――三年間のソロ修行の、ちょうど中頃のこと。
大型魔獣の巣窟へ潜るにあたり、荷物持ち兼前衛の穴埋めとして、サウザーは冒険者ギルドの掲示板で一度だけ『臨時パーティ』の公募に乗ったことがあった。
だが――それが大失敗だった。
ーーザシュッ!
一筋の剣閃が大蜘蛛を両断する!
「きゃーー!」
「かっこいい!!」
取り巻きの女魔法使いと女僧侶が黄色い声援を送る。
「……フッ」
気を良くしたのか剣士は金髪の前髪をキザったらしくかき上げる。
「おい、また魔力付与(バフ)が遅れてるんじゃないか? 僕の優雅な剣技を淀ませる気か、ノロマめ」
「ひ、ひぃっ……! す、すみません……キャ、キャパシティが……!」
暗く湿った洞窟の奥。血臭漂う通路で、美貌を怒りに歪めた剣士のリーダーが、冷酷な声で吐き捨てていた。流麗な装飾剣を腰に下げた男だ。
(……何だこれは?)
サウザーの目の前には今までに見た事の無い光景が映っていた。
罵倒されているのは、後方で必死に杖を握りしめる小柄な支援術士の少年である。
「まったく、顔も地味なら魔法も使えない泥臭いガキだ。……『器用貧乏』のサウザーを見習えとは言わないがね。あっちも初級魔法と小弓しか使えない『雑多な手札』に過ぎないんだからさ。ふふっ」
「ホントその通りね!」
「2人揃って華も何も無い。情けないったら無いわ!」
取り巻きの僧侶と攻撃魔法使いの女も、顔を綻ばせて嘲笑う。
(何なんだ? こいつら?)
今まで見た事の無い人種にサウザーは軽く困惑した。
仲間を仲間とも思わない発言。
初対面の自分にまで(募集したくせに)見下す謎の思考回路。
怒りというより、呆れと――猛烈な『違和感』が湧いていた。
同じ言葉を発してる筈なのに会話が成立しない。
まるで未知のモンスターに遭遇した様な気分だった。
(……不快だな)
サウザーは無言で小弓を引き絞り、天井から奇襲してきた大蜘蛛の眼球を『マジックアロー』で的確に射抜きながら、冷ややかな視線を彼らに向けた。
目の前の剣士の動きを冷静に観察する。
(支援術士の詠唱が遅れているんじゃない。あのリーダーが見栄えを気にして無鉄砲に踏み込みすぎ、支援魔法の有効範囲から勝手に外れているだけだ。前衛がヘイト(敵の注意)を維持できないから後衛に圧力がかかり、詠唱が途切れている。……典型的な、戦術理解の欠如だ)
サウザーの脳裏に、かつての仲間たちの姿が鮮明に浮かび上がる。
『みんなのことが大切だからこそ……このままここにいたら、俺は自分を誤魔化し続ける』
あの夜、身勝手な理由で脱退を申し出た自分を引き止めてくれたディアナ。
寂しそうに笑いながら無事を祈ってくれたルミア。
そして、互いに拳を突き出し、「三年後、この町で会おう」と笑顔で背中を押してくれたカイル。
彼らはサウザーの能力を必要とし、人として、仲間として、心から尊重してくれていた。
カイルの指示はいつだって的確で、前衛として絶対に後ろへ敵を通さなかった。
(カイルたちは……あいつらは、絶対に仲間を鬱憤晴らしの道具にしたり、自分の不甲斐なさを他人に転嫁したりなんかしない)
目の前の男たちと比較したことで、カイルたちの温もりが、誇り高さを伴って胸に染み渡っていく。
「おいサウザー! 何ぼーっとしているんだ! 僕の華麗な剣術を引き立てるよう、前衛のカバーに入れ!」
リーダーの不機嫌な怒声。サウザーは静かに息を吐いた。
「……了解」
(とっとと片付けて、離れよう)
サウザーは思考のギアを一段引き上げた。
迫り来る『洞窟大蜘蛛』の群れ。(Bランク相当)
普通なら前衛が押し潰される数の暴力に対し、サウザーの手札(デッキ)が高速で旋回し始める。
(『微風(ウインド)』+『油泥(オイル)』!)
サウザーの放った微風が蜘蛛の吐き出す粘着糸の軌道を滑らかに逸らし、壁面にぶちまけた油泥が敵の立体的な走破を完封する。
(少年、今だ。俺の合図に合わせて『筋力強化(アタックバフ)』を唱えろ!)
「え……あ、はいっ!」
サウザーが投げナイフの『電撃』で蜘蛛の動きを数秒間完全に足止め(スタン)させ、前衛が安全に打撃を叩き込める「絶対的な猶予」を作り出した。
「今だ、通せ!」
少年の詠唱したバフが、完璧なタイミングでリーダーの全身を包み込む。
「なに……!? 体が軽い……! 素晴らしい、僕の潜在能力が引き出されたのか!?」
間合い、足止め、バフの着弾――すべてサウザーが裏で完璧に計算し尽くした【盤面コントロール】。
そこからの戦闘は、もはや作業だった。
サウザーは味方の死角から溢れた蜘蛛の核を短槍で正確に穿ち抜き、危険な攻撃を全て事前に摘み取っていく。
――わずか数分後。
苦戦するはずだった大蜘蛛の群れは、一匹残らず静まり返っていた。
「な……なんだこれは……?」
剣士は顔を歪め、呆然と立ち尽くしていた。
自分たちが無傷で勝てた理由。
最初は「僕の剣技が完璧だからだ」と思おうとしたが、あまりにも戦闘がスムーズすぎた。
サウザーが投じる一つ一つの小技が、完璧なパズルのように噛み合って敵をハメ殺していたことに、遅まきながら気づいたのだ。
「フッ……見直したよ、サウザー。君、ただの器用貧乏じゃないね?」
リーダーの男が、フッと自信ありげな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「前言撤回だ。僕のパーティに君を加えてあげよう。特別に報酬も色をつけてやる。代わりに――」
男は、後ろで身を寄せ合う支援術士の少年と、彼を庇う女の子へ冷酷な視線を向けた。
「――この足手まといで不細工なガキはクビだ。今日限りで追放する!」
「……うぅ」
補助の少年が苦い表情を浮かべる。
自分がこのパーティーの新参で、明らかにレベルが劣っている事を理解しているのだ。
申し訳なさそうに肩をすぼめる。
だがサウザーは、血を拭った短槍を静かに背中のホルダーへ収めると、底冷えするような瞳で男を見下ろした。
「断る」
一秒の逡巡もなく、短く吐き捨てた。
「……は? 何を言っているんだい? 僕の誘いを断るなんて――」
「あんたたちと組んでも、何の学びもないからだ」
サウザーの静かな、だが一切の情を排した声に、男は言葉を詰まらせた。
「味方の間合いすら把握せず、自分のミスをすべて支援職に押し付け、暴言で鬱憤を晴らす。……俺の知っている最高のパーティは、どんな時も仲間を尊重し、互いの隙を埋め合って高め合っていたぞ」
「な……っ! こ、この僕を侮辱する気か……!?」
「君」
サウザーは男たちを無視し、震えている支援術士の少年に声をかけた。
「……次の街まで一緒に行かないか? 君の魔法のタイミング、さっきすごく助かったよ。詠唱の合図と間合いの取り方、少しコツを教えるよ」
「本当ですか……? ありがとうございます……!」
少年の瞳に、ぽっと救いの光が宿る。
「ふざけるなサウザー!! 天に選ばれしもこの僕をコケにして――!!」
リーダーがプライドを砕かれ、顔を真っ赤にして装飾剣を引き抜いた――その瞬間。
ドドンッ!!
男の爪先のコンマ数ミリ手前の地面へ、サウザーが腰から引き抜いた短槍が深々と突き刺さった。
岩盤を粉砕するほどの衝撃と、皮膚を切り裂くような尖った殺気。
あまりの速度と精度に、男は細身の剣を半ば引き抜いた体勢のまま凍りついた。せっかくの整った顔が、恐怖で無惨に引きつっている。
「……手札の引き際くらい、正しく読んだ方がいい」
サウザーの瞳に宿る、無言の威圧感。
自分の仲間まで馬鹿にされたような気がして、サウザーはとうとう我慢の限界を迎えていた。
それに気圧され、気取っていた剣士と取り巻きの二人は無様な悲鳴を上げて尻餅をついた。
サウザーは振り返りもせず、短槍を回収すると、安堵する少年を連れて洞窟の出口へと歩き出した。
(カイル、ディアナ、ルミア……)
洞窟を抜け、眩しい太陽の光を浴びながら、サウザーは澄み切った空を見上げる。
(俺は……本当に、世界一素晴らしい仲間たちと出会えていたんだな)
自分を心から信じ、背中を預けてくれた仲間がいたこと。
そして今、泥臭い強さと戦術を叩き込んでくれる師匠(ザジ)がいること。
誇りと感謝を胸に、二度と出会うこともない愚者たちを置き去りにして、サウザーは約束の三年後へ向けて、二人の若者の歩幅に合わせながら、自分の道を歩んでいった。