「ザジさん、本当にありがとうございました。あなたと過ごしたこの数日間、俺は一生忘れません」
「うんうん! 免許皆伝だ! 君にもう教える事は何も無い! ……なんて大袈裟だよサウザー君。結局俺、何も教えてないしねぇ」
呆れたようにへラッと笑うザジさんに深々と頭を下げ、俺は彼と別れた。
自分の足で立ち、自分だけの戦い方を組み立てる。
その第一歩として、俺は街の武器屋へと足を運んでいた。
現状の俺の装備は、片手剣一本と皮の胸当てのみ。
カイル達とパーティを組んでいた時はこれで十分だった。前衛が敵を止め、後衛が火力を出す。役割が分担されていたからだ。
だが、ソロで戦うとなれば話は別だ。
威力の補正、中距離での牽制、魔力を温存するための物理的な遠距離手段……どれも圧倒的に足りない。
(火力を補うなら、貫通力のあるショートスピアか? 刺し込んだ後に『雷撃(ショック)』を流し込めば爆発的な威力を出せる。遠距離なら投擲ナイフか小弓。盾を持つなら、魔法の印を結びやすい小型のバックラーか……)
だが、武器屋に並べられた品々の値札を見た瞬間、俺は厳しい現実に突き飛ばされた。
「……高い」
懐の革袋を揺らす。チャリンと寂しい音が響く。
ソロになってからのジリ貧生活がボディブローのように効いていた。
ショートスピアや投げナイフまで買い揃える余裕など、どこにもない。
悩んだ末、俺は手持ちの金でギリギリ買えた「木製の小型小盾(バックラー)」と「使い古された中古の小弓」だけを購入した。
買えなかった投擲武器の代わりに、川原で拾ってきた手頃なサイズの小石をポケットにジャラジャラと詰め込む。
格好悪かろうが関係ない。使えるものは何でも使う。
「まずは、この組み合わせで試してみよう」
◇
街の外、湿った木々が鬱蒼と茂る森の奥。
D級モンスター《牙猿(ファングエイプ)》を相手に、俺は新装備のテストを開始した。
跳躍力が高く、木々を立体的に渡りながら襲いかかってくる厄介な魔物だ。
ガサッ!
頭上の枝が激しく揺れ、牙猿が鋭い爪を立てて飛び降りてくる。
「『風刃(ウインドカッター)』!」
着地点を狙って初級魔法を放つ。鋭い風の刃が足元をかすめ、牙猿の姿勢が僅かに崩れた。
(よし、隙ができた……! 距離を取って追撃!)
素早く後退しながら背中の小弓を引き抜き、矢をつがえようと左手を引いた――その瞬間。
「っ……!?」
ガツッ、と嫌な感触が腕に走った。
左腕に固定した木製小盾の縁が、弓の弦と干渉したのだ。
肘の可動域が狭まり、矢をつがえる動作がコンマ数秒、露骨に遅れる。
コンボが途切れた。
体勢を立て直した牙猿が、凶暴な咆哮をあげて一気に距離を詰めてくる!
(くそっ、盾が干渉してる……!)
弓を諦めて放り捨て、咄嗟にポケットへ手を突っ込んで小石を掴む。
至近距離から牙猿の顔面へ全力で投げつけた!
ガツンッと硬い音が響き、鼻頭を撃ち抜かれた牙猿が思わず怯む。
その一瞬の隙を見逃さず、俺は低く踏み込み、片手剣をその胸元へ深く突き刺した!
「『雷撃(ショック)』!」
剣身から解き放たれた電流が、牙猿の巨体を内側から激しく焼き焦がす。
ビクビクと痙攣して動けない隙に、喉元を横一文字に切り裂いた。
ドスン、と牙猿が崩れ落ちる。
「……はぁ、はぁ……っ!」
討伐は完了した。だが、心臓は早警報のように激しく打ち鳴らされ、全身に嫌な冷や汗が滲んでいた。
戦術が、重い。
技の繋がりが、最悪だ。
俺は倒れた牙猿の傍らにある切り株に腰掛け、懐から買ったばかりの革表紙のノートを取り出した。
震える手でインク筆を走らせる。
『課題:左腕の小盾。防御力は上がるが、肘の可動域を殺す。小弓のつがえ動作が遅延。さらには魔法の手印を結ぶ際にもわずかな邪魔になる。』
ノートに書き連ねた文字を見つめながら、俺は自嘲気味に苦笑した。
俺の戦い方の本質は、威力の小ささを「圧倒的な手数の速さ」と「自由な可動域」で補うことだ。
防御力を優先して装着した小盾は、俺の最大にして唯一の強みである「身軽さ」と「柔軟性」を根本から破壊していたのだ。
もし無理をしてショートスピアや大量の投げナイフまで買い込んで装備していたら、全身が武器同士の干渉で硬直し、今頃は牙猿の爪に腹を割かれていただろう。
「……大失敗だな。この盾は中古屋に売り戻そう」
左腕から小盾を外し、地面に置く。コトン、と軽い音が響いた。
余計な防具を減らし、徹底的に身軽になること。それが今の俺の正解だ。
だが、この失敗もノートに書き留めて分析すれば、ただの「負け」や「無駄金」にはならない。
森の爽やかな風が吹き抜け、汗ばんだ額を冷やしていく。
小弓を背に戻し、ノートを大切に懐へ収めて立ち上がった。
その日から、俺は死ぬ気で試行錯誤を繰り返した。
風魔法で足を止め、石を投げ、弓で牽制し、間合いを詰めて剣で穿つ。
一つ一つの技や攻撃は、決して強くない。
だからこそ――どう繋げれば相手の選択肢をゼロにできるのか。
どう削ぎ落とせば、0.1秒の遅れを消し去れるのか。
何度も失敗し、何度も組み合わせを組み替えた。
この泥臭く愚直な試行錯誤の積み重ねこそが、やがて誰も届かない「自分だけの絶対的な戦闘スタイル」を構築していくのだと――そう自分を信じて。