ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
ちょこちょこソードオラトリア編もはいります。
モンスターフィリアの翌朝、寂れた廃教会の地下室に、予想だにしない大物の来訪者があった。
小柄な体躯に、底知れない知性を宿した青い瞳。
ロキ・ファミリアの団長である『勇者』フィン・ディムナが、自ら足を運んできたのだ。
「突然の訪問を許してほしい、神ヘスティア。……そして、ベル・クラネル君」
フィンはそう言うと、驚きで見開かれるベルの目の前で、第一級冒険者としてのプライドを捨てて深く頭を下げた。
「まずは、先日の酒場『豊穣の女主人』での、我が団員ベート・ローガの非礼を、ロキ・ファミリアの団長として心から謝罪させてほしい。……本当は、当の事件で君に怪我をさせかけたアイズも同行して直接謝りたがっていたんだが、どうにも人見知りが災いしてね。今日は僕が代表して頭を下げにきた」
「えっ……あ、頭を上げてください、フィンさん! 僕はもう、気にしてませんから!」
ベルは慌てて手を振った。オラリオの誰もが憧れる最高峰の英雄が、レベル1の自分に誠実に謝罪してくれた。
その器の大きさにベルが感動する中、フィンは顔を上げ、続いて隣に立つクライヴへと視線を向けた。
「そしてクライヴさん。昨日の魔物祭での、新種の植物型モンスター急襲の際、君が見せた圧倒的な無双劇……我が団員たちを救ってくれたこと、深く感謝する」
「気にするな。俺はただ、目の前の不浄を焼き払っただけだ」
クライヴは淡々と答えたが、フィンの本題はここからだった。
フィンは小さく微笑み、最もらしい口調で言葉を重ねる。
「そこでだ。お礼と言っては何だけど……僕たちは昨日の一件で、多数の装備の損害を被ってね。ゴブニュファミリアへの借金返済も兼ねて、これから18階層の『迷宮の楽園』へ、手堅い資金稼ぎのための小遠征に向かう予定なんだ。リヴェリアやアイズ、ティオネにティオナ、レフィーヤといった少数精鋭での進軍になる。……どうだろう、クライヴさん。君のその卓越した剣技と炎の技術を、僕たちの小遠征の『警護』として、日当を出す形で貸してはもらえないだろうか?」
「ダメだよ! ウチの子をそんな危険な遠征に巻き込まないでおくれ!」
ヘスティアは真っ先に拒絶し、クライヴの前に立ちはだかった。
だが、その背後でクライヴは、自身の胸の奥の【
遥か地下――18階層の方向から、鋭い『ノイズ』が響いている。それは世界の異変、アルテマの残滓の波動。
そして、
「――ヘスティア、その依頼、俺が引き受けよう」
「ええっ!? ク、クライヴくん!?」
「ロキ・ファミリアからの正式な依頼だ、断る理由はない。それに……あの階層で、俺を呼ぶ声がする。行って確かめねばならない」
クライヴの確固たる意志の瞳を見て、ヘスティアはそれ以上止められなかった。こうして、フィンが提示した「謝罪」と「
───
ダンジョン18階層――天井から柔らかな光が降り注ぐ、安全階層にして迷宮の楽園。
しかし、その美しい森の奥では、凄まじい鉄錆の匂いと、肉を裂く暴力の音が響き渡っていた。
「が、はっ……あ、ぁ……っ!!」
血を吐き、巨木に叩きつけられたのは、ガネーシャ・ファミリアのLv.4冒険者、ハシャーナ・ドルリアだった。
「宝玉の胎児」を運ぶクエストの最中、それを奪還しに現れた正体不明の赤髪の怪人――レヴィスの急襲を受け、絶体絶命の危機に陥っていたのだ。
「受け取った物を寄こせ。そうすれば楽に殺してやる」
本来の歴史であれば、顔の皮を剥ぎ取られ、頭部を無残に潰されるはずだったその瞬間。
シュウゥゥゥッ!大気を焦がす火の粉と共に、灰色のマントを翻した男が、ハシャーナの前に滑り込んだ。
「…チッ…なんだお前は邪魔をするな!!」
レヴィスが放つ禍々しい大剣の重撃を、クライヴは背中から引き抜いた大剣『インヴィクタス』で真っ向から受け流してパリィする。
キィィィン!と鼓膜を揺らす金属音が響き、怪人の怪力が虚空へと逸らされた。
間髪入れず、フィン率いるロキ・ファミリアの遠征軍の本体が現場へと合流する。
「あれはハシャーナか! ……リヴェリア、手当てを! アイズ、ティオネ、ティオナ、迎撃だ!」
フィンの鋭い大号令が飛び、一瞬にして怪人との集団戦闘が幕を開けた。
一命を取り留め、リヴェリアの迅速な治癒魔法を受けるハシャーナは、息も絶え絶えになりながら、己の命を救ってくれた灰色マントの男を見上げた。
かつて、オラリオに来たばかりで孤独に震えていた白髪の少年に、一番最初に優しく声をかけたあの日の記憶が蘇る。
「あんた……あの、ベルって坊主と同じ、ファミリアか。……そうか。あいつに、いい神様と……あんたみたいな、頼もしい団員が巡り会えたんだな。……よかった、よ……」
再起不能の重傷を負いながらも、ハシャーナは戦士としての気高き微笑みを残し、戦列を退いた。
クライヴはその言葉を静かに胸に刻み、再び戦場へと視線を向けた。
───
戦況は過酷を極めていた。
ロキ・ファミリアの面々から連携を持って応戦するが、赤髪の女はあの植物型モンスター『ヴィオラス』と溶解液が厄介な芋虫型のモンスターを呼び寄せていた。
「あの赤髪の女は極彩色のモンスターのテイマーか?」
フィンは極彩色のモンスターたちの彼女を守るように動く行動に彼女がテイマーだと予想した。
【
そして【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは、窮地に立たされていた。強引に風の魔法(エアリエル)を纏わせて激闘を繰り広げていたものの、レヴィスが放つ圧倒的な技量と怪力の前に、防戦一方である。
「お前のその風…そうか、お前が
「アリア…?違う!その名前は…」
アイズは動揺する。
正体不明の敵からの発せられた言葉はアイズにとってとても重要なものであった。
「違うだと?嘘はそのくらいにしておけ!」
レヴィスの禍々しい刃が迫る。
何とか避けながらも動揺を抑えきれないアイズは言葉を続ける。
「…アリアは私のお母さんの名前…なんであなたが知ってるの?」
「良くも抜け抜けと。アリアに子供など居るはずはなかろう…なにせ、!!」
――『フェニックスシフト』。
「そこまでだ、化け物」
レヴィスの言葉を遮り、赤い火の粉と共に空間を無視した速度で割り込んだクライヴが、インヴィクタスでレヴィスの一撃を弾き飛ばした。
アイズを背後に庇い、クライヴの瞳に修羅の火が灯る。
───
一方、ハシャーナの粗方の治療を終えた【
「フィン!どうする?このままでは囲まれて身動きが取れなくなるぞ!!」
近くのリヴェラの街の冒険者たちも階層にいるモンスターと追加で極彩色のモンスターも少数ながら差し向けられており、ロキファミリアへの加勢には期待出来そうになかった。
「リヴェラからの援護も期待できない。どうしたものか…。まさかこんな事になるとはね」
【
「リヴェリア、レフィーヤはどうした?」
「戦いが始まった直後に怪しい人影を見つけたと追っていき戻って来ていない!」
───
【
「そこまでです!そこのフードの方!顔を見せなさい!」
「わ、分かったよ。今見せるから!乱暴は辞めてくれ!!」
レフィーヤの制止に観念したのか、慌てた様子で顔を出したのは浅黒い肌色の
「所属と名前を言いなさい!大人しくしていれば手荒なことはしませんから」
「しょ所属はちょっと勘弁してほしい。でも、名前は言うよ!…ル、ルルネ・ルーイだ」
彼女は
「何故、あなたはいち早くあの場から逃げてたのですか?正直に答えなさい!」
「それは怖くなって、依頼人の…アッ」
レフィーヤの詰問に答えるルルネはしまったという顔をした。
「依頼人?何か『
「分かった…話すよ。ロキファミリアに目をつけられたくないからな」
そう言ったルルネはこの18階層でハシャーナからあるアイテムを受け取る依頼を受けていたこと。簡潔にそんな話をした。
「依頼人は誰か知らないのですか?」
「知らないよ。フードを目深に被っていて直ぐに姿を消したから。受け取ったアイテムはコレだよ。気味が悪いだろコレ。だから余計に怖くなったんだ。まさかあんな強い追手がいるなんて聞かされてなかったし」
レフィーヤに素直に答えるルルネは奇妙な緑色の胎児のようなものが収まる宝玉を見せてきた。
「とにかく私と一緒に戻ってくだい。団長に今回のことを詳しく話してもらいます!」
「あんなヤバい戦場に戻るなんてゴメンだよ!コレは『サウザンド』に預けるからあとはロキファミリアで何とかしてくれよ〜!」
そう言ってルルネはレフィーヤに強引に気味の悪い宝玉を持たせて去っていった。
もう一度追うか、迷ったレフィーヤだが戦場の方も気になり戻ることにした。
───
「リヴェリア様!」
「レフィーヤ!戻ったか!話は後だ。不味い状況でな。すぐに加勢してくれ!」
「はい!」
戦場に戻ってきたレフィーヤは先ほどの出来事を話す暇もなく師匠であるリヴェリアと共に魔法の詠唱に入る。
粗方周りのモンスターを片付けたヒュリテ姉妹も合流して、リヴェリアとレフィーヤを守るような布陣を作る。
「先ずは芋虫型を一掃する。リヴェリア、レフィーヤ!!」
「任せろ!」「撃ちます!!」
2人の詠唱が紡がれ、リヴェリアは【ウィン・フィンブルヴェトル】をレフィーヤは【アルクス・レイ】をそれぞれ撃ちだした。
手前のモンスターたちは氷漬けにされ、その影響で後続のモンスターたちは立ち往生。魔力に反応して迫ろうにも迫れないという所に光の矢が次々とモンスターたちを貫いていった。
続いて、2人は連続詠唱に入る。その間には攻撃は一切通さないとフィンとティオナとティオネが奮戦する。
間もなくモンスターの大群は一掃されるだろう。だが、レフィーヤが受け取った宝玉が
───
赤髪のテイマーと思われるレヴィスとの戦いは決着が近かった。
アイズに変わり、加勢するクライヴの猛火の如くの連撃。
「この力!只者では…クッ、貴様ーー!!」
激昂するレヴィスに容赦なく攻撃を加える。
ここからは、かつて世界を救った男のレベル1のステイタスなど関係ない連撃だった。
クライヴは無詠唱の魔力弾『ファイア』を近距離で連射し、レヴィスの視界を爆炎で奪う。怯んだ怪人の懐へと踏み込み、インヴィクタスを縦横無尽に振るう。
肉を断ち、骨を砕く重厚な剣技の猛攻が、レヴィスの頑強なただの人として見ればスタイル抜群の肉体をガリガリと削り取っていく。
「チッ、何なんだその魔法は詠唱もなしか!!」
激しい剣戟の応酬の末、レヴィスは大きく後方へとバックステップを挟み、一気に空中へと跳び上がった。
───
「これで、先ずは貴様からだ。もらった!!」
上空から、自重と推進力を乗せたレヴィスの凄まじい長剣の振り下ろし。大気が悲鳴を上げるほどの破壊の質量が、クライヴの脳天へと迫る。
だが、クライヴは逃げない。
魂の奥底の不死鳥の火を、右腕へと限界まで収束させる。――『ライジングフレイム』。
「ハァァァァッ!!」下から突き上げるように放たれた紅蓮の炎の刃。
ドゴォォォォン!!!と18階層の森を震わせる爆発的な激突の瞬間、クライヴのインヴィクタスが、レヴィスの長剣を完璧なタイミングで弾き返した。空中で怪人の体勢が完全に崩れ、無防備な隙が生まれる。
「――しまっ、」
「喰らぇッ!!」
クライヴは着地と同時に、フェニックスの炎を纏わせた左拳を、レヴィスの腹部へと全開で叩き込んだ。
ドズゥゥゥンッッ!!!と肉肉しい衝撃音が響き渡る。レヴィスの肉体の強度は人間の比ではない。並の冒険者なら消し飛んでいる一撃だが、怪人の強固な肉体は致命傷を免れていた。
しかし、内臓をドロドロに焼かれるほどの衝撃に、レヴィスは「がはっ……!」と激しく 悶絶し、吐血した末に完全に動きを止める。
その決定的な隙を、クライヴは見逃さない。インヴィクタスを逆手に構え、容赦なく彼女の胸元の魔石を狙って斬り裂きにかかる。
「死ね!!」
「――くっあぁぁぁ!!」
死の危機を本能で察知したレヴィスは、自身の片腕を犠牲にしてクライヴの刃の軌道を無理やり逸らした。
ズバァァァンッッ!!!クライヴの放った絶技は、レヴィスの左腕を根元から綺麗に切り飛ばした。胸や首の皮組織を深く引き裂き、赤黒い血が噴き出すが、惜しくも肉体の奥にある魔石にはあと一歩届かない。
切り落とされた左腕の断面から、不気味な触手が蠢き、急速に肉体の再生が始まる。
しかし、片腕を失ったダメージと、クライヴの放つ常識外れの戦闘能力、そしてほぼすべての極彩色のモンスターたちを仕留めた背後に控えるロキ・ファミリアの軍勢を前に、レヴィスはこれ以上の戦闘は不利と判断した。
「アリア!炎の男!!次に会う時は息の根を止めて死体を使ってやる!!」
不気味な捨て台詞を残し、レヴィスはヴィオラスの群れを身代わりにしながら、森の深い闇の奥へと、風のように撤退しようとした。その時ーー。
視界の端の方に山吹色の髪をしたエルフのポケットから飛び出す球体があった。それはレヴィスが今回目的としていたものでもあったのだ。撤退前にそれを回収しようと手を伸ばすレヴィス。その球体を見た瞬間激しい動悸がして動けなくなるアイズ。球体は僅かに残ったヴィオラスの一番大きな個体に飛付こうとしていた。
「不味い!奪わせるな!」
フィンの叫びと共に一斉に動きだすロキファミリアの面々。
だが、誰もが間に合いそうになく、レヴィスの手に渡るか、ヴィオラスに引っ付くかという場面であった。
そして、左腕があれば届いたかもしれないレヴィスは空振り、宝玉の胎児はヴィオラスに引っ付いた。引っ付いた場所から脈打ち始めるヴィオラスを見届けて、舌打ちしたレヴィスは完全に撤退した。
モンスターの不気味な動きに警戒心を強めて改めて臨戦態勢に入ろうとしたロキファミリアの者たちの動きを置き去りにして『フェニックスシフト』でクライヴが一瞬で接近する。炎を纏ったままの左手で宝玉の胎児を無理やり引き剥がした。
脈打ち藻掻いていたヴィオラスと残り数体のヴィオラスはクライヴの片手間で全て焼き尽くし塵えて還った。
「クッ、なんだこの幼体の魔物は!」
宝玉の胎児はご馳走に有りつけたとクライヴの炎の魔力を吸い始めた瞬間、全身が発火して地面に転がり自滅。
丸焼きにされたカエルのようになって動かなくなった。
───
戦闘が終わりフィンたちは「この階層のどこかに、奴らの大規模な潜伏先がある」と示唆するが、この時点ではまだその入り口を発見・特定することはできなかった。
レヴィス迎撃の事後処理が行われる中、クライヴは一人、吸い寄せられるように18階層の北西にある静かな場所へと足を向けていた。
そこは、5年前に命を落としたアストレア・ファミリアの団員たちの『墓地』。
その墓標の前に立った瞬間、クライヴの胸の【
「ぐっ……、あ……っ!?」
視界が歪んだ裏側に、漆黒のエネルギーとアルテマの残滓に呪縛された『クロノスの石塔』の幻影が、はっきりとその位置を現す。
(……そこか。お前、そこにいるんだな。俺を呼んでいるのか……)
この石塔で己の炎を取り戻す『 Find the Flame 』の試練へ挑むための絶対的なカウントダウンが、静かに始まった。
───
調査を終えた遠征軍はアイズの不調と動悸も落ち着いたためクライヴと共に、地上へと帰還する準備をする。クライヴは今はまだ試練には挑めない。
そして、元の場所に帰ってきたクライヴは彼が放った猛火に焼かれ、ピクリとも動かなくなった宝玉の胎児の焼死体はそのまま捨て置くか回収するか迷っていた。
ロキファミリアとしても焼死体では黒焦げで何も掴めそうにないと結論付けていた。
クライヴが迷いながらも回収しようとその死体に近づいた瞬間――パリィン、と不気味な殻が内側から割れる音が響いた。
灰色の焼き殻を破って這い出てきたのは、禍々しい極彩色のモンスターではない。
クライヴの『ロゴスの魔力』を僅かに吸い上げ、フェニックスの再生の炎とイフリートの地獄の炎によって世界の理を書き換えられた、小さな命の胎動。
「――きゅぅ?」
イフリートのような小さな角、筋肉質な身体に、フェニックスの美しい美しい翼をパタパタと揺らす、うさぎサイズの奇妙な仔獣。それがクライヴを見上げ、親を慕うようにその足元へチョロチョロと擦り寄ってきたのだ。
「お前は……俺の魔力から生まれたのか」
クライヴは驚きながらも、そのキモかわいくもどこか愛らしい仔獣をそっと大きな掌で掬い上げる。世界の歪みから生まれた呪縛の卵が、今、人間の意志の火によって、ヘスティア・ファミリアの新しい『家族(相棒)』へと生まれ変わった瞬間だった。
――その頃、地上では。クライヴのいない上層のダンジョンで、少年ベル・クラネルが、一人の運命のサポーター『リリ』と出会おうとしていた。