つぎはぎだらけの一本槍   作:・ダクエル・

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第4話:おじさん冒険者

ジリ貧の生活に焦った俺は、気分転換と日銭稼ぎを兼ねて森へ向かった。

 

受けた依頼は、Eランク以下の『薬草採取』。

かつての俺なら見向きもしなかった仕事だ。魔物を倒す方が稼げるし名声も得られる。そう信じていたからだ。

 

だが今の俺には、これが等身大の現実だった。確実に銅貨が手に入り、死ぬ危険も少ない。

 

「……確か、この群落のはずだが」

 

茂みを掻き分け、依頼書の図面と照らし合わせる。

その時、少し離れた木陰に一人の冒険者の姿が目に入った。

 

使い古されて傷だらけの革鎧。泥と煤に塗れたマント。

そして――腰の後ろや太腿に、不揃いな手斧が幾本も刺さっている。

 

(……四本? なんで手斧をそんなに……)

 

年齢は四十を超えているだろう。目元には深いシワが刻まれ、全体から冴えない疲弊感が漂っていた。

 

(あの歳になっても、ソロで薬草採りか……)

 

数年後の自分の姿を見せつけられたようで、胸がチクリと痛む。

その時だった。

 

ガサッ――ッ!

 

頭上の大樹の枝が不自然に揺れた。

 

(――ゴブリン! しかも三匹!)

 

樹上から男の死角へ飛び降りようとしている。

 

「おい、上――!」

 

警告を叫ぼうとした瞬間、男が動いた。

 

振り返りもしない。

しゃがんで薬草を摘んでいた体勢のまま、ぬるりと右手を腰へ回す。

柄を握り、引き抜き、放つ。

 

その一連の動作に、一切の力みがなかった。

 

「ーーよっと」

 

脱力しきったスナップから放たれた手斧は、風を切る音すら残さず空を裂き――

 

ドスッ……!

 

跳躍の頂点にいた一匹目の眉間へ、吸い込まれるように深々と突き刺さった。

 

「ギャッ――!?」

 

悲鳴と共に一匹が落下する。

残る二匹が着地すると同時に、男はすでに立ち上がっていた。

 

二本目の手斧が抜かれる。

 

一歩。半歩。

忍び寄るような独特の運足。ゴブリンが爪を振り下ろす瞬間、男の身体がミリ単位で傾き、死線から外れた。

交錯の瞬間、刃が首筋を撫でる。

 

ザシュッ。

 

鮮血が舞う。

さらにもう一匹が、完全に男の『背後』から跳びかかった。

 

男は――見ていない。

それなのに、背中に回した手斧の柄頭(柄の末端)が、無造作にゴブリンの顎へ叩きつけられた。

 

ガゴッ!

 

脳揺らしの衝撃で空中に縫い付けられたゴブリン。

男はそこで初めて振り返り、下から上へと手斧を滑り込ませた。

 

ドスッ。

 

最後の一匹が地面に伏す。

戦闘開始から、わずか四秒。

 

「…………え?」

 

声が出なかった。

 

速い……いや、速さの次元が違う。

筋力や魔力に頼った加速ではない。

ゴブリンがどこへ飛び、どう爪を振り、どこに隙ができるのか――まるで最初から決められた『手順』をなぞるような、恐ろしいほどの無駄のなさ。

 

「……予知のスキル……か?」

 

思わず呟いた俺に気づき、男が振り返った。

 

「ん?」

 

「あ、あの……今の!」

 

俺は駆け寄っていた。

 

「今の動き、なんですか!? ゴブリンがどこから来るか分かっていたんですか!?」

 

「え?」

 

「予知のスキルですか!? それとも特殊な感知系の能力? あの死角からの攻撃まで……!」

 

男は露骨に困った顔をした。

 

「……うわ」

 

「え?」

 

「若いのが食いついてきた……」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

俺が詰め寄ると、男は露骨に嫌そうな顔をして頭を掻いた。

 

「いやいや。大したもんじゃないって。……ただの勘だよ、勘」

 

「勘……!? あれが!?」

 

「うん。枝が揺れたから『来るな』と思って投げたら当たった。右の奴は目を合わせた時に右に避けそうだったから斧を置いた。背中のやつは……なんとなく風が変わったから柄を引っ掛けた。それだけ」

 

「っ……!」

 

絶句した。

言葉の端々で「勘」と言い切る男だが、俺には分かった。

 

これは勘などという曖昧な代物ではない。

三十年間、泥を舐め、生き残るためにゴブリンの習性、風の揺れ、音の反響、自分の身体の動き――そのすべてを脳ではなく『身体』に染み込ませ続けた男の、無意識の最適解だ。

 

その時。

 

「あ」

 

男が地面を見る。

 

「あーあ……」

 

「どうしました?」

 

「せっかく芽が出たばっかりの薬草が、血で汚れちゃった」

 

本気で残念そうだった。

 

「……そっちですか?」

 

「そっちだよ。今日の依頼、これ一本駄目になったら結構痛いんだから」

 

そう言って、男は予備の手斧を取り出した。

 

「あの……手斧を四本も持っているのですか?」

 

「ああ」

 

「なぜ?」

 

男は少し考えてから答えた。

 

「一本より二本あれば死角を減らせるだろ?」

 

「……はい」

 

「投げたら一本なくなる」

 

「はい」

 

「だから予備」

 

「……」

 

何でもないことのように言う。

 

男は苦笑した。

 

「五本だと動くのに多過ぎて、気づいたら四本に落ち着いてた」

 

男は苦笑いしながら、返り血を拭う。

 

洗練されてる。

 

いや洗練とは違う。美しさとも違う。

泥臭く、不格好で、だけど『生き残るためだけ』に研ぎ澄まされた合理性。

 

「……失礼ですが。どれくらい冒険者を?」

 

「三十年くらいかねぇ。才能がなかったからさ」

 

男はあっさりと言い切った。

 

「強い魔物は倒せない。派手な魔法も使えない。だから薬草を採って、ゴブリンを殺して、たまに逃げて、また薬草を採る。それの繰り返し」

 

「三十年……ずっと……?」

 

「うん。弱いからさ、ずっと考えてたんだよ」

男は遠くを見るような目をして、自分の硬く結ばれたタコだらけの手を見つめた。

 

「どうすれば一撃も喰らわずに済むか。どうすれば少ない力で殺せるか。どうすれば絶対に死なないか。毎日毎日、そればっかり考えてたら……いつの間にか、身体が勝手に答えを出すようになった」

 

雷に打たれたような衝撃だった。

 

俺はずっと悩んでいた。

上級剣術が使えない。極大魔法が撃てない。才能の限界だ、と。

 

だが、目の前の男は違う。

才能がないなら、上級になれないなら――『弱い自分』のままで、どう戦えば最高効率で勝てるのかを、三十年間突き詰め続けてきたのだ。

「すいません。お名前聞かせてください」

 

「ザジだけど」

 

「ザジさん……あなたは凄いです」

 

気づけば、声が震えていた。

 

「俺は……壁にぶつかって、才能のせいにして逃げていました。でも、あなたは違った」

 

頭を深く下げる。かつて『何でもできる優秀な若手』と持て囃されたプライドなんて、影も形もなかった。

 

「お願いです。俺に……その『戦い方』を教えてください」

 

男――ザジは、心底面倒くさそうに顔を歪めた。

 

「えぇ……嫌だよ。弟子とか師匠とか、そういう暑苦しいの勘弁してくれよ。俺、人付き合い嫌いなんだから」

 

「師匠とは呼びません! 雑用でもなんでもします!」

 

「絶対話聞かないタイプだろ君……」

 

ザジは深くため息をつきながらも、どこか諦めたように首を振った。

 

「……若いのに、人生終わったみたいな顔しちゃ駄目だよ。俺なんて四十過ぎてまだ草むしってんだ。二十そこそこなら、まだなんだって泥捏ね回せるだろ」

 

その言葉が、暗闇の中にいた俺の胸に、一筋の明かりを灯した。

 

器用貧乏で何一つ極められないなら――

そのすべての器用さを泥臭く組み合わせ、『絶対に死なない戦い方』を構築すればいい。

 

「最強」への道筋が、ほんの少しだけ、見えた気がした。

 

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