包帯の巻き方が丁寧すぎる。義爛にはそれが一番気に入らない。
塔の最上階に椅子は一つしかなく、そこに縛られているのは自分だ。リ・デストロは床に片膝をついて義爛の右手を自分の膝に載せていた。綿で傷口を押さえてガーゼを当て、指の付け根から手首へ包帯を一巻きずつ重ねていく。指の足りない手を、壊れ物みたいに扱う。落としたのも同じ手だ。
「痛むかね」
「……聞くなよ」
「そうだね。失礼」
男は笑って、また一巻き重ねていく。
「もう訊かないよ」
義爛は顔を上げる。
「スケプティックが君の端末から顧客の記録を拾い上げてくれた。消してあったものも含めてね。彼は誰よりも正確な男だ」
包帯が手首で一度止まる。
「連合は、もうこの街に来ているよ」
何も言えなかった。一本目のときも、その次のときも、口は閉じていた。閉じている間に別の部屋で、情報を全部抜かれていたことになる。
「君の主義は立派だった」
心の底から感心しているようにしか聞こえない声だ。
「ただ……必要がなかった」
笑ってやるつもりが、喉の途中で止まってしまう。
---
包帯を結び終えるとリ・デストロは立ち上がって机の上の紙の束を取った。
「君は知らないだろうから話そう……いや、話させてほしい。誰かに聞いてもらいたかったんだ」
答える前に男はもう一枚目をめくっている。
「八斎會という極道がいた。もういないがね。警察の同志から報告を貰ったんだ、あそこの幹部が捕まってから警察でこんなことを話している。若頭の治崎が連合と交渉の席を持った。連合の一人が激昂して向かっていき、治崎は手袋を外してその胸に触れた」
紙から目を上げる。
「何も起きなかった。触れたものを分解する異能が、何一つ崩さなかった。治崎はその場にいた外国人の子どもを睨んで『お前か』と言ったそうだ」
義爛は黙ったままだ。連合が極道と会っていたこと自体が初耳だ。
「わかるかね?交渉はそこで割れた。割れたとき、あの男の手はもうその胸の上にあったんだよ。本来ならその者は塵になり、連合はその場で崩れていた。あの子がいなければね」
二枚目。
「それから、その子どもは連合から八斎會に預けられた。組の者は出向と呼んでいたらしい。窓のない地下に何日も」
紙を持つ指先が一瞬だけ黒く染まって、すぐに戻る。
「命を救われた者達が、その恩人を、自分達を殺そうとした男の家に差し出した」
声の調子は変わらない。
「私には、それがどうしても理解できない」
預けた、と紙には書いてあるのだろう。預けたのか行ったのか、そこまでは紙には書けない。この男はそこを一度も迷わずに読んでいく。
三枚目をめくる手つきが少し軽い。
「ヒーローが八斎會に踏み込んだ日、治崎は地下で確保された。ひどい有様だったそうだよ。自分の体を壊しては直し、直しては壊して、それだけで手一杯になって立ち上がることもできずにいた」
男の口元がほどける。
「あの男の分解が通らない者が、あの地下に一人だけいた。誰の指示も届かない地の底で、あの子は自分で考えて、自分の手であの男を止めたんだよ。……十三でだ」
そうなのかもしれない。違うのかもしれない。地下で何があったかを見た者はこの部屋に一人もいない。
四枚目で男の声がまた沈む。
「その治崎が護送の途中で死んだ。高速道路で人を巻き込んでね。遺体は皆、老いていたそうだ。吸われたように」
「……誰がやった」
「あの子の生まれた家の者だよ。海の向こうからわざわざ来た」
紙を机に置く。
「極道が倒れれば周りを嗅ぎ回る者が出る。あの子の家はそれを見て、そして見つけた。連合はあの子を極道の地下に置き、置いたことであの子を家に見つけさせた。あの子の身の安全ひとつ、守れなかった」
四枚を机の上に横に並べ直す。一枚ずつ指で叩いていく。
「あの子が救い、彼らが差し出す。あの子が止め、彼らが晒す……いつも同じ形だ」
最後の一枚の上で指が止まった。
「彼らには……扱いきれないのだよ」
机の端がみしりと鳴った。背広の肩が一回り膨らんで、首筋に黒い筋が一本、二本と浮く。義爛は椅子の上で息を詰めるしかない。
それも長くは続かない。男は目を閉じて息を一つ吐き、目を開けたときには、顔はもうさっきまでの、演説の顔に戻っている。
「失礼……性分なんだよ」
男はそれきり、窓のほうを向く。
---
灯りが一つ落とされて、部屋が暗く沈む。リ・デストロはまだ窓際に立っていて、眼下の街を眺めている。
義爛は包帯の中で指のない場所を動かそうとして、やめた。
指で守ったつもりのものは、とっくに抜かれていた。二十年この商売をやって、こんな値の付き方をしたのは初めてだ。
机の上には四枚の紙が並んだままだ。どれも何が起きたかしか書いていない紙だ。なぜそうなったかは全部、あの男が自分の口で書き足したものだ。
預けたのか、行ったのか。
――言い出したのが誰かは、俺も知らねえよ。