カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

19 / 19
19話「格」

 

 八斎會の地下は時間がわからない。

 

 窓がない。外の音も入らない。照明はずっと同じ明るさで、夜も昼も変わらなかった。

 

 出向から六日が経っていた。

 少年は与えられた部屋の隅に座って、天井を見ていた。

 

 枠はまだ外せていない。

 

 俺の脳を上に、この地下の音を下に。範囲を変更して、その一つが埋まったまま、六日が過ぎている。あの帽子の男がどこにいるかわからない以上外せない。

 

 使える枠は一つだけだった。

 

 部屋の外には常に二人の組員が立っている。監視ではないと向こうは言う。案内役だそうだ。

 

 どちらでも同じことだった。

 

「飯だぜ! お腹いっぱいだ!腹が減って死にそうだぜ!」

 

 トゥワイスが廊下から戻ってきた。手には紙の包みを持っている。

 

「今日はコンビニのおにぎりだってよ。四個。俺とトガちゃんでな」

 

 トゥワイスは床に座り込んで包みを開けた。

 

「坊主のは向こうだ」

 

 部屋の隅に小さな机が置かれていた。六日前にはなかったものだ。

 その上に膳が載っている。焼き魚。味噌汁。白飯。漬物。湯気が立っている。

 

「これを食え。おにぎりはもらう」

 

「いや、向こうが坊主用に出したもんだろ。俺が食ったら角が立つ」

 

「立たない」

 

「立つっつーの」

 

 この男の言う通りだった。組が「若」に出した膳を随行の人間が食ったとなれば、組の顔を潰したことになる。

 

 裏の理屈だ。嫌になるほど知っている理屈だった。

 

「ねぇ、アルテミスくん」

 

 戻ってきたトガが、床に座って膝を抱えた。

 

「ここの人たちってさ、あたしたちのこと嫌いだよね。すれ違ったら道を空けられたの。あたしのときだけ。みんな汚いもの避けるみたいな顔してた」

 

 トガは笑っていた。

 

「気にしてないよ?慣れてるから」

 

「そういうもんだぜ」

 

 トゥワイスが、おにぎりを食べながら頷いた。

 

「極道からすりゃ格が違うんだよ。あいつらは筋モンで、俺らは野良だ。同じヴィランでも、そこは別なんだとよ」

 

 二人とも傷ついている様子はない。

 本当に慣れている、それが一番きつい。

 

 翌日、地下の通路を歩いていると組員が壁際に寄った。

 

「どうぞ、お通りください」

 

 頭を下げられた。

 

 次の角でも同じことが起きた。その次でも。

 

 知られている。あの尋問の部屋にいたのは、音本と組員が四人。それだけだ。六日で地下の全員が知っていた。

 

 エル・トローノの跡取りが来ている、と。

 

「若さん。お部屋の寝具を新しいものに替えておきました。若頭のご指示です」

 

「……別にいい」

 

「遠慮せず」

 

 組員は深く頭を下げて去っていった。

 

 少年はしばらくその場に立っていた。

 

 同じだ。

 

 地球の裏側まで来たのに同じだった。血で順番がつく。生まれで扱いが変わる。本人が何をしたかは関係ない。

 

 トガは道を空けられて、自分は頭を下げられる。同じ連合から来た三人のうち、自分だけが「若」だった。

 

 メキシコを出たときはこれから逃げたつもりでいた。

 逃げた先の極道の地下で、また同じ順番がついて回っている。

 

 しかも断れない。この扱いを拒めば組の面子を潰す。そうなれば、連合との取引に響く。

 

 トガとトゥワイスは、三日に一度外に出された。

 

「使い走りだよ。荷物運んで見張りして。個性も使わせてもらえないの」

 

 戻ってきたトガが言った。

 

「あ、でもね。向こうの若い子が怪我したの。そしたら若頭が来て、触ってはい終わり。血も止まって骨も戻ってた」

 

「……その男は、喜んでいたか」

 

「ありがとうございますって言ってたけど。……怖がってた」

 

 そうだろうな、と思った。

 治すことも壊すことも、同じ手でできる。その手に治されて、心から安心できる人間はいない。

 

 それが起きたのは、七日目の夜だった。

 

 少年は水を取りに部屋を出た。通路の角を曲がる。

 

 そこに子どもがいた。

 

 五つか六つか、そのくらいに見えた。白い服を着ている。両腕とも、肩の下から手首まで隙間なく包帯が巻かれていた。頬にも白いテープ。角のある細い白い髪の子どもだった。

 

 その子がこちらを見ている。

 逃げなかった。声も出さなかった。表情がなかった。

 

 怯えているのとも違う。何かを訴えているのとも違う。

 

 何も……なかった。

 

 九年屋敷でいろいろな人間を見てきた。恐怖も媚も、敵意も、全部見た。

 

 この顔はどれでもなかった。

 

 この子は何も期待していない。誰かが助けに来るとも、状況が変わるとも思っていない。だから何も顔に出ない。

 

 その状態になるまでに、どれだけの時間が要るかを知っていた。

 

「……お前」

 

「壊理」

 

 声が割り込んだ。通路の奥から、白い面の男が歩いてきた。

 

「勝手に出るなと言ったはずだ」

 

 子どもの肩が跳ねた。その反応だけが人間らしかった。

 

「……ごめんなさい」

 

「行くぞ」

 

 治崎は子どもの手を取らなかった。触れずに歩き出した。子どもがその後ろをついていく。

 

 すれ違いざまに治崎が足を止めた。

 

「……何も見ていないな」

 

 問いではなかった。

 

「……」

 

「賢明だ」

 

 あの子が誰でなぜ包帯だらけで何に使われているのか。何一つわからない。

 

 ただ一つだけわかる。

 あれは道具の扱いだった。

 

 人が人を使っている。使われる側は逆らうことを覚えていない。

 

 自分の家と同じ形だった。

 

 自分には膳が出て、あの子には包帯が巻かれている。同じ地下で、同じ男の手の中で。

 

 水を取るのを忘れて部屋に戻った。

 拳を握った。九年間、ずっとそうしてきたように。

 

---

 

 同じ頃、連合の新しい拠点には屋根があった。

 

 八斎會が提供した、郊外の廃業した保養所で部屋が十二ある。風呂も動いた。三食が出るようになって五日目だった。

 

「ねぇ……執事さん。それ、焦げてるわよ」

 

「……あ」

 

 クラウディオが慌てて火を止めた。黒い煙が上がっていた。

 

「珍しい。こないだも味噌汁の塩入れ忘れてたでしょ」

 

「……」

 

「心配なんでしょ」

 

 クラウディオは答えなかった。

 

「あんた……あの子と何年一緒にいるんだっけ」

 

「九年でございます」

 

「離れたことは」

 

「……一度も、ございません」

 

 マグネはしばらく黙った。

 

「そりゃ……焦げるわよね」

 

 そう言って台所を出ていった。

 

 クラウディオは焦げた鍋を見下ろしていた。しばらくして、静かに中身を捨てた。

 

 その夜、マグネは縁側で月を見た。久しぶりに、空の見える場所で夜を過ごしている。

 

 コンプレスが帽子を取って、隣に座った。

 

「あたしのせいよね……あたしがあの日キレなきゃ、あの子は個性を見せなかった。見せなきゃ……あの潔癖症に目をつけられなかった」

 

「君が謝るなら、あの日、あの男に頭を下げようと言った私も謝らねばならない」

 

「それは違うでしょ」

 

「同じことさ。誰かの選択の先で、誰かが痛い目を見る。この商売はタネを明かせばそういうものだ、それを全部背負っていたら明日歩けなくなる」

 

「……」

 

「君は……死ななかった」

 

 しばらく二人で月を見ていた。

 

「あの子……ちゃんと飯食ってるかしら」

 

「執事殿が心配しているのは、そこだろうな。今日も鍋を焦がしていた」

 

「知ってる、二度目よ」

 

 二人は少しだけ笑ってそれからまた黙った。

 

 廊下の奥の明かりのない部屋で、死柄木が膝を抱えていた。

 

 八斎會が運び込んだ箱が積まれていた。食料に薬。毛布に現金。

 

「……なんかさ」

 

 スピナーが扉から顔を出して言った。

 

「やっと人間らしい生活になったのにさ。誰も嬉しそうじゃないよな。三人……いねえからかな」

 

 死柄木は答えなかった。扉が閉まり、部屋がまた暗くなる。

 

 全部……借りだ。

 

 食い物も屋根も薬も……あの男が出したものだ。対価に三人を出している。三人は……マグネを殺しかけた男の手元にいる。

 

 死柄木は首筋に手をかけたが、掻かなかった。

 

「……忘れてねえよ」

 

 誰にも聞こえない声で、そう言った。

 

「全部、返してもらう」

 

---

 

 その週、横浜の貸しビルの一室にエル・トローノの幹部が集まっていた。

 

「ソル・ナシエンテ商事。登記は二年前。所在地は横浜」

 

 バルバラが机の上の書類の束をシルクハットで軽く叩いた。

 

「休眠会社を買ったんだよね。実際に動いてた会社だから、履歴も取引先も全部本物。中南米から食品と工芸品を輸入して卸してる。去年の売上は四億。ちゃんと税金も納めてる」

 

「……二年前?」

 

「若がいなくなる前から、ボクは日本を見てたの。いつか入るつもりだったからね。こんなに早く使うことになるとは思わなかったけど」

 

 女は書類を並べた。

 

「エル・トローノの名前は世界中の当局が持ってる。だから名前は一度もどこにも出さない。人員は二百。四か月かけて、

留学、就労、技能実習、観光、船員に全部ばらして入れる。五人以上の固まりは作らない」

 

「……よく考えてあるな」

 

 エルナンが言った。

 

「ボクの仕事だからね。ボクは役員として入る。レイは電気と通信の技術者。エルナンは船の乗組員」

 

「船か」

 

「目立たないからね。荷役の中にいたら、誰も二度見しない」

 

「……なるほど」

 

 バルバラはそこで一度言葉を切った。卓の一番奥に目をやる。

 

「マキシミリアーノ殿……入国の手続きですが」

 

「不要であろう」

 

 即答だった。

 

「余は、蟲けらの決めた手続きなど踏まぬ」

 

「……ただの入国手続きで――」

 

「我らは血族だ。二百年血を磨き続けてきた一族だ。その者が、役所に紙を出して、判を押してもらって許しを乞うと?」

 

「……あなたが密入国で捕まったら全部終わります。船から荷主、荷主から会社。ボクが入れる二百人も、拠点も、金も、流通も」

 

「ならば、見た者を片付ければよいのだ。」

 

 部屋が静かになった。

 

「……日本の入管に、何人いると思ってるんですか」

 

「知らぬ。知る必要がない。余が通るなら消える。それだけのことだ」

 

「マキシミリアーノ殿」

 

 エルナンが言った。

 

「当主のご指示は若を無傷で連れ帰れ、です。余計な事件を起こせとは言われていません」

 

「だからこそ、余が急ぐのだ」

 

 マキシミリアーノの声が震えはじめた。

 

「若は今、蟲の巣の中におられる。二百年の到達点が、名もなき蟲けらどもと同じ屋根の下で眠り、同じ皿から食っている。それを一日でも長く放置せよと、貴殿は言うのか?」

 

 エルナンはしばらく黙っていた。それから椅子に座り直した。

 

「……そうですか」

 

「エルナン……」

 

 バルバラが小さく名前を呼んだ。

 

「筋の話は通じる相手にしか通じない。この方にはこの方の筋がある」

 

 卓の端でレイが立ち上がって、何も言わなかった。誰とも目を合わせずそのまま部屋を出ていった。

 

 船は予定どおりに入港した。

 

 横浜、午前六時。コンテナ四十本。書類は完璧で、税関は三十分で通った。

 

「売るのは三番目の品質。一番いいのを流したら、この国の既存の流通が二か月で全部死ぬ。死にかけた連中は必死になって、警察に垂れ込む。少し良くて少し安い。それくらいがちょうどいいの」

 

 岸壁で荷役の作業服を着たエルナンが頷いた。

 

「商売人だな」

 

「ボクの仕事だからね」

 

 マキシミリアーノが日本に入ったのは、その三日後だった。

 連絡はなかった。バルバラのもとに届いたのは、ニュースの見出しだった。

 

 ――港湾作業員三名、意識不明で発見。極度の脱水と衰弱。外傷なし。

 

 港の事務所に現れた男の服には、埃一つついていなかった。密入国してきた人間の格好ではなかった。

 

「余は長旅で消耗していたのでな。補った」

 

「殺しては――」

 

「殺しておらぬ。余は無駄な殺生はせぬ。三人もいれば足りる。足りたからやめた」

 

 バルバラは机の縁を握った。

 慈悲で残したのではない。腹が満ちたから箸を置いただけだ。

 

「……次からは…事前に仰ってください。後始末がありますので」

 

「好きにせよ……余は若を捜す」

 

 扉が閉まる。女は引き出しを開けて新しい書類の束を取り出した。

 

「……二年分……作り直しか」

 

 その夜、事務所の屋上でレイが煙草を吸っていた。

 

「……見てたでしょ……昼間の」

 

 バルバラが隣に来て、フェンスにもたれた。

 

「見てたぜ」

 

「なんか言いなよ」

 

「言って変わるのか」

 

「変わらないけど。言いたくなるじゃん……普通」

 

「ならねえだろ」

 

 湾岸の明かりが規則正しく並んでいた。

 

「あの人さぁ。なんで、あんなに若のこと好きなんだろうね」

 

「好きじゃねえだろ」

 

「え?」

 

「あの人が見てんのは、二百年の血だ。若はその容れ物ってだけだよ。若が個性を失くしたら、たぶん次の日には興味を失くす」

 

 バルバラは答えなかった。その通りだと思ってしまったからだ。

 

「ねぇ、レイ。あの人が先に見つけたらさ、どうなると思う? 連れて帰るだけだよね?当主の指示もあるし」

 

「……そうだな」

 

「でしょ」

 

「そうだな」

 

 二度目は少し遅かった。

バルバラはそれ以上訊かないことにした。訊いて答えが返ってきたら困る。

 

 湾岸の明かりが規則正しく並んでいる。

 

 その向こうのどこかの地下で、十三歳が拳を握っている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

推しの心の傷になりたい!!(作者:じんさんぽ)(原作:呪術廻戦)

曇らせ大好きなオリ主が転生して推しキャラを曇らせようとする話。▼曇らせ第一幕の舞台は呪術廻戦で曇らせる推しキャラは七海建人です。▼注意!▼曇らせ作品です。キャラが曇らせられます。▼オリ主が死にます。▼処女作です。変な文章だったり、誤字脱字があるかもしれませんご了承ください。▼誰かの性癖は誰かにとっての地雷。▼それでも読んでもOK!という人はどうぞ。


総合評価:17/評価:-.--/連載:7話/更新日時:2026年07月16日(木) 18:19 小説情報

個性「炎」(作者:ドゥルガー)(原作:僕のヒーローアカデミア)

何処にでもあるような個性で、何処にでも居るような少年が夢を追う物語。▼主人公の立ち絵です。▼【挿絵表示】▼


総合評価:504/評価:6.82/連載:28話/更新日時:2026年09月27日(日) 09:29 小説情報

キングカズマinヒロアカ(作者:うさぎ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 キングカズマがヒロアカの世界で、世界一位のヒーローになる為のお話です。▼主人公はミルコの遠い親戚とします。▼万助とミルコの設定だけオリジナルで後は原作通りに作ります▼誤字脱字を直したら字表現をよくする為にAIを使用しています。▼


総合評価:910/評価:7.74/連載:13話/更新日時:2026年06月12日(金) 07:42 小説情報

性癖と原作を崩壊させる俺のヒーローアカデミア(作者:エンディングハンター)(原作:僕のヒーローアカデミア)

▼死柄木弔は、最終決戦の後遂にオール・フォー・ワンを緑谷出久の手によって自身の精神から追い出した。▼オール・フォー・ワンが持っていた個性がなくなっていき、自分の体が崩壊していく。▼そしてその結末を見届けながら……死んだ“はずだった”。▼自分が目覚めると、真っ暗闇の世界にいた。▼そしてその空間で過ごす内に、自分の本当の気持ちを吐露する。▼本当は自分も、学校に行…


総合評価:923/評価:8.33/連載:9話/更新日時:2026年08月18日(火) 12:00 小説情報

なんかしらんけど原作壊れてたので、ヴィランデクにして王にします。(作者:ライジール)(原作:僕のヒーローアカデミア)

TS転生してヴィラン『ジョーカー』が、見守っていたら何故か原作が壊れたので、デクを拾って『ヴィランデク』を作ろうと思います。▼ジョーカーの立ち絵が完成しました▼【挿絵表示】▼トガヒミコの立ち絵▼【挿絵表示】▼トゥワイスの立ち絵▼【挿絵表示】▼ロワ・ザ・ワールド▼【挿絵表示】▼R18▼https://syosetu.org/?mode=write_novel_…


総合評価:2559/評価:7.51/連載:9話/更新日時:2026年09月16日(水) 08:02 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>