カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

26 / 59
原作にはない、残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。


25話 血

 護送車の中は揺れていた。

 

 体は座席に固定されたままだ。両腕は肘から手首まで拘束具で覆われ、指の一本も動かせない。首には個性抑制の装具、口も半分覆われている。

 

 前の座席に二人、後ろに二人、運転席と助手席にも一人ずつ。六人。車の前後には別の車両もつく。

 

 厳重だな……当然か。

 

 地下が落ちた後、瓦礫の中から引きずり出された。あのときはまだ体を治し続けていた。戻されるそばから修復を重ねて、それだけを何時間も繰り返していた。

 

 止まったのは突然だった。

 

 上で誰かが壊理の個性を消したのだろう。ヒーローの中に、見ただけで個性を消す男がいることは知っている。巻き戻しが止まって息をついた瞬間には、もう囲まれていた。目を合わせられ、今度は自分の個性が消える。それで終わりだ。

 

 拘束された腕に目を落とす。

 

 腕は両方とも揃っている。地下で戻され続けたが、失ってはいない。個性も抑制されているだけで、装具を外せば戻るはずだ。

 

 ……まだ治せる。

 

 組は壊滅した。八斎衆は散り、弾は押収された。だが分散させた四箇所のうち、組と無関係な名義の倉庫は割れていないはずだ。そしてこの手がまだ動くなら、親父の体はまだ治せる。

 

 二十年でも三十年でも、刑期を終えれば出られる。出られなければ外にいる者にやらせればいい。方法はいくらでもある。

 

 目を閉じて息を吐く。終わっていない。そう自分に言い聞かせる。

 

 車が止まった。予定のない停車だ。

 

「どうした」

 

 助手席の男が無線に手を伸ばす。

 

「前が……止まってます」

 

「事故か」

 

「いえ」

 

 男の声色が強張る。

 

「前の車の中、誰も動いてません」

 

 目を開く。窓は塞がれて外は見えないが、音なら聞こえるはずだ。

 

 何も聞こえない。

 

 サイレンも人の声も足音も。高速道路の上で、昼過ぎだ。車の走る音がしないのはおかしい。

 

 向かいに座っていた男が腰を浮かす。警官ではない。護送に付けられたヒーローで、乗り込むときに一度だけ名乗っていた。スナッチ。砂のヒーローだと。

 

「お前ら……伏せてろ」

 

 低い声だ。怒鳴ってはいないのに、車内の全員がその声に従う。

 

「何が来てるのかわからん。俺が見る。顔を上げるなよ」

 

 男の輪郭がさらさらと崩れだす。肩から腕にかけてが砂になって、座席の警官たちの上に薄い膜を広げていく。六人全員がその下に入ったとき、後部扉が鳴った。

 

 金属が内側へひしゃげる。鍵でも蝶番でもなく、扉の真ん中が押し潰されるように凹む。二度目で外れて、昼の光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 黒い外套の男が立っている。

 

 白い手袋に、後ろへ撫でつけた白髪。背中から肉色の太い管が何本も伸びて、先が地面に垂れている。男の周りに人が倒れている。前の車両の警官、バイクの警官、道路に止まった一般車から降りてきたらしい私服の人間。全員が皺だらけで髪が白く、目が落ちくぼんで動かない。若い警官だったはずの体が、老人になっていた。

 

「撃つな!下がってろ!」

 

 スナッチが叫ぶ。銃を抜きかけた後部の警官の腕を、砂が押さえ込んだ。

 

 黒い外套の男が車内を覗き込む。砂の膜を見て、半身が砂になった男を見た。

 

「……砂か」

 

 管の一本が跳ねて、砂の膜に突き立つ。何も起きない。管の先は砂の中で空を切るだけだ。

 

「命の通わぬ土くれか。不味そうなものを纏うておる」

 

「お前か」

 

 スナッチが車の外へ出る。体の半分は砂のまま車内に残して、警官たちを覆い続けている。

 

「高速道路を止めて、これだけの人間を……お前一人でやったのか」

 

「余に問うておるのか」

 

「答えろ」

 

「やったが、何だ」

 

 スナッチの砂が一瞬だけ波打つ。

 

「お前が干からびさせた連中にも、帰りを待ってる家族がいる」

 

 声が一段低くなった。

 

「親がいて……女房がいて……子どもがいる!今夜、誰も帰ってこない家が……ここに倒れてる数だけできる。残された人間がどうなるか……考えたことはあるのか!」

 

 男はしばらくスナッチを見つめて、それから本当に不思議そうに首を傾げる。

 

「蟲の残りなど……余は数えたこともない」

 

 スナッチの砂が弾けた。

 

 砂の礫が男の顔へ、胸へ、膝へ、散弾のように撃ち出される。管が持ち上がって顔の前の礫を払う。払いきれなかった礫が外套の裾を裂いた。

 

 管が三方から伸び返す。正面の一本を砂の盾が受ける。左右の二本は砂の中へ潜って、何も吸えずに引き戻されていく。

 

 スナッチは一歩も前へ出ない。出られない。体の半分を車内に置いたままだ。警官たちを覆う砂を引けば、彼らが剥き出しになる。

 

 男もそれに気づいた。

 

「なるほど……蟲けらを庇うておるのか」

 

 管の一本が砂の盾を大きく回り込む。狙いはスナッチではない。後部扉の穴へ、車内へ。

 

 スナッチが砂を車内へ寄せる。警官たちを覆う膜が厚くなる。その分だけ、自分の胸の前が薄くなる。

 

 薄くなった所を、別の管が正面から貫いた。砂ではなく生身の胸だった。

 

「――ッ!」

 

 スナッチの膝がアスファルトにつく。体の砂がざらざらと崩れていく。崩れながら、最後の砂は車内へ流れ込んできた。

 

 砂が一番手前に伏せていた若い警官の上に集まる。人一人分の形に、隙間なく、石のように固まっていく。

 

「……伏せてろ、と……言った……ろう……」

 

 それが最後だった。スナッチの体は残った砂ごと老人の骸になって、道路に崩れた。

 

「……騒がしい蟲であった」

 

 男は管を引き抜いて、車内に目を戻す。砂の膜はもうない。剥き出しになった警官たちが座席の上で震えている。

 

「なんだお前は!何が目的だ!」

 

 一人の叫びが車内に響く。

 

「目的……か」

 

 男の目がこちらの上で止まる。

 

「これだ」

 

 管が伸びる。声も出ない。抵抗する間もない。五人が老人の姿で座席に沈んだ。

 

 管が六人目に伸びて、止まる。固まった砂の塊だ。人の形をしたその中で、まだ誰かが息をしている気配がする。男はその塊をしばらく見下ろしていた。

 

「……土くれを掘る趣味はない」

 

 管が引かれていく。

 

 拘束されたまま、見ているしかない。

 

 生命力の吸収。種類としては知っている。記録にもある。だが規模が違う。十人以上を数十秒で、迷いもなく片づけた。床を拭くような手つきで。

 

 男が車内に踏み込む。狭い空間に背中の管が折り重なって収まり、目の前に立つ。

 

「治崎廻……であったか?」

 

 名前を呼ばれて顔を上げる。

 

「……誰だ」

 

「余は……マキシミリアーノ・エル・トローノ」

 

 その名で、思考が一本につながる。エル・トローノ。

 

「……あの子どもの」

 

「口を慎め……痴れ者め」

 

 管の一本が頬をかすめていく。触れてはいない。

 

「あの子ども……ではない。若だ……!」

 

 男の声が低く沈む。

 

「超常黎明期から二百年……我らが血を磨き続けて到達した最上の一点だ……!貴様のような蟲けらが、あの子ども……と呼んでよいものではない!」

 

 答えない。抑制装具が首にあって、個性は使えない。腕は固定されている。できることが一つもない。

 

「……貴様に問おう」

 

 男の問いは続く。

 

「若を……手元に置こうとしたな」

 

 息が止まる。

 

 ……漏れている。

 

「あの地下で若に取引を持ちかけた。うちに来い……と。守ってやる……と」

 

「……誰から聞いた」

 

「貴様の組の者だ」

 

 興味もなさそうな声だ。

 

「組が潰れて……行き場を失った蟲けらが、売れるものを探していた。安い買い物だったと聞いている」

 

 天井を仰ぐ。

 

 組が散れば情報が出る。当然のことだ。自分がその立場でも同じことをした。

 

「答えるがいい……」

 

 管が近づく。

 

「何故……若を欲した」

 

 しばらく黙っていた。答える義理はない。だが黙っても結果は変わらない。

 

「……俺の個性が……通らなかった」

 

「ほう」

 

「唯一の例外だった。あれを外に置いたままで……計画は進められない」

 

「……計画」

 

「……個性を消す弾だ。それを売ってこの国の裏を支配する……そのための計画だった」

 

 男はしばらく動かず、それから笑った。声を上げてではなく、喉の奥で短く鳴らしただけだ。

 

「……個性を……消す」

 

「ああ」

 

「……蟲けらの分際で」

 

 その声から温度が抜け落ちる。

 

「……我らが二百年かけて磨いてきたものを、貴様は弾に詰めて売ろうとしたのか」

 

「……」

 

「そして……その弾が効かぬ唯一の存在が若だと知って、手元に置こうとした」

 

 男の背中の管が、一斉に鎌首をもたげる。

 

「……つまり貴様は……」

 

 声が震えを帯びていく。

 

「血を……商品にしようとして……!!」

 

 管が、しなった。

 

「その頂点を……!自分の道具にしようとしたのだな……!」

 

 管の一本が肩を貫く。痛みはない。代わりに力が抜けていく。

 

 自分の中から何かが出ていく。寿命だ。

 

「余は……無駄な殺生はせぬ」

 

 男の声は静かだ。

 

「必要な分だけ頂く。それが余の作法だ」

 

「……」

 

「だが……貴様は別だ」

 

 管が二本目、三本目と突き立つ。

 

「貴様には……必要な分という概念を適用せぬ」

 

 視界が狭くなっていく。拘束具の中で、腕が細く痩せていく。

 

 待て。

 

 腕が……この腕は……!

 

 この腕だけは……!

 

「……やめろ」

 

 ようやく声が出た。

 

「この腕は……残っているんだ……!」

 

「……ほう」

 

「まだッ……治せるんだっ……!」

 

 拘束された腕を持ち上げようとして、上がらない。

 

「親父を……!!治せるんだっ…………!!!」

 

「……知らぬな……騒がしい……黙っておれ……」

 

「待て……! 殺すな……ッ!!」

 

 男の管が、四本目を刺した。

 

「俺が死ねば……親父は治せない!! 親父は!俺しか治せないんだ!!やめろ……親父……俺は……!親父を……!」

 

「蟲けらの事情等に余が興味を持つとでも思うたか?」

 

 その一言で終わった。

 

 体が縮んでいく。皮膚に皺が寄って、指が枯れ枝のようになって、爪が黄色く濁る。視界が白く霞む。

 

 違う。

 

 こんなはずじゃなかった。計画は正しかった。個性は病だ。病は治すものだ。その理屈に誤りは一つもない。

 

 ない……はずだ。

 

 親父を頂点にするために全部やった。壊理を使ったことも。組の者を切ったことも。親父を眠らせたことも。全部……親父のためで。

 

 親父がそれを頼んだことは。

 

 一度も……

 

 口を動かしても、声はほとんど出ない。

 

「ごめんなさい……」

 

 男はそれを聞いていて、何も言わない。

 

「……親父……ごめんなさい……!」

 

 言葉がそこで途切れる。

 

「……もう……なぉせない……」

 

 最後の管が抜かれた。

 

 

 

 

 

 座席に残っていたのは、小さく縮んだ白髪の老人の骸だ。着ていた拘束具のほうがずっと大きい。

 

 マキシミリアーノは背中の管を収め、手袋を確かめるように指を一本ずつ引く。

 

「……不味い……ゲテモノよ……」

 

 それだけ言って、車を降りた。

 

 

 

 

 

 歩道橋の手すりの向こうに、高速道路が見下ろせる。

 

「……おい」

 

 最初に声を出したのはスピナーだ。

 

「あれ……なんだ」

 

 誰も答えない。止まった車の列の、どの車の周りにも人が倒れている。動いている者は一人もいない。

 

 コンプレスが双眼鏡を下ろす。

 

「……確認した……が……」

 

 帽子のつばの下で、声が掠れて揺らぐ。

 

「息のある者はいない」

 

「何人だ」

 

「十六」

 

「……十六?」

 

「……数えられる範囲で……だ」

 

 スピナーが一歩後ずさる。

 

「十分も経ってねえぞ」

 

「ああ」

 

「俺ら……着いたの五分前だぞ」

 

「そうだな」

 

 コンプレスの手が震えて止まらない。この男が震えるのは見たことがない。

 

「……弾は」

 

 出た声が、思ったより低かった。

 

「……取れるのか」

 

「無理だろ……」

 

 コンプレスの首が横に揺れる。

 

「護送車の中には入れる……だけど……あの男がまだあそこにいる」

 

 四人の視線が一点に吸い寄せられる。

 

 黒い外套の男が車の脇に佇む。白昼の高速道路の上だ。カメラも人目もいくらでもある。その中で男は隠れようともせず、ゆっくりと手袋を直して、それから空を見上げていた。

 

「……なあ」

 

 荼毘が口を開く。煙草をくわえたまま、その男から目を離さない。

 

「行くか?」

 

 三人の目が同時に荼毘を向く。

 

「……は」

 

「行くか……って聞いてんだよ」

 

「冗談だろ」

 

 スピナーの声が裏返る。

 

「見ただろ今の!十六人だぞ!?一人で!」

 

「見てたよ」

 

「刀じゃ届かねえよ!あれ……触られたら終わりだろ!?」

 

「まあな」

 

 荼毘が煙を吐く。

 

「焼けば……届くんじゃねえの」

 

「……君」

 

 コンプレスがそれを遮る。

 

「私は……君の火力を疑っていない。だが、あれは相性の問題ではない」

 

「あ?」

 

「あの男はこちらが何人で行こうと、同じ手順で処理する」

 

 帽子のつばを下げる。

 

「十六人が、十六回に分けて殺されたのではない。まとめて処理されたのだ。一人ずつ丁寧にやったのではなく、順に、作業として片付けた」

 

「……」

 

「あれは……数で対抗する相手ではない」

 

 スピナーが刀の柄を握り直す。握っている手が白い。

 

「……死柄木」

 

 震えを抑えきれない声だ。

 

「……どうする」

 

 答えない。手すりにかけた指は四本で、親指だけを浮かせている。何かに触れて崩さないのは、自分でも珍しい。

 

 ――なんだ……あいつ。

 

 個性の見当はつく。生命力とか、寿命とか、そのあたりだろう。問題はそこではない。あの男は白昼の高速道路で十六人を片づけた後に、空を見上げている。逃げようとも隠れようともしない。誰かが来ることを、まったく想定していない。

 

 あの立ち方を知っている。神野で見た。先生があの日、同じ立ち方をしていた。

 

 誰も自分を止められないと、心の底から信じている人間の立ち方だ。

 

「……帰んぞ」

 

「おい」

 

「……帰んぞって言ってんだよ」

 

 振り返らずに歩き出す。

 

「……弾は諦めるのか」

 

「諦めるっつってねえ」

 

 首筋を掻く。

 

「今日は帰る。それだけだ」

 

「……そうか」

 

 荼毘が煙草を落として踏む。それ以上は何も言わない。

 

 四人で歩道橋を降りていく。誰も振り返らなかった。

 

 歩きながら考える。

 

 あの男の目的がわからない。弾を奪いに来たわけではない。車の中には入ったが、何も持ち出していない。

 

 八斎會への恨みか。だがそれなら、組が潰れた時点で済んでいる。

 

 治崎を殺しに来たのか。わざわざ護送車を止めて、昼間の高速道路で十六人を巻き込んで。治崎一人のために。

 

 足がそこで止まる。

 

 治崎が何をした?

 

 この数日であの男がしたことといえば、組を潰されたことくらいだ。それと。

 

 ――うちの三人を借りてった。

 

 しばらく立ち尽くしても、繋がりそうで繋がらない。関係があるはずがない。あんな化物と、うちの留守番がどう繋がる。

 

「死柄木?どうした」

 

「……なんでもねえ」

 

 また歩き出す。

 

 そのときは、本当にそう思っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。