つぎはぎだらけの一本槍   作:・ダクエル・

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第3話:一人という現実

パーティーを離れて二ヶ月。

 

俺の冒険者生活は――惨憺たるものだった。

 

「……くそっ、重ぇ……ッ!」

 

ぬかるんだ泥を踏み荒らし、巨木のような木棒が振り下ろされる。

俺は横ざまに転がり、紙一重で回避した。

 

ズドンッ!

 

巻き上がった泥と破片が顔面を叩く。視界が土で塞がる。

 

(速い……!? いや、違う!)

 

脳が悲鳴を上げる。

敵はただのオークだ。以前なら脅威とも思わなかった相手。

なぜなら、前にはカイルがいて、俺は脇から『最善の一手』を狙うだけでよかったからだ。

 

今は違う。

間合いを測るのも俺。

視線を惹きつけるのも俺。

間隙を縫って斬り込むのも俺。

背後の気配を察知するのも、逃げ道を確保するのも――すべて、俺一人だ。

 

情報量が多すぎて、思考がパンクを起こしそうになる。

 

「グオオオッ!」

 

オークが追撃の爪を振るう。

 

「『風刃(ウインドカッター)』!」

 

咄嗟に右手から魔力刃を放つ。

緑の光がオークの肩口を裂くが――肉の厚みに阻まれ、巨体は止まらない。

 

(浅い……! 『身体強化(ブースト)』を上乗せして押し込む――)

 

「ぐっ……!?」

 

足が追いつかない。

急激な魔力循環に筋肉が耐えきれず、右太腿の筋が悲鳴を上げた。

踏み込みが鈍り、体勢が大きく崩れる。

 

「ガアアッ!」

 

目の前に迫る、オークの歪んだ顎。死の匂い。

 

(しまっ――)

 

考えるより先に、身体が泥の中を這った。

死に物狂いで剣を斜めに構え、衝撃を受け流す。

ガキィンッ! と嫌な金属音が鼓膜を刺し、腕の骨が軋んだ。

 

泥を舐め、顔面を土塗れにしながら立ち上がる。

呼吸が浅い。視界が明滅する。

 

(まだだ……まだ死ねるかよ……!)

 

オークの横薙ぎを潜り抜け、膝裏へ泥を蹴り飛ばす。

一瞬だけ傾いた巨体。その喉元へ――俺は全体重を乗せて剣を突き立てた。

 

ドスッ!

 

「グ……ッ……」

 

生温かい血が顔に噴き出す。

崩れ落ちる巨体と共に、俺もその場に膝をついた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

激しい動悸が収まらない。

勝利の歓喜なんて微塵もなかった。ただ、死の恐怖と疲労感だけが全身を支配している。

 

手元を見れば、愛用の片手剣は刃が大きく欠け、刃こぼれを起こしていた。

傷だらけの身体を引きずり、なんとか街のギルドへ戻る。

 

受け取った報酬は、銅貨が数十枚。

 

そこから、武器の研ぎ代。

傷口を塞ぐための安価な薬草代。

薄汚れた宿屋の部屋代と、冷えたスープの食費。

 

手のひらに残ったわずかな銅貨を見つめ、俺は力なく吐き捨てた。

 

「……笑えないな」

 

◇

 

その夜。

安宿の固いベッドに倒れ込み、天井のシミを見つめる。

 

一人で傷口に軟膏を塗りつける。ルミアの暖かな『ヒール』とは比べものにならない、焼けるような痛みが肌を刺した。

 

「極めるどころか……生き残るだけで精一杯じゃないか」

 

壁一枚隔てた隣の部屋から、酔っ払いの話し声が聞こえる。

目を閉じれば、浮かんでくるのは三人の顔だ。

 

カイル。ディアナ。ルミア。

 

俺が抜けて二ヶ月。

あいつらはどうしてるだろう?

俺の穴を埋める新しい仲間を見つけたか?

あるいは三人で完璧な立ち回りを構築しているのだろうか?

 

それとも俺と同じ様に悩んでる最中なのだろうか?

 

俺がいなくても、世界は回る。

あいつらもきっと前に進んでいけるだろう。

 

自分だけが前に進まず同じ所をグルグル回っている様な錯覚感。

 

「『最強』、か……」

 

呟いた言葉が、あまりに空虚で胸が潰れそうになる。

 

何でもできるからと過信し、居心地のいい場所を飛び出した。

だが、一人になった途端に露呈したのは、上級者には程遠い「器用貧乏の無力さ」だった。

 

壁を破る方法も分からない。

強くなるための手応えすらない。

ただ、すり減っていく装備と体力に怯えながら、日銭を稼ぐ毎日。

 

(俺は……明日から、どうすればいい?)

 

暗闇の中、答えをくれる者は誰もいなかった。

幼い頃に憧れた絵本の勇者は、泥と血に塗れた俺を、ただ冷たく見下ろしている気がした。

 

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