ダンジョンにドミナントがいるのは間違っているだろうか   作:巡理愛

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第9話:白き霊瀑と理のノイズ

 

ベルとリリの安全を見届けた後、クライヴは猛烈な速度でダンジョンを引き返し、18階層の冒険者街『リヴェラの街』へと辿り着いていた。

だが、元異世界人である彼には、この世界の地理の土地勘も全くなく常識もまだまだ勉強中である(エイナの勉強会に出席していればダンジョンのことは別であったが、何かとダンジョンに籠もる。様々な事に対応する。そもそも強過ぎるのでエイナも積極的ではなく、ベルの勉強会が優先された)

 

「……『じゃが丸くん抹茶クリーム味』、か」

 

アイズから渡された合流のための暗号を口の中で呟くが、ヴァリスゼアの戦場を生きてきた男の頭では、その奇妙な食べ物の意味が全く処理できなかった。

結局、ようやく探し当てた酒場に到着した時には、すでにアイズたちは24階層へと出発した後だった。そればかりか、荒くれ者の集まる酒場の中は、最悪の空気で満ちていた。

24階層の異常事態に巻き込まれ、重傷を負って仲間を失ったリヴェラの冒険者たちが、ちょうど地上から到着したロキ・ファミリアの応援組――ベートやレフィーヤ、そしてディオニュソス・ファミリアのフィルヴィスに対し、やり場のない怒りを剥き出しにして八つ当たりを浴びせていたのだ。

 

「おい、第一級冒険者がお高くとまってんじゃねえぞ! 俺たちの仲間はなぁ……っ!」

 

「うるせぇぞ!雑魚が。喚くなら他所でやれ」

 

ベートが鋭い眼光で応戦し、一触即発となったその荒れる酒場の中心へ、灰色のマントを翻したクライヴが静かに歩み出た。

ただ歩くだけで、周囲の空気がズシンと重くなる。クライヴは怒号を上げる冒険者たちの前に立ち、その傷だらけの大きな手を見つめながら、静かに、しかし冷徹な声で告げた。

 

「理不尽に戦友を失い、その無念を他人にぶつけたくなる気持ちは分かる。……だが、貴公らが真に牙を剥くべき相手は、目の前の戦士ではないはずだ。その怒りは、奥底で待つ化け物へ残しておけ」

 

かつてザンブレクの戦場で、理不尽に仲間を使い潰され、絶望の怒りを叫ぶ兵士(ベアラー)たちの姿を幾度も見てきたクライヴだからこそ言える、重みのある言葉。

その大人の圧倒的な貫禄と覇気に、荒くれ者たちは気圧され、言葉を失って静まり返った。

 

「ちっ……余計な真似すんじゃねぇよ。おい、そこのレベル1。酒場での借りは忘れてねぇからなァ」

 

ベートは激しく舌打ちし、挑発するようにクライヴを睨みつける。だが、その瞳の奥には、自分を制圧したこの男への、本能的な最大級の警戒と焦燥が隠しきれずに滲んでいた。

 

「行くぞ、バカエルフ、陰険エルフ。……お前も、足だけは引っ張るなよ、おっさん」

 

「ああ、お前たちこそな」

 

レフィーヤは前回の植物型への無双の恩義を感じて「クライヴさん、よろしくお願いします!」と小さく頭を下げ、周囲から『死妖精(バンシー)』と忌み嫌われ、完全に心を閉ざしているフィルヴィスは、ただ冷たい一瞥をくれた。

クライヴは彼女たちの不穏な掛け合いを静かに聞きながら、不器用な応援組の3人と共に、急ぎ24階層の戦場へと進軍を開始するのだった。

 

───

 

24階層の『食料庫(パントリー)』へと潜る直前、クライヴは18階層の北西にある『アストレア・ファミリアの墓地』の近くを通った際、以前察知していた【神造器神の残滓(ロゴス・ヴェステージ)】のノイズの場所を、再び鋭く視線で捉えていた。

岩肌の裏側に、うっすらと現れている『クロノスの石塔』の幻影。しかし、今回の石塔の表面は固く閉ざされ、全く『光って』はいなかった。

 

(……やはり、まだか。お前が俺を呼んでいるのは分かる。だが、この蛇口を開くための『条件』が、この段階ではまだ満ちていないようだな)

 

魂の半身であるイフリートの思念を感じつつも、今の状態ではまだ試練に挑めない原作通りの理を理解し、クライヴは「焦る必要はない」と大剣の柄から手を離した。

今は目の前の、24階層で胎動している不浄を焼き払うのが先決だ。

24階層へと足を踏み入れた一行は、ヘルメス・ファミリアの残党を救出しながら、地中から無限に湧き出す植物型モンスター『ヴィオラス』の群れを蹂躙していく。

クライヴは、フィルヴィスの放つ冷徹な魔力の底に、レヴィスとも違う、しかし「宿命の呪縛」に囚われた歪な気配を鋭く直感していたが、それを口にはせず、ただインヴィクタスを振るって彼女たちの前衛を冷徹に支え続けた。

 

───

 

「――ふふふ、やはり。ここまで来たか。ロキ・ファミリアの、神の操り人形どもが」

 

戦場に立ち込める赤黒い霧の奥から、大量のヴィオラスを引き連れて姿を現したのは、異様な怪人へと変貌を遂げた一人の男だった。禍々しい大剣を構える男のその顔面は、ダンジョンのモンスターのドロップアイテムである、呪わしい『山羊の頭骨』によって完全に覆い隠されており、声の主が誰であるかは霧とノイズのせいで判別できない。

 

「あの少女がいない?」

 

「おい、ヘルメスの奴ら。アイズはどうした?一緒じゃねぇのか?」

 

クライヴとベートがほぼ同時に疑問を投げかける。それに慌てるように答えたのは浅黒い肌色の犬人(シアンスロープ)であるルルネ・ルーイであった。

 

「初めは一緒に居たんだけど分断されちゃって!!」

 

「分断、チッめんどくせぇことになってんな」

 

返ってきた答えに苛立ちを隠そうともしないベート。

 

「ルルネさん。アイズさんは無事なんですか?」

 

「レフィーヤ!それは分からなくて」

 

「こちらもあの男と闇派閥の残党の対応と植物型のモンスターに対応が手一杯なんです」

 

ルルネの言葉を引き継ぎ、アスフィが戦況が良くなく事実上アイズの状態は不明であることを告げた。

 

「そんな…」

 

「ウィリディス、【剣姫】は強い。きっと大丈夫だ」

 

落ち込むレフィーヤをフルヴィスが励ます。

 

「そこの山羊頭。見るからに悪党といった所だが、今からでも大人しくするつもりはないんだな?」

 

「ロキファミリアの新顔か?舐めた口を…」

 

クライヴの問いかけに少し苛ついた雰囲気で怪人は答えていく。

そこからほぼ同時に両陣営の者たちが動き出した。

 

「ヴィオラス!!」

 

食人花の極彩色のモンスターが再び襲いかかる。

クライヴがすかさず前に出て応戦する。『ファイア』の連弾による触手とヴィオラスの小さ目な個体を焼いていく。

 

「無詠唱の火属性魔法?同志が言っていたのは奴のことか。厄介な」

 

余裕を見せながらも明らかに面倒な存在としてクライヴは怪人に目をつけられた。

やがて接近したベートと近接戦へと突入する。

山羊頭の大男は怪人化によって跳ね上がったその身体能力は凄まじく、第一級冒険者であるベート・ローガの猛攻すら、ほぼ互角に刃を交え、力任せに押し返すほどの怪力を誇っていた。

 

「チッ……! チョロチョロと鬱陶しい植物どもがッ! おい、万能者、エルフども、おっさん合わせろォ!」

 

「言われずとも……っ!」

 

激しい怒号を上げながら、ベートが地を這うような速度で怪人の懐へと突撃する。それと同時に、戦場の後方でアスフィ・アル・アンドロメダが、自作の神秘アイテムである『透明化の兜』を翻した。

一瞬にして完全に景色へと溶け込み、気配すら消滅させる。怪人がベートの突進を迎え撃とうと大剣を構えた、その刹那。

「ハッ――!」虚空から現れたアスフィが、怪人の死角からその膝の裏へと目掛け、小剣を叩き込んだ。完璧な不意打ち。どれほど高い身体能力を誇ろうとも、完全に気配を消したマジックアイテムの奇襲には対応できない。怪人の巨体が、僅かに前傾姿勢となって体勢を崩す。

 

「今です、ベートさん! ――『アルクス・レイ』ッ!!」

 

その決定的な隙を逃さず、レフィーヤ・ウィリディスが杖を突き出し、収束された細い一条の光属性魔法を放った。だが、その光の矢が向かった先は、怪人ではなく、突撃するベートの足元――。キィィィンッ!と高音を立て、ベートの愛用するメタルブーツ『フロスヴィルト』が、レフィーヤの放った光の魔法を完璧に吸収した。ブーツの金属に埋め込まれた特殊な魔法石が、魔導士の清冽な魔力を吸い上げて眩いばかりの『光の輝き』を帯びて爆発的に変形する。

 

「くたばりやがれぇぇぇーーーッッ!!」

 

光の属性を上乗せされ、雷速の如き速度へとハネ上がったベートの、これ以上ない機転の利いた『光の蹴り技』。空中を切り裂くような鋭い回し蹴りが、体勢を崩していた怪人の顔面――あの不気味な山羊の頭骨へと、完璧な直撃となって炸裂した。

 

バリィィィィィンッッ!!!凄まじい衝撃音と共に、怪人の顔を隠していた頑強な頭骨が、木端微塵に砕け散って霧の中に飛び散っていく。その衝撃で大きくのけ反り、露わになった男の『貌(かお)』を見た瞬間、レフィーヤが、そしてヘルメス・ファミリアの面々が、凍りついたように息を呑み、未曾有の『畏怖』に全身の血を凍らせた。

男の名は、オリヴァス・アクト。かつて7年前の暗黒期において、オラリオ中を恐怖と鮮血に陥れた最悪の闇派閥『イヴィルス』の指導者。

死んだはずの過去の亡霊だった。

 

「闇派閥(イヴィルス)の……【白髪鬼(ヴェンデッタ)】オリヴァス・アクト……!?」

 

ヘルメスファミリアの古参の者が戦慄の声を上げた、その瞬間だった。

それまで心を閉ざし、人形のように冷徹だったフィルヴィス・シャリアの全身から、下界のすべてを呪うかのような、凄まじい密度の魔力が爆発した。

 

「――オリ、ヴァス……ッ!!!」

 

裂帛の叫び。

赤緋の瞳を血の涙が滲むほどに見開いたフィルヴィスは、

「おい!陰険エルフ!」静止するベートの手を振り払い、

抜いた短剣『ティアーペイン』に短杖の『護手のホワイトトーチ』も抜き放ち凄まじい雷光の魔法【ディオ・テュルソス】を並行詠唱で詠唱する。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

 

オリヴァスへと単騎で特攻を仕掛けた。

 

7年前のあの日、最愛のファミリアの仲間たちを無惨に弄び、全滅させた悪夢の張本人。

その亡霊が目の前に立っている。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

彼女が狂うには、それだけで十分すぎた。

彼女の怨嗟に満ちた雷の閃光を片手で振り払った。

 

「ふははは! 誰かと思えば…。エルフ!お前のような奴もいたか? また仲間を殺されにきたのか!」

 

「黙れェェェーーーッッ!!」

 

激昂したフィルヴィスと怪人の力を得たオリヴァスの一対一の死闘。

憎悪に駆られたフィルヴィスはさらに距離を詰めて短剣で切り払う。

軌跡を描いて余裕綽々のオリヴァスの肉体を切り裂くが、怪人の異常な再生能力と怪力の前に、フィルヴィスもまた血を流し、一進一退の苛烈な刃の応酬が霧の中で繰り広げられる。

このフィルヴィスの絶望の魔力とオリヴァスの姿、そして彼が放つ神への激しい怨嗟の魔力を目撃した刹那、クライヴの胸【神造器神の残滓(ロゴス・ヴェステージ)】が、これまで体験したことのないほどの強烈な拒絶反応を起こした。

 

「ぐっ……、あ、が……っ!?」

 

頭を割られるような、凄まじい衝撃。

激しく歪む視界の裏側に、本来あるはずのない『不自然なノイズ(幻影)』が、暴力的な質量を持ってクライヴの脳裏へと流れ込んできた。

視えるのは、怪人化する前の、完全な人間の姿をした『オリヴァス・アクト』の冷酷な笑み。そして、赤黒い炎に包まれ、無数の無辜の民の悲鳴がこだまする、燃え盛る7年前のオラリオの凄惨な街並み。

 

(何だ……このノイズは……! 俺は、この男を……この男が引き起こす『暗黒期の悪意』を、既に知っているというのか……!?)

 

それは、時空の因果を完全に無視した、魂の衝突だった。クライヴの精神を激しく揺さぶらさせていたのだ。

 

「おい、どうした灰色マント! 雑魚の面拝んで腰が抜けたかァ!」

 

ベートの鋭い怒号が響く。

クライヴは荒い息を吐きながら、強引に頭痛をねじ伏せ、インヴィクタスを両手で構え直した。

 

「……黙れ。ただの、泥の記憶に揺らぎが起きただけだ」

 

瞳に宿る、修羅の火。過去の因縁がどうあれ、目の前の不浄を焼き尽くすという男の意志はブレない。クライヴはマントを翻すと、オリヴァスが率いるヴィオラスの群れへと、猛火の如き突撃を開始するだった。ざわめき立つ因果の胎動と共に、24階層の死闘がここからさらに激化していく――。

 




本作のオリヴァスは武器持ってます。
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