カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

4 / 15
4話 逃げただけだ

 

「連れてくる…だと?」

 

 少年は自分の耳を疑った。

 

「ここに…あの男を」

 

「黒霧に頼んだ。もう出てる」

 

 死柄木はカウンターに頬杖をついて、こともなげに言った。

 

「……反対だ」

 

「知ってる」

 

「三日かけて塞いだ場所だぞ。正体もわからない人斬りを自分から中に入れるのか、馬鹿げている。」

 

「面白そうだろ」

 

 少年は口を開けて閉じた。

 

 この男は時々こういうことをする。積み上げたものを、面白いという理由だけで蹴り倒す。

 

「……クラウディオ」

 

「はい」

 

「奥の扉を開けておけ。逃げられるようにしておく」

 

「かしこまりました」

 

「おい」死柄木が顔をしかめた。「俺の客だぞ」

 

「客が刃物を持ってこないという保証は?」

 

 死柄木は答えなかった。

 

 答えられなかったという顔だった。

 

---

 

 黒い靄が広がったのは、それから十分後だった。

 

 店の中に立った男はぼろ布を巻きつけたような姿をしていた。目だけが異様に鋭く体のあちこちに刃物を差している。血の匂いが、雨よりも濃く入ってきた。

 

 ヒーロー殺し・ステイン。

 

 少年はカウンターの端に下がり、クラウディオがその半歩前に立った。誰にも見えない位置で袖口が少しだけ動く。

 

「……お前がヴィラン連合の頭か」

 

 ステインは、死柄木をじろりと見下ろした。

 

「死柄木弔だ」

 

「俺を呼んだ理由を聞こう」

 

「一緒にやらないかって話だ…」

 

 死柄木は椅子の上で膝を抱えた。

 

「あんた有名だろ。ヒーローを何人も殺してテレビでも騒がれてる。人も集まるだろ、そういうのが欲しい」

 

「人集め…か」

 

 ステインの目が細くなった。

 

「お前は何のために壊す」

 

「は?」

 

「何のためにこの社会を壊す。何を正すために、何を守るために、何を憎んで壊す」

 

 死柄木の指が首筋を掻いた。

 

 一度。二度。

 

「……気に入らねえから」

 

「それだけか」

 

「それだけって何だよ。気に入らねえもんは壊す。当たり前だろ」

 

 空気が変わった。

 

 少年はそれが変わる瞬間をはっきり感じた。

 

 ステインの手が腰の刃物に伸びる。

 

「――信念のない破壊は、ただの癇癪だ」

 

 刃が抜かれた。

 

 黒霧が名前を呼び、死柄木が椅子から転げ落ちる。刃先が、さっきまで死柄木の頭があった場所を裂いた。

 

 少年の隣で空気が鳴った。

 

 クラウディオの袖口から、糸が走りかけて――

 

「いい」

 

 少年が短く言った。

 

 糸が途中で止まった。ステインの首筋まで、あと数十センチのところで。

 

「ですが」

 

「止めるな」

 

 床を転がる死柄木を見ていた。

 

 刃を向けられて、答えられずに床で喘いでいる男を。

 

「あれは、あいつの問題だ」

 

 クラウディオは何も言わず、糸を引いた。

 

 誰にも気づかれないうちに、光は消えていた。

 

---

 

「答えろ」

 

 ステインは床の死柄木の胸を踏みつけていた。

 

「お前は何がしたい。何を憎んでいる。それも言えぬ者に、人を集める資格はない」

 

「……っ、うるせぇ……やっと怪我が治って来たのに…急にこれかよ…!」

 

「言え」

 

 刃が死柄木の喉元に寄せられる。

 

 死柄木の目が何度も泳いだ。答えを探していた。自分の中に

 そんなものがあるかどうかも知らないまま。

 

 やがて絞り出すように。

 

「……オールマイトだ」

 

 刃が止まった。

 

「あいつが気に入らねえ。あいつが立ってるから、全部が回ってる。あいつが笑ってるから、みんな安心してる。……全部気に入らねえ」

 

「ほう」

 

「壊す。あいつもあいつが守ってるもんも…全部」

 

 ステインはしばらく死柄木を見下ろしていた。

 

 それから刃を引いた。

 

「未熟だ。だが…何もないわけではないらしい」

 

 足がどけられる。死柄木は咳き込みながら、床の上で身を起こした。

 

「……で…やるのかよ」

 

「同志になった覚えはない。だが当面は利用し合おう」

 

 ステインはそう言って店の中をぐるりと見回した。

 

 そして視線が止まった。

 

 カウンターの端に立つ小柄な影に。

 

---

 

「…子どもか」

 

 少年は答えなかった。

 

 ステインの目が少年の顔から、コートから後ろに控えた男へと移っていく。

 

「なぜ、ここにいる」

 

「……匿ってもらうためだ」

 

「匿う?」

 

「働く代わりに、居場所をもらっている…取引だ」

 

 ステインは鼻から短く息を吐いた。

 

「取引か。実に合理的だな」

 

 その声には何の熱もなかった。軽蔑ですらない。値打ちのないものを、値打ちがないと確認しただけの声だった。

 

 少年の指がわずかに動いた。

 

「そちらの男は」

 

「クラウディオと申します」

 

 執事は静かに頭を下げた。

 

「お前も取引か」

 

「いえ」

 

「では、何のためにここにいる」

 

「坊ちゃんをお守りするためです」

 

 ステインの目がはじめて動いた。

 

 わずかに細められ、それから男の全身を測るように上下する。

 

「見返りは」

 

「ございません」

 

「主に命じられたか」

 

「いいえ。私が決めたことです」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ステインは、しばらくクラウディオを見ていた。

 

「……お前は…本物だ」

 

 少年がはっと顔を上げた。

 

「だが…命を懸ける先を間違えている」

 

 ステインは刃を鞘に戻しながら言った。

 

「その献身は社会にも弱者にも向いていない。たった一人に向けられた無私など、主のための私欲と何が違う」

 

「承知の上でございます」

 

 クラウディオは顔色一つ変えなかった。

 

「わかっていて、なお立つのか」

 

「はい」

 

「……度し難いな」

 

 ステインは吐き捨てて、視線を少年に戻した。

 

「小僧。お前は逃げてきたのか」

 

 少年は、少しだけ迷ってから答えた。

 

「そうだ」

 

「何から逃げた」

 

「……メキシコで麻薬を扱っている家…エル・トローノだ」

 

 隠す意味はないと判断した。この男に嘘をつけば必ず気づかれる。

 

「その家が、二百年かけて血を選んで繋いできた、強い個性を残すために、誰と誰を結ばせるかを決める仕組みがある。俺はその、いちばん先にいる子どもとして生まれた。」

 少年は事実だけを並べた。声に色をつけなかった。

 

「十歳で次の当主に内定した。前例のない早さだったからな。周りの家が席を取り合い始めた。俺の隣に誰を置くか、次にどの血を入れるか。そういう争いだ。」

 

「それで」

 

「壊れそうだったから…出てきた。」

 

 ステインの眉が寄った。

 

「誰も止めなかったのか」

 

「誰も規則を破っていなかった、前例がないから誰も止められなかったんだ。」

 

 少年は淡々と続けた。

 

「幹部たちもため息はついていた。でも、止める理由がなかった。規則の中で起きていることは、誰にも止められない。」

 

 店の中が静かになった。

 

「……腐りきっているな」

 

 ステインは低く言った。

 

「本来の目的を忘れた制度は、必ず人を食う。お前の家も、この国のヒーローも、同じ病だ」

 

 少年は答えなかった。

 

 ステインの目が真正面から少年を射抜いた。

 

「だが小僧。お前は――」

 

「……おい」

 

 割り込んだのは、死柄木だった。

 

 床から立ち上がり首を掻きながら、心底不愉快そうな顔で。

 

「そいつはどうでもいいだろ。あんた…俺と話してたよな」

 

「……」

 

「俺の話をしてんだよ。関係ねえガキに構ってんじゃねえ」

 

 ステインはしばらく死柄木を見た。

 

 それから、ふんと息を吐いて、少年に背を向けた。

 

 去り際に一言だけ落としていった。

 

「逃げただけだ」

 

 少年は動かなかった。

 

「腐った制度を見て、腐っていると気づいて、お前はそこから逃げた。それだけだ…何も変えていない」

 

 黒い靄が広がる。

 

 男の姿はその中に消えていった。

 

---

 

 その夜。

 

 少年は段ボールの寝台に仰向けになっていた。

 

 天井の染みはいつもと同じ形をしていた。

 

「……逃げただけ…だとさ」

 

「はい」

 

「間違ってない」

 

「……」

 

「十三で逃げた。何も変えてない。制度も…家も…あのままだ」

 

 クラウディオは少年のコートを畳む手を止めなかった。

 

「言い返せなかった」

 

「言い返す必要が…ございましたか」

 

「ない。あいつの言う通りだからな」

 

 少年は腕で目を覆った。

 

「……なあ」

 

「はい」

 

「お前、本物だって言われてたな」

 

 クラウディオの手が、一瞬だけ止まった。

 

「あの方の基準ではそうなのでしょう」

 

「向ける先を間違えてるとも言われてた」

 

「はい」

 

「気にしてないのか」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 少年は腕の下で少しだけ眉を寄せた。

 

 この男はいつもそうだ。自分の生き方について何を言われても、一度も揺れない。

 

 それがどういう意味なのか、少年にはうまく掴めなかった。何かが引っかかるのに、その形がわからない。

 

 わからないまま、少年は目を閉じた。

 

---

 

 カウンターの明かりだけがまだ点いていた。

 

 死柄木は椅子に座ったまま自分の手を見つめていた。

 

 オールマイト。

 

 声に出したのは初めてだった。

 

 ずっと壊したいと思っていた。気に入らないから壊す、それだけだと思っていた。刃を突きつけられて、何も出てこなくて、それでも最後に出てきたのがあの名前だった。

 

 あれが答えなのか。

 

 それともあの場しのぎで出しただけの言葉なのか。

 

 死柄木は答えの出ない手をしばらく眺めていた。

 

 物置の方を一度だけ見る。

 

 灯りは、もう消えていた。

 

---

 

 翌朝、死柄木はいつもより口数が少なかった。

 

 ゲーム機を触らず、カウンターに座って、何も言わずに壁を見ている。

 

 少年はそれを横目で見て、心の中で処理した。

 

 ステインに斬られかけて、答えられなくて、恥をかいた。だから落ち込んでいる。

 

 そういうことだろう…と。

 

 それ以上考えなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。