カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

5 / 59
5話 値踏み

 保須の事件は、その日のうちに全国に流れた。

 

 店のモニターに映っているのは、ヒーロー殺し・ステインの姿だ。ぼろ布を巻いた体を血で濡らしたまま、ヒーローたちに囲まれて立っている。そして叫ぶ。贋物ども、と。自分を殺していいのは本物の英雄、オールマイトだけだ、と。

 

 その声を聞いたヒーローたちが、ひとり残らず足を止めている。

 

「……」

 

 カウンターに肘をついたまま、死柄木は一言も言わない。

 

 映像は何度も繰り返し流される。キャスターが眉をひそめて、コメンテーターが危険思想だと繰り返して、それでも同じ場面がまた映る。

 

 それを離れたところから見ている。映像そのものより、死柄木の背中を。ゲーム機も触らず、首も掻かずに、男はただ画面を見ていて動かない。

 

「……あいつ……負けたのに」

 

 ぽつりと死柄木が言う。

 

「なんで……全員あんな顔してんだよ」

 

 答えない。答えはたぶん、この男が自分で見つけるべきものだ。

 

 

 

 三日後には、店の前に人が来るようになった。最初は一人、次の日には三人。ステインの映像を見て、ヒーロー殺しの仲間がいると聞きつけてきた連中だ。

 

 そのうち半分を追い返す。話にならない相手を選り分けるだけで、一日が潰れていく。

 

 四日目に来たのは、追い返せない男だった。サングラスに派手なスーツで、名刺を一枚カウンターに滑らせてくる。

 

「参ったねぇ。こんなに客が増えるとは」

 

「義爛……ヴィラン専門の仲買人……ってとこかな。ステインの一件で、あんたらの名前が方々で出ててね」

 

「用件は」

 

 訊くと、義爛が眉を上げる。

 

「おっと……話す相手を間違えたかな」

 

「金の話ならば俺だ」

 

「……へえ」

 

 サングラスの奥でこちらを眺めて、義爛はカウンターの死柄木に目を戻す。

 

「人を集めたいんだろ?紹介料は一人いくら、集めた数に応じて割引もあり。身元確認、素行の確認、能力の確認、全部こっちでやる。ヴィランの人材派遣だと思ってくれ」

 

「……安くしろ」

 

 死柄木が言う。

 

「そういう交渉は、こっちにしろ」

 

 前に出る。

 

「単価は一人二万だ」

 

「二万?」

 

 義爛が吹き出した。

 

「おいおい、それじゃ紹介料じゃなくて駄菓子代だ。この業界の相場知らねえのか」

 

 言われて、口にした数字を頭の中でもう一度並べ直す。数えていたのは円ではなかった。

 

「……ペソで言った」

 

「ペソ?」

 

「十六万だ」

 

「……へえ」

 

 義爛の目が、サングラスの奥で細くなる。

 

 そこから先は、ほとんど二人だけの話になる。一人あたりの単価、まとめて雇う場合の下げ幅、紹介した相手が使い物にならなかった場合の扱い、支払いの時期。最初は子ども相手に笑いながら喋っていた義爛が、十分後には笑っていない。

 

「……君いくつだ」

 

「十三」

 

「冗談だろ」

 

「保証はどうする。三人目までに使えないのが混ざっていたら、次の紹介を無償にしろ」

 

「おいおい……こっちも商売だぜ」

 

「使えない駒を売る商売なら、次はないというだけだ」

 

 義爛はしばらく黙って、それから肩をすくめる。

 

「……二人までにしてくれ。三人は勘弁だ」

 

「いいだろう」

 

 モニターの方を向く。

 

「この条件で問題ないか」

 

『構わないよ』

 

 柔らかい声が、あっさり答える。

 

『支払いは私の方で。弔、好きなだけ人を見なさい』

 

「……わかったよ、先生」

 

 金はこの男から出る。自分の懐からは一円も出ない。数字を見て、条件を詰めた。自分の金は自分のためのものだ。

 

 

 

 商談が終わると、義爛はコートの内側から手帳を出して何か書きつけながら、ふと顔を上げる。

 

「しかしまあ、妙な連合だね」

 

「何がだ」

 

「いや……さ」

 

 サングラスをずらして、こちらを見る。

 

「これだけ喋っといて、あんたの話は一つも出てこねえ。ペソで値段を数える外国のガキで、その体格でこの店にいて、金の話を仕切ってて、後ろにはあんな執事みたいなのを連れてる」

 

 答えない。

 

「俺は人を値踏みするのが仕事なんだけどよ」

 

 手帳を閉じる音が、やけに大きい。

 

「この店でいちばん高く売れるの、君じゃないの?」

 

 死柄木の指が、カウンターを一度叩く。

 

「おい……義爛」

 

「おっと、ただの感想だよ。商売の話じゃない」

 

「そいつは売りもんじゃねえ」

 

 いつもより低い声。

 

 その横顔を見る。自分の駒に他人が値段をつけたのが気に入らない、たぶんそれだけのことだ。そう処理して、義爛に向き直る。

 

「クラウディオ」

 

「はい」

 

 音はほとんどしない。義爛が声を上げたときには、両腕と胴が椅子ごと糸に絡め取られていて、細く光る線が何重にも巻きついて身動き一つできない。

 

「……おいおい」

 

「今の話を……どこかでするか?」

 

 椅子から降りて、義爛の前に立つ。見上げる形になっても、声の温度は変わらない。

 

「俺のことだ。年齢、国籍、この店にいること。どれか一つでも外に出れば俺は困る。困るとお前も困る」

 

 国籍は、さっき自分で零したものだ。たった一言の、通貨の単位で。

 

 糸が締まって、義爛の首筋に細い線が食い込む寸前で止まる。

 

「答えろ」

 

「……言わねぇよ」

 

 汗をかきながら、それでも義爛は笑う。

 

「客の情報は売らねえ。売ったら中立の仲買人なんて商売、一日で終わりだ。誰が俺に話を持ってくる?」

 

 しばらく、男の顔を見る。

 

「……そうか」

 

 糸が緩んで、巻き取られていく。

 

「失礼いたしました」

 

 クラウディオが深く頭を下げる。縛らせた本人より、縛った執事のほうがずっと礼儀正しい。義爛は首をさすりながら、呆れたように笑う。

 

「怖えガキだな」

 

「念のためだ」

 

「念のためで縛られちゃかなわねえよ」

 

 死柄木が椅子の上で膝を抱えたまま、こちらを見ている。

 

「……お前……そういうこともすんのな」

 

「家では普通だ」

 

「……お前さ」

 

「何だ」

 

「さっきペソでやらかしたの、そんなに悔しかったのか?」

 

「…………」

 

「腹いせだろ、あれ」

 

「いや、情報漏洩の防止措置だ」

 

「へえ」

 

「必要な措置だ」

 

「二回言うなよ」

 

 椅子に戻る。死柄木はそれ以上聞かなかった。

 

 

 

 紹介された連中が来るようになったのは、その週からだ。一人、また一人と、黒霧のワープで店に通されて、死柄木の前に立たされる。

 

 カウンターの端でそれを見ながら、頭の中で並べていく。個性の系統、有効射程、制御の精度、単独行動の傾向、金で動くか思想で動くか。使える駒かどうかは、だいたい三分でわかる。

 

「そいつは駄目だ」

 

 四人目が帰ったあとで言う。

 

「強いが、指示を聞かない。自分の判断で動くタイプだ」

 

「ふうん」

 

「五人目は使える。個性は地味だが、命令を正確にこなす。安い金で長く働く」

 

「つまんねえ」

 

「……は?」

 

「そいつ……つまんねえだろ」

 

 死柄木が椅子の上で背伸びをする。

 

「使えるとかどうでもいいんだよ。俺が気に入るかどうかだ」

 

 開けた口を、閉じる。この男はそうで、積み上げた計算を面白いかどうかで蹴り倒す。

 

「……それで組織が回るのか」

 

「回んだろ。俺の連合だぞ」

 

 根拠のない断言なのに、反論する言葉がすぐには出てこない。

 

 

 

 二人が来たのは、その日の夕方だった。

 

 先に入ってきたのは小柄な少女で、セーラー服のまま、大きな目をきらきらさせて店の中を見回している。

 

「わー、ほんとにヴィランのアジトだぁ!ねえねえ、ステ様のお仲間って本当?」

 

 次に入ってきたのは痩せた男だ。黒い髪で、肌のあちこちに、ホチキスのようなもので留められた変色した皮膚がある。目だけがやけに冷めている。

 

「……ずいぶん辛気臭えな。ここが噂の連合か」

 

 頭がいつものように動き始める。

 

 少女。年齢は十代半ば。挙動が不安定で感情の起伏が読みにくい。個性は不明。血の匂いに反応している。制御は――

 

 できない。

 

 どの項目にも収まらない。この女は利益で動いていない。損得の外側にいる。

 

 男の方はもっと悪い。能力は高く、個性も見るからに強い。だがこの男は自分の体を壊しながら生きていて、何かのために燃えている人間は、金でも組織でも止まらない。

 

「そこの子」

 

 女が、いきなり目の前に来る。

 

「かわいい顔してるねぇ。血、何型?」

 

「……は?」

 

「あっごめんね。あたしトガヒミコ!!よろしくね!」

 

 生まれて初めて、質問の意図が一つも読めなかった。

 

「おい」

 

 継ぎ接ぎの男が、死柄木に向かって顎をしゃくる。

 

「なんでこんなとこにガキがいんだよ」

 

「使えるからだ」

 

「……へえ」

 

 男の目がこちらに向く。値踏みでも敵意でもなく、ただ面倒なものを見つけた、という目。

 

「ガキ使って遊んでんのか。連合ってのも大したことねえな」

 

 口を開きかけて、やめる。この男に何を言っても意味がない。

 

「荼毘だ」

 

 男は名乗って、それきりだ。

 

「よろしくな、坊ちゃん」

 

 背中越しに、クラウディオの靴底が床を擦る音がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。