その夜。
討伐を終えた俺たちは、街道沿いに野営地を作っていた。
焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
「今日のサウザーの補助、マジで助かったわ」
ディアナが干し肉をかじりながら言った。
「私が魔法を撃つ直前に敵を誘導してくれたでしょ。あれ、結構難しいのよ」
「そうか?」
「そうよ。自覚ないの?」
「……まあ、昔からああいうのは得意だったから」
「それが凄いんだって」
ディアナは呆れたように笑う。
ルミアも頷いた。
「ええ。サウザーが中衛にいてくれるから、私も安心して回復に専念できます」
「ありがとう」
ルミアから温かいスープの入った木製カップを受け取る。
手のひらに熱が伝わってくる。
……いい仲間だ。
本当に。
17歳からの付き合いでもう5年になる。
誰も俺を馬鹿にしない。
俺のことを「中途半端な奴」なんて言わない。
むしろ、俺の器用さを必要としてくれている。
このまま、このパーティで冒険者を続ければいい。
きっと、うまくいく。
大きな怪我もせず。
そこそこの依頼をこなし。
そこそこの名声を得て。
そのうち、結婚でもして。
仲間たちと笑いながら昔話をする。
そんな未来も悪くない。
……なのに。
胸の奥が、どうしても納得しなかった。
(俺は、このままでいいのか?)
今日もそうだった。
俺がオルガベアの足を止める。
カイルが斬る。
ディアナが焼く。
ルミアが癒す。
完璧な連携だ。
俺たちは強い。
きっと、かなり強い。
でも。
俺一人で、あのオルガベアを倒せと言われたら?
……無理だ。
それが、どうしようもなく悔しかった。
「……カイル」
「ん?」
「ディアナ。ルミア」
三人が俺を見る。
俺はカップを地面に置いた。
「俺、このパーティを抜けたい」
薪が弾ける。
パチッ。
その音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……え?」
ルミアの手が止まる。
ディアナは干し肉を持ったまま固まった。
カイルだけが、じっと俺を見ていた。
「……冗談じゃなさそうだな」
「うん」
「理由を聞かせてくれ。俺たちの立ち回りに不満があるのか?」
「違う」
「報酬の分配?」
「違う」
「……じゃあ、何だ?」
俺は膝の上で拳を握った。
「俺は……最強になりたい」
「最強って……」
ディアナが眉を寄せる。
「サウザー。あんた今でも十分強いじゃない」
「違う」
「何が違うのよ!」
「俺は、強いんじゃない」
言葉が、自然と口からこぼれた。
「便利なんだ」
三人が黙る。
「剣も使える。魔法も使える。回復も補助もできる。でも、どれも中級止まりだ」
拳に力が入る。
「俺は、みんなの穴を埋めることはできる。でも……誰か一人を圧倒する力がない」
「そんなの……」
「俺は嫌なんだ」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「みんなが嫌いなわけじゃない。むしろ逆だ。みんなのことが大切だからこそ……このままここにいたら、俺は自分を誤魔化し続ける」
カイルが黙って聞いている。
「俺は……『最強の冒険者』になりたいんだ」
子供の頃からずっと。
胸の奥にしまい込んでいた言葉だった。
「器用貧乏のまま、誰かのサポートをして、それで満足できるほど……俺は大人じゃなかった」
ディアナが唇を噛む。
「……あたし達には、あんたが必要なのに」
「分かってる」
「じゃあ――」
「だから苦しいんだ」
声が小さくなる。
「必要としてくれる場所がある。居心地のいい場所もある。俺を認めてくれる仲間もいる」
それでも。
「そこに甘えたら、俺は一生、中級の魔法戦士だ」
沈黙が落ちた。
やがてカイルが口を開いた。
「……一人になって、どうする?」
「分からない」
「その壁をどうやって破る?」
「分からない」
「……そうか」
カイルはしばらく焚き火を見つめていた。
そして、静かに立ち上がった。
「なら、止めないよ」
「カイル!?」
ディアナが声を上げる。
カイルは首を横に振った。
「俺たちがサウザーの夢を決めることはできないだろ」
そして俺を見る。
「ただし、一つだけ約束してくれ」
「何?」
「死ぬな」
「……ああ」
「それと――」
カイルが手を差し出す。
「三年だ」
「三年?」
「ああ。三年後、この町で会おう」
「……」
「お前がどれだけ強くなったのか。そして、俺たちがどれだけ成長したのか。お互いに答え合わせをしよう」
俺は差し出された手を見る。
そして、強く握り返した。
「……分かった」
「約束だ」
「うん」
「三年後、また会おう」
ディアナが目を赤くしながら、そっぽを向く。
「あたしより弱かったら承知しないんだからね」
「分かってるよ」
「……絶対だからね」
ルミアは寂しそうに笑った。
「三年後、無事な姿で会いましょう」
「うん」
その夜。
俺たちはいつも通り、くだらない話をした。
まるで明日も同じ日が来るように。
◇
翌朝。
朝もやのかかった街道の分岐点に、俺は立っていた。
背中には荷物。
腰には剣。
それだけだった。
「またな、サウザー」
カイル。
「絶対、強くなって帰ってきなさいよ」
ディアナ。
「お体に気をつけて」
ルミア。
「……ああ」
俺は三人に背を向けた。
歩き出す。
一歩。
また一歩。
振り返らなかった。
怖かったからだ。
もし振り返ったら――
戻りたくなってしまう気がした。
俺の手元にあるのは、中途半端な剣技。
中途半端な魔法。
中途半端な知識。
そして、何でもできる代わりに、何一つ極められない自分自身。
「……これだけで、どこまで行けるんだろうな」
答えはない。
ただ一つだけ、決めていることがある。
三年後。
俺はもう一度、あいつらの前に立つ。
そして――
今度こそ、自分の力で「最強」という言葉に手を伸ばす。
この選択が正しかったのか。
それはまだ分からない。
分からないからこそ。
俺の、本当の冒険が始まった。