四人が戻ってきたのは夕方だった。
扉が開いた音で、アルテミスは顔を上げた。空気がおかしかった。誰も喋っていない。
スピナーが先に入ってきて、刀を抱えたまま壁際に座り込んだ。次にコンプレス。帽子を取っている。この男が帽子を取ったまま部屋に入るのを初めて見た。死柄木は扉の脇で立ち止まった。荼毘は入ってこなかった。外の柵にもたれて煙草に火をつけている。
「……どうしたのよ」
マグネが立ち上がった。
「失敗したの?」
誰も答えなかった。
「ちょっと…何かあったんでしょ」
「……弾は…取れなかった」
コンプレスがようやく口を開いた。
「護送車には近づけなかった」
「警備が厚かったの?」
「いや」
男は首を振った。
「全員…死んでいた」
部屋が静まり返った。
「……は?」
トゥワイスが声を漏らした。
「着いたときにはもう終わっていた」
コンプレスは机の上で指を組んだ。
「高速道路の上だ。車が七台止まっていて、その周りに人が倒れていた。警官、移送官、そして通りかかった一般人」
「何人」
「十六人。数えられた範囲で」
トガが口を押さえた。
「……死んでたんです?」
「ああ」
「どうやって」
コンプレスはしばらく黙っていた。
「……全員老人になっていた」
指が止まった。
「老人?」
「皺だらけだった。髪が白くなり、皮膚が縮んで、目が落ちくぼんでいた。二十代の警官が、八十の老人のようになっていた」
トゥワイスが頭を抱えた。
「なんだよそれ! 意味わかんねえ! どういうことだよ!」
「私にもわからん」
コンプレスが帽子を膝の上に置いた。
「だが、外傷はなかった。血も出ていない。焼けても、凍ってもいない。ただ、年を取っていた」
膝の上で手を握った。
――干からびる。
その言葉が頭の中で鳴った。いや待て……冷静に考えろ。生命力を吸う個性は珍しくはない。世界中に似たようなものはいくらでもある。偶然の可能性もある。
――まだ決まっていない。
「犯人は」
自分の声が思ったより平坦なことに気づいた。
「男だ」
死柄木が初めて口を開いた。
「見たのか」
「二百メートル離れてたけどな」
死柄木は壁にもたれた。
「黒い外套。白い手袋。髪は白かった。後ろに撫でつけてた」
視界が少し狭くなった。
――偶然だ。
白髪の男など…どこにでもいる。
「年は」
「四十くらいか。もっと上かもしれねえ」
「……そうか」
視線を落とした。膝の上の手が震えないように力を入れた。
「一番わかんねえのは」
死柄木が続けた。
「あいつ……逃げなかったんだよ」
「……逃げない?」
「昼間の高速道路だぞ。十六人殺した後に、車の脇に突っ立って、空見上げてた」
スピナーが身震いした。
「カメラも人目もあるのに、全然気にしてなかった。手袋直して、それで終わりだ」
「……」
「あれは……誰も自分を止められねえと思ってる奴の立ち方だ」
答えなかった。答えられなかった。
――まだだ。まだ…決まっていない。
ここまでなら、他の誰かでも説明がつく。
「個性は」
トゥワイスが聞いた。
「どうやって殺してたんだ」
「ああ……それな」
死柄木が面倒そうに言った。
「背中から……なんか出てた」
呼吸が止まった。
「触手みてえなやつだ。何本も。太くて肉みたいな色してた。それで突いてた。刺すっつーか、触れるだけだな。触れたら、その場で干からびる。三秒もかかってねえ」
部屋の空気が遠くなった。誰かが何か言っていて、言葉が耳に入ってこなかった。
――管。
背中から何本も。肉の色をした。触れるだけで寿命を吸う。
頭の中で、一つの席が埋まった。
――席次六番。
間違いなかった。世界中のどこを探しても、あの個性を持っている人間は一人しかいない。二百年かけて、その一人しか出していない。
マキシミリアーノ・エル・トローノ。
部屋の中で、誰もこちらを見ていなかった。全員が死柄木の話を聞いている。一人だけ例外がいた。
顔を上げずに視線だけを動かした。台所の入口にクラウディオが立っていた。布巾を持ったまま、動きを止めている。
目が合った。それで十分だった。この男も同じ結論に達している。
視線を戻した。誰にも気づかれていない。そう判断して、また膝の上に目を落とした。
「……何しに来たんですかね…その人」
トガが首を傾げた。
「弾を取りに来たんじゃないの?」
「…持ってってねえ」
死柄木が答えた。
「車の中には入ったけど、何も持ち出してなかった」
「じゃあ何しに」
「治崎を殺しに来た」
その一言で部屋の温度が下がって、マグネの肩が動いた。
「……治崎?」
「ああ。あいつだけ、車の中で殺されてた」
「他の連中は」
「ついでだろ」
死柄木は首筋を掻いた。
「十六人は……ついでだ」
スピナーが呻いた。
「ついでで十六人かよ」
「そう見えた」
床を見ていた。
――そうだ。あの男はそういう人間だ。
目的のために必要な分だけ吸う。周りにいる蟲けらは数に入らない。数に入らないから、罪悪感も湧かない。
「なあ…アルテミス」
死柄木の声がこちらに向いて、顔を上げた。
「お前心当たりねえか」
心臓が跳ねた。
「……何の」
「あの男だよ」
死柄木はこちらを見ていた。いつもの退屈そうな目だった。
「お前………海外の事情に詳しいだろ。ああいう個性のやつ…聞いたことねえか…?」
半秒だけ考えた。
――見抜かれているのか。
違う。この男の目には疑いがない。単純に情報源として聞いている。外国の組織の話なら、この部屋で一番詳しいのは自分だ。当然の質問だった。
「……聞いたことはある」
そう答えた。
「あるのか」
「生命力を吸う個性は…珍しくない。中東にも、南米にも、似たようなものを持つ者はいる」
「そいつらのうちの誰かか」
「……わからない」
首を振った。
「二百メートル離れた場所から見た外見だけでは、特定できない。この種類の個性は……系統が近いと見た目も似る」
嘘ではなかった。一つも嘘は言っていない。ただ、答えを言っていないだけだ。
「……そうか」
死柄木はあっさり引いた。
「まあ……いいや」
「……調べるのか」
「今は無理だろ」
死柄木は壁から背を離した。
「弾は取られて警察に押収された…それでこっちは打ち止めだ。あの化物に喧嘩売る余裕はねえ…」
息を吐きそうになって、止めた。
――よかった。
そう思ってしまったことに、自分で気づいた。
――何がよかった。
この部屋にいる全員が、今何も知らされていない。次に誰かが襲われたとき、備えることもできない。それを自分は「よかった」と思った。
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夜になった。全員が寝静まった後、少年は縁側に出た。
しばらくして、背後で足音がした。振り返らなくても誰かはわかった。九年間、半歩後ろで聞いてきた音だ。
「……坊ちゃん」
「……ああ」
「よろしいですか」
「…座れ」
クラウディオが隣に座って、しばらく二人とも黙っていた。
「……いましたね」
執事が先に言った。
「……そうだな」
「マキシミリアーノ様で……間違いないかと」
「間違いない」
庭を見ていた。
「背中の管を持っているのは、あの家であの人だけだ。二百年で一人しか出ていない」
「はい」
「そして、吸った分を再生に回せる……だから逃げる必要がない」
「……そうでございますね」
「昼間に堂々とやったのも、あの人らしい」
膝を抱えた。
「蟲けらの決めた手続きなど踏まぬ……とか昔言っていた。入国も同じことをしたんだろう」
「…おそらくは」
風が庭の木を鳴らした。
「治崎を殺した理由は」
そこで言葉を切った。
「……坊ちゃん」
「俺だ」
言ってしまってから、膝に額をつけた。
「俺を手元に置こうとしたから……殺された」
「それは」
「……他に理由がない」
顔を上げなかった。
「あの人が日本に来て…最初に殺したのが治崎だ。八斎會と家に取引はない。恨みもない。敵対もしていない」
「……」
「あの男が俺に何を言ったかは…組の連中が知っていた。組が潰れれば、売られる。買うのはバルバラだろう。そして報告が上がる」
息を吐いた。
「…筋が通りすぎている」
クラウディオは否定しなかった。できなかったのだろうと思った。
「……申し上げてよろしいですか」
「なんだ」
「連合の皆様に…お伝えすべきかと存じます」
答えなかった。
「相手の個性がわかっていれば、備えられます。射程は三メートルから五メートル。触れられなければ効きません。それを知っているだけで、生死が変わります」
「……ああ」
「坊ちゃん」
「わかっている」
庭を見たままだった。
「言えば…この人たちは家と敵対することになる」
「……」
「向こうは本国の数万だ。こっちは九人だ」
「はい」
「そして……俺がここにいるのが原因だと知れば」
そこで止まった。止めたことに、自分で気づいた。
――違う。
本当に言いたかったのはその先だった。知れば、この人たちは自分を守ろうとするか、追い出すかのどちらかになる。どちらも困る。守ろうとすれば死ぬ。追い出されれば――
目を閉じた。
「……クラウディオ」
「はい」
「一回だけ……黙る」
執事は何も言わなかった。
「様子を見る。あの人が次に何をするかで、判断が変わる。今の段階で全部話しても、この連中にできることは何もない」
嘘ではなかった。今度も、一つも嘘は言っていない。ただ、本当のことも言っていない。
「……かしこまりました」
クラウディオはそれだけ言った。
反対されると思っていた。この男は執事だ。主人の安全が最優先のはずだ。連合に知らせて備えさせるほうが、何倍も安全になる。それでも、聞かなかった。
「……お前は、反対しないのか」
「坊ちゃんがお決めになったことです」
「理由を聞かないのか」
「聞けば……お答えになりますか?」
答えなかった。
「……ずるいぞ…それは」
「ふふっ…恐れ入ります」
クラウディオは少しだけ頭を下げて、立ち上がった。
「お茶をお持ちします」
「いらない」
「では……白湯を」
「……勝手にしろ」
足音が遠ざかって、一人になった。
庭の向こうに街の明かりが見える。その中のどこかに、あの男がいる。
――何をしに来た。
わかりきってる。自分を連れ帰るためだ。それだけのために、あの人は十六人を数に入れないまま踏み潰した。
――次は誰だ。
次に自分の周りにいた誰かが、同じ目に遭う。治崎の次は、この中の誰かになる。
少年は両手で顔を覆った。
――出ていくべきだ。
その結論はもう出ている。一時間前から、ずっと出ていた。出ていけばこの人たちは巻き込まれない。あの人は自分を追う、ならここに用はなくなる。単純な話だった。九年間こういう計算だけで生きてきた。答えはすぐ出た。
――出ていけ。
そう思ったのに動けなかった。
縁側に座ったまま、朝まで庭を見ていた。