とがたなぎ 様(@tgata_nagi)主催の合同誌「今日は三峰が攻めても良いでしょ!?」に寄稿した作品です。

※Pixivにも投稿しています

1 / 1
エンコード[小指]

 プロデューサーが事務所の机でキーボードを叩いている。机の上に並べられたアンティーカの写真に5人のやや露出の高い衣装が並べられており、彼はそれらを注視した。

 

「…………」

 

 その様子を三峰結華が眺めていた。

 彼は仕事をしている。その視線は無機質なものであり、月岡恋鐘の乳房も田中摩美々の蠱惑的な表情も白瀬咲耶の引き締まった臀部も幽谷霧子のうねる銀髪も彼の前ではただのアイドル的な情報としてでしか分析していない。

 

 ……だとしても、である。

 

「ん……」

 

 結華は黙って座っている彼の後ろから頭を胸に抱きしめた。

 

「ん? どうした」

 

 仕事場という神聖な場所で不釣り合いな場所での子供じみた誘惑にプロデューサーは作業の手を止めて、本当に困ったような声で訊ねた。

 

「別に~……」

 

 何も動揺しないプロデューサーに不機嫌さをほとんど隠さずに結華は彼の頭を解放した。

 

 

「でさー、あの人いっつも他のアイドルの水着とかグラビアとか見てるわけ! 愛しの彼女はスレンダーだからね!」

 

 夜の283プロの寮、恋鐘の部屋で結華がくだを巻いていた。他のアンティーカのメンバーがあからさまに嫌な表情をする。

 

「ちょっと誰ー? 三峰に千雪さんのお酒飲ませたの」

「これ、お酒じゃないよ……。山のしずくの、炭酸ジュース……!」

 

 緑色の微炭酸が入ったペットボトルをやけ酒のようにボドボドコップに入れる結華を見ながら摩美々と霧子が自身のコップの匂いをかぐ。当たり前だがアルコールの匂いはしない。

 

「そこ! 自分たちは関係ないとか思って! 三峰は知ってるんだからね! まみみんがプロデューサーにウザがらみしてるの!」

「………はぁ」

 

 少なくとも今一番うざいのはお前だ、と言わないぐらいには摩美々は大人だった。確かにいたずらの名目でエアサロンパスとか香水とかかけてはいるが……これでも彼女持ち相手には制限しているほうなのだ。

 

「たま~に、まみみんの香水の匂いがするの、すーっごく……」

「……自分はプロデューサーのタバコの副流煙のにおい、消そうともしないくせに」

「うっ……」

 

 最近は煙草を控えているのに未だに彼女の服からメンソールの匂いがする原因を言い当てられてしまい結華は黙るしかなかった。

 

「だいたいさー、この前『自分ばっかり好きみたい』とか言ってヘラって振ったのに、すぐに恋しいとか言ってプロデューサーみたいにタバコふかして、でも自分からより戻す勇気がなくって数か月事務所の空気を悪くした女がよく言うなぁ――って」

「……反省してます」

 

 もっともあの騒動で摩美々がそんなことを言えるような立場ではないのは確かだし、アンティーカで三峰の言動を批判できる人間は一人もいないのだが。

 

「おや、まさかまた結華とプロデューサーが喧嘩してるのかい? それは――……うん」

「咲耶、演技上手くできとらんと。心のうちでスキを窺ってる顔ね」

「そういう恋鐘だって。やけに嬉しそうな顔をするじゃないか」

「またこがたんとさくやんが三峰の彼氏を狙ってる……」

「なら早めに不和を繕うことだね。むしろ私たちは優しいほうで、事務所の他のメンバーがいつプロデューサーを掻っ攫うか分かったものじゃないから」

 

 コップを傾けながら放たれる咲耶の正論に結華は唸ることしかできなかった。

 威嚇をしても意味がないと判断したのか、そこらにあったつまみ用のチーズ味のスナック菓子を開ける。すると恋鐘が欲しそうに手を差し出してきたから開け口を彼女に差し出した。

 

「結華のひとり相撲でまた事務所が崩壊の危機を迎えるのは危険ばい。やけん、ここでアドバイスでもすると」

「………どうせ色仕掛けでしょ」

「な、なんで分かったと……!?」

 

 驚愕する恋鐘に結華は大きなため息をついた。経験である。あまりにも拙いそれらがプロデューサーの失笑を誘っていたのを本人以外が知っている。

 

「大体、三峰のスタイルじゃ色仕掛けなんて成功しませんよーだ」

 

 そうかな……と霧子が呟いたし、残る3人も同意見だったが三峰は丁重に無視した。

 だってあのプロデューサーである。統計的に「美人でスレンダーな妻を持つ夫は、巨乳の不倫相手を作る可能性が高い」なんて言われているが、絶対あの男にはそれは該当しない。

 

「でも……ここで結華ちゃんが怒って……また勝手に振ったら……一番傷つくのは、結華ちゃんだよ……」

「そうなんだよねぇ……いや、ほんとにどうしよ……」

 

 大量にチーズ風味の粉がまぶされたスナックを食べながら結華は言った。

 現状2人の間には特段の問題は起きていないのだ。ただ結華が勝手に杞憂して自分以外の人間に盗られるのを危惧しているだけ。傍から見る分には面白いが、そろそろ当人の中で決着をつけさせないと傍迷惑なことになるのは自明だった。

 

「じゃあさー……今から一緒に外行こうか。服見に行こう」

「え、なんで? というか、もう夜でしょ。開いてないんじゃ……」

「この前教えてあげたでしょー」

「………えっ」

 

 摩美々がいうその店がどんな店かなんとなく予想してしまった結華は今から起こるであろう面倒ごとに「愚痴るんじゃなかった……」と呟いてしまった。

 

 

 あの笑顔は確実に怒っている。

 プロデューサーはそんなことを思いながらマンションのエレベーターの中で扉が開くのを待った。

 最近の結華は不機嫌である。確実にほかのアイドルに嫉妬している。……自分自身では気づいていないが、もしかしたら彼女とほかのアイドルを比較してしまったかもしれない。

 

 まっすぐ帰ってきて。何も買ってこなくていいから。その代わりに鍵を渡して。先に帰ってるから。

 

 多くのアイドルがいる事務所で結華がそんなことを言ってしまったから様々な好奇の視線に曝されたが、自宅で彼女が1人で泣くのを考えると断ることは出来なかった。

 さてどうしようか。エレベーターから降りて自宅の玄関のドアまでの距離で出された問いは一切の答えの予兆も導かずに終了した。

 ……出たとこ勝負でいこう。確かに結華はノリは良いが、不機嫌な時にそれをやるとすごく冷めた目でこちらを睨みつけるのですごく怖いのだ。

 決意を決めてインターホンを押す。すぐにガチャリと音を立てて玄関のカギが開いた。

 ……もしかしてずっと廊下に居たのだろうか。そんな疑問を抱えながら玄関を開けた。

 

「ただいま、結華」

「おかえり『プロデューサー』」

「ごめんちょっと待って」

 

 怒っている。わざわざ「プロデューサー」を強調しているあたり結華が他のアイドルに嫉妬しているという予測自体は合っているのは良い。

 問題は彼女が着ている服だった。

 黒いチャイナドレス。しかも髪もお団子2つにして、眼鏡も薄い赤の丸レンズだ。方向性だけはいつぞやの撮影を思い出すが、問題はそのチャイナドレスがシースルー生地かつ中は面積の小さい水着という健全さのすべてを放棄した服であったことだ。

 今時こんな衣装は大陸産のソシャゲでも見られない。こんな服を結華のようなスレンダーな女性に着せることでさらにマズイ淫靡さが醸し出される……のではあるが。

 

「何があった!?」

 

 そんな服を着ていることに思わず叫んでしまった。ノリが云々と悩んでいたのがバカみたいではないか。

 様々な感情や状況をすべて丸投げして放たれた疑問に結華は答える。

 

「……まみみんが提案して、さくやんが悪乗りしてきた」

「あー………」

 

 想像はできる。恋鐘が戦力にならなかったのも。霧子がいないのは単に年齢制限か。

 

「ちなみにどういう方便で連行されることになったんだ?」

「『プロデューサーは結華のこと大好きすぎるから、嫉妬するぐらいなら彼好みの服でも着て本気で駄々こねてみたら?』だってさ」

「……その服は」

「Pたん、こういうの大好きでしょ。チャイナもニーハイも。それともラバーのほうが―-」

「ごめん、分かったから」

 

 内容も玄関で話すべき内容ではない。自身の性癖が語られる前に玄関のドアを閉めた。

 

「手洗いうがいしたらリビングに来て。早めにね」

「……はい」

 

 恰好は異常なのに声が本気で怒っているのを感じ取って彼はいち早くいわれたことを行った。着替えは……まぁ良いだろう。明日は休みだし。

 スーツのままリビングに向かうと結華は不機嫌そうに椅子に座っていた。

 

「正座」

「はい……」

 

 言われたとおりに彼女の正面に正座をする。フローリングだから少し痛い。

 見上げると冷たくこちらを見つめる結華がいた。黒のチャイナドレスということもあってまるでチャイナマフィアの女首領だ。普段のお調子者な雰囲気を放棄したこともあり、ナイフのような美しさと恐ろしさが同居しておりすごく映える光景である。

 ……無論、これがミニ丈かつ肌の色が若干見えている生地でなければの話だが。おかげで彼の心の大半はこんな状況にもかかわらず沸き立つ欲が占めており、非常にきまずく目線を少しそらしながらもちらちらと彼女のまぶしい太ももを伺ってしまう。

 そんな彼の様子に結華はふ、と笑うとニーハイで包まれた片脚が強引に彼の顎を動かし顔を彼女のほうに向けさせた。

 

「ほら――こっち見て。Pたんのせいで三峰嫉妬深くなっちゃったし、脚だけでPたんを悦ばせられるようになっちゃった」

 

 靴下越しに、なぜか慣れた様子で結華は彼の頬を撫でる。布越しの親指が彼の小鼻を撫でて靴下のにおいがした。

 

「あはっ、ずっとこっち見てる。そんなに私の体好きかな?」

「そりゃあもちろん。」

「好き? 恋人にこんなことされるの」

「今更だろ」

「……仕掛けた私もおかしいけど、あなたも大概おかしいよね」

 

 かなり際どい服で自身の脚を見せつけるかのようにぐにぐにと彼の顔面に足を押し付けていた結華が言えたことではないのだが。

 

「……あんまりノッてくれないよねーPたん。この格好だったらオオカミになってくれると思ったんだけどなー」

「今は興奮よりも疑問が勝っているからな。それに肌色を安売りしてもあんま、うぐ」

「私のスタイルが良くないことなんて分かってますよーだ」

 

 彼の発言は途中で塞がれた。文字通り結華の足が突っ込まれる形で。

 しばらく彼女の足指が口内で蠢いた。そのまま咥えている彼を結華は最初こそ嗜虐的な笑みを浮かべて見ていたが、あんまり反応が良くないのに気づくと不満げな顔をして足を引き抜く。

 つまんないなぁ、と言って結華は立ち上がった。

 

「なに? Pたんは三峰のわざとらしい身不相応な誘惑じゃ不満?」

「そういう風に無意識に自分のことを卑下する癖が大きく出ているのが不満だな」

「いーよ。私が勝手に不貞腐れているだけだし」

「そんなことは――ぐえ」

 

 結華の言葉に思わずフォローに入ろうとしたプロデューサーだったが一瞬で黙った。正座している彼の膝に結華がまるで横抱きになるように座ったのだ。椅子に座っているのならまだしも、フローリングの上に正座している状態だからほぼほぼ石抱きのような拷問になっていた。

 

「私、重い?」

「重いな。物理的にも、精神的にも」

「そこまで体重重くないと思うけど」

「……30キロでも40キロでも50キロでも人間の体は重いからな」

 

 いつもの紳士らしからぬプロデューサーらしくない彼の一言に結華は(少し八つ当たりしすぎたかな……?)と少し不安になったものの、そっけ無い態度は変えずに「ふーん……」と言う。

 バランスが取りにくい膝の上だ。結華は彼の首に手をまわして胸板に頭を寄せて、彼に体を支えてもらう。しかし彼女の体を支えようとした彼の手を「触らないで」のひと言で止めた。

 

「触らないでって、言われてもなぁ……」

 

 たしかにこのべったべたに恋人が彼氏に甘えまくっている状態で言っても拒絶のように聞こえない。しかし彼は苦笑しながら自身の腕を降ろした。

 

「――さん。私のこと、好き?」

「好きだよ」

「こがたんのメイド服やさくやんの水着グラビアに見惚れたりしない?」

「しないよ」

「……私のことだけ見て欲しいな」

「それは……無理だ」

「プロデューサーだから?」

「プロデューサーだから」

「そっかー……。ふふっ、そうだよねー。Pたんだもん」

 

 一種の不誠実とも言える彼の言葉だったが結華は満足げに笑った。

 三峰結華が好きになった男は、そういう男なのだ。むしろここで自分のことしか見ないと言われても、自分のことだきっと勝手に嘘だと思って信じない。

 誰にでも優しく正直なあなたのことが好きだから、私は目の前の男と結ばれたいと思ったのだ。……それはそうとして嫉妬はするのだが。

 

「……ねぇ、小指出して」

「ん? うん」

 

 結華の言葉に彼はなにも疑わずに右手の小指を差し出した。

 

「ん……」

 

 すると結華は彼の小指をかぷと口に入れた。彼が少し驚いて右手の指を少しだけ蠢動させる。しかし彼女はそんなことを無視して彼の小指に歯を立てた。

 

「イテ……」

「痛い?」

「少し」

 

 彼女が彼の指を離すと少しだけ肌が切れて血が滲んだ。そのわずかな血を、彼女は舌を絡ませるように舐めた。

 

「……汚いだろ」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど」

 

 彼は結華の唾液でテラテラと輝く小指を自身の唇で拭き取った。さも当然のように行われたその行為に結華の情動がひどく立ち昇り、彼女は立ち上がる。

 

「……ずるい」

 

 沸き立つ感情を何とか無視しようとしたが、彼はそんなこと構わないかのようにいつも通りの困った笑みを見せていた。

 

「なぁ、そろそろ正座解いてもいいか?」

「良いよー。………その代わり……」

 

 彼は立ち上がろうとしていた。しかし2人分の体重を支えていた脚が痺れているのか、なかなか立てずに脚を伸ばして痺れを取ろうと奮闘していた。

 んー、と眉をひそめて鈍い顔をする彼を結華は強引に押し倒した。

 

「えっ――結華!? 」

「だーめ、抵抗しちゃ。あなたの重くて面倒くさい彼女さんがまだ満足してないよ?」

「……面倒くさいなんて思ってないが」

「じゃあ、抵抗せずに受け止めてくれる?」

「抵抗、ねぇ……」

 

 三峰結華の両の手は彼の手首を抑え込んでいる。しかし手首に体重をかけることばかり考えているようで、腰のほうにはまったく重さが感じられない。いつものように腰を跳ね上げれば簡単に脱出はできるかもしれない。それに今はスーツ……

 

(ま、いいや)

 

 愛しい恋人の吐息が近づいてくるのを彼は受け止めることにした。

 

 

 2日後、283プロ社用車内。

 

「すまん、待たせた」

 

 ラジオ局の収録後にプロモーション担当と喫煙所でタバコを吸っていたプロデューサーが戻って来た。

 

「遅いよPたん。三峰、局の駐車場で帰ってこない恋人がいつ帰ってくるかと今か今かと……」

「カギ、返して」

「ツレないなー……。冷たくするんだったら三峰にも考えがあるんですよ? 一人だけ勝手に車動かして事務所戻ったり……」

「それはやめてくれマジで社長に怒られる」

 

 後部座席の結華がサイドポケットにカギを置いた。彼女だって自身の立場を理解しているから、2人の間はカップルディスタンスにはならない。

 車が発進する。カーステレオが2人のスマホと無線接続したという表示をした。が、お互いがお互いと話したいので丁重にアナウンスを無視。

 

「いい加減、タバコ止めたら?」

「そういう結華だってたまに吸ってるじゃないか」

「Pたんが構ってくれないから、タバコと浮気するしかないんですー。それに一日に一回はニコチン入れないといけないからって、アイドルを放っぽいて喫煙所に入り浸っているPたんには言われたくないですー」

「んー……それは困ったな」

 

 車は地下駐車場を抜けて地上の道を走る。言葉だけは楽観的だが、タバコばかりが恋人の唇を奪っている事実は彼にとってもあまり愉快な話ではないのだろう。ルームミラーに映る目はあまり笑っていない。

 赤信号。車は止まる。

 

「じゃあ……といっても、禁煙は何度も成功してるからなぁ。これが最後になる方法があればいいんだけど……」

「1つ、三峰は知ってるよ?」

「ふーん……それはどんなの?」

 

 きっと彼もその方法は知っているのだろう。彼がやや挑発をするような表情で後部座席の方を向いた。

 

「知ってるくせに……」

 

 スモークガラスの後部座席の窓は外から見られることはあり得ない。

 




主催様「週刊少年漫画に載せられる程度の描写でお願いします」

ワイ「ほな、めだかボックスぐらいなら良いってことか……」(←ばかあほまぬけ)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。