カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

4 / 59
4話 逃げただけだ

「連れてくる……だと??」

 

 自分の耳を疑う。

 

「ここに……あの男を?正気か?」

 

「黒霧に頼んだ。もう出てる」

 

 カウンターに頬杖をついた死柄木が、こともなげに言う。

 

「……反対だ」

 

「知ってる」

 

「三日かけて塞いだ場所だぞ。正体もわからない人斬りを自分から中に入れるのか。馬鹿げている」

 

「面白そうだろ」

 

 開けた口を、閉じる。

 

 この男は時々こういうことをする。積み上げたものを、面白いという理由だけで蹴り倒す。

 

「……クラウディオ」

 

「はい」

 

「奥の扉を開けておけ。逃げられるようにしておく」

 

「かしこまりました」

 

「おい」

 

 死柄木が顔をしかめる。

 

「俺の客だぞ」

 

「客が刃物を持ってこないという保証は?」

 

 死柄木は答えない。答えられないという顔をしている。

 

 

 

 黒い靄が広がったのは、それから十分後だった。

 

 店の中に立った男は、ぼろ布を巻きつけたような姿をしている。体のあちこちに刃物を差していて、その全部より目のほうが鋭い。乾いた血の匂いが、扉の外の湿った空気より先に入ってくる。

 

 ヒーロー殺し、ステイン。

 

 カウンターの端に下がると、クラウディオがその半歩前に立った。誰にも見えない位置で、袖口が少しだけ動く。

 

「ハァ……お前がヴィラン連合の頭か」

 

 ステインが死柄木をじろりと見下ろす。

 

「死柄木弔だ」

 

「俺を呼んだ理由を聞こう」

 

「一緒にやらないかって話だ……」

 

 死柄木は椅子の上で膝を抱えた。客を呼んだ男の座り方ではない。

 

「あんた有名だろ。ヒーローを何人も殺してテレビでも騒がれてる。人も集まるだろ、そういうのが欲しい」

 

「人集め……か」

 

 ステインの目が細くなる。

 

「お前は何のために壊す」

 

「は?」

 

「何のためにこの社会を壊す。何を正すために、何を守るために、何を憎んで壊す」

 

 死柄木の指が首筋を掻く。一度、二度。

 

「……気に入らねえから」

 

「それだけか」

 

「それだけって何だよ……気に入らねえもんは壊す。当たり前だろ」

 

 空気が変わるのが、はっきりわかった。ステインの手が腰の刃物に伸びる。

 

「――信念のない破壊は、ただの癇癪だ」

 

 刃が抜かれる。

 

 黒霧が名前を呼んで、死柄木が椅子から転げ落ちて、刃先がさっきまで死柄木の頭があった場所を裂く。

 

 隣で空気が鳴った。クラウディオの袖口から、糸が走りかけて――

 

「いい」

 

 短く言う。

 

 糸が途中で止まる。ステインの首筋まで、あと数十センチのところで。

 

「ですが」

 

「止めるな」

 

 床を転がる死柄木を見る。刃を向けられて、答えられずに床で喘いでいる男を。

 

「あれは、あいつの問題だ」

 

 クラウディオは何も言わずに糸を引いて、誰にも気づかれないうちに光は消えていた。

 

 

 

「答えろ」

 

 ステインが、床の死柄木の胸を踏みつけている。

 

「お前は何がしたい?何を憎んでいる?それも言えぬ者に、人を集める資格はない」

 

「……っ、うるせぇ……やっと怪我が治って来たのに……急にこれかよ……!」

 

「言え」

 

 刃が喉元に寄せられる。

 

 死柄木の目が何度も泳ぐ。答えを探している。自分の中にそんなものがあるかどうかも知らないまま。

 

 やがて、絞り出すように。

 

「……オールマイトだ」

 

 刃が止まった。

 

「あいつが気に入らねえ。あいつが立ってるから、全部が回ってる。あいつが笑ってるから、みんな安心してる。……全部気に入らねえ」

 

「ほう」

 

「壊す。あいつも、あいつが守ってるもんも……全部」

 

 ステインはしばらく死柄木を見下ろしていて、それから刃を引く。

 

「未熟だな。だが……何もないわけではないらしい」

 

 足がどけられて、死柄木は咳き込みながら床の上で身を起こす。

 

「……で……やるのかよ」

 

「同志になった覚えはない。だが当面は利用し合おう」

 

 そう言って店の中をぐるりと見回したステインの視線が、止まる。

 

 カウンターの端に立つ、小柄な影に。

 

 

 

「……子どもか」

 

 答えない。

 

 ステインの目がこちらの顔から、コートへ、後ろに控えた男へと移っていく。

 

「なぜ、ここにいる」

 

「……匿ってもらうためだ」

 

「匿う?」

 

「働く代わりに、居場所をもらっている……取引だ」

 

 ステインが鼻から短く息を吐く。

 

「ハァ……取引か。実に合理的だな」

 

 その声には何の熱もない。軽蔑ですらなくて、値打ちのないものを値打ちがないと確認しただけの声だった。

 

 刃の柄にかかった指が、わずかに動く。

 

「そちらの男は」

 

「クラウディオと申します」

 

 執事が静かに頭を下げる。

 

「お前も取引か」

 

「いえ」

 

「では、何のためにここにいる」

 

「坊ちゃんをお守りするためです」

 

 ステインの目が、はじめて動いた。わずかに細められて、それから男の全身を測るように上下する。

 

「見返りは」

 

「ございません」

 

「主に命じられたか」

 

「いいえ。私が決めたことです」

 

 沈黙が落ちる。ステインはしばらくクラウディオを見ていた。

 

「……お前は……本物だ」

 

 思わず顔を上げる。

 

「だが……命を懸ける先を間違えている」

 

 刃を鞘に戻しながら、ステインが言う。

 

「その献身は社会にも弱者にも向いていない。たった一人に向けられた無私など、主のための私欲と何が違う」

 

「承知の上でございます」

 

 クラウディオは顔色一つ変えない。

 

「わかっていて、なお立つのか」

 

「はい」

 

「……度し難いな」

 

 吐き捨てて、ステインが視線をこちらに戻す。

 

「小僧……お前は逃げてきたのか」

 

 少しだけ迷ってから、答える。

 

「そうだ」

 

「何から逃げた」

 

「……メキシコで麻薬を扱っている家……エル・トローノだ」

 

 隠す意味はない。この男に嘘をつけば、必ず気づかれる。

 

「その家には、二百年かけて血を選んで繋いできた、強い個性を残すために誰と誰を結ばせるかを決める仕組みがある。俺はその、いちばん先にいる子どもとして生まれた」

 

 事実だけを並べて、声に色はつけない。

 

「十歳で次の当主に内定した。前例のない早さだったからな。周りの家が席を取り合い始めた。俺の隣に誰を置くか、次にどの血を入れるか。そういう争いだ」

 

「それで」

 

「壊れそうだったから……出てきた」

 

 ステインの眉が寄る。

 

「誰も止めなかったのか」

 

「誰も規則を破っていなかった。前例がないから、誰も止められなかったんだ」

 

 淡々と続ける。

 

「一部の幹部たちもため息はついていた。でも、止める理由がなかった。規則の中で起きていることは、誰にも止められない」

 

 店の中が静かになる。

 

「……腐りきっているな」

 

 ステインが低く言う。

 

「本来の目的を忘れた制度は、必ず人を食う。お前の家も、この国のヒーローも、同じ病だ」

 

 答えない。

 

 ステインの目が、真正面からこちらを射抜く。

 

「だが小僧……お前は――」

 

「……おい」

 

 割り込んだのは死柄木だった。床から立ち上がって、首を掻きながら、心底不愉快そうな顔で。

 

「そいつはどうでもいいだろ。あんた……俺と話してたよな」

 

「……」

 

「俺の話をしてんだよ。関係ねえガキに構ってんじゃねえ」

 

 ステインはしばらく死柄木を見て、ふんと息を吐いて、去り際に一言だけ落としていく。

 

「逃げただけだ」

 

 動けなかった。

 

「腐った制度を見て、腐っていると気づいて、お前はそこから逃げた。それだけだ……何も変えていない」

 

 黒い靄が広がって、男の姿はその中に消えていく。

 

 

 

 その夜、段ボールの寝台に仰向けになって、いつもと同じ形の天井の染みを見ている。

 

「……逃げただけ……だとさ」

 

「はい」

 

「間違ってない」

 

「……」

 

「十三で逃げた。何も変えてない。制度も……家も……あのままだ」

 

 クラウディオは、コートを畳む手を止めない。

 

「言い返せなかった」

 

「言い返す必要が……ございましたか」

 

「ない。あいつの言う通りだからな」

 

 腕で目を覆う。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「お前、本物だって言われてたな」

 

 コートを畳むクラウディオの手が、一瞬だけ止まった。

 

「あの方の基準では、そうなのでしょう」

 

「向ける先を間違えてるとも言われてた」

 

「はい」

 

「気にしてないのか」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 腕の下で、少しだけ眉が寄る。この男はいつもそうで、自分の生き方について何を言われても一度も揺れない。

 

 それがどういう意味なのか、うまく掴めない。何かが引っかかるのに、その形がわからない。

 

 わからないまま目を閉じた。

 

 

 

 カウンターの明かりだけが、まだ点いている。

 

 死柄木は椅子に座ったまま、自分の手を見つめている。

 

 オールマイト。

 

 声に出したのは初めてだった。ずっと壊したいと思っていて、気に入らないから壊す、それだけだと思っていた。刃を突きつけられて何も出てこなくて、それでも最後に出てきたのがあの名前だった。

 

 あれが答えなのか。それとも、あの場しのぎで出しただけの言葉なのか。

 

 答えの出ない手を、しばらく眺める。

 

 物置の方を一度だけ見ると、灯りはもう消えていた。

 

 

 

 翌朝の死柄木は、いつもより口数が少ない。ゲーム機も触らずに、カウンターに座って何も言わずに壁を見ている。

 

 それを横目で見て、頭の中で処理する。ステインに斬られかけて、答えられなくて恥をかいた。だから落ち込んでいる。

 

 そういうことだろう。

 

 それ以上は考えなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。