ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
クライヴが18階層への小遠征へと旅立ってから数日。
ベル・クラネルは、一人でダンジョン上層へと向かうためにバベルを目指していた。
いつも隣にいてくれた、圧倒的に頼れる黒き背中がない。その事実に強い不安と心細さを覚えながらも、ベルは腰の後ろに帯びた『ヘスティア・ショートソード』の確かな重みを確かめ、真っ直ぐに前を向いた。
ベルは一人で探索するならやっぱり魔石やドロップアイテムといった戦利品の荷物はそんなに持てない。探索の時間も短めになっているのが悩みだった。彼にとってもっと早く、もっと強くを意識した毎日の冒険者生活にはいささかストレスでもある。そんなこんなとあれこれ考えていると声をかけてくる者がいた。
「お兄さん、そこのお兄さん」
小柄な犬人の少女が声をかけてくる。
「えっ?ぼ、僕のことかな?」
突然声をかけられたことに少し動揺しながらも落ち着き始めたベルは声をかけてきた子が小さな女の子であり、少しだけ安心した。
「そうです。見たところソロで探索されてる冒険者様とお見受けしますが……サポーターをお探しではございませんか?」
ベルは秘めたる思惑がある少女ーーサポーターのリリルカ・アーデと出会う。
───
リリはベルが持つ、身の丈に合わないほど洗練された漆黒と深紅のショートソード(お値段4億ヴァリス)に目をつけ、裏の顔でほくそ笑んだ。
(ふふ、見るからに世間知らずの間抜けなカモですね。あの高そうな剣、リリが毟り取ってソーマ・ファミリアの脱退金に変えてあげます)
しかし、共同探索が始まった直後、リリのその邪悪な目論見は、恐怖に似た驚愕へと塗り替えられることになる。
襲いかかるゴブリンの群れに対し、ベルの身体が赤い残像となって躍動した。
クライヴ直伝の『重心を見通す観察眼』と『無駄を一切省いた無意識のステップ』。
アビリティ『敏捷:A』の超スピードから繰得される神速の踏み込みから、ショートソードの一閃が怪物の首筋を正確に切り伏せていく。
(な、何ですかこの方の動きは……!? 動きに一切の隙がない。レベル1の新人なんて絶対に嘘です……!)
リリは内心で激しく動揺する。
「さ、流石は冒険者様、とってもお強いですね!」
「ありがとうリリ。僕のこともベルで大丈夫だから」
サポーターのプロたるリリルカはおだてる言葉と満面の営業スマイルを取り繕って内心の動揺を包み隠す。
「ではお言葉に甘えてベル様、魔石やドロップアイテムの回収はお任せあれです!」
手際よいサポーターの仕事を淡々とこなすリリルカにベルは正直に感嘆していた。
ここ数日で一番長い探索時間と収入額にホクホク額のベルは何も躊躇うことなく、今回換金されたヴァリスを等分にしてリリルカに渡す。
その行動に唖然とするリリルカ。
「あっ、ゴメンね。サポーターを雇う相場を僕知らなくて」と手に掴んだヴァリスをリリルカの分の袋に追加する。
「べ、ベル様、何をしてるのですか?」
「えっ、ちょっと少ないかなと思ったから…」
「少なくありません。全くもって充分過ぎます!」
「そう?良かったよ!」と呑気に答えるベルに少し毒気が抜かれそうになるリリルカであるが、己の目的は忘れては、絆されてはならないと心の扉を閉め直す。
───
そして、次の日からもリリルカとの探索は続き、分前や細やかに気遣ってくれる度にリリルカは動揺し心の扉を何度も閉め直したある日。
この日はリリルカは下宿先の用事で一緒に同行できないとのことで、久しぶりにギルドに立ち寄り、午後からエイナと噴水前で待ち合わせということになるベルであった。
「お待たせベル君!!」
いつも仕事服姿に慣れてるベルにとって、私服のエイナは年上のお姉さんということもあり物凄くドキドキしていた。
「全然待ってないですよ。エイナさん!!」
ベルは顔を赤らめ下を向きながら答えた。そんなベルにエイナはからかうように聞いてくる。
「ベルく〜ん。けっこう私今日は頑張ってきたんだけどなぁ。ヴァレンシュタイン氏に夢中で何も思ってくれてないのかなぁ」
「い、いや、そんなことはなくて…いつもとのギャップがすごくて、ピンク色のカーディガンも似合っていてエイナさんがとっても綺麗だなって…」
2人は湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして下向いてしばしの沈黙が流れた。
「今から何処に行くんですか?」
「ベル君に今足りてない物があるなぁと思って今日は防具を見に行こうと思うの」
「そうなんですね!僕もそろそろ支給品では心もとないと思っていて何回か壊れかけましたし」
そうこう話しながら2人はバベルのテナントがある階に向かった。
「ここは…」
「ヘファイストスファミリアのテナントだよ」
「僕そんな高級品が買えるお金なんてないですよ!」
ショーケースの0の数に衝撃を受けながら、ベルは冷や汗を流しながら答えるが。エイナの答えは端的だった。
「ここは見にきただけだから。ウィンドウショッピングだね!」
そう言いながらいろんなショーケースを見回してると。
「いらっしゃいませ〜」と店内の奥から駆け寄ってくる物凄く聞き覚えがある声が聞こえた。
「あれ、神様どうしてここに!?それにその格好!!」
「べ、ベル君、どうしてここに!!?」
「最近バイトを増やしてと仰っていたのはここだっ…」
ベルは動揺しながらも納得の言葉を言い切る前にヘスティアが叫ぶ。
「ベル君!!誰だいその隣の子はどう考えてもショッピングデートという奴じゃないか!!ヴァレン某君に続きボクというものがありながら!!この浮気者!!クライヴ君のように一途になれないのかい!!」
「ち、違います神様!!」
喚くヘスティアに何とか宥めようとするベルへエイナが助け舟を出した。
「私から説明させてください。神ヘスティア。私はクラネル氏のアドバイザーを務めさせて頂いているギルドのエイナ・チュールと申します」
「アドバイザー君か!いつもベル君がお世話になってるね!ありがとう!!でも、これはどういうことで!?」
「エイナさんが僕の防具を買い換えた方が良いと今回案内してくれてるんです!」
「なんだ、そういうことか…って不味いそろそろ戻らないとどやされる。またホームでね!ベル君!!」
納得したのか戻っていったヘスティアであった。
「嵐のような話し方だね。神ヘスティアは」
「アハハハッ」苦笑いすることしか出来なかったベルであった。
───
次のテナントに来たベルとエイナは、早速店内を見て回った。何でもここはヘファイストスファミリアでも駆け出しの鍛冶師が作る武器や防具が売られており、中には掘り出し物もあるとのこと。
そこでライトグレー色の軽鎧が気になり試着してみた。自分にピッタリで灰色のクライヴに対をなすように白色も良いかもと気に入った。ここに赤か黒のマントが着いていたらなお良かったとベルは笑った。
「ベル君それにしたんだね」
「はい!試着したら馴染んだので気に入りました。見た目以上に軽いのも良かった点です!」
こうしてベルの新しい防具が手に入り、すっかり日は落ち始め夕暮れ時になった空の下で待ち合わせだった噴水前に戻ってきた二人。そこでお別れかなと思った矢先にエイナから小包を受け取るベル。
「開けて見て」
「これはプロテクターですか?」
「私からのプレゼントだよ。受け取ってほしいな」
「ありがとうございます。エイナさん!大事に使います!」
喜ぶベルに微笑むエイナ。しばらくして2人は別れてそれぞれの帰路に着いた。
ベルはこの日アーマーとエイナの瞳の色に似たエメラルドの色のプロテクターを手に入れた。
───
次の日の探索から、早速新装備を身に着けてリリルカとダンジョン探索に赴いた。驚いたことにリリルカからもいつもお世話になっているからと格安で手に入れたという片手剣『バゼラート』を手にすることになり、始めはバゼラートの試し斬りから馴染んできたのか、二刀流をやってみたりと様々な戦闘スタイルを試せるほどベルは余裕が出来ていた。
当初は左腕のプロテクターに『ヘスティアショートソード』を収めていたが、リリルカの提案でプロテクターにバゼラートで腰にはヘスティアショートソードで落ち着いた。
ベルは右利きであるが、逆手でも順手でも取りやすいように剣帯を少し下げた状態でショートソードを収納している。
そこからの動向をジッと見つめるリリルカであったーー。
その夜、事件は起きた。ヘスティアショートソードが紛失したのだ。リリが盗んだとも知らず、絶望して夜の街を探し回るベル。ダンジョン内では確かに装備していた。バベルから帰り道までの記憶は曖昧だ。人混みを通った気もする。
そんなベルの前に現れたのは、豊穣の女主人の店員であり元『疾風』のリュー・リオンだった。
必死に武器を探すベルのただならぬ様子に、リューは「どうしたのですか」と声をかける。
ベルは泣きそうになりながら事情を話し、リューは「探しましょう」と冷徹ながらも確かな優しさで微笑を浮かべた。
そして、しばらく周囲を見回す内に自分たちの会話を盗み聞きする気配をレベル4の知覚でリューは察知した。
ちょうど曲がり角の所にフードを目深に被る小柄な人影を発見する。相手もこちらに気付いたのか慌てたように走り出した。
「曲者!!待ちなさい!!」
壁をつたった見事な跳躍で先回りをしたリューは小柄なフードの曲者を捕らえる。
「あっ…うっ!」
小さな悲鳴を上げて組伏せられた曲者がフードが脱げて姿を現した。その子は
「何故、我々の会話を盗み聞きしていた答えなさい!」
余りの気迫に震え始める少女。
しどろもどろになりながら「たまたま…」と小さな声で答える少女。
そこへリューの怒鳴り声を聞きつけ反対側の路地を探していたベルがやってくる。
「リューさんどうしたんですか?」
「怪しい小人族を捕らえました。今から酒場へ連れて行って尋問します」
「ヒッ…」
本当に聞こえるか聞こえないかの小さな悲鳴を上げた小人族の少女は酒場と聞いてさらに震え始めた。逃げ場が無くなる。そして、何となく酒場はヤバいと直感が告げていた。
「とても怖がってますし、一度離して上げてお話を聞きましょうよ」
そんなベルの提案から少女は離されたが結局、何も得られずに開放するしかなかった。今日はもう見つからないなと諦めて帰ろうとした時に不思議とショートソードに呼ばれる気がしたベル。リューもまた再度探していて黒い鞘のショートソードを見つけた。不自然にも先ほど少女を捕まえる前の道で落ちていた。リューは彼女は『黒』だなと判断した。
次に見つけたら成敗しなければと決意した。
「クラネルさん。貴方の探し物はコレですか?」
「良かった!ありがとうございますリューさん!!」
ベルは感動のあまり、原作通り無意識にリューの手をぎゅっと握りしめてお礼を言い、リューはエルフの忌避感が出ると思い触れるなと言いかけた所で何の忌避感がなく激しく動揺しながら、目を白黒させながら、先ほど握られてまだほのかにベルの手の温かさが残る自分の手を見つめていた。
脳内にはある親友からのセリフが響きかけるのが首を振って雑念を振り解く。
このことが最初のきっかけで今後様々なことで、時には
ベルは容姿は違うが声が何となく似ていた昨日の小人族とリリルカを重ねていた。リューさんから別れ際に何処で見つけたか教えて貰ってから『微かな違和感と疑念』が生まれ始めていたが、それでも彼は少女を信じることを選んだ。
───
ショートソードの騒動から少ししたある日。
シルの意図的な計らい(豊穣の女主人に置き忘れられていた本)により、ベルは一冊の『
廃教会で頁をめくると文字が浮かび上がり、いつの間にか寝落ちしていた。夜にベルはヘスティアにステイタス更新をしてもらう。
【力】:A 810
【耐久】:B 705
【器用】:A 820
【敏捷】:S 985 (※レベル1の限界値手前、圧倒的神速)
【魔力】:I 10 (※魔法発現により、僅かに開花)
【魔法】『ファイアボルト』速攻魔法。
・無詠唱ゆえに瞬時に発動できるが、現時点での連発は深刻なマインドダウンを引き起こす。
・(ヘスティア・ショートソード装着時のみ、炎龍のドロップアイテムの補正により、マインド消費量に対して威力が爆発的に向上する【火属性極限親和】の隠された副次効果が発動する)
「ベル君おめでとう。君に魔法が発現した」
「本当ですか!神様!!」
早速、紙に写された内容を確認するベル。基礎ステイタスが以上になっているが最早、ヘスティアもベルも最近は気にしなくなった。
その日の深夜。ベルは新しく手に入れた魔法を試すため、一人でこっそりと夜のダンジョンへと向かった。誰もいない開けた階層の広場で、少年は精神を集中させる。
「――『ファイアボルト』ッ!!」バチチチッ!と音を立て、ベルの手の平から鋭い火球が撃ち放たれた。
「凄い、本当に無詠唱だ……! こんな感じかぁ!」
ベルは嬉しさのあまり、ダンジョン内でファイアボルトを連弾で撃ちまくる。だが、無詠唱であるがゆえにリミッターの効かないその魔法は、少年の
クライヴが使う『ファイア』は、世界のレベルがカンストしたロゴスの器、エルフの王族をも凌駕する圧倒的なマインドプールから引き出されるため、ごく僅かな超低燃費で無制限に連射できる。
だが、レベル1のベルにとっては一発一発が命がけだ。
「あれ……急に、視界が……」
脳が焼け付くような激しい目眩。深刻な精神疲弊――マインドダウンを起こしたベルは、そのまま冷たい地面へと意識を失って倒れ伏してしまった。
深夜から、夜が明けるまで。
───
「……ん、……う……」
頬に触れる、ひんやりとした、だけど妙に柔らかくて温かい感触に、ベルはうっすらと目を覚ました。
視界が焦点を結ぶ。
目の前にあったのは、天井の岩肌――そして、自分を心配そうに覗き込む、息を呑むほどに美しい金髪金眼の少女の顔だった。
「あ……気がついた……?」
アイズ・ヴァレンシュタイン。
彼女は深層の階層主『ウダイオス』を単身で撃破した帰還の途中、リヴェリアと共に通りかかり、マインドダウンで倒れていたベルを発見したのだ。
そして、リヴェリアから教わった膝枕を反射的にその頭を自分の膝の上へと乗せていた。
「ひゃ、ひゃうあぁぁぁーーーっっ!?」
自分が憧れの『剣姫』に膝枕をされている現実に、ベルは顔を爆発しそうなほど真っ赤にして跳び起きた。
いつもなら逃げ出してしまう場面だが、クライヴの特訓を乗り越えたベルは必死にその場に踏みとどまり、たどたどしくも真っ直ぐに頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございます! 僕は、ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルです!」
アイズは目を丸くした。
本当はミノタウロスの件を謝りたかったが、口下手なため言葉が出ない。
ダンジョンの静寂の中に残された、不器用な少女と、純粋な少年。
「あの……そのね?マインドダウンしていたということは魔法、覚えたんだね……?」
「あ、はい! 昨日覚えたばかりで、加減が分からなくて……!」
リヴェリアの粋な計らいのおかげで、2人は並んで地上への道を歩きながら、お互いたどたどしく、うぶな感じで少しずつ戦いの会話を深めていくのだった。
───
同じ頃、夕暮れ時の廃教会の地下室。
18階層での怪人レヴィス戦を終え、フィンたち本隊と共に一足早く地上へ帰還したクライヴは、衣服を正して竈の前に立っていた。
「クライヴくん! 本当に無事でよかったよぉ!」
「ああ、ヘスティア。ただいま戻った。……それより、こいつの『餌』は何がいい?」
クライヴが衣服の包みを開くと、そこからうさぎほどの小さな仔獣が顔を出した。
イフリートのような小さな角、筋肉質な身体、背中のフェニックスの美しい翼。四足歩行でチョロチョロと動く、なんとも言えない『キモかわいい』女の子の魔獣――『リズン』だった。
「な、ななな、何だいこの生き物はぁぁぁーーーっ!? キモかわいい! っていうかボク以外の女の子を拾ってきてぇー!」
「落ち着け。こいつは18階層で俺の魔力を吸って生まれた、新しい家族だ。悪意はない」
「きゅぅ?」と愛らしく鳴きながら、ヘスティアの足元に擦り寄るリズン。
ヘスティアは最初は戸惑っていたものの、クライヴから渡された干し肉の切れ端を恐る恐る差し出すと、リズンは嬉しそうにパタパタと羽を揺らしてそれを食んだ。
「う、うぅ……なんだい、よく見ると凄く可愛いじゃないか……! よしよし、ボクが新しいお姉さんだからね!」
すっかりリズンの餌やりに夢中になり、デレデレになるヘスティア。
クライヴはその微笑ましい日常を眺めながら、ふっとジルの待つ故郷へ想いを馳せていた。
だが、夜が更けた頃。地下室の扉が静かに開き、ボロボロの衣服のまま、しかしどこか頬を赤らめて帰ってきたベルが姿を現した。
「ただいま戻りました、神様、あっ!クライヴさん。帰ってきたんですね……!」
「ベルくん!? 朝から居ないと思ったらその格好は一体どうしたんだい!?」
「ベル、その傷は……留守中に、何があった?」
クライヴとヘスティアが目を剥く。少年のやらかしと憧れの剣姫とのうぶな急接近、そして裏でショートソードを盗んだリリの暗い罠が動き出す直前の緊迫感の中で、第7話の幕が下りる。