ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
酒場『焔蜂亭』から元イシュタルファミリアのアイシャたちと別れ、尾行していたアイズも一旦フィンへの報告のために去った、その日の深夜。
もしもベルがいなければベートとレナの二人きりで一夜を明かすはずだったが、今はベルが同行しているため、彼らは歓楽街に近い宿屋の少し大きめの部屋を一つ借りていた。
「――やっとベート・ローガと一夜を過ごせるねぇ❤ 少し恥ずかしいけど、ベル・クラネルはまだ慣れてないらしいから、可愛いわたしとの大人の絡み(夜の営み)を見てもらって、学んでもらおうと思うの❤」
「ふざけんなよ! このバカ女がァッ!!」
いつも通りにベッドの上でギラギラと目を輝かせるレナに対し、ベートの怒りの鉄拳が炸裂する。だが、レナは頭を抱えながらもどこまでもマイペースに頬を染めた。
「きゃっ❤ 激しい……こんな感じの責めかぁ、今夜は妊娠しちゃうかも……っ❤」
「えっ? ええええええええッッ!?」
そのあまりにもベルにとっては過激な言葉に、思春期真っ盛りのベルは顔を真っ赤にして爆発しそうになりながらも、両手で顔を覆った「指の隙間」からじっとベッドを見つめていた。
「本当は、わたしが直接ウサギさんに教えてあげてもいいんだけど、ほら、わたしベートに一途だから! それにそんなことしたらアイシャに殺されちゃうからねぇ❤」
これ以上の暴走を止めるため、ベートの容赦なき制裁の鉄拳がレナの脳天を直撃し、レナは「ふにゃあ」と白目を剥いてその場で気絶した。
翌朝、目が覚めたレナは、自らの身体に『丁寧に、優しく毛布が掛けられている』ことに気づいて首を傾げた。
(あれ……? わたし、寝てた……? そっか、あの後、二人がかりで……。……いったい、どっちの子を妊娠しちゃったかなぁ……っ❤)
そんな最悪の勘違いを抱えたまま、3人での2日目が始まる。
ハァッと僅かに溜息を漏らしたベートは望みたくもない流れのまま、今日も今日とて3人で行動を余儀なくされた。
そこから、レナに対して真面目な質問をした。
「おい、聞きてぇことがある。お前はファミリアで四角い
「うーん?四角い??それだけじゃあよく分かんないよぉ」
「あの…もしかして
2人の会話を聞いていたベルが懐からフィンから受け取った『ダイダロス・オーブ』を見せた。
「兎野郎なんでてめぇがそれを!?」
「フィンさんから返しておくと元々クライヴさんが持ってたものらしくて」
その言葉を聞いてベートは少し訝しむ。
(フィンの野郎、1つしかない希少な『鍵』を兎野郎に渡したのか?)
「何だか、不気味だねぇ。中に入ってるのって眼??」
レナはベルが出した『ダイダロス・オーブ』を覗き込みながら考え込んだ。
「うーん?同じものかどうか分からないけど──イシュタル様の隠し部屋に似たような四角い金属のアイテムはあったよ。たぶん同じように『ミスリル』で出来てるやつ」
フリュネに無茶振りされたいろんな出来事の中から、何とか思い出したレナが当たりをつけたのかほぼ確実と言える情報を提示した。
「本当か!?それは何処にある?」
「えータダでは教えられないなぁ〜」
元々一番欲しかった情報が直ぐに転がり込んで来た事にベートは何時にもなく真剣に聞いた。
そんなベートに対して背中を向けて腰に手を組みながら、鼻歌交じりに答えるレナ。
「そんなふざけたことを言ってると身体で分からせて聞くぞ?」
「キャッ♡ベート・ローガは朝から大胆ー!!やっぱり私が求めていた雄だよ!ダーリンだよ!」
どうやら今回も話が進みそうになく、ベルはベートとレナとのやり取りでこれで何回目か分からない顔を赤らめる。
「やりづれぇ。(コイツヤバい奴なんじゃ?)」
ベートはこの2人のガキと関わるようになって調子が狂いっぱなしだった。
少女はトチ狂ったような『好意』を向けて来て、少年は純粋に満ちながらも『意地』で着いて来る。
こんな手合いに関わるならモンスター共をブチのめし続けるかゴミクズ共をブチのめす方がよほど簡単であった。
「じゃあ他の奴らに聞く」
踵を返して動こうとするベートにレナはあっさりと返した。
「無理じゃないかなぁ。アイシャたちとは昨日揉めたばっかだし。揉めた相手に聞いても難しいよねぇ?」
昨日の出来事を引き合いに出された事にベートの表情は歪む。
「じゃあ、どうすりゃ答える?」
「簡単だよ〜私と子作りにはげ…うそうそ!?お願いだから青筋立てながら、拳振り上げるのは待って!」
真面目に聞くベートにレナはまたもやアマゾネス的な要求に青筋を浮かべながら鉄拳の準備動作に入るベートにレナは慌てて、追加で答える。ベルは少し開いた距離から2人を見守っていた。
「今日は私とデートしてくれたら考えるよぉ?♡」
「…この女…ッ」
ベートは一言呟いただけで押し黙ったことで、見守っていたベルが始めて助け舟を出すように口を開いた。
「レナさん、ベートさんも大事な真面目なことで伺ってます。だから、お二人がデートしたらちゃんと教えてください」
ベル以上に女性関係は不器用と思われるベートに対して、自分の事は中々見えてないベルであるが、冷静に聞いてあげれる事が出来た。
「分かってるけどね。教えちゃったらさ。そのまんまベート・ローガはどっか行っちゃうでしょ?私を見てくれないよね?」
それは本当のことであり、レナとしても真面目に心からの出てくる乙女心としての言葉であった。
「……分かったデートとやらをしてやるよ」
「本当!?」
ベートは変わらずやりづれぇと思いながらも少女のお願いに答える事にした。そして、自身の過去を見つめる事に目を背けながらも、今も重体の大火傷をしながら昏睡のままのリーネの事も考えた。
アミッドが魔法を行使すれば傷を治せるし、解呪も何とか可能な事は分かっていた。それでも直ぐに治療が出来ないのは未だ特効薬がない事と傷を癒やした瞬間、彼女の体内の深くまで入り込んだ『不治の呪い』が再び蠢き始める可能性もあるのだ。
もしそうなれば解呪の前に彼女は息絶える可能性もあった。故にリーネは今も痛々しい火傷を負ったまま治療院にて昏睡状態であった。アミッドもまたどう天秤が転ぶか分からないまま試すことはあまりにも憚られたのだ。
───
3人はデートという名目でダンジョン中層である『岩窟の迷宮』に来ていた。とっても嬉しそうにモンスターと戦うレナとそれを見守るベートとさらに2人を見守るベル。デートとは…。
ベルはツッコミを入れたくなりかけるもこれもアマゾネス流のデートなのかもしれないと見守った。
そして、何よりレナは喜んでおり、ベートも多少?穏やかな雰囲気に思えたからだ。
そうやって戦う内に階層最強クラスの『ミノタウロス』が現れた。レベル2であり、順調に行けばレベル3間近にも見えるレナでも倒せなくはないが…。
『フモ!ガアアアアアア!!』
「…ッ!!」
「やっぱり強いね!」
レナが率直な言葉を向けた。
ミノタウロスを一撃で仕留めたベート。ベルも動いたのは視ていてその体術を習うようにしっかりと眼に焼き付けた。
(ベートさんの体術。特に『蹴り』は見習いたい。武器に頼らなくても何とかしなくちゃって時が来たら、きっと役に立つ)
ベルは普段からクライヴやディオンに特訓してもらう時もあるが、脚技は教わることはない。
2人とも使わないわけでもないが殊更、技として使うこともない類のものでもあるからだ。なので、滅多に2人とも体術は教えない。必要最低限という感覚にベルは思っていた。
拳の方に関してはクライヴの『ライジングフレイム』を何度も見ているので、しっかりではないが模倣は出来るベルではある。
ベートがレナに対して、あの『弱者』や『雑魚』の表現をまたしていた。そこでダンジョン探索でベルは初めて話題をふられた。
「違わねぇよ。てめぇは吠え返す事も出来ねぇ雑魚だ。──…」
愕然とした彼女は俯く。
そして、どこかで聞いたことがあるフレーズが男の口から発せられる。
「
『
あの酒場での彼にとっての始まりのような言葉。刻まれた『想い』。あるいは
「──…兎野郎、お前ならどう答える。今のお前なら答えはあるんじゃねぇのか?」
普段何も求めない彼の珍しい根源たる問いかけ。
ベルは少し目を瞑って
「…──あります。僕の始まりが。僕の…」
こちらも珍しい普段の明るくや純粋な張る声でもない。ただ、静かに答える声。続きを言いかけた所でベートの声が響いた。
「…そういうことだ。それでいい。兎野郎忘れんなよ」
ベルの続きは敢えてベートは遮った。
それ以上は必要ないから。そして、
あとはベートは僅かに、ほんの僅かに口元を緩めかけて引き締めて。クライヴを思わせる。その眼差しでベルと目を合わせた。それだけであった。
俯き震え出す少女にベートは
やがてレナは顔を上げた。振り上げた。
「それじゃあ、私が『雑魚』じゃなくなったら、ベート・ローガの隣にいていいってこと!?」
それは『想い』。それは…。誰にだって極論何でも良いのかもしれない。
確かなのは吠えた。ここにもう一人。新たなる者が。
「「………はっ?」」
最も2人の男の反応は同じものであったが。
それから吠えたのは彼女の『想い』、彼女の『欲望』の連続。
輝かせる
キラキラであった。
ベルは何故だが、英雄譚に憧れる自分。クライヴの世界の顛末を知った自分。そして、アイズに想った自分を重ねた気がした。
ただ、内容に関してはダンジョンでは達観的であるはずであったベルは戸惑いと顔を赤らめる発言の連続であった。
そして、彼女は『雑魚』の意味の答えを出した。
今はここに居ないリーネのように、今ここに居るベルのように。
アマゾネスの少女に重ねるものを見たベートとベルであった。
───
フィンの号令の元、
ロキファミリアの女性陣は元イシュタルファミリアのメンバーに『鍵』について都市中を聞きまわっていた。
ティオナはサミラの名前をロクに覚えられないが、聞き込みの結果は空振りに終わった。姉のティオネも同様である。
ほうぼうに散った、女性陣は待ち合わせ場所に徐々に集まっていたのだが、山吹色の髪のエルフがアイズ及びエルフィたちから昨日や今日のベートに関する爆弾を女性陣に投げ込んだ。エルフの名はレフィーヤ。兎の事を快く思わず、本日は狼の事を疑う日となった。
「べ、ベートさんが、あのベル・クラネルが!!アアアアアアマゾネスの女の子と仲良く過ごしていたって!?昨日から今日なので……」
「ふざけんなよおおおお!!こっちは苦労してんのに帰って来ねぇと思ってたらよおおお!!クソ狼!!?」
「アルゴノゥト君もかぁああ〜アマゾネスに逆に食べられたのかなぁ???」
ヒュリテ姉妹には伝えるべきではなかったかもしれないと思ったが沸々と湧き上がる兎の様々なスキャンダルに対する怒りに燃えるレフィーヤ。やはり、誰も止められなくなる前にあの淫獣を私が仕留めければと誓うのであった。
今も昏睡状態のリーネの事を思うとやむなしであるが、日数経過による各々の想像と妄想は男2人に取っては熱い風評被害である。
───
レナは『本命』を残していた。
3人は地上に帰還してからは
はしゃぐレナと嫌そうなベート。興味深けに髪飾りと花について見たり聞き耳を立てるベル。
ミオソティスという花について聞いたベルはアイズさんは何が好きかとか、何色が似合うかとか様々に考えた。
「キレイな色ですね!!」
「でしょお!!私の大好きな花なんだぁ。チラッチラッ」
ベルの素直な感想にレナはより嬉しそうであり、わざわざチラッチラッと口にしながらベートを見ていた。
うぜぇ。
ベートのモノローグにはその言葉が過り続けた。先ほどのダンジョンでも少しベルに対して口を滑らせた。
本当に調子が狂うぜ。
そんな時に向かいから声をかけられた
「アンタらまだ一緒につるんでいたのかい?」
アイシャがそこには居た。そこから手を引いてレナをいい加減連れ戻そうとするアイシャ。ちゃっかりベルに手を出していないことへは言質をとった。
そして、あれこれとまたひと悶着となった。ベートはつかれた。
(チィッこれじゃ昨日の焼き直しじゃ…)
己の思考を中断したベート。それはまるで神の言葉でいう『フラグ』であった。
「……ベートさん?……ッ…ベル?」
『フラグ』は回収された。
「…アイズ!」
「ア、アイズさん!?」
「あぁ〜。昨日に引き続き【剣姫】だぁ〜もう、全くー!!あっ、もしかしてベート・ローガの事が気になる女なの!?」
男2人は焦り、少女1人は昨日に続いての暴走の時を迎える。
「ベート・ローガは渡さないよぉ!?変わりにベル・クラネルを…。おっとこれを言うとアイシャに今度こそ殺される!?」
この場にアイシャが残っていたらご立腹は間違いない。
「…、私はベートとさんの面倒を見る事が仕事で、ベルの事を教えたいから…?」
「そんなの初耳だが!?何を言ってやがる??」
「こ、これ僕が収集つけないと!?」
「そっかぁ〜ベート・ローガとは仕事の関係で、ベル・クラネルとはアイシャのライバルになるんだ。うん、分かった!!」
「なんか、なんと言うか違うと思います!!」
おかしな方向に向かう会話にベルのツッコミが軌道修正を測るも、どうやっても『天然』という摂理から無理なので、逃げる3人と追う『風』。
何となくモヤモヤが止まらないアイズの執念で追いかけ回されて、結局、日が暮れた。
「ハァッ、ハァッ。…やっぱり焼き直しじゃねぇか…」
「ハァッ、ハァッ、ハッ…アイズさん、追いかけてくる時は怖かったです…」
ベートもベルも疲れ果て、レナは気絶していた。
また宿へと戻ってきた3人であった。
───
次の日は早朝から雨が降っていた。
レナは遂に在り処を教える決心をして、元イシュタルファミリアのホームに向かう。
歓楽街は今や廃墟と化しており、活気もなく。フレイヤファミリアの奇襲により、戦場と化した街並みは様々な傷跡が残っていた。
ベルにとってはほんの数日前に春姫の為に決意を持って乗り込んだ場所であった。
3人での行動はこんな時でも賑やかさはあった。
だが、そんな賑やかな日常のすぐ裏側で、イシュタルファミリア壊滅で行き場を失い、アイシャたち本隊へと合流できなかった元イシュタルの
目的は情報漏洩を防ぐための口封じ、そして『ダイダロス・オーブ』の回収。
ベルは何となく胸騒ぎを覚えていた。視線を感じるような。たまに感じる
「…ベートさん、何だか…」
「黙ってろ。…普通にしとけ。生憎の雨で鼻は効きづれぇが分かる」
ベートはここ数日間、イヴィルスたちの動きの
ベルも警戒がなかったわけでは無かった。ベートを見つけた時に『悪』は既に動き出しては居たのだから。
自身も所持している『鍵』から狙われる可能性には薄々は感じていたが、そうでもないこの感覚。
クライヴやディオンなら分かるのだろうか?とも考えつつ、ベートの言う通りにしながら、下手なりに辺りを警戒した。
そんな中で、レナはギルドやガネーシャファミリアの見張りがいたりするから警戒してねと別の警戒について話していた。
警戒でも中身は正反対。『死』があるか、そうでないかであった。
故に死神の天秤は動いた──
「おい、そこで何をしている!?」
「ここは立入禁止区域だぞ」
無視を決め込み進もうとするベートとそれに続くベル。あちゃーと予感が当たったレナ。
「……おい、てめぇら伏せろ!!」
「えっ」
目の前の3人に警戒を強めていた見張りの雇われ冒険者の片割れがドさりと倒れた。
彼は口笛で応援を呼ぼうとしたその喉元から鮮血が散っていた。
その横の冒険者を咄嗟に吹き飛ばすベル。
キィン!
その瞬間、何かを弾いたような金属音が響いた。
「逃げてください!!」
「何言ってやがッ…」
逃げるように言われた冒険者は仲間にも自分が事切れる事に気付くのも何もかも遅かった。
「ウソ…!?」
目の前の事態に驚き怯えるレナと警戒と恐れとの狭間で飲み込めないベル。助けようとした命が一瞬で散った。
全てを飲み下しているベートは降り注ぐ『悪』を迎撃した。
「おいおい、どうなってやがる??ダイダロスは期待してなかったが、こっちはある意味当たりかぁ〜??第一級冒険者と話題のガキ!!」
気怠そうな女の声が頭上より降りかかる。
「ひゃはは! こんな所でコイツらと会えるとはなぁ?、私らと同じで何か探しもんかぁ?なぁ、【
歓楽街の高さある建物。
そこから行く手を遮るようにして姿を現したのは、暗殺者たちの軍勢を率いた最悪の仇敵――ヴァレッタ・グレーデだった。
ヴァレッタは誰がいたかを認識した途端、気怠さから狂笑と凶悪な指揮官としての顔になった。
「ここで【凶狼】の首級を上げればいい流れだ。ついでにその小ウサギもヤッちまおう! 奈落へ消えた灰色マントと金髪への、最高の手土産になる!」
ヴァレッタの放ったカースウェポンを持つ暗殺隊が一斉に殺到する。
「…チィッ、兎野郎!!腹括れ!!先日みてぇな腑抜けは捨てろ!!ソイツを守れ!!」
降り注ぎ、『死』を振りまく暗殺者たちの迎撃を開始するベート。
こっちの
「…はい!レナさん!!武器を拾って!!」
「分かった!そっちも気を付けてよ!!」
ベルは対人戦も慣れつつある。だが、『悪』には不慣れであった。
慌てるように転がっていたボロい
ベルとレナは連携と行かずとも即席の一組を作った。お互いの戦い方は見たことがある。今はそれだけで充分である。
「この人たちはイヴィルスの残党じゃない!?」
「
そのベートの言葉を肯定するように、暗殺者たちは暗器、毒、呪詛とただ武器を振るう以外にもあらゆる手を尽くしてくる。
時に仲間ごと串刺しにしてくる。時に毒針や『
そんな非道、邪道、悪道にベルは少しずつ疲弊していった。
こちらから命は獲ってはない。それでも、『死』が亡骸が動かなくなった肉体が周りに増えていく。
自慢の速さを持って、移動しようが、回避しようが押し寄せる。時より背後のレナを一瞥しては、迎撃する。
超短文詠唱が行われそうになれば、すかさず無詠唱で迎え撃った。
「【血とおどッ!!?】」
「【ファイアボルト】!!」
敵は炎雷へと撃ち抜かれて倒れ伏す。レベル3となり、春姫の救出劇も経験して、上がった魔力のアビリティ評価を裏打ちするように威力もマインドの総量も増えていた。
おまけに武器からの威力アップに、スキルからのマインド消費軽減。
そこらの魔法よりも圧倒的に使いやすく、速く、燃費もよい。
そんなベルを嘲笑うように暗殺者たちは殺到する。
徐々に殺到する数が増えていく。理不尽さを増す物量であった。その物量に発展アビリティ【意地】からの徐々に耐久の補正が入り始める。
敵が投げつけた、ナイフを見切ったベルは見事に掴み取り、後ろ目掛けて投げつける。
「レナさん伏せて!!」
背後から聞こえたベルの声に反応して振り向くことなく、伏せるレナの頭上を青白い光を纏ったナイフが駆け抜けた。
その投擲されたナイフの威力は先ほど投げつけてきた暗殺者本人も瞠目するほどの威力だった。
レナに殺到していた暗殺者たちの先頭の一人の肩口に刺さったナイフはそのまま止まることなく、肩を穿ち貫通。
さらに後ろの暗殺者の脇腹に突き刺さって動きが止まった。
肩を穿たれた暗殺者は悲鳴を上げてよろめき、その後ろの脇腹に突き刺さった暗殺者は悲鳴も挙げられず、床面と崩れ落ちた。
「……!!?」
ベル本人も【
その青白い光を見て理解したベルは雨雲に覆われる空に向けて一瞬だけ口元を緩めた。
ベルは知らぬことであるが【
そこからのベルは周りに転がる武器などを拾っては前に後ろに横にと投げつけた。
その度に青白い光が駆け抜けて行く。
暗殺者たちはその成り行きに武器や暗器の投擲を控えるようになった。
そうして、ベルの周りには先ほどよりは乱戦の色が少し減った。かと言って距離を取ればベルは容赦なく【ファイアボルト】を放つ。
───
そんなベルを一瞥したベートは命は獲れないが獲られもしないと判断して、自分の戦いに少し集中出来た。
相変わらず、ヴァレッタは頭上より見下ろすだけで直接は仕掛けては来ない。そして、ベルの動きに歯軋りはしつつも先ほどから彼女は話さず、指揮官を思わせる目付きで戦場を俯瞰しているように見えた。
「ビビって直接は仕掛けてこねぇのかよ?クソ女!!」
「オラァ!!」
ベートは敢えて挑発しながら、周りの暗殺者たちを次々と狩っていた。死んだらそのまま、瀕死でもどうせコイツらは死を選ぶ。だから、気にすることなく背後の事とヴァレッタの事へ集中出来た。
「あぁ〜うぜぇな。あの兎。
ベートの言葉なんか聞いてもないのか、凶笑もなく独り言のようにベルを見ながら言葉を発していた。
だが、不意に頭を押さえたかと思うと次は右腕を押さえて叫び出す。
「アマゾネスのガキを守る
ヴァレッタは自身の右腕が微かに震えている事に気付いて先ほどの冷静な指揮官の顔ではなく、怒りとも恐れともとれる表情で怒鳴り散らす。
「…お前たちも行けぇ!!ノロマなりに殺ってこい!!とにかく殺れぇ!!」
ヴァレッタは雑な指示を背後に控える部下たちイヴィルスの残党に命じていた。だが、そのいつもと違う雑な指示に戸惑う部下たちは動けなかった。
「あぁん?なんで早く……グッ!?やっぱり作戦通りだ。アイツらに任せて、こっちはこっちで殺るぞ!!」
そうかと思うと冷静さを取り戻したように指揮を変えたヴァレッタである。
そんな声を聞きながら、彼女の動きを時より盗み見ながらベートの感じる違和感は増した。
(俺を狙ってるわけじゃねぇのか?アイツは最初なんて言いやがったか?それに戦力を割くんならこの状況で普通は…──)
───
激しい乱戦の中、3人の中でレナだけが少しずつ傷を負いながら、呪詛の脅威にさらされ始めていた。
「ハァッ、ハァッ!!数が減らない…」
それは当たっていた。レナの周りは最初よりも少しずつ暗殺者たちが増えている。先ずは弱い者からというのは策として当然である。
それでも、違いがあるとすればベートには殺戮の波状攻撃は続くが、ずっと深く仕掛けて来る者たちはいなかった。実力を考えれば当然であるとも言えるが相手は殺しを生業とする暗殺者集団である。
そんな者たちが様子見などはあまりない。標的を仕留めるまで彼らは止まらない。そこに躊躇いはなく、どんな手段を用いるかも躊躇いはない。
次にベルにであるが、物量で押切ろうと最初はしているように見えたが物量が増えれば増えるほど、鉄壁を思わせる彼の強さに暗殺者たちは鳴りを潜めた。
そもそもベルは標的足らしめなかった。何故ならロキファミリアでも当事者でも元々ない。
だからからか、順位付けのようになってしまったからなのか彼らの作戦と標的が
それでも、アマゾネスの少女は気付いたことは確かにある。この中で一番誰が弱くてベートの戦いにとって邪魔なのかを。
レナは自分なりに考え続けた。誰もがずっと戦い続けられるわけではない。
ベルがベートの援護を出来るような状況を作れれば、この戦いは終わるのではないのか?
そんな風に段々と考え始めていた。きっと自分が愛する雄ならこんな死線も潜り抜けて勝利の雄叫びを上げる。
きっと『弱者』や『雑魚』がいなければ、1人でも勝てるのかもしれない。
巡らす考えの中で、レナは動くことにした。兎さんがオマケで着いて来ちゃうかもだけど。
きっと大丈夫。大丈夫なんだよと自身に言い聞かせた。
だから、隣に立てず、守ってももらえないような自分を思うと俯くが俯きながらでも声を張り上げた。
「ベート・ローガ!!私頑張るから!勝ってね!!」
最後は声が上擦ったかもしれない。
ダンジョンに居た時はあんなに吠えれたのにと思いながら、彼女は俯いたまま、空いた空間の方に駆け出した。
それはベートを勝たせたい一心で、レベル2のレナが「囮」として健気にも戦場を駆けた。
「おい、よせぇ!!お前みてぇな雑魚がそんな事をするんじゃねぇ!!」
瞳を潤ませて、雨の中を背を向けて走り去る少女。
「レナさん!!!?」
ベルもまた、そんなレナの行動に目を見開く。
「馬鹿がァアアア!!レナァアアアーー!!追えウサギィィ!!!今すぐ!!?あのクソ女は俺が抑えるッ!!」
ベルの迷いなど一瞬。駆け抜けて行く。言葉を発する余裕もなくかけて行く。
「おいおい、簡単に言うなよ手土産をやるよ兎!!」
駆け抜けて行くベルに向かって呪いの大剣を投げつける。敢えて回転させて、それを視認したベルは【ファイアボルト】で減速させるために足を止めかけるが、
「撃ったらそのまま行けぇ!!」
ベートの割り込み、ベルの【ファイアボルト】。
彼の
破片が飛び散り、周りの暗殺者やベルに向かって散弾のように飛んでいく。
ヴァレッタの狙い通りだった。そして、彼女の狙いはより悪辣に働いてしまった。
もしベルが立ち止まればレナへの道が塞がれ、今の事であれば…。
ベルは僅かな傷の痛みを
「アハハハハハ!!その足で追いつけるのかぁ!!?速さが自慢見てぇだが小ウサギ頑張れよぉおおお!!」
どこまでも嗤いながら、ヴァレッタは追いかけるベルには何もしなかった。もう兎も手負い。弱い精神にしか見えねぇガキを見えなくなるまで嗤い続けた。
「さてぇ、私が相手してやるよ【凶狼】!!あんなアマゾネスのガキよりそそるだろう!!!」
「ふざけんなぁあ!!ブチ殺す!!」
ベルの魔法を吸収した蹴りは火を纏った。それも炎龍の加護が付与された火の魔法。
動く度に燃え盛り、火の粉が舞う。
「そんなに大事かぁあの女が!?」
「うるせぇ!!」
互いが罵り合う。
「あん時は女を1人仕留めきれなかった。あのスカした野郎たちのせいで!!あのメガネの女どうなった??死んだか!?聞かせてくれよ!!」
リーネの事を指しながら、嘲笑うヴァレッタ。ベートは虫唾が走り続ける。
「ホントはなぁ!あの女の血をぶちまけた後にフィンにメッセージしたかったんだ!!もしかしたらあのアマゾネスが変わりになってくれると思うとゾクゾクするぜぇ!!」
ベートの怒りは増し続けた。
「…もう喋るんじゃねぇ!!クソ女がぁあ!!」
抱きかかえた閉じた両の瞳の姿が脳裏に過る。今も目を覚まさない彼女が冷たくなっていくのを幻視する。
そして、それにレナが重なっていく。降り注ぐ雨のように冷たさが重さが増していく。
「…おおっと、やっべぇなぁ!!情けねぇツラしてるからもっと言ってやりてぇが…ここまでかぁ」
ベートの掠めただけでも脅威となる一撃一撃に後退を始めるヴァレッタ。
「あぁ〜まただ!!ムカつくなぁ。その火の粉が舞うの見てるとよぉ!!…兎は間に合ったかな?お前も行ってやれよ。もう手遅れだろうけどな!!あはははははは!!」
最後はヴァレッタは無理やり引きつった笑顔で、無理やり作った明るい笑顔で笑って後退していった。
いつも凶笑でも何でもなくただ笑った。何かを気にするように何かを抑えるように──
───
「傷が塞がらない!これが『
ベルは上手く加速しない自身の脚を手負いの自分の不甲斐なさに歯を食いしばった。ほんの少し破片が両足を掠めただけ、たったそれだけでいつもの速さなんて出せなかった。
それでも考えはあった。ヴァレッタから己の姿が見えなくなった瞬間にスキルの『チャージ』を両足に細かく、走る感覚そのままにチャージしては使用して無理やり加速する。
このあと動きが鈍くなろうが、マインドが減ろうが関係ない。今はとにかくレナとそれを追う暗殺者たちへ追い付く為に加速していった。
ベルは追いついてきていた。そこは廃墟の中の広場であった。
まだ剣戟は聞こえる。間に合う。
剣戟が聞こえた中心に向けて目立つように飛び込むベル。
だが、着地と同時に暗殺者たちの卑劣な『呪道具』の黒い刃が、レナの肉体を深く切り裂いてしまう。
たたらを踏んで鮮血と共に倒れ込むレナ。
「はっ……、べ、ベート……ローガ……っ」
ベルなど気にも止めずトドメの刃を腹に喉にと殺到する黒衣の暗殺者たち。
レベル3となったベルが強引に割り込んだ。
――発展アビリティ『意地』が再び発動していく。理不尽な数に対して。
「なっ……、弾かれた……っ!?」
暗殺隊の放った凶刃の必殺が、ベルの構えた不壊の二刀たるヘスティア・ショートソードと灼牛に激しく衝突した。
だが、打ち合って数を増すごとに、ベルの纏う防具の硬度は鉄壁を増し、武器の耐性も跳ね上がっていく。数の暴力を受ければ受けるほど【耐久値】が狂暴に上昇していく不屈の耐久。
ベルは『意地』を貫き、全身から火花を散らしながら、殺し屋たちの追撃をその肉体で正面から完璧に弾き返し、気絶したレナをその場で死守していく。
「レナさん…!しっかりしてください!」
「ちくしょおおお!!」
ベルもまた吠えた。間に合わなかったと自責の念など今は必要ない。
ただ吠えて、抗う。抗い続けたと語った大人の背中を思い出した。銀狼の言葉を今のありったけに注ぎ込んだ。
「ハァアアア!!」
「殺れ!!コイツごと仕留めろ!!」
暗殺者の中のリーダー格と思われる男の声が聞こえた。
ベルの『意地』と『死』が呪いの黒色と共に交錯した。
ここまでに追い付くまでにほとんどのマインドを消費した。
『
それでも段々と動けなくはなった。そして、相手は殺す為に。ベルは倒す為に動く。その違いは大きかった。
力が入らなくなってきた左手から『灼牛』を弾かれ、取りこぼした。『ヘスティアショートソード』のみでの応戦となった。
ここに『フレイム・オックス』はない。あっても握れる程の膂力がなくなりつつある。
武器は転がっていた。血糊のついた『禍々しい黒いナイフ』を咄嗟に拾い上げた。ベルの目は死んでない。
降りしきる雨の中で、今は月も微笑んではくれそうになかった。銀狼もまたまだやって来ない。今動けるのはベルのみだった。
黒いナイフに僅かな逡巡のあと、ベルはその刃を振るう。
再びの二刀流。
黒衣の者たちに『不治』の傷を、斬撃を刻む。歯を食いしばった。
「クソ!!」
ベルに余裕はない。『悪』に対して冷酷でもない。
そこにあるのは『意地』だけだった。
鈍った視界の端から長槍型の『
まだいける。そう思った。しかし、
暗殺者の1人が抱きつくように割り込んだ。倒すことしか出来ないベルは感覚が失われつつある四肢を無理やり動かして蹴り上げた。そこに目の前の黒衣に赤黒い染みを作りながら長槍の二撃目がすくい上げるように迫った。
仲間ごとの串刺し。脇腹から肺にかけてベルの体を槍は穿ち、フラつくベル。発展アビリティ【意地】がより強く発揮された気がした。
吐血しながらまともな呼吸も放棄した状態で自身に突き立てられたその長槍引き抜こうとした。
殺到する暗殺者たちに最後の【ファイアボルト】を撃ち込み、力が籠もってるか分からない手で今度こそ引き抜いた槍をがむしゃらに振り回した。
そして、投槍を放った。
これまでの暗殺者たちの戦いで最大の威力となった青白い光の長槍が駆け抜けた。その射線上にいた暗殺者たちは全て穿たれていく。
だが、ベルはそこまでだった。倒れ込み体から漏れ出た鮮血が赤黒く広がっていく。
霞んでいく視界の端でアマゾネスの少女の体に黒い短剣が墓標のように突き立てられたのを見てベルは止まらぬ涙を流しながら視界は暗転した。
───
駆け抜けた先に抗い続けた者たちの軌跡があった。途中、転がる暗殺者もいた。
凄惨な傷跡を残す広場は今は雨の音とベートの足音しかない。
そこの一角に少年と少女はいた。少年は最後まで庇うかのように抗いに満ちた周りの戦闘の痕跡があった。
ベートと交わしたモノを最後まで全うしたのだ。倒れ伏した体からは鮮血が今も広がっている。それでも最後に手を伸ばして離さなかったのか、彼の愛剣が力強く握られたまま硬直していた。
少女の身体には先ほどと変わりなく黒の短剣が突き立っていた。
「………」
ベートは2人に近付いて、膝を着いていた。少年の瞼は閉じられたまま、透明な雫のあとが見られた。
「…、ベート…ロー、ガ…いる…の…?」
少女の瞼は震えて薄っすらと開いたかと思うと手を伸ばし始めた。
その手をベートは優しく握っていた。
「目が…ね?ぼやけちゃって、うまく…見えないの。ベル…クラネルも…いるよね?…大丈…夫だよ…ね?」
小さく少女の手は握り込まれた。
「ああ…」
ベートは言った。少年は確かにそこにいた。
「…おいっ」
ベートは震えていた。
「…楽しかった…な」
少女はポツリと呟いた。楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「…おい…っ」
ベートは同じ言葉しか言えなくなっていた。
「ベート、ローガ…ごめん。兎ちゃんにも、伝えて…」
先ほどとは違い、少女の笑顔は力なく。瞳も垂れ下がっていった。
「───」
少女から力が抜けていく。
「やくそく、無理だっ、た」
少女の温もりが消えていく。
「2人に…言ったのにね…あなたの、となりに、並びたかった…なぁ…」
最後に彼女は力強く振り絞って、そして、静かに微笑んだ。
少女はそれが最後の言葉だった。手の力が抜けてずり落ちて行く。命が溢れたかのように。
「……」
ベートは叫ばなかった。少年もまた何も言わず動くこともない。
その場に動かず、少年も見るも何も変わることもない。ただ少年の握られたままの剣がベートの事を表しているようだった。
「レナッ!」
他の誰かの声が聞こえた。さらに追加でよく知る少女の声も聞こえた。
「ベルッ!!」
駆け寄る二つの足音。それを横目にベートは立ち上がった。
アイシャはベートに目もくれず、先ずはレナの方へと屈みかけて、伸ばした手に拳を作って震えた。そして、少年の方も見てしまった。
一歩遅れたアイズがリヴェリアと共に2人の元に駆け寄る。
少女の短剣を引き抜いて、回復薬と『魔法』を使った。
そして、ベルの方はと背けていた事を向き合うように見た。
アイズの時が止まった気がした。
少女の方をリヴェリアに任せて、ベルの方に飛びつく。うつ伏せで倒れいた体を仰向けに変えた時に、彼女としては珍しく動きを激しく乱した。
「呪詛…ダメ…ダメ!!」
言うや否や自分が持ち込んだ回復薬のありったけを少年の身体にかけるが傷は塞がるはずなどなかった。
何故塞がらないなんてアイズ自身が口にした通りだ。
イヤだイヤだと取り乱すように首を振るうアイズにリヴェリアもまた表情を伏せた。
「ふざけんじゃないよ【凶狼】!!レナに何かあったら私は!!ベル・クラネルの方だってそうさ!言ったはずだよ!!春姫になんて言えば…!!」
そんなアイシャの怒りの怨嗟に満ちた言葉と眼差しにようやく調子を取り戻したんだとベートは答えていく。
「知るかぁ!!片や勝手に着いて来やがって、片や勝手に逃げやがって。どうすりゃ良かったてんだよ!!」
ベートは『嘲笑』を浮かべる。これで取り戻せたんだと。
「こんな雑魚どものお守りがなくなって清々するぜぇ!!」
胸ぐらを掴み拳を握りしめたアイシャと思わず立ち上がり『デスペレート』の柄に手をかけてしまうアイズ。
「ベートさん!!」
それでも目尻に涙を浮かべながらも名前を呼ぶアイズ。
「ベート…」
瞠目しながら見つめるリヴェリア。
そして、アイシャはその感情をぶつけるように拳を振り上げて、止まった。そして、眼差しを向けられた。おおよそ怒りやその他に程遠い眼差しであった。
なんで殴らねえ。なんで斬られねえ。なんで名前を呼べる。なんで全員そんな目で俺を見る。
「ふざけるなよッ!」
屈辱にただ焼かれた。雨はまだ止みそうになかった──