つぎはぎだらけの一本槍   作:・ダクエル・

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第8話:削ぎ落とした先にある形

 

「……よし」

 

宿屋の部屋で、俺は鏡の前に立っていた。

 

左腕の小盾はすでに中古屋へ売却した。代わりに装着したのは、頑丈な革製の腕当て(ブラサー)のみ。可動域を一切殺さず、いざとなれば相手の小刃を受け流す最低限の防護力だけを残した。

 

背中には小弓。

腰には片手剣。

ポーチには数個の小石と、整理整頓されたポーション類。

 

見た目は極めてシンプルだ。豪奢な鎧もなければ、身の丈を超える大剣もない。

だが、体を捻っても、腕を振っても、どこにも引っかかりがない。

 

「身軽さこそが、俺の最大の武器だ」

 

懐のノートを開く。

そこには、この数日間で書き溜めた『失敗データ』と『属性ごとの定石パターン』がびっしりと詰まっていた。

 

『【対・高速・暗所行動型(影狼等)】

×風魔法:牽制にはなるが、暗闇での視覚は奪えない。

〇光魔法+火魔法:暗所依存の魔物には「光での視覚遮断」が特効。足止めは雷ではなく「広範囲を焼く炎」で退路を塞ぐ。』

 

今日受ける依頼は――C級指定魔物《影狼(シノビウルフ)》の討伐。

 

素早い動きと影に潜む習性を持つ、ソロ冒険者殺しの魔物だ。

前回の『風と雷』の基本コンボに執着せず、相手の特性に合わせて「手札」を瞬時にハメ換える。それが全属性を使える俺の、本当の戦い方だ。

 

(今の俺なら……どう詰ませる?)

 

脳内で盤面を組み立てる。

思考の糸が、綺麗に繋がっていく感覚があった。

 

◇

 

森の暗がり。

 

視界の端で、黒い影が跳ねた。

ギザギザとした漆黒の毛並みを持つ巨大な狼――《影狼》だ。

 

息を潜め、樹木の影からこちらを狙っている。

気配を殺す技術は一流。だが――

 

(枝の撓み、落ち葉の沈み込み……ザジさんの教え通りだ。見えなくても『そこにいる』)

 

俺はあえて背中を見せ、無防備に一歩踏み出した。

 

サッ!

 

影狼が死角から跳びかかる!

凄まじい速度。普通の剣士なら振り向く間もなく喉元を噛み切られる。

 

だが、俺は振り返らない。

 

「『閃光(フラッシュ)』!」

 

詠唱と同時に、背後へ向けて手のひらから一瞬の強烈な光を破裂させた。

ダメージはゼロ。だが、暗闇に慣れた影狼の視界を真っ白に染め上げる。

 

「ガアッ!?」

 

(一手目――視覚の遮断!)

 

空中で目潰しを受けた影狼が、体勢を崩して着地する。

前方へローリングして距離を取った俺は、着地と同時に背中の小弓を滑らかに引き抜いた。

可動域を邪魔する盾はない。コンマ一秒の滞りもなく、弦が限界まで引き絞られる。

 

シュバッ!

 

放たれた矢が、目が眩み身もだえする影狼の右前脚へ深々と突き刺さった。

 

(二手目――機動力の奪撃!)

 

「『火炎(フレイム)』!」

 

すかさず左手を突き出し、影狼の退路上に炎の壁を発生させる。

影に潜んで逃げようとする習性を、光と熱で完全に封じ込める。行き場を失い、動揺した影狼の動きが完全に止まった。

 

(三手目――退路の遮断!)

 

「『脚部強化(ブースト)』!」

 

一気に踏み込む。

間合いはゼロ。片手剣を鞘から引き抜き、一閃。

 

ズバッ!

 

喉元へ深々と刃を叩き込み、一撃で命脈を絶つ。

 

「――――ッ!」

 

声にならない悲鳴を上げ、影狼の巨体が大きく痙攣する。

そのまま光を失った瞳で、地に伏した。

 

……静寂。

 

時間にして、わずか数秒。

相手に一度の反撃すら許さない、完璧な完封勝利だった。

 

「……よし、読み通りだ」

 

剣を納め、息を吐く。

一発一発の魔法や攻撃は初級・中級の域を出ない。だが、【視覚遮断(光)→移動阻害(弓)→退路遮断(火)→斬撃】という戦術のフレームワーク(骨組み)に、敵の弱点属性を完璧にハメ込めば――C級の魔物すら手も足も出ずに崩れ去る。

 

「できた……俺の手札は、一つじゃない」

 

俺は倒れた影狼を見下ろし、自分の手を見つめた。

 

つぎはぎの技。

小さな小道具。

全属性の初級魔法。

それらを思考の糸で固く編み上げた、俺だけの『万能の戦術』。

 

その手応えは、確かにこの手にあった。

 

◇

 

「……おい、見たか?」

「ああ。あのサウザーが、影狼をソロで無傷討伐だってよ……」

 

ギルドで素材の換金を済ませると、周りの冒険者たちから驚きと困惑の視線が向けられた。

 

かつて「何でもできるがパッとしない中衛」だった男が、今は一人で淡々と、完璧な手際で依頼をこなしている。

 

ギルドの受付嬢が、感嘆の息を漏らしながら報酬の硬貨を差し出してきた。

 

「お見事です、サウザーさん。最近のあなたの活躍、ギルド内でも話題になっていますよ。……以前より、ずっと逞しくなられましたね」

 

「……ありがとうございます」

 

硬貨の詰まった袋を受け取る。

ずっしりとした重み。

以前のような「生存代で消えるジリ貧の金」ではない。自分の成長が生み出した、確かな成果の証だった。

 

ギルドを出て、夕暮れの街を歩く。

 

ふと懐からノートを取り出し、今日の戦闘の考察を書き留める。

 

『検証結果:対・影狼。風+雷コンボより、光+火コンボの方が撃破時間を1.5秒短縮。

結論:【フレームワーク(削ぎ落とした手順)】は固定しつつ、ターゲットの属性特性に合わせて【組み込む魔法(パーツ)】を変化させるのが最適解。次戦は「水+氷」での足止めパターンを実験する。』

 

ペンを止め、夕空を見上げる。

 

三年という約束の期間のうち、まだ数ヶ月しか経っていない。

カイル、ディアナ、ルミア……あいつらは今頃、もっと遠くの高い場所にいるのかもしれない。

 

だけど。

 

「負けないぞカイル」

 

俺はノートを強く握りしめ、再び歩き出した。

 

王道の勇者にも、選ばれし天才にもなれなかった俺が。

この泥臭いつぎはぎの足跡の果てに、本当の「最強」を掴み取るために。

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