これでも昔は本が好きだった。
一番最初に読んだのは、お姫様を魔王から救う勇者の絵本だったか?
子供心に大きく憧れた。
その後も色んな冒険譚を読み漁った。
色んな主人公達がいた。
中でも俺を虜にしたのは一つを極めた主人公達だった。
「俺にはこれしか使えない! これが俺に許された唯一の力だ!」
一つの能力を磨き続けた男の究極の一撃。
たった一振りの聖剣が全てを切り裂く。
その描写にひどく憧れた。
「いくら小手先の技を極めても、磨き続けた『本物』には敵わない!」
全くその通りだと思った。
そんな台詞と共に放たれた主人公の極大魔法が万能タイプの魔族を焼き尽くす。
震えるほどカッコよかった。
そんな主人公達に。
自身の描く最強の姿を見た……。
いつからだろう。
これらの主人公が嫌いになったのは。
これらの本が嫌いになったのは。
◇
「サウザー、右だ! 抑えろ!」
「任せろ――『土壁(ストーンウォール)』!」
カイルの怒号に応じ、俺は地面を蹴った。
掌から魔力を流し込み、突進してくる大型魔獣――オルガベアの足元から岩壁を急速隆起させる。
直後、ミシミシと悲鳴を上げる土壁。
巨大な前脚が一閃されただけで、俺の渾身の防壁はガラスのように砕け散った。
(チッ……分かっちゃいたが、二秒も持たないか!)
だが、想定内だ。即座に追撃へ移行する。
「『身体強化(ブースト)』!」
筋力を底上げし、踏み込む。
同時に片手剣の刃へ魔力を走らせた。
「『火炎纏(プロミネンス)』!」
狙うのは巨体の膝裏。分厚い毛皮と筋肉を避けた、唯一の関節。
魔力を込めた刃を滑り込ませる――ザシュッ!
手応えはあった。しかし、浅い。
骨には届かず、オルガベアは煩わしそうに巨体を揺すっただけだった。
「くっ……!」
返しで繰り出された巨爪。
紙一重で跳び退くも、巻き起こった風圧だけで頬が裂け、鮮血が舞う。
「『中級回復(ヒール)』!」
背後から飛来したルミアの聖光が頬を包み、焼けるような痛みを奪っていく。
俺が泥を舐めながら稼いだ、たった『三秒』。
その三秒で、頭上から“本物”が舞い降りた。
「――ハァッ!!」
金髪をなびかせ、カイルが跳ぶ。
同じ片手剣。同じ間合い。
だが、その背後に見える威容は、俺のそれとは根本的に異なっていた。
一歩、二歩――洗練され尽くした運足。一切の無駄を削ぎ落とした踏み込み。
「『聖光閃』――ッ!」
眩い白光が視界を埋め尽くす。
オルガベアの頑強な首筋が、まるで濡れた紙のように断ち切られた。
「グオオオオッ!?」
激痛にのたうつ魔獣。だが、追い打ちの猶予すら与えられない。
「焼き尽くしなさい――『爆炎波(インフェルノ)』!」
ディアナの掲げた杖から、真っ赤な熱波が解き放たれる。
俺が剣に纏わせた程度の火炎とは比べ物にならない、本物の極大魔法。
空気が爆裂し、数秒前まで猛威を振るっていた魔獣が、一瞬で黒く焦げた塊へと変わり果てた。
「……ふぅ。お粗末ね」
ディアナが余裕の笑みで杖を下ろす。
「ナイスカバーだったぞ、サウザー。お前が隙を作ってくれなきゃ、手こずってた」
剣の血を払いながら、カイルが爽やかに俺の肩を叩く。
「……役に立ったなら、良かったよ」
俺は笑顔を返し、剣を鞘に納めた。
自慢じゃないが、俺は何でもできる。
剣術、槍術、体術。
攻撃魔法、回復魔法、補助魔法。
冒険者養成学校の同期の中で、あらゆる基礎を最も早くマスターしたのは俺だった。
教官たちは口々に言ったものだ。
『君は将来、どんな冒険者にもなれる』
当時の俺は、それを才能だと信じていた。
だが――今なら痛いほど分かる。
「何にでもなれる」という言葉は、「何者にもなれない」の裏返しだ。
俺の才能は、すべて「中級」で頭打ちになった。
どれほど血を吐く努力を重ねても、その先にある「上級」の壁を突破できない。
カイルには、すべてを切り裂く剣がある。
ディアナには、すべてを焼き尽くす魔法がある。
ルミアには、死線から引き戻す神聖術がある。
そして俺にあるのは――それらの「中途半端な寄せ集め」だけだ。
前衛と後衛の隙間を埋め、敵の足を止め、味方を強化し、撃ち漏らしを拾う。
前へ後ろへと走り回る。
それが中衛。
俺の「魔法戦士」と言う職業の役割だ。
「よくやってくれている」と誰もが褒めてくれる。
だが、俺が幼い頃に本を見て憧れた主人公達は――今の俺とは程遠い。
胸の奥に押し込めたはずの「最強」という言葉が、激しく疼く。
(……俺は、このまま良いのか?)
落ちた魔獣の焦げ跡を見つめながら、俺は固く拳を握りしめた。