カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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5話 値踏み

 

 保須の事件はその日のうちに全国に流れた。

 

 店のモニターに映っていたのは、ヒーロー殺し・ステインの姿だった。ぼろ布を巻いた体を血で濡らしたまま、ヒーローたちに囲まれて立っている。

 

 そして叫んだ。

 

 贋物どもと。自分を殺していいのは本物のヒーローオールマイトだけだ!と。

 

 その声を聞いたヒーローたちが、ひとり残らず足を止めていた。

 

「……」

 

 死柄木はカウンターに肘をついたまま、一言も言わなかった。

 

 映像は何度も繰り返し流された。キャスターが眉をひそめ、コメンテーターが危険思想だと繰り返し、それでも同じ場面が何度も映された。

 

 少年はその様子を離れたところから見ていた。

 

 映像そのものより死柄木の背中を見ていた。

 

 男は動かなかった。ゲーム機も触らず、首も掻かず

 ただ画面を見ていた。

 

「……あいつ…負けたのに」

 

 ぽつりと死柄木が言った。

 

「なんで…全員あんな顔してんだよ」

 

 少年は答えなかった。

 

 答えはたぶんこの男が自分で見つけるべきものだった。

 

---

 

 三日後には、店の前に人が来るようになった。

 

 最初は一人、次の日には三人。ステインの映像を見て、「ヒーロー殺しの仲間がいる」と聞きつけてきた連中だった。

 

 少年はそのうち半分を追い返した。話にならない相手を選別するだけで、一日が潰れた。

 

「参ったねぇ。こんなに客が増えるとは」

 

 四日目に来たのは追い返せない男だった。

 

 サングラスに派手なスーツ。名刺を一枚、カウンターに滑らせてくる。

 

「義爛…。ヴィラン専門の仲買人…ってとこかな。ステインの一件で、あんたらの名前が方々で出ててね」

 

「用件は」

 

 少年が言うと義爛は眉を上げた。

 

「おっと……話す相手を間違えたかな」

 

「金の話ならば俺だ」

 

「……へえ」

 

 義爛はサングラスの奥で、少年を一度だけ眺めた。

 

 それからカウンターの死柄木に目を戻す。

 

「人を集めたいんだろ? 紹介料は一人いくら、集めた数に応じて割引もあり。身元確認、素行の確認、能力の確認、全部こっちでやる。ヴィランの人材派遣だと思ってくれ」

 

「……安くしろ」

 

 死柄木が言った。

 

「そういう交渉は、こっちにしろ」

 

 少年が前に出た。

 

 そこから先は、ほとんど二人だけの話になった。一人あたりの単価、まとめて雇う場合の下げ幅、紹介した相手が使い物にならなかった場合の扱い、支払いの時期。

 

 ギランは最初子ども相手に笑いながら喋っていた。

 

 十分後には笑っていなかった。

 

「……君いくつだ」

 

「十三」

 

「冗談だろ」

 

「保証はどうする。三人目までに使えないのが混ざっていたら、次の紹介を無償にしろ」

 

「おいおい…こっちも商売だぜ」

 

「使えない駒を売る商売なら次はないというだけだ」

 

 ギランはしばらく黙った。

 

 それから、肩をすくめた。

 

「……二人までにしてくれ。三人は勘弁だ」

 

「いいだろう」

 

 少年はモニターの方を向いた。

 

「この条件で問題ないか」

 

『構わないよ』

 

 柔らかい声があっさり答えた。

 

『支払いは私の方で。弔、好きなだけ人を見なさい』

 

「……ういっす」

 

 金はこの男から出る。

 

 少年の懐からは一円も出ない。自分は数字を見て、条件を詰めただけだ。

 

 それでいいと思った。自分の金は自分のためのものだ。

 

---

 

 商談が終わると、ギランはコートの内側から手帳を出した。

 

 そこに何か書きつけながら、ふと顔を上げる。

 

「しかしまあ妙な連合だね」

 

「何がだ」

 

「いや…さ」

 

 ギランはサングラスをずらして少年を見た。

 

「これだけ喋っといて、あんたの話は一つも出てこねえ。外国のガキだろ? その体格でこの店にいて、金の話を仕切ってて、後ろにはあんな執事みたいなのを連れてる」

 

 少年は答えなかった。

 

「俺は人を値踏みするのが仕事なんだけどよ」

 

 ギランは手帳を閉じた。

 

「この店でいちばん高く売れるの、君じゃないの?」

 

 空気が止まった。

 

 死柄木の指がカウンターを一度叩いた。

 

「おい…義爛」

 

「おっとただの感想だよ。商売の話じゃない」

 

「そいつは売りもんじゃねえ」

 

 死柄木の声は、いつもより低かった。

 

 少年はその横顔を見た。

 

 自分の駒に他人が値段をつけたのが気に入らない。たぶん、それだけのことだ。そう処理して少年は義爛に向き直った。

 

「クラウディオ」

 

「はい」

 

 音はほとんどしなかった。

 

 義爛が気づいたときには、両腕と胴が椅子ごと糸に絡め取られていた。細く光る線が何重にも巻きついて、身動き一つできない。

 

「……おいおい」

 

「今の話を…どこかでするか?」

 

 椅子から降りて義爛の前に立った。

 

 見上げる形になっても、声の温度は変わらなかった。

 

「俺のことだ。年齢、国籍、この店にいること。どれか一つでも外に出れば俺は困る。困るとお前も困る」

 

 糸がわずかに締まった。

 

 義爛の首筋に細い線が食い込む寸前で止まる。

 

「答えろ」

 

「……言わねぇよ」

 

 義爛は、汗をかきながらも笑った。

 

「客の情報は売らねえ。売ったら中立の仲買人なんて商売、一日で終わりだ。誰が俺に話を持ってくる?」

 

 少年はしばらく男の顔を見ていた。

 

「……そうか」

 

 糸が緩んで巻き取られていった。

 

「失礼いたしました」

 

 クラウディオが深く頭を下げた。

 

 縛った本人より道具にされた男のほうが礼儀正しかった。義爛は首をさすりながら呆れたように笑った。

 

「怖えガキだな」

 

「念のためだ」

 

「念のためで縛られちゃかなわねえよ」

 

 黒霧の靄が居心地悪そうに揺れていた。

 

 死柄木は椅子の上で膝を抱えたまま少年を見ていた。

 

「……お前…そういうこともすんのな」

 

「家では普通だ」

 

 少年はそれだけ言って、椅子に戻った。

 

 死柄木はそれ以上聞かなかった。

 

---

 

 紹介された連中が来るようになったのは、その週からだった。

 

 一人、また一人。黒霧のワープで店に通され、死柄木の前に立たされる。

 

 少年はカウンターの端で見ていた。

 

 見ながら頭の中で並べていた。個性の系統、有効射程、制御の精度、単独行動の傾向、金で動くか思想で動くか。使える駒かどうかはだいたい三分でわかる。

 

「そいつは駄目だ」

 

 四人目が帰った後に言った。

 

「強いが、指示を聞かない。自分の判断で動くタイプだ」

 

「ふうん」

 

「五人目は使える。個性は地味だが、命令を正確にこなす。安い金で長く働く」

 

「つまんねえ」

 

「……は?」

 

「そいつ…つまんねえだろ」

 

 死柄木は椅子の上で背伸びをした。

 

「使えるとかどうでもいいんだよ。俺が気に入るかどうかだ」

 

 少年は口を開けて…閉じた。

 

 この男はいつもそうだ。積み上げた計算を面白いかどうかで蹴り倒す。

 

「……それで組織が回るのか」

 

「回んだろ。俺の連合だぞ」

 

 根拠のない断言だった。

 

 それなのに、なぜか反論する言葉がすぐには出てこなかった。

 

---

 

 二人が来たのはその日の夕方だった。

 

 先に入ってきたのは、小柄な少女だった。セーラー服のまま、大きな目をきらきらさせて、店の中を見回している。

 

「わー、ほんとにヴィランのアジトだぁ! ねえねえ、ステイン様のお仲間って本当?」

 

 次に入ってきたのは痩せた男だった。

 

 黒い髪。肌のあちこちに、ホチキスのようなもので留められた変色した皮膚。目だけがやけに冷めている。

 

「……ずいぶん辛気臭えな。ここが噂の連合か」

 

 頭がいつものように動き始めた。

 

 少女。年齢は十代半ば。挙動が不安定、感情の起伏が読みにくい。個性は不明。血の匂いに反応している。制御は――

 

 できない。

 

 どの項目にも収まらなかった。この少女は、利益で動いていない。損得の外側にいる。

 

 男の方はもっと悪かった。

 

 能力は高い。個性も見るからに強い。だが、この男は自分の体を壊しながら生きている。何かのために燃えている人間は、金でも組織でも止まらない。

 

「そこの子」

 

 少女が、いきなり少年の前に来た。

 

「かわいい顔してるねぇ。血、何型?」

 

「……は?」

 

「あっごめんね。あたしトガヒミコ!!よろしくね!」

 

 少年は生まれて初めて質問の意図が一つも読めなかった。

 

「おい」

 

 痩せた男が死柄木に向かって顎をしゃくった。

 

「なんでこんなとこにガキがいんだよ」

 

「使えるからだ」

 

「……へえ」

 

 男の目が少年に向いた。

 

 値踏みでも敵意でもない。ただ面倒なものを見つけた、という目だった。

 

「ガキ使って遊んでんのか。連合ってのも大したことねえな」

 

 口を開きかけた。

 

 何か言い返そうとして、けれど、この男に何を言っても意味がないことに気づいた。

 

「荼毘だ」

 

 男はそれだけ名乗った。

 

「よろしくな、坊ちゃん」

 

 その言葉がどういう意味で言われたのか。

 少年にはわからなかった。

 

 ただ後ろに立っているクラウディオが、ほんの少しだけ姿勢を変えたのが背中越しに伝わってきた。

 

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