【プロローグ:希望の始まり】
――。
「やっぱり、自分勝手にルールを破るのって、悪いことじゃないかな?」
いつの日だっただろうか。
繋ぎ止めるのに必死な私に、まどかはそう言った。
「そう…。なら、いずれあなたは、私の敵になるかもね。」
そう。たとえまどかの敵になったとしても…。
「え…?」
キョトンとしたまどかに構わず、私は続けた。
「でも構わない。それでも、私はあなたが幸せになれる世界を望むから。」
そう。望んだんだ。覚悟の上で。
「ほむら…ちゃん…?」
私はまどかの髪に手を伸ばす。
「…ふっ。やっぱり、あなたの方が似合うわね。」
まどかに、あの、赤いリボンを結んであげた。
これで良かったんだ。
良かったんだ…。
ねぇ…そうだよね??
なのに…。
どうして…。
【第1話:悪魔ほむら】
「杏子!!」
「あいよ!!」
さやかが投じた剣に貫かれ、ナイトメアは、真っすぐ、杏子の下へと飛んでいく。
杏子は編み込みを展開済み。あとは、ナイトメアを捕縛して、槍で一突きだ。
勝負は決着が見えている。
「…っ!!」
しかし、その刹那、ドス黒い暗雲に飲み込まれるように、ナイトメアは跡形もなく散った。
カッカッ…。
カッカッ…。
ヒールの小気味良い音と共に、鉄骨むき出しの建物に、2人は降り立つ。
建物の壁には、「安全第一」と「建設中」の横断幕。
2人ともやるせないといった表情で俯く。
しかし、その表情も長くは続かない。
「あら。惜しかったわね。」
私が姿を現すと同時に怒りに変わる。
「っ…!てっめぇ!!邪魔すんじゃねぇ!!」
まるで猫のように、杏子がギャーギャーと言ってきた。
隣のさやかは、まるで闇に潜む猫のように、私を強い眼差しで睨んでくる。
「あなたたち、お似合いね。」
「は?質問に対して答えやがれ!!」
「あらあら。いつあなたは私に質問したのかしら。少しは冷静になったらどう?そんなんだから、私に先を越されるのよ。」
「くっ…!!」
ギリっと、杏子は歯ぎしりを立てる。
「でもまぁ、今回は惜しかったわね。次こそ、私に獲物を越されないよう、せいぜい頑張ることね。」
「…っ!!このっ…!!」
「そこまでよ!2人とも。」
チッ。思わず舌打ちしてしまう。
「いつも邪魔をして、どういうつもりかしら?」
「…。」
巴マミ。かつて私を出し抜いた強敵。かつて魔女に喰われてこの世から解脱した"強敵"。
でも、彼女のことなんてどうでもいい。
私が見ているのはもう一人の、ピンク髪の少女。鹿目まどか。
巴マミの後ろで肩をすくめている様は、小鹿そのものだ。
「っ…、ねぇ、辞めようよ…!どうしていつも、こうなっちゃう…かな?」
あぁ。どうしていつもいつも。あなたは、こうしてやってくるの。
あなただけは…。あなただけは、救われてほしいのに。
「一体どういうつもりかしら。後輩を育てることも、私の役目なのよ?」
「…。」
まどかを見つめていると、巴マミが邪魔をする。
チッ。2度目の舌打ち。
まどかの前で"争い"は見せられない。
私は、おとなしくその場を後にした。
――。
「不思議な子よね。」
ほむらが去った今、一息つくように、マミが言った。濁り一つない陽だまりのようなその可愛らしい目は、空虚な空を見つめている。
「なんなんだあいつは。薄気味悪いったらありゃしねぇ。」
あぐらをかいて頬杖をつきながら、杏子が悪態をつく。
「でも…。私、あの子と仲良くなれる気がするの。」
「はぁ?何言ってんだまどか。あいつは、いつも後からやってきて、キューブを掻っ攫っていくんだぞ?」
「そっ…そうだけど。でも…。」
「でも…?」
「悪い子じゃない気がするの。」
「…。」
杏子は面白くないものでも見る目でまどかを見つめる。
「ふふっ…。」
思わず吹き出したのはマミだ。
「確かに、悪い子って気はしないわね。」
確証が持てないまどかを、マミは優しく包み込む。
「ちぇっ。呆れた。マミもまどかの味方かよ。」
「こーら。そんなこと言ったら『め』よ。あなただって、鹿目さんが言ってること、少しはわかるでしょ?」
マミの優しい眼差しに惹かれて、杏子は黙り込む。
「不思議よねぇ。どうしてか分からないけれど、確かに鹿目さんの言う通り、悪い子じゃない気がするわ。なんだか、いつか仲良くなれる気がするの。」
すると杏子は面白くなさそうに、口を開いた。
「2人とも優しすぎるんだよ。なぁ?さやか?てかお前、さっきから黙ってないで、ちっとは参加しろっつうの!」
そう言って杏子は後ろを振り返る。
いつも通りの会話。いつも通り、杏子は逃げるように、さやかに助けを求めた。
ただ、いつも通りじゃないと杏子が気がついたのは、後ろを振り返った後だった。
「…ない…。」
「おい、さやか…?」
「…なれるわけない…。なっちゃ…いけない!!」
「おい!」
「仲良くなんかなれない!!あいつは…!あいつは!!
『悪魔』だ!!」
――。
「っ…、ねぇ、辞めようよ…!どうしていつも、こうなっちゃう…かな?」
クッ…!!
「そこまでよ!2人とも。」
チッ…!!
後から後から追いかけてくる。
なんだか、巴マミに負けたみたいで、惨めで悔しい。
でも、そんな悔しさも怒りも閉じ込めて。
はぁ……。
あぁ。愛おしい。全てが。なんて可愛い子たちなのかしら。
私に向けられる、怒りも、嫌悪も、憎悪でさえ。その全てが、まどかを守るためだと思うと、こんなにも愛おしいなんて―。