スカーレット・アイズ・イン・ザ・ホロウ   作:ナゴン

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そういえばゼンゼロでNARUTO関連のタグを見たことないと思い執筆。
続くかは不明なり。


1話 赤い瞳の少年

 山の麓に近い、霧の深い谷間だった。

 

 雲嶽山の第十一代宗主は、いつものように山門の周囲を巡っていた。エーテルの流れが微かに乱れている——そう感じ取ったのは、ほんの少し前のことである。

 

 草むらの中に、小さな影があった。

 

 近づくと、それは少年だった。黒髪が額に張り付き、色白の肌は土と血で汚れている。端正な顔立ちをしているが、今は蒼白で、今にでも倒れそうな姿だった。呼吸は浅く、弱々しい。それでも、並々ならぬ執念だけが、細い体を辛うじて立たせていた。

 

 宗主がさらに近づいた瞬間、少年の瞼が開いた。

 

 妖しげに光を灯す赤い瞳とその内にある、くるくると回る勾玉のような模様。三つ。

 

 「……何だと」

 

 宗主は思わず声を上げた。ボロボロの子供の姿と、その瞳に映る異様な模様に、思わず驚愕が漏れたのだ。

 

 その声に、少年が反応した。

 

 身体的にも精神的にも限界だったこと、そして宗主が気配を完全に隠していたことが重なり、それまで全く察知できていなかった。だが、声を聞いた瞬間、少年の目が一気に鋭く光る。

 

 敵だ——。

 

 子供とは思えない身のこなしで、少年は飛びかかった。鋭い蹴りが宗主の顔を狙い、続く拳が急所を突こうとする。動きは正確で、力は残っていないはずなのに、殺意だけが研ぎ澄まされていた。

 

 しかし、相手が悪すぎた。

 

 宗主はわずかに身を翻し、すべての攻撃をあしらう。最後に、少年の急所を正確に突いた。

 

「……眠るがいい」

 

 少年の体から力が抜け、静かに崩れ落ちる。宗主はそれを抱き止めた。骨と皮ばかりの軽さだった。

 

「安心しろ。もう、放ってはおかぬ」

 

 少年の体温は低く、凍えているようだった。それでも、その小さな体の奥に、消えかけているはずの炎が、まだ残っているのを感じ取れた。

 

 山門をくぐる頃には、夜が更けていた。

 

 宗主は弟子たちに命じて、温かい湯と傷の手当を用意させる。少年を寝台に横たえ、改めて顔を見る。整った輪郭。切れ長の目。どこか、この山の人間とは違う気配を纏っていた。

 

「お前は……どこから来た」

 

 もちろん、答えはない。ただ、時折、苦しげに眉をひそめるばかりだった。

 

「……面白いものを拾ってしまったな」

 

 宗主は静かに呟いた。

 

 この子を、どうする。山に置くか。それとも……。

 

 だが、答えはすでに決まっていた。

 

 命を救った以上、責任がある。それに―――この瞳を持つ少年を見過ごすことはできなかった。

 

 宗主は少年の額に手を当て、冷たい肌を温めるように触れた。

 

「当分の間、ここにいろ。名前は……後で聞けばいい」

 

 窓の外では、雲がゆっくりと流れていた。

 この少年が、やがて何を成すのか。それはまだ分からない。ただ、一つだけ確かなことがあった。

 

 彼は、すでに何かを失っている。そして、その失ったものを、決して忘れない目をしていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 私たちは、ずっと街を彷徨っていた。

 

 お腹は空いて、足は冷え、眠る場所もままならなかった。姉様はいつも私の手を握って、無理に笑顔を作ってくれた。「大丈夫、 儀玄。私がついてるから」と。でも、その声は日に日に細くなっていって、私も分かっていた。このままじゃ、二人とも終わってしまうって。

 

 そんなある日のことだった。

 

 その日は空腹のあまり盗み取ったチャーシューまんを取り返しに来た店主と私たちは争っていた。子供とはかけ離れた大人の膂力の抵抗するため私と姉様は二人かがりで必死に抵抗していた。

 

 私たちは空腹で力が入らないはずなのに、やっと手にすることができたチャーシューまんのために火事場の力を発揮していた。

 

 飢えたくない。

 

 死にたくない。

 

 そんな気持ちもあったのだろう。

 

 放してやるものか、生きてみせると無我夢中に抗っていた私たちは店主による圧力がいつの間にか霧散していたことに遅れて気付いた。

 

 誰かがじっと見ていた。

 

「……お前たちのような者を集めている場所がある」

 

 左右非対称の色合いをした法衣を着込む男。穏やかな顔立ちに好々爺のような笑みを浮かべていた。姉様は私を後ろに庇うように立ち、警戒した目を向けた。

 

「―――名を雲嶽山という。腹が空いているのだろう?少し手伝えさえしてくれればお前たちに衣食住を与えよう」

 

 男は静かにそう呟くと、ゆっくりと近づいてきた。私たちは逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまう。男は慌てた様子もなく、そっと手を差し伸べた。

 

「共に来ぬか?」

 

 姉様はしばらく黙っていた。でも、私の瘦せ細った手を見て、ようやく小さく頷いた。

 

「……お願いします」

 

 こうして、私たちは雲嶽山に連れて行かれることになった。

 

 山門をくぐった瞬間から、空気が違った。

 

 姉様と私は、宗主に連れられて雲嶽山の中を歩いていた。木々の間を抜ける風は冷たく、足元の石畳は古びていて、どこか神聖な気配が漂っている。昨日まで物乞いをしていた私たちが、こんな場所に足を踏み入れることになるなんて、まだ現実味がなかった。

 

「ここが、お前たちの新しい家だ」

 

 宗主の声が背中に落ちる。姉は黙って頷き、私はただ周囲を見回すことしかできなかった。

 

 やがて、広い広場のような場所に出た。

 

 そこでは、何人もの弟子たちが組手をしていた。掛け声と、打ち合う拳や足の音が響いている。誰もが真剣で、汗を飛ばしながら動き回っていた。

 

 その中に、明らかに異質な影があった。

 

 黒髪の少年だ。端正な顔立ちをしているのに、表情は冷たく、目はどこか遠くを見ているようだった。周りの弟子たちが次々と仕掛けてくる攻撃を、ほとんど力を入れずにいなしている。動きは最小限なのに、誰一人として彼に触れることさえできない。

 

 圧倒的だった。

 

 子供なのに、一回り自分より大柄な大人たちを寄せつけない。それなのに、誰とも群れる様子がなく、まるで一人でそこに立っているみたいに孤独だった。

 

 私は、足を止めてしまった。

 

「……どうしたの儀玄?」

 

 立ち止まっていた私に姉様が静かに声をかけた。

 

「……あの子、凄い」

 

 私の視線を追って姉様は黒髪の少年を見つめた。

 

「……一人ぼっち……だね」

 

「……え?」

 

 少年を見て零した姉様の言葉に何故かと問おうとした瞬間、視線を感じた。

 

 少年の目が、ふとこちらを向いた。

 

 黒い瞳。一瞬、その奥に赤い光が宿った気がした。でも、すぐに消えて、また冷たい視線に戻る。

 

 私は、その姿から目が離せなかった。

 

 怖い、というより——引き込まれるような、奇妙な感覚だった。孤高で、誰にも触れさせないような、でもどこか壊れそうな雰囲気を纏った少年。

 

 これが、私たちと、あの少年との、初めての出会いだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 入門してから、少し日が経った。

 

 最初はすべてが不思議で、怖くて、落ち着かなかった山の生活も、今では少しずつ身体に馴染んできている。朝は早く起こされ、修行をし、勉強をし、また修行をする。身体は重いし、頭も痛くなることばかりだ。それでも、昨日までの路地裏よりはずっと温かい。布団もあるし、温かい食事もある。姉様の顔色も、以前よりは良くなった気がする。

 

 今日の修行も、ようやく終わった。

 

 私は宿舎の近くにある木陰に座り込んで、大きく息を吐いた。額からはまだ汗が止まらない。隣には姉様が静かに座っている。いつも通り、落ち着いた顔だ。

 

「姉様」

 

 私は少し不満げに口を開いた。

 

「宗主、最初に『少し手伝ってくれれば、衣食住は保証する』って言わなかったか?あれ、完全に騙されたと思うんだ。『少し』の範囲が広すぎる。勉強も修行も、苦手なものばかり。私、字を書くの嫌いなのに、毎日あんなに書かされるし……」

 

 思っていた以上に言葉が溢れてきた。溜め込んでいたものが、一気に出た気がする。

 

 姉様はそれを聞いて、ふっと小さく笑った。

 

「ふふっ。儀玄は相変わらずだね」

 

「笑うところか?」

 

 私が頬を膨らませて睨むと、姉様はなおさら楽しそうに目を細めた。

 

「でも、私は満足してるよ。ここは……いいところだと思う。お腹も空かないし、雨風も凌げる。それに、儀玄が元気そうに文句を言えるくらいには、生活できてる」

 

 その言葉に、私は少しだけ黙り込んだ。確かに、姉様の言う通りだった。以前の私たちは、明日食べられるかどうかも分からない日々を送っていた。それに比べれば、今は贅沢なのかもしれない。

 

 でも、素直に認めるのは癪だった。

 

 私はわざとらしく顔を背けて、拗ねた声を出した。

 

「姉様はいつもそうやって私をからかう」

 

 すると姉様は、優しく笑いながら懐から何かを取り出した。湯気の立つ白い包みだ。香りがふわりと鼻をくすぐる。

 

「ほら」

 

 広げられた紙の中には、ふっくらとしたチャーシューまんが一つ、収まっていた。

 

「兄弟子にもらったの。儀玄の好物でしょう?」

 

 私の目が一瞬で輝いた。

 

「……本当に?」

 

「うん。さっきの修行が頑張れていたから、ご褒美だって」

 

 文句も何もかも、頭から消えた。私は思わず手を伸ばし、そのまんを受け取った。熱くて、柔らかくて、甘い香りがする。思わず頬が緩む。

 

「やった……!」

 

 でも、すぐに思い直した。一人で食べるのは違う気がした。私は慎重にチャーシューまんを半分に割り、片方を姉様に差し出した。

 

「姉様も一緒に食べよう。半分こ」

 

 姉様は少し驚いたように目を見開き、それから穏やかに微笑んだ。

 

「ありがとう、儀玄」

 

 私たちは並んで座り、それぞれの半分を口に運んだ。熱々の生地と、甘いチャーシューの味が口の中に広がる。美味しすぎて、思わず目を細めてしまった。

 

「ん……美味しい」

 

「本当にね」

 

 姉様の声も、どこか嬉しそうだった。

 

 木漏れ日が穏やかに差し込む中、私たちは静かに、でも確かに仲良く、チャーシューまんを分け合った。山の風が優しく吹き抜けていく。

 

 嫌いな勉強も、辛い修行も、今はこの温かさの前では、少しだけ我慢できる気がした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 チャーシューまんを食べきった後、私たちはしばらく木陰で休憩していた。

 

 温かいものがお腹に入ると、身体の力が自然と抜けていく。儀玄は満足そうに目を細め、私はそんな妹の横顔を見て、少しだけ安堵していた。この山に来てから、儀玄の表情が明るくなった気がする。少なくとも、路地裏で過ごしていた頃よりは、ずっと。

 

 そのときだった。

 

 遠くから、ざわめきが聞こえてきた。最初は風の音かと思ったが、徐々に大きくなる。怒声のようなものも混じっている。

 

「……なにか、あったのかしら」

 

 私は立ち上がり、音のする方へ目を向けた。儀玄も同じように首を傾げている。

 

「行ってみようか、姉様」

 

 儀玄が先に歩き出す。私は軽く頷き、後を追った。

 

 騒ぎの中心は、修行用の広場の端だった。

 

 そこにいた光景に、私は思わず足を止めた。

 

 十人以上の、私たちよりずっと年上の兄弟子たちが、一人の黒髪の少年を囲んでいた。あの、組手のときに見かけた、異質な雰囲気を纏った少年だ。大人たちが次々と殴りかかろうとしているのに、少年はまるで遊んでいるかのように、易々と攻撃をいなしている。動きは最小限で、無駄がない。その余裕が、かえって周囲の大人たちを苛立たせているようだった。

 

「この化け物め……!」

 

「調子に乗るな!」

 

 罵声が飛び交う。組手のときとは違う。明確な悪意と、殺意に近いものが空気を濁らせていた。

 

 私は周囲に目をやる。騒ぎを聞きつけて集まった同門の弟子たちが、遠巻きに見守っている。誰一人として止めに入ろうとしない。

 

 私は近くにいた同門の一人に声をかけた。

 

 「なぜ、止めないのですか?」

 

 相手は、憐憫と恐怖の混じった目で私たちを見た。

 

 「……化け物狩りをしてるんだよ」

 

 「化け物狩り……?」

 

 私と儀玄が同時に問い返すと、その弟子は視線を逸らしながら続けた。

 

 「あいつは……何か違うんだ。強すぎるし、雰囲気がおかしい。雲嶽山にいるみんな、恐れてるんだよ。子供なのに大人を圧倒するし、たまに見せるあの赤い目も……異質すぎる」

 

 私は眉をひそめた。

 

 「そんなことで、囲んで殴りかかるのですか。くだらない」

 

 はっきりと一蹴する。すると、その弟子は弱々しく呟いた。

 

 「……お前たちは、あの眼に見られたことがないからだ……」

 

 その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。ただ、少年を囲む大人たちの目つきと、遠巻きに見ている弟子たちの怯えた表情が、何かを物語っていた。

 

 少年は相変わらず、淡々と攻撃をいなし続けている。表情は冷たく、感情を見せない。まるで、この状況自体に興味がないかのように。

 

 私は、静かに息を吸った。

 

 事情を知った私は、もう見ていられなかった。

 

 今も尚、続けられているその「化け物狩り」を止めるため、私は少年の前へ飛び出した。兄弟子の拳が寸前で止まる。私ははっきりと声を上げた。

 

「やめなさい! こんなことをして、何になるのですか!」

 

 すると、先頭にいた兄弟子がげらげらと笑った。

 

「何になる、か。いいことを教えてやるよ、新米」

 

 彼は私を見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「人間とエーテリアスが、話し合えば分かりあえると思うか?」

 

 突然の問いに、私は戸惑った。

 

「……何故、そのようなことを?」

 

「答えろ」

 

 押し切られるように、私は答えた。

 

「分かりあうことは……できないと思います」

 

 その答えに、兄弟子は大笑いした。

 

「そうだ。同じだよ。エーテリアスと人間が分かりあえないように、化け物と俺たちも分かりあえない。あいつの瞳を見れば分かる。あれは人間の目じゃねえ」

 

 道理を外れた発言に、私は言葉を失った。こんなの、間違っている。心の中で何度も叫ぶ。なんとしてでも止めなければ——そう思って再び声をかけようとしたときだった。

 

「どけ」

 

 後ろから、低い声がした。

 

 驚いて振り返る。彼が、冷たい目で私を見ていた。

 

「もう、飽きた」

 

 そう言って、彼は静かに構える。その姿から、兄弟子たち全員を相手にするつもりだと理解した。私は慌てて止めようとした。

 

 だが、兄弟子たちの方は違う反応を示した。やっと興味が自分たちに移ったこと、そして「飽きた」という、先ほどの猛攻を歯牙にもかけない言葉に、怒りを露わにしながら獰猛な笑みを浮かべる。

 

 一触即発の空気。もう止められないと察した私は、彼と共に兄弟子たちを止めようと動いた。共闘を持ちかける言葉をかけようとした。

 

「ここは一緒に―――」

 

 その瞬間―――不意に、彼が私の前へと飛び出した。

 

 言葉が止まる。

 

 彼の黒目だった瞳が、一度閉じられた。そして再び開いたとき、その瞳は妖しく赤く輝いていた。中に、昏く黒い三つ巴の勾玉が浮かんでいる。

 

 次の瞬間、蹂躙が始まった。

 

 その瞳が捉えた敵の微細な筋肉の動きを、すべて先読みしていた。

 

 リーダー格の兄弟子が拳を振り下ろした瞬間、彼は半歩だけ横にずれ、その腕を内側から掬い上げるようにして崩し、同時に掌底を顎の下に打ち込んだ。乾いた音がして、男の身体がくたりと折れる。

 

 すぐに次の敵が左右から飛びかかってきた。右からの蹴りを、彼は前腕で軽く受け流し、その勢いを利用して男の軸を崩す。同時に左から迫る拳に対しては、身を低く沈めて回避し、立ち上がる勢いのまま肘を脇腹に叩き込んだ。二人が同時に地面に沈む。

 

 残る兄弟子たちが動揺したように一斉に押し寄せる。木刀や木槍を構える者もいたが、彼はそれらをものともしない。槍の穂先が迫れば、わずかに身を傾けるだけでかわし、その柄を掌で叩いて軌道を逸らし、そのまま相手の懐に踏み込む。膝を突き上げ、続けざまに拳をみぞおちに叩き込む。一人、また一人と、正確に急所を抉るように倒していく。

 

 動きに無駄がない。力任せではなく、最小限の動作で最大の効果を出す。あの赤い瞳が敵の攻撃をすべて見切っているため、防御に回る必要すらほとんどない。ただ、淡々と、冷徹に、相手の意識を奪っていく。

 

 広場に響くのは、打撃音と、短く漏れる呻き声ばかりだった。

 

 彼を囲んでいた兄弟子たちの集団は、次々と倒れていく。やがて、一人だけが残された。

 

 残された男は、手に持っていた木槍を取り落とし、恐怖に震えていた。近づいてくる彼に、後ろへ後ろへと後ずさる。やがて膝の力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

 赤い瞳を浮かべ、にじり寄る彼の姿に、男は許しを乞う。

 

「わ、悪かった!お、俺はあいつらに誘われただけなんだ!ほ、本気でお前を痛めつけようとした訳じゃないんだ!ゆ、許してくれ!!」

 

「……」

 

 だが、彼は何も答えず、ただ近づいてくる。

 

 とどめを刺すように拳を振り上げた——殺さず、気絶させるための正確な一撃だった。

 

 その寸前で、私は止めた。

 

 「それ以上は、やり過ぎだ!」

 

 彼は言葉を交わさない。ただ、眼で「邪魔をするな」と訴えかけてくる。私は目を反らさず、彼を見つめ続けた。どうしても、退かなかった。

 

 そんな中、寸止めを受けた最後の兄弟子は、力なく気絶して倒れた。

 

 後ろで庇っていた形になった兄弟子が倒れたことに、私は思わず心配し、身を乗り出す。一方、彼は退屈そうな無表情を浮かべ、この場から去ろうとした。

 

 その背中を、私は呼び止めた。

 

 「私、儀降。貴方の名前は?」

 

 答える必要のない言葉だったはずだ。彼はしばらく固まったように動きを止め、やがて低い声で答えた。

 

 「―――うちは……ミカゲ」

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