拠点に残ったのは四人だった。
死柄木と黒霧と、アルテミスとクラウディオ。
黒霧は出撃した連中を送り届けた後、ワープの維持のために奥で待機している。実質店にいるのは三人だった。
時計の針がやけに遅い。
「……なあ」
死柄木がカウンターの上でゲーム機を叩きながら言った。
「お前…暇じゃねえの」
「暇だ」
「だろうな…」
少年は割れたカウンターの端に座っていた。
やることは全部終わっていた。壊れた棚の残骸は片付け、配線は繋ぎ直して逃走経路の確認も済ませた。あとは帰りを待つだけだった。
死柄木の指が画面を叩く音だけが続いた。
「……それ…面白いのか」
「は?」
「そのゲーム」
死柄木の手が止まった。
顔を上げて少年を見る。
「お前…やったことねえの」
「ない」
「嘘だろ…ゲームやらねぇガキとか居んのか?」
「家にはなかった」
少年はなんでもないことのように言った。
「勉強と、訓練と、会食だ。あとは血族の名前を覚えさせられていた。十一の席と、その下の分家と、それぞれの個性と、誰が誰と結ばれて誰が生まれたか」
「……何のために」
「当主になるためだ」
死柄木はしばらく黙って、それからゲーム機を無造作に放り投げた。
少年は慌ててそれを受け止めた。
「…やれよ」
「は?」
「暇なんだろ」
「……操作がわからない」
「そこのボタンで跳ぶ。こっちで殴る」
少年は渋々画面に目を落とした。
三十秒後キャラクターが穴に落ちた。
「下手くそか」
「うるさい、これの何が面白いんだ」
もう一度。今度は一分保った。
そのまた次は、四十秒で死んだ。
「なんで殴るんだよ、そこは避けるとこだろ」
「敵の攻撃パターンが不規則だ」
「不規則じゃねえよ、法則あんだよ」
「法則があるなら、最初から提示しろ」
「やってりゃわかんだろ!」
少年は画面を睨んだ。
やってりゃわかる。そういう覚え方を、したことがなかった。家では失敗する前に正解を教えられる。間違えることは、時間の無駄であり、そして格の問題だった。
もう一度ボタンを押した。
二分保った。
「……お」
「今ので法則が見えた」
「はえーよ」
死柄木が少しだけ笑った気がした。
少年は画面から目を離さなかったので、確かめられなかった。
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「なあ」
しばらくして、死柄木が言った。
「お前…何がしたいんだ」
指が止まって、キャラクターが穴に落ちた。
「……あの男と同じことを聞くんだな」
「ステインか」
「ああ」
「別に……あいつの真似じゃねえよ」
死柄木は椅子の上で膝を抱えた。
「気になっただけだ。お前ずっとここで働いてるけど、働いた先に何がしたいんだよ」
ゲーム機を膝の上に置いた。
答えは決まっているはずだった。
匿ってもらう。安全を確保する。時間を稼ぐ。追手の目が届かないうちに、次の手を考える。
――それで?
「……わからない」
素直に言った。
「家から出るところまでは…考えていた。出た後のことは考えていなかった」
「ふうん」
「お前は」
「あ?」
「お前はオールマイトを壊した後…どうする」
今度は死柄木が黙る番だった。
首を掻く音が二回した。
「……知らねえよ」
「同じだな」
「一緒にすんな」
「同じだろう」
少年はゲーム機を死柄木の方へ滑らせた。
「壊した後のことを考えていない」
「…………うるせえ」
死柄木はゲーム機を取り上げて、また画面を叩き始めた。
少年はその横顔を見た。
カウンターの上に置かれた、加工された手が視界に入る。
――誰の手だ。
聞こうとしてやめた。
この男が首を掻くのは苛立ったときだ。今日は、いつもより回数が少ない。
「……お前…家のこと」
死柄木が言いかけて、途中で止めた。
「なんだ」
「いや」
それきり何も言わなかった。
二人とも自分のことは話さなかった。
踏み込みそうになるとどちらかが話を逸らす。それでちょうどよかった。
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黒い靄が広がったのは、深夜だった。
まず出てきたのは、トゥワイスとコンプレスだった。次にスピナー、荼毘、トガ。最後にマグネ。
全員立っていた。
少年はまず人数を数えた。
六人。出ていったときと同じ。
「首尾は」
「上々だよ、凶暴な爆弾は、私が美味しく頂戴いたしました。」
コンプレスがシルクハットを取って一礼した。
その手の中に、ビー玉が一つ。
床に置かれたそれが解けると、縛られた少年が現れた。
金髪。険しい目。口には猿轡。写真で見た顔と同じだった。
「……爆豪勝己」
死柄木が椅子から降りた。
「ようこそ」
「……んん! んー!」
猿轡の下から罵声らしきものが漏れていた。
少年はそれを離れた位置から見ていた。
それからマグネの方を向いた。
「あとの三人は」
「……捕まったよ」
マグネは肩をすくめた。
「マスキュラーもマスタードも、あの歯の人も。全員置いてきた。まあ……こっちも手一杯だったしね」
「捕まったのか。殺されたのではなく」
「そうよ」
少年は目を伏せた。
数秒何も言わなかった。
「……この拠点は…死んだ」
全員が少年を見た。
「捕まったなら尋問される。あの三人は連合のことを大して知らないが、知っていることは全部喋る。ここに来たこと、黒霧のワープで運ばれたことも店の中の様子」
「場所は知らねえだろ」
死柄木が言った。
「ワープで直接入ってる。あいつら、外の道を歩いてない」
「ワープの出入りにも癖がある。時間帯、回数、方角。それに、あの三人を運んだ人間が誰かは割れる。義爛だ」
店の中が静かになった。
「あいつは喋らないだろう。あれは商売でやっている。だが警察が包囲を締め上げれば、周辺の情報は出る。加えて雄英の生徒を攫った。国中のヒーローがこちらを探し始める」
少年は割れたカウンターに手をついた。
「三日以内にここは潰れる」
「……そんなにかよ」
「それでも甘い方の見積もりだ」
黒霧の靄がざわりと揺れた。
「死柄木弔……彼の言う通りかと」
「……めんどくせえな」
死柄木は首を掻いた。
その態度に少年は少しだけ苛立った。
三日で塞いだ拠点だった。逃走経路も、名義も見張りの部屋も、全部作った。
それをこの男は「めんどくせえ」の一言で流す。
「……次の場所は当たっておく」
「頼んだ」
それだけだった。
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爆豪が奥の部屋に移され、連中が酒を開け始めた頃。
少年は水を取りに奥へ回った。
椅子に縛られた金髪の少年がじろりとこちらを見た。
猿轡はいつの間にか外されていた。マグネが「息できないでしょ」と言って外したらしい。
「……何だテメェ」
少年は答えなかった。
「ガキじゃねえか……何でこんなとこにガキがいんだよ」
全員が同じことを言うな…と思った。
「働いている」
「あ?」
「ここで働いて、代わりに匿ってもらっている」
爆豪の顔が露骨に歪んだ。
「……テメェも攫われたんじゃねえのか」
「自分で来た」
「……は?」
「自分の足でこの国に来て、自分の口で交渉した。誰にも攫われていない」
爆豪はしばらく少年を見ていた。
理解できないという顔だった。
「意味わかんねえよ…」
「そうだろうな」
「……おい…お前わかってんのかよ。自分が今どこの…どんな奴らの隣に立ってるか。」
「分かっている。」
少年はコップに水を注いだ。
それから、少し考えて爆豪の前にも一つ置いた。
「飲め。喉が潰れる」
「……いらねえ」
「そうか」
少年はそれだけ言って部屋を出ようとした。
背中に声がかかった。
「おい」
振り返る。
「テメェ…名前は」
少しだけ迷った。
この男はいずれ恐らく助け出される。そして、ここで見たことを全部話す。
それでも答えた。
「……アルテミスだ」
「変な名前だな」
「よく言われる」
部屋を出るとき、爆豪がまだこちらを見ているのがわかった。
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物置に戻るとクラウディオが荷物をまとめていた。
言われる前から動いていた。
「三日…と仰っていましたね」
「ああ」
「では二日で発てるように」
「頼む」
少年は段ボールの寝台に腰を下ろした。
ひと月ちょっと寝ただけの場所だった。それなのに、たたむとなると、妙に落ち着かない。
「……クラウディオ」
「はい」
「あの金髪、名前を聞いてきた」
「答えられましたか」
「一応答えた」
「あれは…いずれ助け出される。そうしたら……俺のことも喋る」
「では、なぜ」
「……わからない」
寝台に倒れこむ、なぜ答えたのか自分でもわからなかった。合理ではなかった。得もなかった。
ただ、あの男の目が他の全員と違っていた。子どもを見る目でも駒を見る目でもなかった。
こちらを同じ年頃の人間として見ていた、それだけのことだった。
それだけのことなのに名前を言ってしまった。
壁の向こうではまだ連中が騒いでいた。
この店で騒げるのもあと二日だった。