昼のニュースだった。
『――本日未明、都内の廃ビルの一室で、人間のものとみられる指が見つかりました。現場は、以前ヴィラン連合の拠点として使われていたとみられる建物で、警察は身元の確認を急いでいます』
病院の休憩室で、トガがポテトチップスの袋に手を突っ込んだまま止まった。
画面に見覚えのある路地が映っている。割れた窓、錆びた看板、立入禁止のテープの向こうに、バーの形をしているだけの箱。
気づいたら椅子から立ち上がっていた。
カメラが店の奥へ入っていく。崩れた棚の跡、穴の開いた壁、その奥の狭い配管の隙間に、取っ手のない板のような扉。
この扉を上に、この建物を下に。三日かけて塞いだ店の、最後の逃げ道。
あの扉の前に置かれていた。
『――指は……三本とみられ――』
「……義爛だ」
長椅子から上半身だけ起こして、荼毘が言う。
「なんでわかんだよ」
スピナーの声は少し上ずり気味だ。
「あそこを知ってて、今あそこに置く理由がある奴の指なんざ、他にいねぇだろ」
画面から目が離せない。
三本。
指が減っていくのは、吐いていないからだ。吐いた相手に、それ以上は要らない。
いつかの夜、クラウディオの糸で首を締めかけられても、あの男は客の情報は売らねえと言った。中立の仲買人が情報を売ったら、商売は一日で終わりだと。
その約束を、指で払って守っている。
借りだとは思わない。ただ、帳簿には載る。約束を守った取引相手を見捨てる理由は、どの頁にも書いていない。
トガの手の中で、ポテトチップスの袋がくしゃりと鳴る。
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同じ頃、山では巨体が眠っている。
倒木に背中を預けた死柄木が、左手の四本の指で首を掻くたびに、肋が息に合わせて軋む。
ポケットの中で電話が震えて、画面に出ているのは義爛の番号だ。
「……遅えよ……義爛……どこで油売って――」
『死柄木弔……だね?』
声が違う。
低く丁寧でよく通る。大勢の前で話し慣れた人間の声。
『私は異能解放軍最高指導者……の立場にいる者だ。君達の仲間の義爛は預かった。返してほしくば、我が解放軍の戦士が待つ泥花市へ来たまえ』
死柄木はしばらく何も言わない。
「……異能……なんだって?」
『解放軍だ……異能の自由行使こそが人間としての根源的な権利であり、それを抑圧する現在の社会の改革を目指している』
電話の向こうの声は、少しも急いでいない。
『電話した理由は一つだ。君達ヴィラン連合を、完全に潰す』
「……は?」
『君達は何のために壊しているのか。私にはそれが見えない。理念もなく、目的もなく、気に入らないから壊す。それはただの無法者だ……』
声の温度が、一段上がる。
『そんな者たちと、世間は我々を同じ言葉で呼ぶ。
首の上で、死柄木の指が止まった。
いつか同じことを言われた。信念のない破壊はただの癇癪だ、と。刃を喉元に当てられて。
『泥花市で君達は解体される。解放の礎としてね』
「……長ぇよ」
『失礼……性分でね』
声は少しも悪びれない。
『君達の位置は衛星で拝見しているよ。新潟の山の中で、ずいぶん騒がしくしている様だね。三時間以内に、泥花市へ来てもらおう。来ない場合はその山の座標をヒーローに通報する、あるいはこちらから人を派遣する。どちらがお好みかな?』
「……」
『それから』
声の調子が少しだけ明るい。
『アルテミス・エル・トローノ君……彼もご一緒に』
死柄木は息を止める。
『二百年の抑圧の底から、自らの足で這い上がってきた子だ。あれほど美しい解放の魂を、私は見落としていた』
心の底から感嘆しているように聞こえる。
『その魂がメキシコの追手や、君達のような野良の汚い無法者のそばで……これ以上脅かされてはならないんだよ……私なら守れる。社会的にも、技術的にも完璧に』
電話を握る手に力が入って、端末の縁にひびが走りかける。死柄木は小指を浮かせる。
「……てめぇ」
『ぜひお会いしたい……君達より先にね』
通話が切れても、死柄木は画面を見下ろしたまま動かない。
家の名前まで呼んだ。あのガキがこの国に来てから、自分で隠してきた名を。
斜面の上で巨体が寝返りを打って、起きる気配はない。
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「……お前の家の名前まで呼んでた」
電話越しの死柄木の声は、いつもより低い。病院の廊下の窓際に立って、それを聞く。
「全部か」
「全部だ」
死柄木は、その名前をもう一度は言わない。
「異能解放軍……とか言ってた。理念のねぇ連合は潰す、だとよ、三時間以内に泥花に来いってさ。来なけりゃ山の場所をヒーローに流すか人を寄越すって。衛星で見てるらしい」
「……わかった」
電話の向こうが黙る。その間に、窓の下の病院の中庭を見下ろす。
組み立てる。
家名は義爛からは出ない。義爛が知っていたのは「外国のガキ」だけで、あの夜それ以上を一言も話していない。義爛は吐いていないし、吐いても出てこない名前だ。
なら、死穢八斎會の時だ。
相手の大きさはわからない……わかるのは、裏に落ちた名を掘り当てるだけの手を持っていることだけ。
衛星……
見えているのは山の死柄木たちで、屋根のない場所で巨体と暴れている連中は空から丸見えだろう。病院は見えていない。自分たちは泥で動いていて、移動の跡が空に残らない。
山にヒーローを寄越しても、最初に会うのは寝起きのマキアだ。
「……脅しは……見た目より弱い」
「知ってる」
電話の向こうで死柄木が言う。
「でも行く……義爛がいる」
少しだけ間が空く。
「……ああ」
脅しが弱いと分かった上で、乗る。決めたのはこの男で、自分はその決定に数字を合わせればいい。
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作戦は、病院の休憩室と山の電話を繋いで二十分で決まった。
「マキアは……まだ寝てるな」
「寝てる。起きる気配もねぇ」
「起きたとき主の匂いがどこにもなければ、追ってくるんだったな?」
「そうじゃ!あれは一度寝たら長い。起きて匂いがなけりゃ、地の果てまで追うて来る」
殻木が頷く。
テーブルの上に地図を広げる。
「追ってくる進路の終点を泥花に置く」
「……デカブツを爆弾にすんのかよ」
スピナーが言う。
「着いたときには向こうの陣地の真ん中だ。三時間後に俺たちが先に入って、足止めをしている間に、あれが外から来る」
トガが地図を覗き込む。
「わぁ!アルテミスくん、ここ通らないの?まっすぐ行ったほうが早いよ」
指で地図の上の線をなぞっていく。まっすぐ引けば町を三つ通るのが、わずかに山側へ逸らせば一つで済む。
「途中で目立てばヒーローが先に来る。泥花に着く前に足止めされたら、意味がない」
「ふーん……マキアちゃん、遠回りさせられるんだ。かわいそう」
「起きたら機嫌が悪いだろうな」
「お腹すいてそう」
その一言で、クラウディオが地図の上の曲がった線から顔を上げた。
「移動は」
荼毘が言う。
「泥で送れるか」
「泥花の手前までなら……なんとかなるじゃろう。街の中に直接は無理じゃ。向こうも警戒しとるからのう」
「手前でいい」
殻木にはそう答えておく。
「山の組が抜けたあとで、全員まとめて送ってくれ」
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山を抜けるのは忍び足だった。
地響きのような巨体の寝息が斜面を揺らしているその横を、四人が一列になって進んでいく。
「……静かに、静かにだぞ、静かに……静かにしねぇと怒るぞ……!」
「あんたが一番うるさいのよ……」
ぶつぶつと矛盾を垂れ流すトゥワイスの口を、マグネが後ろから大きな手でがしっと塞ぐ。
「んぐ、んぐぐ……!放せ!もっと強く抱きしめて!」
「抱きしめてないわよ」
帽子を胸に当てたコンプレスが、音も立てずに倒木を跨ぐ。
「足音を消すコツはね、地面に謝りながら歩くことだよ。すみません、すみません、と」
「それ今言わなきゃ駄目か」
肋を押さえた死柄木が、一度だけ巨体を振り返る。
寝息は変わらない。
無法者と呼ばれたまま、まだ何も見せていない。
斜面の途中で案内の脳無が待っている。その横に立っているのは、なぜかクラウディオだ。
「……なんでお前がいんだよ」
「山の皆様をお迎えに、と坊ちゃんが」
執事は背負っていた大きな風呂敷包みを下ろして、結び目を解く。中は握り飯の山。
「鮭が十、昆布が十、梅が十。マキア様のお好みを存じませんので、三種類ご用意いたしました」
「三十個かよ」
「足りないかと存じますが……時間が」
それを両腕に抱えて、執事は音もなく斜面を登っていく。眠っている巨体の鼻先に、一つずつ、崩れないように積み上げていって、積み終えると深く頭を下げた。
「……何やってんだあいつ」
「置き手紙でございましょう」
コンプレスが、執事の口調を真似て小声で言う。
「起きたらまず食べて、それから追ってくる。この一山で、マキアの機嫌も、出発の時刻もだいたい決まる。執事というのは、つくづく恐ろしい職業だね」
戻ってきたクラウディオの燕尾の裾に、米粒が一つだけついている。
「……ついてんぞ」
「失礼いたしました」
死柄木に言われて、執事は米粒を指先で取って、懐紙に包んだ。
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病院の白い床に泥が広がっていく。
その縁に全員が並ぶ。死柄木、荼毘、トガ、トゥワイス、マグネ、スピナー、コンプレス、クラウディオ。
腕時計を見る。電話が切れてから一時間が過ぎていて、残りは二時間。
自分の中の枠を数える。
AFOの個性に一つ。
ホークスに一つ。
空きは一つ。
「うわぁ……!マジでくっさいです!くっさくっさ!」
「くっせぇ!マジで鼻がひん曲がる!嘘!アロマの香り!いや肥溜め並みにくっせぇわ!!」
トガとトゥワイスの声を、黒いものが呑み込んでいく。
息を止める。
知らない相手に、残り一つで会いに行く。