ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか 作:巡理愛
「――シルさん、ありがとうございました! あの本のおかげで、僕、魔法を使えるようになったんです!」
翌日の昼下がり、ベル・クラネルは『豊穣の女主人』の店先で、灰色の髪の少女――シル・フローヴァに丁寧にお礼を言いながら、一冊の本を返却していた(原作と違いクライヴの大人なやり取りの方法?を諭され、何も知らず素直にお礼を言うことへと調整されたベル)
人見知りの少年が見せた、純粋で無邪気な笑顔。
だが、その報告を受けたシルの営業スマイルの裏側では、
神としての驚愕と戦慄が静かに走っていた。
(もしかして、
シル――美の女神フレイヤの『眼』が、少年の背後で揺らめく魂の輝きを捉える。アイズへの純潔な恋心、そしてクライヴへの強烈な憧憬。二つの情熱が織りなすスキル『
シルは思ってた展開と違うと思いながら「ふふ、お役に立ててよかったです」と、いつも通り優しく微笑み返すのだった。
───
その後今日はダンジョン探索を午後からにしようと言うことになり、ギルドのエイナの勉強会等様々にやることがあったので廃教会の地下室では、最高の「癒やし」と「ドタバタ」が繰り広げられていた。
「こらリズンくん! ベルくんにばっかり懐くんじゃないよー! ボクが美味しいご飯をあげた、このファミリアの偉い主神お姉さんなんだぞ!」
「きゅぅ?」
地下室の床を、うさぎサイズの筋肉質な仔獣――『リズン』が、二足歩行でチョロチョロと逃げ回っていた。
イフリートの小さな角を揺らし、背中にある美しいフェニックスの翼をパタパタさせながら、ヘスティアの手をひょいとかわしていく。
18階層でクライヴの魔力を吸って生まれた女の子の魔獣であるリズンは、ベルが昨日覚えたばかりの『ファイアボルト』の微かな残り香が気に入ったらしく、ベルの周りを嬉しそうに飛び跳ねては擦り寄っていた。
「ヘスティア、落ち着け。リズンが怯えている」
「怯えてないよクライヴくん! 完全にボクのことをからかってるんだい! もう、ウチのファミリアはボクをないがしろにする男(と女の子の魔獣)ばっかりだぁー!」
長年「隠れ家」で多くの仲間を率いてきたクライヴが、困ったように笑いながらリズンに干し肉の切れ端を与える。
それを器用に両手で受け取ってハムハムと頬張るリズンの姿に、ヘスティアは「うぅ、やっぱりキモかわいい……!」と、結局はデレデレになって頭を撫で回してしまうのだった。
───
だが、そんな温かい日常の裏で、暗い悪意の歯車が確実に回り始めていた。
ギルドの本部で、専属アドバイザーのエイナ・チュールから手渡された資料を前に、ベルは言葉を失っていた。
「……ベル君、これがあなたのサポーター、リリルカ・アーデさんの真実よ」
エイナがギルドの権限で調べ上げたリリの素性。彼女は、一度呑めば神すら狂わせるという『神酒』に縛られた最悪の困窮派閥――ソーマ・ファミリアの犠牲者だった。
これまで多くの冒険者を騙し、ハメて、身ぐるみを剥ぎ取ってきたサポーター。
(リリが……そんな……)
絶句するベルの隣で、資料を見つめるクライヴの目が、酷く冷徹に据わった。
神の理に縛られ、自分の名前すら奪われ、ただ道具として搾取され、心を荒ませていく幼い少女の境遇。
それは、かつて自分が頬に刻印を刻まれ、死ぬためだけに戦わされていたザンブレク皇国の
「ベル。あの少女の目は、生きることを諦めた奴隷の目だ。……騙されていたと知って、お前はどうする?」
クライヴの静かな問いかけに、ベルは拳を固く握りしめ、紅蓮の瞳を真っ直ぐに跳ね上げた。
「……助けたいです! どんな事情があっても、リリは僕の、僕たちのサポーターです!」
「――ならば行こう。お前の意志の向くままに」
クライヴは少年の覚悟を全肯定し、大剣『インヴィクタス』の柄を握り直した。
───
「――ずいぶんと視界が悪いな。ベル、リリルカ、足元に気をつけろ」
「はい、クライヴさん!」
「気を付けます。クライヴ様!」
ダンジョン10階層から11階層。
天井から不気味に湧き出す白い濃霧が視界を遮る『霧の迷宮』を、クライヴとベル、そしてサポーターのリリルカ・アーデは慎重に進んでいた。
クライヴが不在だった数日間、ベルはリリとの探索を通じて、その基本アビリティを【敏捷:S】というレベル1の常識を遥かに超越した領域まで爆発させていた。
(ふふ、レベル1の癖に化け物みたいな強さですね。……でも、それも今日までです)
ベルの背後を歩くリリの瞳に、暗い昏い光が宿る。
彼女の手には、ソーマ・ファミリアのカドゥたちと悪党ゲドから渡された、モンスターを狂暴化させて周囲一帯におびき寄せる撒き餌のトラップ――『ブラッド・ミート』が握られていた。
リリは一瞬の隙を突き、ベルとクライヴの視界が霧で遮られた瞬間に、その肉塊を背後の岩陰へと放り投げた。――はずだった。
「――きゅぅ?」
「えっ……!?」リリが息を呑む。
岩陰に落ちるはずだった禍々しい肉塊を、空中でパッと見事にキャッチしたのは、クライヴが18階層から連れ帰ってきた『キモかわいい』女の子の魔獣――リズンだった。
リズンはイフリートの小さな角を揺らし、フェニックスの美しい翼をパタパタさせながら、その厄介なトラップである肉の塊を、なんの躊躇もなく「もぐもぐ、ハムハム」と一口で丸呑みしてしまったのだ。
「きゅふぅ」と満足そうに小さくゲップをするリズン。
「な、何なんですかあの生き物はぁぁぁーーーっ! モンスターを呼び寄せる劇薬を、おやつみたいに食べちゃったです!?」
リリが心の中で絶叫し、完全に計画が狂ってパニックに陥る。しかし、肉塊の匂いはすでに霧の奥へとわずかに拡散していた。地を這うような無数の不気味な足音が、四方八方から急速に近づいてくる。
(リリルカが遂に動いたようだな)
背後から地を這うような無数の怪物の足音が近づく中、クライヴは背中の大剣『インヴィクタス』を引き抜き、霧の奥を睨みつける。
「……囲まれたか。ベル、リリルカを連れて先に行け。ここは俺が残る」
「えっ!? でも、クライヴさん一人じゃ……!」
「お前はもう、あの銀色の獣を一人で討ち倒した戦士だ。サポーターを守り、突破口を斬り開け。自分を信じろ、ベル」
「……分かりました! クライヴさん、後で必ず!」
ベルはリリの手を強く引き、敏捷Sの俊足を爆発させて霧の向こうへと駆け抜けていった。
(※この後、一人残ったクライヴは襲いかかる魔物の群れを蹂躙する中で、黒いローブを纏った魔術師フェルズ、そしてアイズ・ヴァレンシュタインと遭遇。24階層の異常調査への協力を了承し、18階層での合流を約束するが、土地勘がないため暗号が伝わらないという弊害を生むことになる)
一方、先行したベルとリリだったが、霧のさらに深い区画へと差し掛かった瞬間、リリの裏の顔が牙を剥いた。
【敏捷:S】を誇るベルの速度は、リリの足では到底追いつけない。だからこそ、リリはあらかじめ用意していた罠――モンスターを狂暴化させる特殊な撒き餌『ブラッド・ミート』再度使う。
それをベルの足元へ投げつけ、同時に目くらましの煙幕を炸裂させたのだ。
「うわっ!? なんだこれ……っ!?リリ、どこ!?」
突如として四方から殺到する大量のモンスターの足止め、そして視界を奪われた混沌。
ベルがクライヴ直伝の技術でそれらの怪物を爆速で切り伏せ、霧を晴らした時には、すでにリリの姿はなかった。
そして、腰の後ろにあったはずの、あの4億ヴァリスの『ヘスティア・ショートソード』も――忽然と姿を消していた。
───
「う、嘘……。ゲドさ、ま、どうして……っ!?」
ベルからショートソードを奪い、ダンジョンを脱出する途中だったリリは、9階層の入り口で、待ち伏せていたソーマ・ファミリアの悪党ゲドやカドゥたちに捕まっていた。
ゲドたちはリリの手から4億ヴァリスの至高の短剣を乱暴に奪い取ると、冷酷な下卑た笑みを浮かべる。
「ひゃはは! ありがとよアーデ、これでソーマ様の神酒がたらふく呑めるぜ! 用済みのてめえは、そこで蟻の餌にでもなりな!」
ゲドたちはリリを突き飛ばし、キラーアントの群れが蠢く蟻地獄のキルゾーンへと、囮として置き去りにした。
「いや……嫌です、助けて……っ!」
ガチガチと迫る無数の顎の音。
リリが己の汚れた半生を呪い、絶望の涙を流した、
その瞬間――。「――リリッ!!」階層の壁を蹴り、闇を切り裂いて飛び込んできたのは、息を激しく乱した白髪の少年――ベルだった。
手元にあるのは、リリルカから貰ったバゼラートのみ。
ベルは無詠唱の『ファイアボルト』とバゼラートを必死に振り回し、リリに迫るキラーアントの群れに応戦する。
しかし、外殻の硬いキラーアントの物量に対し、予備の武器では決定打に欠け、ベルの身体にも徐々に傷が増えていく。
「ど、どうして……どうしてリリを助けるんですか……! リリは貴方を騙して、大切な剣も盗んだのに……っ!」
「そんなの、関係ない! 僕が助けたいと思ったから!!リリは、僕の大切なサポーターだから!!」
絶望的な蟻の群れに包囲されながらも、少女の手を握りしめ、ボロボロになりながら盾となって立ちはだかる少年の気高き姿。
───
「けっ、間抜けなガキどもが。勝手に共倒れしやがれ」
少し離れた場所から面白くなさそうに、そして、実に憐れと侮蔑しながらベルたちの死闘を見届け、奪ったヘスティア・ショートソードを懐に抱えてせせら笑いながら去ろうとするゲドとカドゥたち。
だが、その悪党どもの背後の闇から、大気をも凍らせるほどの圧倒的な大人の怒りの覇気が立ち上った。
「――どこへ行く、クズども」
マントを翻し、冷徹な眼光を放ちながら立ちはだかったのは、霧の階層を爆速で突破して追いかけてきたクライヴだった。
ベルには人間の醜い悪意を見せないための、大人の泥仕事。
「な、何なんだよお前はぁっ!?」
ゲドたちが武器を構える暇すら与えなかった。
クライヴはインヴィクタスを抜くまでもなく、フェニックスの炎を纏わせた圧倒的な拳と体術の連撃だけで、ゲドやカドゥたちの骨を冷徹にへし折り、その場で一人残らず『仕留めて』いった。
(※原作では、ここで生き残ったカドゥたちは後に強化型ミノタウロスの一撃で無残に殺される因果応報を受けるはずだったが、今作ではロゴスの怒りの前に一瞬でその因業を精算されることになった)
クライヴはゲドの骸から『ヘスティア・ショートソード』を奪還すると、蟻の群れに囲まれているベルへと、正確にそれを投げつけた。
「ベル! お前の剣だ! 残りの有象無象を焼き払え!」
「クライヴさん……っ! ありがとう、ございます!」
受け取った紅きショートソードの柄が、少年の手の平に吸い付く。
その瞬間、世界の理を書き換えるほどの爆発的な熱量がベルの身に満ち溢れた。ベルはリリを背中に庇い、キラーアントの巨大な群れを見据えて手の平を突き出す。
「――『ファイアボルト』ッッ!!」魔法名を叫んだ、その瞬間だった。
ドガァァァァァァンッッ!!!
炎龍のドロップアイテムが追加鋳込みされたヘスティア・ショートソードを媒介にしたことで、武器の持つ【火属性極限親和】の隠された副次効果が覚醒したのだ。
同じマインドの消費量であるはずなのに、放たれたのはクライヴの通常の『ファイア』をも遥かに凌駕する、周囲の岩肌ごとキラーアントの群れを一瞬で焦土へと変える大爆発。
「これ……が、僕の、ヘスティア・ショートソードの、本当の力……!」
黒煙が立ち込める中、一瞬にして全滅した怪物の灰を見つめ、ベルはその武器の真の価値に手応えを確信するのだった。
その後、泣き崩れるリリの手をベルが優しく握りしめ、「僕のサポーターになってください」と微笑む。
「……どうしてそこまでリリを助けるんですか!!」
「……女の子だから?」
リリな涙ながらの問いかけに、少し自分でもよく分からないといった様子で答えるベル。
「ベル様のバカ〜!!変態、すけこましーー!!!」
「うあぁぁぁん、ごめん、ごめんなさい!ごめんなさい〜〜〜!!!」
泣きじゃくり、縋りつくリリをそっと抱きしめ続けるベル。
ずっと1人だったとあるサポーター救済の結末ーー。
───
ベルとリリの後ろ姿を見送り、静寂の戻ったダンジョンの中で、クライヴは厳かに衣服を正した。
「ベル、もう大丈夫そうだな。俺は先ほど助っ人に助けられてなお礼をしてくる」
「分かりました!」
「……どうかご無事でクライヴ様。助けて頂きありがとうございました」
「ああ、どうということはない。2人が無事でよかった。ベル、しっかりとリリルカを地上に送り届けるんだぞ」
「はい!クライヴさんも気を付けて!!」
ボロボロのベルと泣き腫らした顔のリリルカにクライヴは踵を返しながら軽く手を振る。
「さて……ヘスティアの元へ戻る少年たちの安全は確保した。……次は、俺の仕事だな」
アイズたちと交わした、24階層の異常調査への合流の誓い。クライヴはマントを翻すと、ベルたちとは真逆の方向――遥か地下、18階層の深淵へと向けて、再びその力強い足取りで引き返し、ダンジョンを猛烈な速度で下り始めるのだった。
クライヴは相手が悪党なら世界観的にも躊躇わずに命を取ります。あと、口悪くなります。