カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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30話 会見

 

  テレビが点いたのは昼を回ってからだ。普段この家でテレビを点ける者はいない。電源が入っていたのは、コンプレスが天気を見ようとしたからだ。

 

 画面に映っているのは、白い布のかかった長机と、その向こうに座る男が一人。後ろに事務所の名前が入ったパネル、前にマイクが何本も束ねてある。

 

 ――会見か。

 

 読んでいた本から顔を上げて、そちらを見た。エンデヴァーだ。炎は消していて、髭の形が変わって見えるのはそのせいだろう。座っているだけなのに、椅子が小さく見える。

 

「おい、これ」

 

 スピナーが身を起こす。

 

「昨日のやつだろ?商店街の」

 

 誰も答えないうちに、トガがリモコンを取って音量を上げた。

 

『――改めて、被害の確認された人数を申し上げます』

 

 司会役の男が紙を読む。

 

『死亡が十三名。重軽傷が九名。このうち、意識が戻っていない方が三名です』

 

 頁をめくる手は止めない。

 

 商店街で十三人。高速道路で十六人、治崎も護送のヒーローもその中に入っている。あとから駆けつけたヒーローが二人。

 

 ――多いな。

 

 それだけだ。

 

『それでは質疑に移ります』

 

 手の上がる音がいくつも重なっていく。

 

『――犯人は逃走したとのことですが、なぜ取り逃がしたのでしょうか』

 

 最初の質問がそれだ。画面の中のエンデヴァーは、しばらく口をつぐむ。

 

『……間に合わなかった』

 

『間に合わなかったというのは』

 

『そのままの意味だ』

 

『現場にはエンデヴァー事務所のサイドキックも入っていたと聞いています。包囲は検討されなかったのですか』

 

『検討した』

 

『では、なぜ』

 

『接近した者から死ぬ』

 

 部屋の空気が、少しだけ止まった。

 

『三名のヒーローが、既にそうなっている。同じことを繰り返させるわけにはいかなかった』

 

『しかし結果として犯人は逃げています』

 

『そうだ』

 

『市民が十三名亡くなっています』

 

『そうだ』

 

 エンデヴァーは否定しないし、言い訳もしない。

 

 本を閉じて、膝に置く。

 

 ――言わないのか。

 

 言うべきことは、あるはずだ。あの男のやり方は分かっている。関係のない人間を使って、こちらの手を止める。だとすれば、このヒーローは何かをさせられたはずだ。重軽傷が九名で、死亡が十三名。あの男の間合いに入った者は傷では済まないから、傷で済んだ九人は触られていない。誰かが間に合っているのに、それを一つも言わない。

 

『別の方』

 

『――オールマイトが現役であれば、違う結果になっていたとお考えですか』

 

 次の質問はそれだ。部屋の中で誰かが息を吸う。画面の中のエンデヴァーは、また黙り込む。長い沈黙だ。

 

『……わからん』

 

『わからないとは?』

 

『あの男がどうしたかは、あの男にしかわからん』

 

『では、現在のNo.1として――』

 

『次の質問を』

 

 声が少しだけ大きくなって、それきりエンデヴァーはその話題に戻らない。

 

『……犯人について、現時点で判明していることは』

 

『……何もない』

 

『何も……ですか』

 

『国籍も、名前も、目的も、公表できるものは何もない』

 

 嘘だ、と思った。あの男が何も言わずに人を吸って回るはずがない。探し物の話は必ずしている。つまりこのヒーローは聞いていて、言っていない。

 

 ――なぜ。

 

『では、市民は何に気をつければいいのでしょうか』

 

 記者が問う。

 

『触れられたら終わりだと、そう報道されていますが』

 

『……近づくな』

 

 エンデヴァーの答えは短い。

 

『倒れている者がいても、近づくな。ヒーローを呼べ。それだけだ』

 

『それは見捨てろということですか』

 

 会見場がざわつく。エンデヴァーはカメラの方を見たまま、目を逸らさない。

 

『…………そうだ』

 

 誰も何も言わない。テレビの中もこの部屋も、同じように音が消えた。

 

『……見捨てろと言っている』

 

 エンデヴァーの声が続く。

 

『そうしなければ死ぬ者が増える。三人のヒーローが、それで死んだ』

 

 画面の下を文字が流れていく。

 

 「No.1ヒーロー『市民は見捨てろ』」

 

 その一行を目で追う。

 

 ――ああ。

 

 明日まで残るのは、これだけだ。

 

「……ひっでえ切り取り方」

 

 スピナーが吐き捨てる。

 

「そういうこと言ってんじゃねえだろ……これ」

 

「言ってるわよ」

 

 マグネが返す。

 

「言葉としてはね。あとは勝手に転がるわ」

 

 トゥワイスが頭をかきむしる。

 

「いや待て待て待て、この人ちゃんと戦ってんだろ! 逃げたわけじゃねえだろうが! っていうか誰も助かってねえみたいな言い方すんなよ、絶対拾ってるぞこの人!」

 

「トゥワイス」

 

「……わかってる。わかってるよ。うるせえな俺は」

 

 トガは膝を抱えている。

 

「ねえ〜」

 

「何だ」

 

「十三人って、多いの?少ないの?」

 

 答えなかった。どう答えても、トガには通じない気がする。

 

「……多いわよ」

 

 代わりに口を開いたのはマグネだ。

 

「……一日でその数は多い」

 

 もう一度画面に目をやる。エンデヴァーはまだ席を立たない。次の質問を待つ顔で、逃げる気配もない。

 

 ――変な男だ。

 

 そう思う。自分なら、とっくに席を立っているところだ。

 

 縁側で火を点ける音がした。荼毘が煙草を咥えて、こちらに背を向けている。テレビの方を見ているのかどうか、この角度からはわからない。

 

 そちらは見ない。見ないことに決めた。

 

---

 

 テレビを消したのは死柄木だ。

 

「……うるせえ」

 

 リモコンを卓に放って、それきり黙る。しばらく誰も口を開かない。

 

「――移るぞ」

 

 そう言うと、全員がこちらを向いた。

 

「ここは出る。県も変える」

 

「おい待てよ」

 

 スピナーが口を挟む。

 

「ここ八斎會の物件だぞ」

 

「だから……危ない」

 

 卓の前に腰を下ろす。

 

「昨日の現場からここまで直線で何キロだ。あの男は商店街を潰した。潰した理由は一つだ。近いからだ」

 

「……近いって」

 

「絞られてる」

 

 卓の上に指で線を引く。

 

「高速道路の次がこの商店街だ。どっちもこの近くだろ。あの男は片っ端から潰しながら範囲を狭めてる。やり方が雑なぶん、速い」

 

「雑って」

 

 スピナーの顔が歪む。

 

「雑なのかあれ」

 

「雑だ」

 

「本来なら、金を使う。俺の家は情報を買える。十日もあれば、この場所は割れてた」

 

「じゃあ何で」

 

「待てないんだろう」

 

 そう答えながら、理由は少しだけ分かる気がした。あの男にとって、血が蟲けらの巣にいることは一日ごとに積み上がる損だ。金で解決するより、自分の手で終わらせたいのだろう。

 

「燃やせばいいだろ」

 

 縁側の荼毘と目が合う。

 

「あの管は有機物だろ。近づかれる前に焼けば終わりだ。……あのヒーローはガキを拾うのに手一杯だったから逃げられたんだ。俺は拾わねえ」

 

 言い方に力は入っていない。事実を並べているだけの声だ。

 

「……勝てるかもな」

 

 そこは認める。

 

「実際相性はいい。荼毘なら間合いの外から焼ける。人質も効かない」

 

「だろ」

 

「それで、そのあとどうする」

 

 荼毘が目を細めた。

 

「あ?」

 

「席次六番が死んだ。次に何が来ると思う」

 

「……」

 

「本国にあと九人いる」

 

 誰も口を挟まない。指を立てる。

 

「十一席だ……日本に来てるのはマキシミリアーノと、恐らくバルバラ。残りの九人は何人来ているかは分からないが……恐らく一人か二人は来ている」

 

「九人」

 

「それと席を持ってない分家の連中がいる。数は知らない。あと、執事協会が別にある」

 

「執事?」

 

「あれは幹部じゃない。席にも入らない」

 

「入らないが来る」

 

 クラウディオが台所の入口に立っていた。

 

「クラウディオ」

 

「はい」

 

「説明してくれ。俺より正確だ」

 

 一瞬間があって、クラウディオが前に出た。卓の端に立って、軽く頭を下げる。

 

「失礼いたします」

 

 全員の目がその男に向く。この家に来て以来、この男が自分から人前で話したことはほとんどない。

 

「まず時間の話をいたします」

 

 クラウディオが切り出す。

 

「幹部の追加派遣には手続きが要ります。会議を開き、席の配分を決めて渡航の手配をいたします。過去の例では、最短で三週間。通常は一か月から二か月です」

 

「意外とかかるのね」

 

 マグネが言う。

 

「組織が大きいほど、動くのが遅くなります」

 

「じゃあ、その間は……最低二人だけってこと?」

 

「はい。ただし」

 

 クラウディオの目がこちらに向く。

 

「席次六番が討たれた場合、この手続きは省略されます」

 

 頷いた。

 

「非常時条項がある」

 

「はい。幹部が討たれた場合の報復の派遣は当主の一存で可能です。会議を通しません。最短で四日」

 

「四日」

 

 コンプレスが呟く。

 

「……なるほど。つまり、一人倒せば残りが四日で来るわけか」

 

「全員ではございません」

 

 クラウディオが言葉を継ぐ。

 

「ですが……五人は来ると考えております」

 

「五人」

 

「マキシミリアーノ様は血族主義の中心におられます。あの方が外様に討たれたとなれば、血の面子の問題になります。面子の問題になった場合、あの組織は必ず過剰に動きます」

 

 トゥワイスが椅子から立ち上がる。

 

「五人って、全員あのレベルかよ!?」

 

「系統が違いますので、性質はそれぞれ異なります」

 

 クラウディオの声は淡々としたままだ。

 

「ですが……いずれも家の当主です。強さの水準は……席次六番と同程度のものとお考えください」

 

 荼毘が煙を吐く。

 

「……おい」

 

「はい」

 

「じゃあこいつを焼くのも駄目、逃げるのも時間稼ぎか」

 

「……そうなります」

 

「終わりがねえじゃねえか」

 

「……ございません」

 

 クラウディオはそう答えた。

 

「坊ちゃんが本国にお戻りになるまで、この追跡は終わりません。それがあの組織の仕組みでございます」

 

 誰も何も言わない。四日で五人なら、次の物件まで二度は動ける。頭の中で、それだけを数え直す。

 

「――移るぞ」

 

 死柄木が言った。全員がそちらを向く。

 

「県なんかいくらでもある」

 

 死柄木は卓に肘をついている。

 

「向こうが五人だろうが百人だろうが、こっちを見つけられなきゃ意味ねえだろ。潰しながら探すってことは、潰し終わるまで見つからねえってことだ」

 

「……そうだな」

 

 頷いて返す。

 

「そうだ」

 

 死柄木は短く返して、そのままコンプレスに目を移す。

 

「コンプレス」

 

「ふむ」

 

「車の手配と、次の場所。二日で出せるか」

 

「三日いただきたいね。二日だと足がつく」

 

「三日だ。決まりだな」

 

 死柄木が立ち上がる。

 

「おい荼毘」

 

「あ?」

 

「焼くのは無しだ」

 

「……チッ」

 

「……舌打ちすんな」

 

 死柄木はそのまま部屋を出ていく。その背中を見送った。誰ももう一度は四日の話を持ち出さず、クラウディオが台所へ戻っていく。

 

 卓からは立たずに残る。消えたテレビの画面が、黒いまま部屋の光を映す。

 

 ――十三人。

 

 さっきの数字をもう一度思い出しても、何も起きない。新聞の隅に載る数字と変わらないのだ。

 

 ただ、一つだけ引っかかっていることがある。あの会見で、エンデヴァーは目的を公表しなかった。国籍も、名前も、目的も、公表できるものは何もない……そう言った。だがあの男が誰かを探していることくらい、あのヒーローは聞いているはずだ。人を吸いながら歩き回る理由を、一度も口にしない男ではない。

 

 聞いていて言わない。

 

 ――なぜだ。

 

 黒い画面を、ずっと見ていた。

 

 

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