カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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2話 クソゲー

 

 

「三日だ」

 

 毛布を畳みながら少年は言った。

 

「三日で塞ぐ、その間俺のやることに口を出すな。終わったら

 お前が攻めてみろ」

 

 戸口に寄りかかったまま死柄木は首を掻いた。

 

「攻める?」

 

「この店に外から踏み込む役だ。俺は奥にいる。制限時間内に俺に触れたらお前の勝ちだ」

 

「……ゲームかよ」

 

「嫌ならいい」

 

「嫌とは言ってねえ」

 

 死柄木はゲーム機の電源を落とした。その目が、ほんの少しだけ面白がっているのを少年は見逃さなかった。

 

「負けたら崩すからな」

 

「勝ったら?」

 

「知るか。考えとけ」

 

 そう言い捨てて、死柄木はカウンターの方へ戻っていった。

 

---

 

 一日目はほとんど紙の上で終わった。

 

 少年はカウンターの端を占領し、黒霧に借りたノートに店の見取り図を描いた。扉、窓、配管、配線、隣の建物との壁の厚さ。黒霧が知っている限りのことを聞き出し、知らないことは自分の足で確かめた。

 

「電気と水道の名義は」

 

「……古い契約のままです。この店の前の持ち主の」

 

「前の持ち主はどうなった」

 

「……わかりかねます」

 

 少年は顔を上げずにノートに一行書き足した。

 

「なら…そこから辿られる。名義を別の会社に移す。実体のない会社でいい。クラウディオ」

 

「手配いたします」

 

 クラウディオはそれだけ言っていつの間にか店から消えていた。

 

 黒霧の靄が少年の手元を覗き込む。

 

「随分と慣れておられるのですね」

 

「家で見てきたからな」

 

 それ以上は言わなかった。

 

---

 

 二日目の朝、向かいのビルの三階に灯りが一つ増えた。

 

「……借りたのですか。あの部屋を」

 

 窓越しにそれを見た黒霧が、呆れとも感心ともつかない声を出した。

 

「入口が丸見えの場所ならこっちが先に使えばいい。見られる側から見る側になる」

 

「その費用はどちらから」

 

「ポケットの中身から」

 

 少年はあっさり答えた。

 

 カウンターでゲームをしていた死柄木の指が、一瞬だけ止まった。けれど何も言わなかった。

 

 昼を過ぎるとクラウディオが戻ってきて、店の配線をいじり始めた。

 

 正確にはいじっているようには見えなかった。男は壁の前に立ち、袖口から糸を一本垂らしただけだ。糸は壁の隙間に吸い込まれるように入り込み、しばらくして天井の反対側から出てきた。その先に細い線が結ばれている。

 

「……今…何を」

 

「壁の外に出ていた配線を内側に通し直しました。外から辿られては困りますので」

 

 黒霧の靄がはっきりと固まった。

 

「ドリルもなしに…ですか」

 

「糸ですので」

 

 クラウディオは平然と答えて次の壁に向かった。

 

---

 

 三日目は裏の配管スペースだった。

 

 カウンターの奥、隠し棚のさらに奥に、人一人がやっと通れるくらいの空間がある。古い建物の継ぎ目で、隣のビルの地下と薄い壁一枚でつながっていた。

 

 少年はその壁に新しく扉を付けさせた。取っ手もない、ただの板のような扉だった。

 

 そして扉に手を触れた。

 

「……それが個性ですか」

 

 黒霧が尋ねた。

 

「この扉を上に。この建物を下に置いた」

 

「建物を?」

 

「店に踏み込まれて、壁が壊されて、天井が落ちてきても、この扉だけは潰れない。扉の向こうの道も残る」

 

 少年は手を離した。

 

「ここが破られたら、全部終わる。だから枠を割く」

 

「……侵入してくる相手を、下に置くことはできないのですか」

 

「名前を知らない相手には付けられない」

 

 少年は扉を見たまま答えた。

 

「来るのがヒーローか警察か、別の組織か、踏み込まれるまでわからない。わからない相手を止めるより、何が来ても逃げ道が残るほうが確実だ」

 

 黒霧はしばらく黙っていた。

 

 それから小さく頭を下げた。

 

「…失礼いたしました。あなたを子どもとして見ていたようです」

 

「子どもだ」

 

 少年は扉の埃を払った。

 

「子どもでも、仕事はする」

 

---

 

 その夜ゲームが始まった。

 

「ルールを確認する」

 

 少年はカウンターの奥、隠し棚の前に立った。

 

「制限時間は十分。お前は表の扉から始めて、俺に触れたら勝ち。黒霧のワープは使っていい。壁を崩すのも自由だ」

 

「……自由でいいのかよ」

 

「自由でいい」

 

 死柄木はにやりと笑った。

 

「後悔すんなよ...ガキ...!」

 

 死柄木が表に出ていく。扉が閉まる。

 

 少年の手の中で携帯が一度だけ震えた。向かいのビルの三階からだった。

 

『始まりました。死柄木様は扉の前。黒霧様は裏手に回ろうとしておられます』

 

「読みどおりだな」

 

 少年は通話を切らず、ポケットに入れた。

 

 一分後表の扉が開いた。

 

 死柄木は入ってこなかった。扉を開けたまま、中の様子をうかがっている。その背後で黒い靄が音もなく広がった。

 

『黒霧様のワープ、店の裏口へつながりました』

 

「知ってる」

 

 少年は隠し棚の奥に滑り込んだ。

 

 裏口の扉が開き、黒霧の靄の中から死柄木が飛び出してくる。表から入るふりをして裏から回る。悪くない手だった。

 

 ただ、そこにはもう誰もいなかった。

 

「……チッ」

 

 死柄木はカウンターを見回し隠し棚に目を留めた。一日目に少年自身が、踏み込まれて三十秒で見つかると言っていた棚だ。

 

 死柄木の口元が吊り上がる。

 

「そこか」

 

 棚に五本の指が触れた。木が粉になって崩れ落ちる。その奥の壁も続けて崩れる。

 

 壁の向こうには何もなかった。

 

 狭い空間の先は、ただの行き止まりだった。コンクリートの壁と、古い配管と埃だけ。

 

「……は?」

 

『死柄木様、隠し棚を崩されました。その先は偽の空間です』

 

「崩しがいのある場所に見えるように作ったからな」

 

 少年の声は、死柄木の足元のさらに下から聞こえた。

 

 配管の隙間から、かすかに。

 

 死柄木が床に手を伸ばしかけて止まった。床を崩せば、自分が落ちる。

 

「残り三分」

 

「クソが……!」

 

 死柄木は店の中を駆け回った。壁を崩し、床を叩き黒霧にもう一度ワープを開かせる。けれどどこを開いても、少年のいる場所には届かなかった。

 

 隣のビルの地下から少年は携帯越しにその音を聞いていた。

 

 物が崩れる音。舌打ち。黒霧の困った声。

 

 そして、途中から笑い声が混じり始めた。

 

「残り十秒」

 

 九、八、七。

 

 表の扉が内側から開いた。

 

 死柄木が振り向くと、少年が路地に立っていた。雨は降っていない。濡れていないコートの襟を直しながら少年は言った。

 

「時間だ」

 

 死柄木は、崩れた棚の破片の中に立ったまましばらく少年を見ていた。

 

 それから腹を抱えるように笑った。

 

「クソゲーだな…これ」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

「褒めてねえよ」

 

 死柄木は崩れた壁を振り返った。

 

「……で、あの棚。最初からぶっ壊させるつもりだったのかよ」

 

「お前なら見つけたら崩すと思った」

 

「読まれてんのムカつくな」

 

「それと」

 

 少年は粉になった棚と、穴の開いた壁を指さした。

 

「あれの修繕費は 勿論お前に請求する」

 

「は?」

 

「崩すのは自由だと言った。直すのが無料だとは言っていない」

 

 黒霧の靄が、今度こそはっきりと笑うように揺れた。

 

---

 

 計画を聞かされたのはその二日後だった。

 

「オールマイトを殺す」

 

 カウンターに地図を広げて、死柄木は言った。雄英高校。その敷地の外れにある訓練施設。

 

「一年のクラスがここで授業をやる。オールマイトも来る。黒霧のワープで乗り込んで脳無をぶつける」

 

 少年は地図を見下ろした。

 

 しばらく黙って、それから指を三本立てた。

 

「穴が三つある」

 

「言ってみろよ」

 

「一つ。脳無に全部賭けている。あれが負けたら、代わりがない」

 

「負けねえよ。オールマイト対策だ」

 

「二つ。逃げ道が黒霧一人だ。黒霧が止められたら、全員が取り残される」

 

 黒霧の靄がわずかに揺れた。

 

「三つ。生徒を数に入れていない。ヒーローの卵でも、何十人もいれば盤面は変わる」

 

「ガキなんてどうでもいい。狙いはオールマイトだけだ」

 

 死柄木は地図を丸めた。

 

「で、お前は留守番な」

 

 少年は眉を上げた。

 

「使える駒を置いていくのか」

 

「使えるから置いてくんだよ」

 

 死柄木は、首を掻きながら言った。

 

「お前の実家にバレねぇように、留守番だ。雄英なんか行ったら、テレビにも記録にも残る。そしたら海の向こうまで一発だろ」

 

 少年は少しだけ言葉に詰まった。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

「……賢明な判断だな」

 

「うるせぇ」

 

 死柄木はそれだけ言って、地図を持って奥に消えていった。

 

---

 

 その夜、物置で。

 

 少年は段ボールの寝台に仰向けになり、天井の染みを眺めていた。

 

「あれは…負ける」

 

「そうですか」

 

「オールマイトを甘く見てる。脳無一体でどうにかなる相手じゃない。それに黒霧が逃げ道なのに、黒霧を一番前に出す作戦だ」

 

「坊ちゃんがそう仰るなら、そうなのでしょう」

 

 クラウディオは少年のコートにブラシをかけていた。

 

 しばらくブラシの音だけが続いた。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「あいつは俺の家のことを覚えてた」

 

 ブラシの音が、止まった。

 

「初日にちょっと言っただけなのに。実家にバレないように、って」

 

 少年は天井を見たまま言った。

 

「戦力の管理としては、正しい。俺でもそうする」

 

「……そのようですね」

 

 クラウディオは、少しだけ間を置いてから答えた。

 

 それからまた、ブラシの音が戻ってきた。

 

 正しい判断だ。合理的な采配だ。それ以上の意味はない。

 

 そう片付けたはずなのに何かが胸のどこかに引っかかっていて、それが何なのか少年にはわからなかった。

 

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