つぎはぎだらけの一本槍   作:・ダクエル・

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第6話:戦術の試行と、泥臭き生存術

 

 

街の文具店で、俺は一冊の革表紙のノートとインク筆を購入した。

 

昨日、ザジさんの家で見せてもらった無数の日記。

自分の失敗、成功、天候、その日の思考――それらを克明に記録し、反省を繰り返すことこそが、あの人の強さの土台だった。

 

(やるべきことのリスト。思いついた連携。今日の反省……全部書き留めよう)

 

形から入ると言われればそれまでだ。だが、ノートを懐に収めた時、どこか背筋が伸びるような感覚があった。

 

その日の依頼は、ザジさんとのゴブリン討伐。

 

カイル達と別れて以来の誰かとの共同クエストだ。

ただし、共同と言ってもそのやる事は違う。

今回は討伐数は特に決めていない。

そして――お互いにあえて「連携」を取らないこと。

 

もちろん、本当の危機になれば助け合う。だが、俺が学びたいのはソロでの立ち回りであり、ザジさん自身も誰かと足並みを揃える戦闘には慣れていない。

 

「サウザー君、無理は禁物だよ?」

「はい。今回は……初級魔法を中心に試してみます」

 

例えば、五匹程度のゴブリンなら、中級の『火壁(フレイムウォール)』を放てば一気に焼き払える。だが、それでは意味がない。俺が身につけるべきは、強力な一撃に頼る戦い方ではなく、小さな手札を繋ぎ合わせて相手を「詰ませる」コンボ戦術なのだから。

 

「シュッ――『微風(ウインド)』!」

 

小さな風の刃が、迫るゴブリンの目元をかすめる。

殺傷力はほぼない。だが、ゴブリンは視界を奪われて思わず足を止めた。

 

その隙に、低く踏み込む。

 

「『脚部強化(ブースト)』!」

 

一瞬だけ脚の筋力を底上げし、間合いを詰めて膝裏を斬りつける。

崩れ落ちるゴブリン。とどめを刺す前に、背後から迫る二匹目の気配を察知し、地に手を突いた。

 

「『土突(ストーンスパイク)』!」

 

足元から突き出た拳大の岩が、二匹目の顎を撃ち抜く。体勢が浮いたところへ、片手剣の突きを叩き込む。

 

(いける……! 一つ一つは初級の小さな技でも、隙なく繋げば反撃の余地を与えずに倒せる!)

 

手応えを感じつつ、泥臭く技を繋ぎ合わせていく。

 

ふと、少し離れた場所にいるザジさんへ視線を向けた。

あちらは手斧を振るい、一匹、二匹と実に淡々と、確実にゴブリンを処理している。

 

その時だった。

 

「――あ、やばい」

 

思わず声が漏れた。

 

ザジさんの周囲に、一瞬で緊迫した空気が満ちる。

前にゴブリンリーダー1匹と、巨体を持つホブゴブリン1匹。さらに背後から、ナイフを構えたゴブリン3匹。

 

完全な包囲網。逃げ場のない死角だ。

 

(助けに行かないと――!)

 

俺が地を蹴ろうとした瞬間、ザジさんと視線が交差した。

ザジさんはひらひらと片手を振る。

――『大丈夫、入ってくるな』という静かな合図。

 

ザジさんは正面のゴブリンリーダーを眼中に収めながら、腰のアイテムバッグへ手を伸ばした。

迷いなく取り出されたのは、小さなガラス瓶――赤色の初級ポーション。

 

(いま回復を……? まだ傷は負ってないのに!?)

 

驚く俺の目の前で、ザジさんはポーションの栓を歯で引き抜き、中身を口に含んだ。

呑み込まない。ただ、口の中に溜めたのだ。

 

直後。5匹の魔物が一斉に飛びかかった。

 

ザジさんは最小限の動きでリーダーの斬撃をかわしつつ、反転。手斧を横薙ぎに振るい、ホブゴブリンの首を浅く切り裂く。同時に、腰の後ろから2本目の手斧を抜きざまに背後へ投擲。ゴブリン1匹の額へ深々と突き刺さった。

 

だが――包囲網の密度が勝った。

 

左右から残りの2匹のゴブリンがナイフを持って迫る!

防げない。かわせない。完全な死角からの必殺のタイミング。

 

(食らうっ――!)

 

そう思った瞬間。

敵の刃が皮肉な音を立ててザジさんの脇腹と肩に突き刺さる前に、ザジさんの喉が『ゴクン』と大きく動いた。

 

被弾のまさにコンマ数秒前。

口に含んでいたポーションを、あらかじめ飲み干していたのだ。

 

「え……!?」

 

俺の口から素っ頓狂な声が出た。

 

ゴブリンのナイフがザジさんの肉を裂く。

血が噴き出す。

普通なら、痛みに顔を歪め、体勢を崩す場面だ。

だが、飲み込まれた回復薬の効能が被弾とほぼ同時に全身へ巡り、ダメージの衝撃と痛みを強引に殺し込んだ。

 

体勢が――全くブレない。

 

「――フッ!」

 

構えを維持したまま、ザジさんは両手で2対の手斧を閃かせた。

クロスを描いた刃が、交差するように2匹の首を同時に刎ね飛ばす。

 

瞬く間に、残るは怒り狂ったゴブリンリーダー1匹。

部下を一瞬で失い、血走った目で襲いかかってくるリーダーに対し、ザジさんは静かに踏み込んだ。

 

一手。敵の長剣を刃の根元で受け流す。

二手。体勢の崩れた膝を蹴り折る。

三手。立ち上がろうとする喉元へ手斧の柄を叩き込む。

四手。崩れ去る頭部を、冷酷なまでに正確に切り落とした。

 

静寂が戻る。

 

「お〜〜、イテテ。危なかった〜」

 

ザジさんは首をすくめ、脇腹の破れた革鎧をさすりながらへラッと笑った。

 

だが、俺は開いた口が塞がらなかった。

 

(今のは……なんだ……!?)

 

回復アイテムや回復魔法は、傷を負った『後』に使うもの。それが常識だ。

だが、この人は違った。

状況的に避けられない攻撃を受けると判断した瞬間、被弾する『前』に回復薬を口に含み、ダメージによるノックバックや激痛を相殺したのだ。

 

回復薬でゴブリンリーダーやホブゴブリンの攻撃を無傷で受けられるわけじゃない。

ただ、ゴブリン程度の攻撃なら、傷を負っても動きを止めないことはできる。

 

いや囲まれた時、ゴブリンの攻撃を受けるつもりだった?

 

その映像が見えていた?

 

あの状況で最も危険なのは攻撃力の高いゴブリンリーダーの前で体勢を崩すことだ。

それだけは何としても防ぎ切った。

 

それだけじゃない。

あの乱戦の真っ只中で、ザジさんはアイテムバッグの中に一切目線を落とさず、一瞬でポーションを取り出していた。

 

(……そうだ。ザジさんの家は、あばら家なのに完璧に整理整頓されていた)

 

きっと、あのアイテムバッグの中も同じなのだ。

何がどこにあり、どう手を伸ばせばコンマ1秒でもタイムラグ無しに取り出せるか。すべてが完璧に配置され、管理されている。

 

几帳面なのでは無く、生き方の知恵を模索しただけなのかもしれない。

 

咄嗟の判断で使えるように、道具を整理整頓する。

回復は食らった後ではなく、食らう直前に合わせる。

 

「おーい、どうした? サウザー君?」

 

手斧の血を拭いながら、ザジさんが不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「……いえ! なんでもありません!」

 

俺は胸のポケットにある、買ったばかりのノートを上から強く握りしめた。

 

整理整頓。

日記(メモ)を取ること。

相手の先を読むこと。

初級技の連鎖。

被弾すら計算に入れる泥臭い戦術。

 

(……考えるべきことは、まだまだ山ほどある!)

 

最強の冒険者へ至る道は、果てしなく遠い。

だが、今の俺には、一歩踏み出すための課題が山のように見えていた。

 

その日の帰り道、俺の足取りは、ソロになってから一番軽かった。

 

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