カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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11話 魔王

 

 

 

  地面に吐き出されると同時に、体を縛っていた緑が消える。枝も根も幹も、もうどこにも絡みついていない。あの木は本人の体の一部だったのだと、遅れて気づいた。

 

 トガとスピナーに張っていた枠を、外す。

 

 アスファルトに手をついて顔を上げると、市街地が広がっている。ビルが並んで、車が停まったまま放り出されて、道路には誰かが落としていった荷物が散らばっていて、あちこちで火の手が上がっている。人の姿はほとんどない。もう避難したあとなのだろう。

 

 そして、その道路の上に。

 

「――ぁぁ……!!」

 

 脳無が立っている。一体ではない。二十、三十、あるいはもっと。剥き出しの脳に歪んだ体躯の、それぞれ形の違う怪物たちが、道路を端から端まで埋めている。

 

「ひぃ……なんだこりゃ……」

 

 スピナーが後ずさる。

 

「聞いてねえぞ……こんな数」

 

 素早く周囲を確かめる。トガ、トゥワイス、マグネ、コンプレス、荼毘、スピナー。死柄木。黒霧。それから、クラウディオ。

 

「坊ちゃん……お怪我は」

 

「ない……お前は」

 

「問題ございません」

 

 クラウディオは服の埃を払っている。こんな状況でも、この男の身なりだけは崩れない。

 

『やあ』

 

 男が、空中に立っている。

 

 黒いスーツを着ていて、顔がない。正確に言えば、顔があるべき場所に管と機械が何本も突き刺さっていて、目も鼻も口も見えないのに、声だけはちゃんと届いてくる。

 

『よく生きていたね……弔』

 

「……先生」

 

 死柄木の声が震える。

 

 自分の体が固くなっていく。何十回も聞いた声。柔らかくて丁寧で、いつもどこかに余裕がある。その声の持ち主がただそこに立っているだけで、道路の空気がゆっくりと形を変えていく。三十体の脳無が一斉に動きを止めて、命令されたわけでもないのに、そこにあるものすべてがこの男の下に収まっていく。

 

 ――これが……

 

 自分の中で常に働き続けている一つのルールを、初めてはっきりと意識する。

 

 俺の個性を上に。個性オール・フォー・ワンを下に。

 

 前に、この男と初めて直接言葉を交わしたときに、真っ先に敷いたものだ。あの判断は、やはり正しかった。

 

『さて……迎えに来たよ。ここは少々騒がしい』

 

「先生……俺は」

 

『何も言わなくていいんだよ、弔……よくやった……何度でも失敗しなさい……その為に僕が居るんだ』

 

 死柄木の肩から、すっと力が抜けていく。

 

 それを横目で見る。三日以内に潰れると言ったときも、ステインに刃を向けられたときも、この男はあんな顔をしなかった。あんなふうに、何かを丸ごと預けきった顔は。

 

『……ところで』

 

 顔のない男の頭が、わずかに動いてこちらを向く。

 

『アルテミス君……君が日本に来た時以来だね』

 

 背筋が凍る。目はない。それなのに、見られているのがわかる。

 

「……ご無沙汰している」

 

『元気そうで何より。弔が随分と世話になっているようだね』

 

「……働くと言ったからな」

 

『そう……そうだったね』

 

 男が一歩近づいて、距離が七メートルを切る。

 

『君に……一つ提案がある。じきに……この場所にオールマイトが来る。私は……そのために、ここまで来た』

 

 周囲の脳無が一斉に同じ方向を向く。

 

『君の個性は......対象の名前を知っていることが条件だったね。ところで、あの男の名前はこの星で一番有名だ』

 

 答えない。

 

『七メートル。君ならできるね? あの男を下位に置けばそれで終わる。平和の象徴が……何も壊せず、何も守れなくなる』

 

 指先が冷たくなっている。この男は正しい。できる。技術的には何の問題もなくて、枠も空いている。

 

『どうかな』

 

 口を開く。

 

「断る……」

 

 周囲の空気が止まった気がする。マグネが煙草を落として、スピナーが息を呑むのが、視界の端に映る。

 

『理由を聞いても?』

 

「……三つある」

 

 震えそうになる声を、無理やり平らにする。

 

「一つ……俺は匿われるために働いている。全国放送の前で個性を使えば、匿われる意味がなくなる」

 

『ふむ』

 

「二つ……俺の契約はあなたと結んだものだ。連合で働くと……あなたの目的のためのものではない」

 

『なるほど』

 

「三つ」

 

 顔のない男を見上げる。

 

「この状況で個性を使えば、俺は一枠を消費する。あなたは、その瞬間に俺の枠が一つ埋まったことを知る……」

 

 沈黙が落ちる。それ以上は言わない。言わなくても、この男には伝わっている。

 

 ――あなたに向けている枠を外す気はない。

 

 しばらくして、声が聞こえる。

 

『ふふっ』

 

 笑い声。

 

『いいね……君は本当に賢い』

 

 男はそれ以上近づかず、強制も命令もしない。ただ笑っただけだ。反抗期の子どもを窘めるように。

 

『そうだね、契約は契約だ……私は君を匿う。君は弔のために働く。それでいい』

 

 顔のない頭が、少しだけ傾く。

 

『覚えておきなさい……君を匿うと約束したのは……この私だよ』

 

 この男は今、自分を脅していない。脅す必要がないからだ。奪えない、強制もできない。それでもこの男は、何ひとつ困っていない。

 

 その事実が、何よりも恐ろしかった。

 

 

 

 空から降ってきたのは、その直後だった。

 

 鋼のワイヤーが、ビルの間を走る。

 

「は?」

 

 コンプレスが間の抜けた声を出す。

 

 風を切って現れたのは、五人の子ども。変装なのか、妙な髪型に妙な服装をしているのに、動きは素人のそれではない。先頭の緑髪が、宙で体を捻る。

 

「かっちゃん!!」

 

 手のひらから爆風を噴いて、爆豪が飛び上がる。それを、赤髪が空中で受け止める。

 

「な!?」

 

 目を見開く。

 

 何だ、今の。

 

 攻撃ではない。制圧でもない。一人を救うためだけに飛んできて、そのたった一つの動作のために、五人の子どもが自分の体を丸ごと宙に投げ出している。落ちていく赤髪の腕の中に、金髪が収まっている。

 

「テメェら……何やってんだよ!!」

 

 爆豪が怒鳴っている。助けに来た相手を、怒鳴っている。

 

「お前ら……ヒーロー志望だろうが! ヴィランのど真ん中に飛び込んでどうすんだ、馬鹿かよ!!」

 

「うるさい!僕たちだって、」

 

 声は風にかき消されて、子どもたちはビルの間に落ちていく。

 

『――ふむ』

 

 顔のない男の手が上がって、空気が歪む。

 

 気づいたときには、地面を蹴っていた。

 

 枠は空いている。でも名前を知らない。あの子どもたちの名前を、一人も知らない。爆豪勝己の名前だけは死柄木から聞いて知っているのに、その爆豪はもう赤髪の腕の中で、七メートルのずっと外にいて

 

 届かない。

 

 空気が破裂して、ビルの壁が抉れる。子どもたちの姿は粉塵に呑まれて、見えなくなる。

 

「……」

 

 その場に立ち尽くす。助けようとしたのかどうか、自分でもわからない。ただ、体が先に動いていた。名前も知らない、一度も口をきいたことのない連中のために、自分の枠を使おうとした。

 

 なぜだ。

 

「坊ちゃん」

 

 いつの間にか、クラウディオが隣に立っている。

 

「戻りましょう」

 

「……ああ」

 

 粉塵の向こうで、子どもたちの声がする。生きている。誰かが受け止めたらしい。

 

 

 

 そして、地面が揺れた。

 

 遠くから風が来て、ビルとビルの間を抜けて、道路の端に一つの影が立つ。脳無たちが、一斉に振り向く。

 

「――すべてを返してもらうぞ! オール・フォー・ワン!!」

 

 巨躯に筋肉。オールマイト。

 

 道路の空気が、もう一度変わる。さっきは顔のない男がそこにあるすべてを従えていた。今度は逆で、この男がただ立っただけで、その場にいる全員が顔を上げさせられている。

 

『やあ……久しぶりだね、オールマイト』

 

 顔のない男の声は、少しも変わらない。オールマイトは、笑っていない。

 

『弔、下がっていなさい。ここからは私の時間だ』

 

 黒霧のワープが連合の足元に広がっていく。トガが沈んで、トゥワイスが沈んでいく。自分も沈みながら、その二人を見ている。

 

 顔のない男と、笑わない象徴。この国の空気そのものが、この二人のどちらかに従っていて、自分はそのどちらでもない場所にいる。

 

 霧が視界を塗り潰す直前、道路の端に横倒しになった中継車が見えた。

 

 見えてはいた。そのレンズがこちらを向いていることの意味には、気づかなかった。

 

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