約束の街、リベルタ。
海から吹き込む潮風と、活気あふれる商人たちの呼び声。
世界中の船が集う巨大な港町は、今日も大勢の人々で賑わっていた。
その一角――冒険者ギルド本部のオープンテラス席で、サウザーは木製のカップを手に街並みを眺めていた。
三年前とは、纏う空気が根本から違っている。
背筋はすっと伸び、佇まいには微塵の隙もない。
視線は穏やかに見えて、超高速で周囲の情報を処理し続けていた。
混み合う人混みの流れ。
建物の影、風向き、足元の小さな段差。
すれ違う者が腰に差した武器の柄、手に握られた荷物。
三年前なら気にも留めなかったあらゆる風景が、今や自然と「盤面の手札」として脳内に展開される。
それは意識して行うことではなく、三年間で骨の髄まで染みついたサウザーの生存本能だった。
「……そろそろか」
サウザーがカップをテーブルに置いた、その時だった。
「――おい、見ろよ。あれ……」
ギルド前の大通りが、にわかに騒がしくなる。
一団の冒険者たちが、堂々とした足取りで歩いてきた。
先頭に立つのは、陽光を反射する黄金の髪をなびかせた青年剣士。
「……カイル」
三年ぶりに見る顔だった。
その隣には、藍色の髪をたなびかせる聖職者の少女、ルミア。
そして、燃えるような赤髪を束ねた魔導士の少女、ディアナ。
三年前と変わらない。
……いや、大きく変わっていた。
三人とも、あの頃より遥かに鋭く、圧倒的な自信と品格を漂わせている。
そして――彼らの後ろには、三十人を超す腕利きの冒険者たちが隊列をなして続いていた。
「……大所帯だな」
サウザーが思わず呟いた、その声が届いたわけではないだろう。
だが、先頭の金髪の青年が、吸い寄せられるようにふっと振り返った。
「…………」
視線が交錯する。
一瞬、街道の喧騒が遠のき、時間が止まったかのような静寂が訪れた。
「……サウザー……?」
カイルの目が見開かれる。
次の瞬間――黄金の髪を翻し、カイルが爆発的な勢いで駆け寄ってきた!
「サウザーッ!!」
「うわっ!?」
勢いのままガシッと両肩を強く掴まれる。
「本当にお前か!? 三年ぶりだな!!」
「痛い痛い、カイル、力が強いって!」
「あ、すまん!」
後ろからディアナとルミアも、目を見開いて駆け寄ってきた。
「サウザーさん……!」
「本当に……帰ってきたんですね……っ」
ルミアが胸元に手を当て、安堵の息を漏らす。
ディアナは目をほんのり赤くしながら、サウザーの胸当てをペチペチと力任せに叩いた。
「あんたって男は……連絡くらい寄こしなさいよ、バカ!」
「悪かったって、修行に夢中だったんだ」
「三年間よ、三年間! 本当に三年ぴったりで戻ってくるなんて、どこまで馬鹿正直なのよ……!」
「約束だからな」
「……そういうところよ、ホント」
ディアナは呆れたように、けれど心底嬉しそうに笑った。
その変わらない温度に、サウザーの心も自然と解けていく。
「みんなも、元気そうで良かった」
「ああ。お前もな」
カイルが掴んでいた手を放し、サウザーの姿を頭から足先までじっくりと検分するように眺めた。
「……驚いたな。随分と変わった」
「そうか? 装備も大した物じゃないぞ」
「違う、纏ってる空気だ。昔のお前は……常に何かに追われるように忙しなかった。戦ってる時も、自分の居場所を探して焦っている感じがあった」
カイルは言葉を選ぶように、穏やかに笑う。
「今は違う。底の知れない……静かな強さを感じる」
「……照れるな」
サウザーは頭を掻いた。
「三年も泥水をすすれば、多少は変わるさ」
「そうだな」
カイルが深く頷き、大通りで待機している三十人の冒険者たちへ振り返った。
「みんな、すまん! 昔の最高の仲間と再会できたんだ。今日のミーティングは解散! 好きに羽を伸ばしてくれ!」
「了解しました、クランリーダー!」
威勢の良い返事が返り、若い冒険者たちが散っていく。
その光景を見送りながら、サウザーは尋ねた。
「それで……あの大人数は何なんだ?」
「ああ」
カイルは苦笑いを浮かべた。
「お前が『自分自身の戦い方を見つける』と言ってパーティを抜けた後……俺たちはすぐに手痛い壁にぶつかったんだ」
「……やっぱりか?」
「やっぱりよ!」
ディアナが腕を組み、溜め息をつく。
「サウザー、あんたってあたし達が思ってた以上に色んなことを一人でこなしてたのよ。前衛のカバー、敵の足止め、補助魔法、道具の管理、危険察知……」
「お前がいなくなった途端、俺たちの連携には穴だらけになった」
カイルが真剣な目でサウザーを見る。
「そこで俺たちは思い知ったんだ。俺たちは知らず知らず、お前の万能さと器用さに甘え切っていたんだってな。だから、感謝と同時に猛省した」
「……謝るなよ。俺が自分で選んで出たんだ」
「謝ってるんじゃない、事実を話してるんだよ」
カイルは清々しく笑った。
「それで俺たちは考えた。一人の万能さに頼るんじゃない。それぞれの得意分野を持った人間を集め、組織として補い合えばいいってな」
「一人ひとりの得意を組み合わせる小隊を作り、それを束ねるクランを作りました」
ルミアが微笑む。
「大半はD級、C級の組織だけどね。普段は四、五人くらいの小隊に分かれて依頼を受けたり、必要なら他の小隊と合流する。情報も共有する。新人には経験者がついたり、大型依頼なら全員で動くこともあるのよ?」
ディアナが腕を組み誇らしそうに説明してくれた。
「一人の圧倒的な強さだけに頼らない組織。それが、俺たちが三年間でもがいて見つけた答えだ」
サウザーは黙って三人を見つめた。
胸の奥が熱くなる。
自分が抜けたことで彼らが沈むのではなく、自分の存在をきっかけに、彼らもまた新しい「強さの形」へ辿り着いていた。
「……そっか」
自然と口元が綻ぶ。
「良かった。俺がいなくなったことでみんなが崩れてたらどうしようって、ずっと少し気にしてたんだ」
「バカねぇ」
ディアナが鼻を鳴らす。
「あたしたちを誰だと思ってんの? あんたが血反吐吐いて修行してる間、あたしたちが遊んでるわけないでしょ」
「だな」
カイルがサウザーの目を見る。
「お前が自分の道を探していたように、俺たちも俺たちの道を探していた。……で、サウザー。お前は?」
「ん?」
「この三年間で、お前は何を掴んだ?」
サウザーは少しだけ考え、それから懐の革表紙のノートにそっと触れた。
「……色々だよ」
「強くなったのか?」
「たぶんな」
「たぶん?」
ディアナが眉をひそめる。
「だって俺、結局この三年間で上級のスキルも魔法も一つも覚えられなかったし」
「……は!?」
ディアナが目を丸くした。ルミアも信じられないといった様子で瞬きをする。
「嘘でしょ……? 三年間も一人で修羅場を潜って、上級技が一つも?」
「ああ。中級止まりだ。剣も、魔法も、牽制も、回復も。能力の限界(キャパシティ)は三年前と変わってない」
サウザーは苦笑した。
だが――その瞳には、かつてのような卑屈さも迷いも一切なかった。
「ただ……手札の『繋ぎ方』が変わった」
カイルが黙ってサウザーの言葉を待つ。
「昔の俺は、自分が何をできるかばかり考えてた。でも今は、相手が何をしてくるかを見る。一つの強力な技で勝てないなら、相手の次の行動を初級魔法や小道具で潰す。その次の反撃も潰す。最後まで相手に何もさせずに『詰ませる』んだ」
サウザーは腰の片手剣と短槍、ポーチの小道具に視線を落とした。
「俺の持ってる手札は、どれも小さくて中途半端だ。なら――隙なく全部繋ぎ合わせて、一つの巨大な意思として叩きつければいい」
カイルの口元が、ゆっくりと吊り上がっていく。
「なるほど……『つぎはぎの万能』か。格好いいな」
「俺は、ようやく俺だけの戦い方が分かった。それが、この三年間の答えだ」
「……いい顔になったな、サウザー」
カイルが心底満足そうに頷いた。
「お前もな、カイル」
二人は顔を見合わせ、声を合わせて笑った。
三年前、自分の道を探すために別れた。
そして今、互いに自分だけの「強さ」を確立してここに立っている。
「……よし、そろそろ行くか」
サウザーが腰を上げた。
「えっ、もう行くんですか!?」
ルミアが寂しそうに声を上げる。
「ああ。せっかく久々にこの街に来たんだ。しばらく散策して――」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ディアナがサウザーの前に立ちはだかり、腕を組んで睨みつけてきた。
「三年ぶりに帰ってきた仲間を、そのままあっさり帰すわけないでしょ!?」
「いや、でもお前たちもクランの仕事が――」
「今日は飲むわよ! 徹夜で!」
「……飲む!?」
サウザーが目を白黒させる。
「そうだ」
カイルがサウザーの首に腕を回し、嬉しそうにニシシと笑った。
「せっかくの再会だ。昔みたいに四人で浴びるほど飲もう。俺の奢りだ」
「いや、昔みたいにって……俺、酒あんまり強くないんだが……」
「いいじゃないですか」
ルミアも優しく微笑む。
「三年分、サウザーさんの聞きたい話も、話したいことも山ほどありますから」
「……断れない空気だな、これ」
「当たり前でしょ!」
ディアナが鼻を鳴らす。
「最低でも五杯は付き合いなさい!」
「増えてるし!」
茜色に染まる港町の風の中、四人の賑やかな笑い声がいつまでも響き渡っていた。