パーティを離れて二ヶ月。
俺の冒険者生活は――惨憺たるものだった。
「……くそっ!」
目の前から迫ってくるオークへ向け、俺は右手を突き出す。
「『風刃(ウインドカッター)』!」
緑色の魔力の刃が飛翔し、オークの肩口を切り裂いた。
ザシュッ!
「グオオッ!」
確かに傷は負わせた。
だが、巨体は止まらない。
以前なら、ここでカイルが飛び込んでいた。
俺が足を止める。
カイルが斬る。
ディアナが追撃する。
傷を負えば、ルミアが癒してくれる。
四人なら、それでよかった。
でも――今は一人だ。
「……来る!」
オークが棍棒を振り上げる。
俺は横へ飛んだ。
ズドンッ!
地面が砕ける。
その隙に剣を抜き、脇腹へ斬り込む。
浅い。
「ちっ……!」
オークが振り返る。
俺は距離を取って、再び魔法を詠唱する。
「『筋力強化(ブースト)』……!」
身体能力を底上げする。
同時に、オークが突っ込んでくる。
(速い……!)
いや。
以前なら、そうは思わなかった。
カイルが前にいたからだ。
俺は自分が攻撃することだけを考えればよかった。
だが今は違う。
敵の動きを見る。
自分の体力を見る。
魔力を見る。
地形を見る。
逃げ道を見る。
次の魔法を考える。
その全部を、一人でやらなければならない。
「くっ……!」
間一髪。
棍棒を横跳びで躱した。
だが、着地した足が泥に取られる。
「しまっ――」
体勢が崩れた。
オークの巨体が覆い被さる。
「――ッ!」
死ぬ。
そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。
剣を盾がわりに差し込み、衝撃を受け流す。
ガキィンッ!
腕が痺れる。
そのまま地面を転がり、泥だらけになりながら立ち上がった。
「はぁ……はぁ……」
もう一度、剣を握る。
「……まだだ」
俺は走った。
オークの懐へ潜り込み、今度こそ喉元へ刃を突き込む。
ドスッ!
「グ……オ……」
巨体が崩れ落ちた。
「……はぁ」
勝った。
勝ったはずなのに、嬉しくなかった。
剣を見る。
刃は欠けている。
魔力もほとんど残っていない。
傷だらけの身体を引きずりながら街へ戻る。
報酬を受け取る。
そこから武器の手入れ代。
治療費。
宿代。
食費。
残った金を見て、思わず笑いが漏れた。
「……これだけかよ」
◇
その夜。
宿屋のベッドへ倒れ込む。
天井を見つめる。
「極めるどころか……」
声が漏れた。
「生き残るだけで精一杯じゃないか」
目を閉じる。
浮かんできたのは、三人の顔だった。
カイル。
ディアナ。
ルミア。
今頃、どうしているだろう。
俺が抜けたことで、立ち回りも変えたはずだ。
新しい仲間を探したかもしれない。
あるいは――俺がいなくても、三人で上手くやっているのかもしれない。
そう思うと、胸が痛んだ。
俺だけが、前に進めていない。
いや。
正確には――
前へ進んでいるつもりで、同じ場所をぐるぐる回っている。
「……最強の冒険者、か」
呟いた言葉が、やけに遠く感じた。
あれほど近くにあった夢が。
今は、手を伸ばしても届かない場所にある。
「俺は……何をすればいいんだ」
答えてくれる人はいなかった。