カルテル・デ・ヴィランズ   作:カルキよし

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9話 留守番同士

 

 拠点に残ったのは四人だった。

 

 死柄木と黒霧と、アルテミスとクラウディオ。

 

 黒霧は出撃した連中を送り届けた後、ワープの維持のために奥で待機している。実質店にいるのは三人だった。

 

 時計の針がやけに遅い。

 

「……なあ」

 

 死柄木がカウンターの上でゲーム機を叩きながら言った。

 

「お前…暇じゃねえの」

 

「暇だ」

 

「だろうな…」

 

 少年は割れたカウンターの端に座っていた。

 

 やることは全部終わっていた。壊れた棚の残骸は片付け、配線は繋ぎ直して逃走経路の確認も済ませた。あとは帰りを待つだけだった。

 

 死柄木の指が画面を叩く音だけが続いた。

 

「……それ…面白いのか」

 

「は?」

 

「そのゲーム」

 

 死柄木の手が止まった。

 

 顔を上げて少年を見る。

 

「お前…やったことねえの」

 

「ない」

 

「嘘だろ…ゲームやらねぇガキとか居んのか?」

 

「家にはなかった」

 

 少年はなんでもないことのように言った。

 

「勉強と、訓練と、会食だ。あとは血族の名前を覚えさせられていた。十一の席と、その下の分家と、それぞれの個性と、誰が誰と結ばれて誰が生まれたか」

 

「……何のために」

 

「当主になるためだ」

 

 死柄木はしばらく黙って、それからゲーム機を無造作に放り投げた。

 

 少年は慌ててそれを受け止めた。

 

「…やれよ」

 

「は?」

 

「暇なんだろ」

 

「……操作がわからない」

 

「そこのボタンで跳ぶ。こっちで殴る」

 

 少年は渋々画面に目を落とした。

三十秒後キャラクターが穴に落ちた。

 

「下手くそか」

 

「うるさい、これの何が面白いんだ」

 

 もう一度。今度は一分保った。

 

 そのまた次は、四十秒で死んだ。

 

「なんで殴るんだよ、そこは避けるとこだろ」

 

「敵の攻撃パターンが不規則だ」

 

「不規則じゃねえよ、法則あんだよ」

 

「法則があるなら、最初から提示しろ」

 

「やってりゃわかんだろ!」

 

 少年は画面を睨んだ。

 

 やってりゃわかる。そういう覚え方を、したことがなかった。家では失敗する前に正解を教えられる。間違えることは、時間の無駄であり、そして格の問題だった。

 

 もう一度ボタンを押した。

 

 二分保った。

 

「……お」

 

「今ので法則が見えた」

 

「はえーよ」

 

 死柄木が少しだけ笑った気がした。

 

 少年は画面から目を離さなかったので、確かめられなかった。

 

---

 

「なあ」

 

 しばらくして、死柄木が言った。

 

「お前…何がしたいんだ」

 

 指が止まって、キャラクターが穴に落ちた。

 

「……あの男と同じことを聞くんだな」

 

「ステインか」

 

「ああ」

 

「別に……あいつの真似じゃねえよ」

 

 死柄木は椅子の上で膝を抱えた。

 

「気になっただけだ。お前ずっとここで働いてるけど、働いた先に何がしたいんだよ」

 

 ゲーム機を膝の上に置いた。

 

 答えは決まっているはずだった。

 

 匿ってもらう。安全を確保する。時間を稼ぐ。追手の目が届かないうちに、次の手を考える。

 

 ――それで?

 

「……わからない」

 

 素直に言った。

 

「家から出るところまでは…考えていた。出た後のことは考えていなかった」

 

「ふうん」

 

「お前は」

 

「あ?」

 

「お前はオールマイトを壊した後…どうする」

 

 今度は死柄木が黙る番だった。

 首を掻く音が二回した。

 

「……知らねえよ」

 

「同じだな」

 

「一緒にすんな」

 

「同じだろう」

 

 少年はゲーム機を死柄木の方へ滑らせた。

 

「壊した後のことを考えていない」

 

「…………うるせえ」

 

 死柄木はゲーム機を取り上げて、また画面を叩き始めた。

 

 少年はその横顔を見た。

 

 カウンターの上に置かれた、加工された手が視界に入る。

 

 ――誰の手だ。

 

 聞こうとしてやめた。

 

 この男が首を掻くのは苛立ったときだ。今日は、いつもより回数が少ない。

 

「……お前…家のこと」

 

 死柄木が言いかけて、途中で止めた。

 

「なんだ」

 

「いや」

 

 それきり何も言わなかった。

 

 二人とも自分のことは話さなかった。

 

 踏み込みそうになるとどちらかが話を逸らす。それでちょうどよかった。

 

---

 

 黒い靄が広がったのは、深夜だった。

 

 まず出てきたのは、トゥワイスとコンプレスだった。次にスピナー、荼毘、トガ。最後にマグネ。

 

 全員立っていた。

 

 少年はまず人数を数えた。

 

 六人。出ていったときと同じ。

 

「首尾は」

 

「上々だよ、凶暴な爆弾は、私が美味しく頂戴いたしました。」

 

 コンプレスがシルクハットを取って一礼した。

 

 その手の中に、ビー玉が一つ。

 

 床に置かれたそれが解けると、縛られた少年が現れた。

 

 金髪。険しい目。口には猿轡。写真で見た顔と同じだった。

 

「……爆豪勝己」

 

 死柄木が椅子から降りた。

 

「ようこそ」

 

「……んん! んー!」

 

 猿轡の下から罵声らしきものが漏れていた。

 

 少年はそれを離れた位置から見ていた。

 

 それからマグネの方を向いた。

 

「あとの三人は」

 

「……捕まったよ」

 

 マグネは肩をすくめた。

 

「マスキュラーもマスタードも、あの歯の人も。全員置いてきた。まあ……こっちも手一杯だったしね」

 

「捕まったのか。殺されたのではなく」

 

「そうよ」

 

 少年は目を伏せた。

 

 数秒何も言わなかった。

 

「……この拠点は…死んだ」

 

 全員が少年を見た。

 

「捕まったなら尋問される。あの三人は連合のことを大して知らないが、知っていることは全部喋る。ここに来たこと、黒霧のワープで運ばれたことも店の中の様子」

 

「場所は知らねえだろ」

 

 死柄木が言った。

 

「ワープで直接入ってる。あいつら、外の道を歩いてない」

 

「ワープの出入りにも癖がある。時間帯、回数、方角。それに、あの三人を運んだ人間が誰かは割れる。義爛だ」

 

 店の中が静かになった。

 

「あいつは喋らないだろう。あれは商売でやっている。だが警察が包囲を締め上げれば、周辺の情報は出る。加えて雄英の生徒を攫った。国中のヒーローがこちらを探し始める」

 

 少年は割れたカウンターに手をついた。

 

「三日以内にここは潰れる」

 

「……そんなにかよ」

 

「それでも甘い方の見積もりだ」

 

 黒霧の靄がざわりと揺れた。

 

「死柄木弔……彼の言う通りかと」

 

「……めんどくせえな」

 

 死柄木は首を掻いた。

 

 その態度に少年は少しだけ苛立った。

 

 三日で塞いだ拠点だった。逃走経路も、名義も見張りの部屋も、全部作った。

 

 それをこの男は「めんどくせえ」の一言で流す。

 

「……次の場所は当たっておく」

 

「頼んだ」

 

 それだけだった。

 

---

 

 爆豪が奥の部屋に移され、連中が酒を開け始めた頃。

 

 少年は水を取りに奥へ回った。

 

 椅子に縛られた金髪の少年がじろりとこちらを見た。

 

 猿轡はいつの間にか外されていた。マグネが「息できないでしょ」と言って外したらしい。

 

「……何だテメェ」

 

 少年は答えなかった。

 

「ガキじゃねえか……何でこんなとこにガキがいんだよ」

 

 全員が同じことを言うな…と思った。

 

「働いている」

 

「あ?」

 

「ここで働いて、代わりに匿ってもらっている」

 

 爆豪の顔が露骨に歪んだ。

 

「……テメェも攫われたんじゃねえのか」

 

「自分で来た」

 

「……は?」

 

「自分の足でこの国に来て、自分の口で交渉した。誰にも攫われていない」

 

 爆豪はしばらく少年を見ていた。

 

 理解できないという顔だった。

 

「意味わかんねえよ…」

 

「そうだろうな」

 

「……おい…お前わかってんのかよ。自分が今どこの…どんな奴らの隣に立ってるか。」

 

「分かっている。」

 

 少年はコップに水を注いだ。

 

 それから、少し考えて爆豪の前にも一つ置いた。

 

「飲め。喉が潰れる」

 

「……いらねえ」

 

「そうか」

 

 少年はそれだけ言って部屋を出ようとした。

 

 背中に声がかかった。

 

「おい」

 

 振り返る。

 

「テメェ…名前は」

 

 少しだけ迷った。

 

 この男はいずれ恐らく助け出される。そして、ここで見たことを全部話す。

 

 それでも答えた。

 

「……アルテミスだ」

 

「変な名前だな」

 

「よく言われる」

 

 部屋を出るとき、爆豪がまだこちらを見ているのがわかった。

 

---

 

 物置に戻るとクラウディオが荷物をまとめていた。

 

 言われる前から動いていた。

 

「三日…と仰っていましたね」

 

「ああ」

 

「では二日で発てるように」

 

「頼む」

 

 少年は段ボールの寝台に腰を下ろした。

 

 ひと月ちょっと寝ただけの場所だった。それなのに、たたむとなると、妙に落ち着かない。

 

「……クラウディオ」

 

「はい」

 

「あの金髪、名前を聞いてきた」

 

「答えられましたか」

 

「一応答えた」

 

「あれは…いずれ助け出される。そうしたら……俺のことも喋る」

 

「では、なぜ」

 

「……わからない」

 

 寝台に倒れこむ、なぜ答えたのか自分でもわからなかった。合理ではなかった。得もなかった。

 

 ただ、あの男の目が他の全員と違っていた。子どもを見る目でも駒を見る目でもなかった。

 

 こちらを同じ年頃の人間として見ていた、それだけのことだった。

 それだけのことなのに名前を言ってしまった。

 

 壁の向こうではまだ連中が騒いでいた。

 

 この店で騒げるのもあと二日だった。

 

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