カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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14話 荷解き

 

 神野から三週間が経って、その間に寝床は五回変わった。

 

 廃ビルに潰れた工場、閉鎖された銭湯、高架下、そして今いる山沿いの資材置き場。

 

 どこも同じだった。屋根があるかどうかで選んでいる。それ以外の条件を出せる状況ではなかった。

 

 黒霧はまだ本調子ではない。

 

 神野で意識を刈られ、その上でワープを開かされた。それが体に何をしたのかは本人にもわからないらしい。輪郭は戻ったが靄が薄く、長距離のワープは一日一回が限界で人数が多いほど時間がかかる。

 

「……申し訳ございません」

 

「気にすんな」

 

 死柄木はそう言うだけだ。責める相手がいなかった。

 

 金はほとんどなかった。

 

 正確には連合の金がなかった。

 

 これまでの資金は全部あの男から出ている。拠点の家賃も、義爛への支払いも、食い物も。誰も気にしてなどはいなかった。

 

 その蛇口が六日で完全に止まったのだ、無理もない。

 

「おい……今日の飯」

 

 荼毘が火のそばから訊いた。

 

「パンが四つ」

 

 マグネが袋を逆さにした。

 

「あと…缶詰が二つ。以上」

 

「10人いるんだけど!?」

 

 トゥワイスが袋の中を覗き込んだ。

 

「知ってる...少ないわね」

 

 トゥワイスが缶を開けながら言った。

 

「いやー俺はいいや! 腹減った! いいって言ってんだろ!」

 

「食え」

 

 アルテミスは、自分の分のパンをトゥワイスの方へ押しやった。

 

「俺は小さい……お前より必要カロリーが少ない」

 

「坊主……」

 

「計算だ」

 

 そう言って立ち上がると、背中でトガの声がした。

 

「ねえねえアルテミスくん…それ本当に計算?」

 

「……計算だ」

 

  目の前にパンが一つ置かれた。

 

 顔を上げるとマグネはもう缶詰を開けていた。

 

「……マグネ」

 

「食べな」

 

「これはお前の――」

 

「食べな」

 

「…………」

 

 パンを取った。

 

 

 

 クラウディオは残った材料で毎日何かを作っていた。

 

 缶詰と拾ってきた野菜の切れ端と、どこかで貰ってきた米。それを日によって違う形で出してくる。

 

「……これ、昨日と同じ材料だよな」

 

「はい」

 

「…なんで味が違うんだよ」

 

「焦がし方を変えております」

 

 スピナーが皿を見つめて黙った。

 

 誰も褒めなかった。褒めるほどの余裕がなかった。

 

 それでも全員が皿を空にしていた。

 

 

 トガが丸一日戻ってこなかった日があった。

 

 夕方になって帰ってきた本人は、上機嫌だった。

 

「ただいまー!」

 

「……どこへ行っていた」

 

「連絡は入れたよぉ?有益な遊びをしてきましたって」

 

「それは報告ではなく事後承諾だ」

 

 アルテミスの声はいつもより硬かった。

 

「どこへ行っていた」

 

「仮免試験」

 

「は?」

 

 少年は自分の耳を疑った。

 

「……公安が主催している、あの試験か…?」

 

「そう! 三日前から他の学校の子になりすましてね。ちゃんと最後までバレなかったよ」

 

 トガは頬を押さえて身を捩った。

 

「出久くんって言うんだ……かわいかったぁ……合宿の時傷だらけで…必死な顔してて……ああいう子が大好き」

 

 アルテミスは目を閉じた。

 

 落ち着けと自分に言い聞かせた。

 

「お前の顔は割れている。警察もヒーローもお前を探している。その状況で…ヒーローの卵と試験官が数百人いる会場に、三日間潜り込んだのか」

 

「うん」

 

「なぜ」

 

「会いたかったから」

 

 答えになっていなかった。

 

 本人は答えたつもりでいる。それが一番厄介だった。

 

「……一つでも狂えば、そこで終わっていた」

 

「でも終わらなかったよ?」

 

「……結果の話をしているんじゃない」

 

「じゃあ何の話?」

 

「……………」

 

「おい」

 

 荼毘が煙草に火をつけながら言った。

 

「そいつに理屈は通んねえよ。無事に帰ってきたんだから、それでいいだろ」

 

「……次はないぞ」

 

「あるよ!たぶん」

 

 トガはけろりと言った。

 

 アルテミスは溜息をついて、それ以上は何も言わなかった。

 

 五か月前に出した結論は、間違っていなかった

 この女は損得の外側にいる。こちらの物差しが一本も届かない。

 

 

 その夜だった。

 

 死柄木が立ち上がった。

 

 誰も何も言っていなかった。火の周りで、それぞれが黙って座っていただけだった。

 

「……決めた」

 

 全員が顔を上げた。

 

 死柄木は、火の向こうに立っていた。

 

「俺は…この社会を壊す」

 

 誰も笑わなかった。

 

「先生が捕まって、オールマイトが引退して、それで何が変わった? 何も変わってねえよ。次のNo.1が決まってからニュースが切り替わってみんな元通りだ」

 

 指が首筋にかかる

 けれど掻かなかった。

 

「あの日あいつが指差した意味が……ようやくわかった」

 

 黙って聞いていた。

 

「あいつは次の誰かに引き継ぐつもりだったんだ。自分が消えても、同じものが続くように。だから『次は君だ』って言った」

 

 火がぱちりと鳴った。

 

「――そんなもん…続かせてたまるかよ」

 

 その声には熱がなく、怒鳴ってもいなかった。

 だからこそはっきりわかった。

 

 この男は今本気で言っている。

 

「ヒーローってのは社会が回るための部品だ。あいつらがいるから、みんな安心して何も見ないで済む。はみ出した奴は……ヒーローが片付けてくれる。誰も自分で考えなくていい」

 

 死柄木は火の周りを見回した。

 

「ここにいる奴ら…全員それで弾かれたんだろ」

 

 誰も答えなかった。

 

 スピナーが少しだけ顔を上げた。

 

「あの男はヒーローが腐ってるから殺すって言ってた。偽物を間引いて、本物だけ残せって」

 

 ステインのことだと少年は気づいた。

 

「……違うだろ」

 

 死柄木は首を振った。

 

「偽物を殺したって本物が残るだけだ。本物が残ったら、また同じ社会が回る。同じように誰かが弾かれる」

 

 その声が初めて少し強くなった。

 

「だから…全部だ。偽物も本物も仕組みごと壊す」

 

 火が揺れた。

 

「それが俺の欲しいものだ」

 

 

 沈黙が落ちた。

 

 最初に口を開いたのは、アルテミスだった。

 

「……無理だ」

 

 全員がこちらを向いた。

 

「聞け」

 

 少年は立ち上がった。

 

「今この場にいるのは十人。うち一人は消耗していて、長距離の移動は一日一回。拠点はない。資金はない。情報網もない。武器も車も通信手段もまともなものは何一つない」

 

 指を一本ずつ折る。

 

「対してこの国のヒーローは登録済みだけで数万人。警察組織があり、公安があり、法があり、世論がある。仕組みを壊すというならその全部が敵だ」

 

「……知ってるに決まってんだろ」

 

「知っていて言うのか」

 

「ああ」

 

 死柄木はこちらを見ていた。

 

「じゃあお前…どうすれば届く?」

 

 口を閉じた。

 

 ――質問の形が違う。

 

 無理だと言われて、なぜ無理かを聞き返すのが普通だ。この男は、無理を前提にしたうえで、道を聞いてきた。

 

「……人が要る。金が要る。拠点が要る。情報が要る」

 

 気づけば答えていた。

 

「一つずつだ。十人で国は壊せない。だが十人で百人は集められる。百人集まれば、金の作り方が増える。金ができれば拠点が持てる。拠点が持てれば情報が集まる」

 

「じゃあ…それやるわ」

 

「……簡単に言うな」

 

「簡単じゃねえのは、お前が今言っただろ」

 

 死柄木は火のそばに座り直した。

 

「順番があるなら順番にやるだけだ」

 

 ――こいつは。

 

 四か月前この男は「気に入らないから壊す」としか言えなかった。ステインに刃を向けられて、何も答えられなかった。

 

 今は壊したい理由を最後まで喋った。

 

 まだ計画はない。人も金も何もない。

 

 それでもあの日と同じ男だとは思えなかった。

 

  火が小さくなった頃、黒霧が死柄木のそばに膝をついた。

 

「死柄木弔……先生から言伝を預かっております」

 

 死柄木の指が止まった。

 

「あなたがご自分の欲しいものを口にされた時に、伝えるようにと」

 

「……なんだ」

 

「力を貸す者が一人おります。先生に長く仕えてきた者です。居場所は、私しか存じません。まず私が参って話を通してまいります」

 

「今のお前は……長い距離を一日一回しか飛べない」

 

 少年は口を挟んだ。

 

「行きに一回。話が拗れれば帰りは翌日になる。その間、お前は一人だ」

 

「……承知しております」

 

「……それでも行くのか」

 

「これは、私の務めですので」

 

 靄の中の目が少しだけ細くなった。笑ったのかもしれい。

 それ以上言わなかった。務めという言葉をこの場で一番よく知っている男が、自分の隣にいたからだ。

 

「……行ってこいよ、黒霧」

 

 死柄木が言った。

 

「戻ってこいよ」

 

 黒霧は一瞬だけ動きを止めて、深く頭を下げた。

 

「……かしこまりました」

 

 靄が広がって、閉じた。

 

---

 

 深夜。

 

 寝床の脇に置いた鞄を見ていた。

 

 神野の日から一度も開けていない。中身は最初から変わっていない。着替えと、証明書と、封筒が一つ。

 

 いつでも発てるようにまとめたままにしてある。

 

 三週間ずっとそうしていた。

 

「坊ちゃん」

 

 クラウディオが隣に座った。

 

「なんだ」

 

「……いえ」

 

 この男は三週間一度も聞かなかった。

 

 行くのか。残るのか。どうするのか。

 

 一度も聞かないまま毎日飯を作って、毎日寝床を整えて、毎日その鞄を発てる形のまま置いておいた。

 

「クラウディオ」

 

「はい」

 

「……死柄木は…無理を言っている」

 

「国を壊すなどと。数字が合わない。人も金も何もない。計画も、順番も俺が全部言った」

 

「……坊ちゃんの言う通りかと」

 

「……それでもやると言った」

 

 膝を抱えた。

 

「あの日、俺は『何がしたい』と聞かれて答えられなかった」

 

「……」

 

「あいつは答えた」

 

 火の音だけが聞こえて鞄に目をやった。

 

 出ていく理由はいくらでもある。

 

 契約は終わった。追手が来る。金は減る。ここにいれば巻き込まれる。

 

 どれも正しい。

 

 なのに三週間鞄は動いていない。

 

「……クラウディオ」

 

「はい」

 

「その鞄」

 

 目を逸らしたまま言った。

 

「解いていい」

 

 クラウディオは答えなかった。

 しばらくして立ち上がる気配がした。

 

「かしこまりました」

 

 それだけだった。

 

 理由も聞かれなかったし確認もされなかった。

 

 毛布を被って寝返りを打つ、背中の方で鞄の留め金が外れる音がした、三週間ぶりの音だった。

 

 ――まだ決めたわけじゃない。

 

 自分に言い聞かせた。

 

 情報が足りないだけだ。手配に時間がかかるだけだ。今出ていけば追手に目立つだけだ。

 

 理由はいくらでも作れた。

 

 作れたが一つも使わなかった。

 

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