で一撃で蹴散らしていた一匹の狼――ベート・ローガの姿を、ベルはついに発見した。
全身から、近づく者すべてを噛み殺さんばかりの凶暴な殺意の覇気を滾らせているベート。彼は背後に立ったベルの気配を鋭く察知すると、狂暴に牙を剥いて振り返った。
「あぁん?お前は…。何かようか?、用がないなら、邪魔だ、失せろ」
明らかな関わるなという態度、胸ぐらを掴まれんばかりの圧倒的な威圧での拒絶。
普段のベルであれば、その恐ろしさに縮こまって引き下がる場面だった。
しかし、今のベルはレベル3であり、フリュネの暴力を耐え抜いた【耐久S】の不屈の心を持つ戦士だ。ベルはベートの凶悪な眼差しを真っ正面から見据え、深紅の瞳を研ぎ澄ませながら、強情に、絶対に引かずにその場に踏み止まった。
「――用ならあります! 僕も、クライヴさんたちを助けたいんです! ベートさんを一人で行かせません!」
「あぁ!? ナメてんじゃねぇぞガキが――っ!」
「ナメてません! クライヴさんは僕の師匠です! ベートさんを一人で死なせたりしない、絶対に食い下がってみせます!」
「オメェに心配されるほど腐っちゃいねぇよ。雑魚が…だが、そこまで言うんなら…」
そのかつて自分の背中を、実力を認め、上の次元へと強引に引き上げてくれた『
ベートはベルのその真っ直ぐな瞳を睨みつけ、チッ、と苦々しく、しかしどこか満足そうに激しく舌打ちをした。
「……チッ、勝手にしやがれ。足引っ張ったら、その場でテメェの喉笛を噛み殺してやるからな」
「――はいっ!」
事実上の、不器用な【同行の許可】。
こうして、銀狼と白兎という、最高に不安定で異色な臨戦の共闘体制が、クノッソスの闇の打破へ向けてここに結成されたのだった。
「倒れたこの人たちはどうするんですか?イヴィルスの残党という人たちですよね?」
「何も情報がねぇ。逆におかしさもあるが…──」
ベートは何事か思案しながらベルに返しているが、その場に転がる
「ギルドに引き渡したりは…」
「するわけねぇだろ。そんな事をしてもコイツらは…。お前……チッ」
ベルに対して何事か気付いたようにベートは舌打ちした。
「えっと、あの……?」
「いいからほっとけ。死のうが死なまいがどうでもいい奴らだ」
「……ッ」
戸惑い、そして、自分への言葉の反応に確信するベートは何か言いたそうなベルを横目にその場を離れ始めた。
ベルは心の中でのモヤモヤする『悪』とは分かっていてもという割り切れない
───
しかし、共闘を開始した二人の大真面目な探索の空気を一瞬にしてブチ壊す、最悪に賑やかな声が路地裏に響き渡った。
「あーーーっ! 見つけたよぉ、アタシの白銀の素敵なお兄さーーーんっ❤」
「ぶふぇっ!?」「な、なんだお前はァッ!」
ドゴォォォッ!と猛烈な勢いで路地裏の角から突っ込んできて、ベートの腰回りにベタベタと烈しく抱きついてきたのは、先の壊滅劇で行き場を失い、
「離れろこのバカ女ァ! 殺すぞコラァ!」と大騒ぎでレナを引き剥がそうとするベートと、あまりのピンク色の乱入劇に顔を真っ赤にしてドギマギするうぶなベル君のコミカルな日常の緩急が始まった。
「あ〜!【
「えぇ!?そ、そんな普通です!!」
今気付いたとばかりに天真爛漫に笑いかけるレナに慌てて答えるベル。
「そっかぁ〜。最初は普通からだもんね!徐々にいろんな事してみるといいよ〜!」
「何か違います!絶対誤解してますよね!?」
アハハハと笑いながら、レナはベルの言い分を全てアマゾネス流の『
……その様子を、物陰からじっと見つめている一つの『風』があった。アイズ・ヴァレンシュタインである。彼女はクノッソスの闇へ向かうベルを心配して極秘裏に尾行していたのだが、その金の瞳は今、ベルに対してかつてないほどの衝撃に揺れていた。
(ベル……、夜に遊んで……。……もしかして、アマゾネスの人が、好きなの……?)
アイズの心の中で、チビアイズが「ガーン!」と白目を剥いてショックを受け、大好きな白ウサギが別の子に愛でられている現実に、言葉にならない切なさを覚えていた。だが、そんな彼女の視線に気づくことなく、ベートはチッと舌打ちをして歩き出す。
「オラ、いつまでも突っ立ってんじゃねぇ。……まずは情報収集で酒場へ行くぞ」
「え? どうしてですか、ベートさん? 街を捜索するんじゃないんですか?」
「あぁ!? あのゴミクズどもはなぁ、こういう酒場に紛れ込んで、奴らも情報収集を張ってるもんなんだよぉッ!」
「な、なるほど……! 流石です、ベートさん! 深い先見の明ですね!」
(……チッ、ただ酒が飲みてぇ気分だっただけとは言えねぇな)
ベルのあまりにも純粋で尊敬に満ちた深紅の瞳に、若干適当な理由だったことを内心で伏せるベート。
レナは「わあぃ、ベート・ローガと二人きりで飲みたかったけど、みんなで行こう!」と、どこまでもマイペースに笑っていた。
三人が足を運んだのは、先日ヒュアキントスたちとも一悶着を起こした酒場『焔蜂亭《ひばちてい》』だった。
「あ、ここ知ってます! 蜂蜜酒が美味しい所で、そういえば先日もベートさんここに居ましたね!」
「とりあえず、そういうことだ。……(やりづれぇ、どう動くか)」
「わあぃ、乾杯ー!」
レナが上機嫌でエールを煽った、その瞬間だった。
「――何しに来た、アイズ。フィンにでも言われて尾行か?」
獣人の鋭い鼻で、店の入り口の気配を察知したベートが鋭く睨む。
そこには居ても立ってもいられず店内にまで入ってきたアイズが佇んでいた。
「……心配、で。……何、してるんですか?」
「ア、アイズさん!? どうしてここに!?」
「あ〜っ! 【剣姫】だぁぁー! 私のベート・ローガは渡さないんだからね!」
ギューーーッッ!!!
レナがこれ見よがしにベートの腕に抱きつく。
「何してんだ、このバカ女! アイズの前でそんなことするんじゃねぇよ!?」
焦り倒したベートの強烈な鉄拳がレナの脳天に炸裂する。
「痛いよぉ……。私の可愛い兎さん、慰めてぇ〜❤」
酔いの回ったレナが、今度はベルへとふらふらと抱きつきに行こうとした。
ガァァァーーン……ッッ!!!
それを見たアイズの脳裏に、さらなる絶望の衝撃波が突き刺さる。
(ベルは……やっぱり……。……女の子と、遊ぶのが……好きなんだ……)
心の中のチビアイズが、別のアマゾネスに愛でられようとするウサギさんの姿に、完全に寂しさと涙を浮かべて縮こまってしまうのだった。
「――おいおい、そんなバカ狼といると嫌われ者になっちまうよ。アタシたちと一緒に飲み直そうじゃないかい、ベル・クラネル?」
その喧騒を聞きつけ、店の奥から大朴刀を携えたアイシャ・ベルカ、そしてサミラたち元イシュタルファミリアの女傑たちが、妖艶な笑みを浮かべて姿を現した。
「あっ!〜アイシャ、サミラ、みんなも居たんだねぇ〜」
相変わらずのマイペースなレナはニコニコしていた。
ベルの貞操の危機(マイルドながらも熱い小競り合い)が勃発し、ひとまず情報交換のケジメをつけた一行は、互いに別行動での探索へと移るのだった。
――だが、その賑やかな酒場の喧騒のすぐ裏側。
ダイダロス通りの最深部、暗闇のクノッソスでは、最悪の『闇』が静かに動き出していた。
「ひゃはは……! あのクソ灰色マントと金髪め、あの壁のぶち抜き脱出がもし『偽装』で……まだこのクノッソスの暗闇の中に潜んでいたら、私らの寝首をかきにきやがる……っ! 生かしておけねぇ!」
主神タナトスの元、ヴァレッタ・グレーデが、クライヴたちへの強烈な恐怖に怯え、顔を引き攣らせながら、戦闘娼婦の口封じとオーブの回収、そして深手の手負いであるはずの2人のドミナントの本格的な抹殺へと向けて、暗殺者たちを解き放つ。
白銀の狼と紅き白兎の『復讐劇』への歯車が、ここに音を立てて回り出すのだった――。