カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

14 / 59
14話 荷解き

「おい……今日の飯」

 

 火のそばから荼毘が訊く。

 

「パンが四つ」

 

 マグネが袋を逆さにして揺らす。

 

「あと……缶詰が二つ。以上」

 

「十人いるんだけど!?」

 

 トゥワイスが袋の中を覗き込んで、缶を一つ掴む。

 

「知ってる……少ないわね」

 

 マグネが苦笑いしながら呟く。

 

「いやー俺はいいや!腹減った!いいって言ってんだろ!」

 

「食え」

 

 自分の分のパンをトゥワイスの方へ押し出す。

 

「俺は小さい……お前より必要カロリーが少ない」

 

「坊主……」

 

「計算だ」

 

 そう言って立ち上がると、背中でトガの声がした。

 

「ねえねえアルテミスくん……それ本当に計算?」

 

「……計算だ」

 

 目の前にパンが一つ置かれる。顔を上げるとマグネはもう缶詰を開けていた。

 

「……マグネ」

 

「食べな」

 

「これはお前の――」

 

「食べな」

 

「…………」

 

 パンを取った。

 

 神野から三週間が経って、その間に寝床は五回変わった。廃ビルに潰れた工場、閉鎖された銭湯、高架下、そして今いる山沿いの資材置き場。どこも似たようなものだ。屋根があるかどうかだけで選んでいて、それ以外の条件を出せる状況ではないからだ。

 

 黒霧はまだ本調子ではない。神野で意識を刈られたうえにワープまで開かされた。それが体に何をしたのかは本人にもわからないらしい。輪郭は戻ったが靄が薄く、長距離のワープは一日一回が限界で人数が多いほど時間も食う。

 

「……申し訳ございません」

 

「気にすんな」

 

 死柄木はそう言うだけだ。責める相手がどこにもいない。

 

 金もほとんど残っていない。正確に言えば連合の金が、だ。これまでの資金は全部あの男持ちだ。拠点の家賃も、義爛への支払いも、食い物も。誰も気にしたことのなかったその蛇口が、六日で完全に止まった。パン四つは、その結果だ。

 

---

 

 毎日の飯はクラウディオの仕事だ。缶詰と拾ってきた野菜の切れ端と、どこかで貰ってきた米。それを日によって違う形で出してくる。

 

「……これ、昨日と同じ材料だよな」

 

「はい」

 

「……なんで味が違うんだよ」

 

「焦がし方を変えております」

 

 スピナーが皿を見つめて黙り込む。褒めるほどの余裕は誰にもなく、それでも全員の皿が空になっている。

 

---

 

 トガが丸一日戻ってこなかった日の夕方、帰ってきた本人は上機嫌だ。

 

「ただいまー!」

 

「……どこへ行っていた」

 

「連絡は入れたよぉ?有益な遊びをしてきましたって」

 

「それは報告ではなく事後承諾だ」

 

 自分の声がいつもより硬い。

 

「どこへ行っていた」

 

「仮免試験」

 

「は?」

 

 耳を疑う。

 

「……公安が主催している、あの試験か……?」

 

「そう!三日前から他の学校の子になりすましてね。ちゃんと最後までバレなかったよ」

 

 トガは頬を押さえて身を捩りだす。

 

「出久くんって言うんだ……かわいかったぁ……合宿の時傷だらけで……必死な顔してて……ああいう子が大好き」

 

 目を閉じて、落ち着けと自分に言い聞かす。

 

「お前の顔は割れている。警察もヒーローもお前を探している。その状況で……ヒーローの卵と試験官が数百人いる会場に、三日間潜り込んだのか」

 

「うん」

 

「なぜ」

 

「会いたかったから」

 

 答えになっていない。本人は答えたつもりでいて、それが一番厄介だ。

 

「……一つでも狂えば、そこで終わっていた」

 

「でも終わらなかったよ?」

 

「……結果の話をしているのではない」

 

「じゃあ何の話?」

 

「……………」

 

「おい」

 

 煙草に火をつけながら荼毘が口を挟む。

 

「そいつに理屈は通んねえよ。無事に帰ってきたんだから、それでいいだろ」

 

「……次はないぞ」

 

「あるよ!たぶん」

 

 トガはけろりとしたものだ。

 

 溜息をついて、それ以上は何も言わずにおく。前に出した結論は間違っていなかった。この女は損得の外側にいて、こちらの物差しが一本も届かない。

 

---

 

 その夜に死柄木が立ち上がった。誰が何を言ったわけでもない。火の周りでそれぞれが黙って座っていただけだ。

 

「……決めた」

 

 全員が顔を上げる。死柄木は火の向こうに立ったままだ。

 

「俺は……この社会を壊す」

 

 誰も笑わない。

 

「先生が捕まって、オールマイトが引退して、それで何が変わった?何も変わってねえよ。次のNo.1が決まってからニュースが切り替わってみんな元通りだ」

 

 指が首筋にかかる。けれど掻かない。

 

「あの日あいつが指差した意味が……ようやくわかった」

 

 黙って聞く。

 

「あいつは次の誰かに引き継ぐつもりだったんだ。自分が消えても、同じものが続くように。だから『次は君だ』って言った」

 

 火がぱちりと鳴る。

 

「――そんなもん……続かせてたまるかよ」

 

 その声に熱はなく、怒鳴ってもいない。だからこそこの男が今本気で言っているのがはっきりわかる。

 

「ヒーローってのは社会が回るための部品だ。あいつらがいるから、みんな安心して何も見ないで済む。はみ出した奴は……ヒーローが片付けてくれる。誰も自分で考えなくていい」

 

 死柄木が火の周りを見回す。

 

「ここにいる奴ら……全員それで弾かれたんだろ」

 

 答える者はいない。スピナーの顔が少しだけ上を向く。トゥワイスが自分の腕を抱え込む。荼毘は火から目を上げない。

 

「あの男はヒーローが腐ってるから殺すって言ってた。偽物を間引いて、本物だけ残せって」

 

 ステインのことだ。

 

「……違うだろ」

 

 死柄木が首を振る。

 

「偽物を殺したって本物が残るだけだ。本物が残ったら、また同じ社会が回る。同じように誰かが弾かれる」

 

 その声が初めて少し強くなった。

 

「だから……全部だ。偽物も本物も仕組みごと壊す」

 

 火が大きく揺らぐ。

 

「それが俺の欲しいものだ」

 

 沈黙のあとで、最初に口を開いたのは自分だった。

 

「……無理だ」

 

 全員がこちらを向く。

 

「聞け」

 

 立ち上がって言葉を継ぐ。

 

「今この場にいるのは十人。うち一人は消耗していて、長距離の移動は一日一回。拠点はない。資金はない。情報網もない。武器も車も通信手段もまともなものは何一つない」

 

 指を一本ずつ折っていく。

 

「対してこの国のヒーローは登録済みだけで数万人。警察組織があり、公安があり、法があり、世論がある。仕組みを壊すというならその全部が敵だ」

 

「……知ってるに決まってんだろ」

 

「知っていて言うのか」

 

「ああ」

 

 死柄木の目はこちらから動かない。

 

「じゃあお前……どうすれば届く?」

 

 言葉に詰まった。

 

 ――質問の形が違う。

 

 無理だと言われたら、なぜ無理かを聞き返すのが普通だ。この男は無理を前提にしたうえで道を訊く。

 

「……人が要る。金が要る。拠点が要る。情報が要る」

 

 気づけば答えている。

 

「一つずつだ。十人で国は壊せない。だが十人で百人は集められる。百人集まれば、金の作り方が増える。金ができれば拠点が持てる。拠点が持てれば情報が集まる」

 

「じゃあ……それやるわ」

 

「……簡単に言うな」

 

「簡単じゃねえのは、お前が今言っただろ」

 

 死柄木が火のそばに座り直す。

 

「順番があるなら順番にやるだけだ」

 

 ――こいつは。

 

 四か月前のこの男は気に入らないから壊すとしか言えなかった。ステインに刃を向けられても何も答えられなかった。今は壊したい理由を最後まで喋った。計画はまだなく、人も金も何もない。それでもあの日と同じ男だとは思えない。

 

 火が小さくなった頃に黒霧が死柄木のそばに膝をつく。

 

「死柄木弔……先生から言伝を預かっております」

 

 死柄木の指が止まる。

 

「あなたがご自分の欲しいものを口にされた時に、伝えるようにと」

 

「……なんだ」

 

「力を貸す者が一人おります。先生に長く仕えてきた者です。居場所は、私しか存じません。まず私が参って話を通してまいります」

 

「今のお前は……長い距離を一日一回しか飛べない」

 

 思わず口を挟む。

 

「行きに一回。話が拗れれば帰りは翌日になる。その間、お前は一人だ」

 

「……承知しております」

 

「……それでも行くのか」

 

「これは、私の務めですので」

 

 靄の中の目が少しだけ細くなる。笑ったのかもしれない。それ以上は言わずにおく。務めという言葉をこの場で一番よく知っている男が、自分の隣にいるからだ。

 

「……行ってこいよ、黒霧」

 

 死柄木が言う。

 

「戻ってこいよ」

 

 黒霧は一瞬だけ動きを止めて、深く頭を下げた。

 

「……かしこまりました」

 

 靄が広がって閉じていく。

 

---

 

 深夜になっても寝床の脇に置いた鞄を眺めたままだ。神野の日から一度も開けていない。中身は着替えと証明書と封筒が一つ。いつでも発てるようにまとめて三週間そのままだ。

 

「坊ちゃん」

 

 クラウディオが隣に腰を下ろす。

 

「なんだ」

 

「……いえ」

 

 この男は三週間一度も聞かなかった。行くのか。残るのか。どうするのか。一度も聞かないまま毎日飯を作り、毎日寝床を整え、毎日その鞄を発てる形のまま置いておく。

 

「クラウディオ」

 

「はい」

 

「……死柄木は……無理を言っている」

 

 消えかけた火に目を落とす。

 

「国を壊すなどと。数字が合わない。人も金も何もない。計画も、順番も俺が全部言った」

 

「……坊ちゃんの言う通りかと」

 

「……それでもやると言った」

 

 膝を抱え込む。

 

「あの日、俺は『何がしたい』と聞かれて答えられなかった」

 

「……」

 

「あいつは答えた」

 

 火の音だけが聞こえて、鞄に目をやる。出ていく理由はいくらでもある。契約は終わった。追手が来る。金は減る。ここにいれば巻き込まれる。どれも正しい。

 

 なのに三週間、鞄は動いていない。

 

「……クラウディオ」

 

「はい」

 

「その鞄」

 

 目を逸らしたまま言う。

 

「解いていい」

 

 クラウディオは答えない。しばらくして立ち上がる気配だけが動く。

 

「かしこまりました」

 

 それだけだ。理由も聞かれないし、確認もされない。

 

 毛布を被って寝返りを打つと、背中の方で鞄の留め金が外れる音がした。三週間ぶりの音だ。

 

 ――まだ決めたわけじゃない。

 

 自分に言い聞かす。情報が足りないだけだ。手配に時間がかかるだけだ。今出ていけば追手に目立つだけだ。理由はいくらでも作れる。

 

 作れるのに一つも使わなかった。

 

 

 

 

 

 メキシコの議場にその映像が届いたのは、神野の事件から六日後だった。

 

 日本の民放が流した中継の一部で、横倒しになった中継車から撮られた画面は揺れている。崩れたビルと土煙の隅に黒い泥が広がって、その中へ小柄な人影が沈んでいく。

 

「拡大しろ」

 

 画質は粗いままなのに、議場の全員が息を止めた。黒いコートを着た子どもの背丈と、その隣で埃一つ被っていない長身の男。

 

「……クラウディオだ」

 

 誰かが呻くのを聞きながら、椅子の肘掛けを掴んだ指が白くなっていく。

 

 ――生きている。

 

 痩せてもいないし、怪我もしていないように見える。何より、弟は自分の足で立っていた。

 

 ――見つかった。

 

 この映像は世界中に流れている。自分たちが六日で辿り着いたのなら、他の誰かにも同じことができる。

 

 止めた画面の端には、顔のない男が映っている。オール・フォー・ワン。弟はその男から七メートルと離れていない場所にいた。

 

「……なるほど。余は、ようやく合点がいった」

 

 マキシミリアーノが立ち上がって、白い手袋の指で画面をなぞる。

 

「あの蟲けらは若を連れ去り、金庫から金を持ち出した。半年以上、痕跡の一つも出なかった。当然だ、売り払ったのだからな……他人の個性を奪って集める男に、二百年の血を丸ごと」

 

「……それは推測だ」

 

「では他にどう説明なさいますかな?若は今、あの男のすぐ傍に立っておられる。誰にも拘束されず、逃げようともせずに」

 

 答えられない。弟は自分で出ていったと、喉まで出かかって止まる。当主がそれを認めた瞬間に、この家は制度ごと疑われるし、疑われたところで弟が戻ってくるわけでもない。

 

「捜索の権限を。当主殿、今度こそ余にお預けいただきたい」

 

 前は検討すると言って逃げた。弟の居場所が割れた今、捜索隊を出さない当主はこの椅子から降ろされて、降ろされた自分には弟を守る手立てが何一つ残らない。

 

「……認める。ただし条件がある。弟には傷一つつけるな。無傷で連れ帰れ」

 

「当然のことにございます」

 

 前は署名しなかった紙に、今はペンが止まらない。

 

 

 

 

 

 自室の窓際に立っていると、扉がノックもなしに開いた。

 

「よう。顔色悪いな」

 

 レイが勝手にソファへ腰を下ろす。会議の最後に、電気屋として日本へ行くと手を挙げた男だ。

 

「……あの映像だけどよ。泥に飲まれる直前、あいつ、誰にも押さえられてなかったよな」

 

 肩が動いた。

 

「隣の男も引っ張ってなかった。並んで立ってただけだ。攫われた十三歳が、あんな立ち方するか?」

 

「……誰に話した」

 

「誰にも。話さねえよ、面倒だ」

 

「なぜ手を挙げた」

 

「暇だからだよ」

 

「レイ」

 

「……お前が行けねえからだろ」

 

 小さな声だった。

 

「当主はメキシコを離れられねえし、マキシミリアーノはあいつを人間だと思ってねえ。あの中に、あのガキを人として見る奴が一人もいねえんだよ」

 

 レイは立ち上がって、扉に手をかけたところで振り返る。

 

「言っとくが、連れ戻しに行くんだからな。庇いに行くわけじゃねえ。勘違いすんなよ」

 

 扉が閉まる。机の上には署名の入った指示書が置かれたままで、窓の外はもう暗い。

 

 ――すまない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。