俺を馬鹿にしてくる女全員の好感度が100%なのだが――よし、下げてみよう   作:冷凍シャケ

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第3話 嫌われたいだけなのに、放っておけない

 

 

 

週が明けた月曜日。

教室に入った俺は、真っ先に橘朱里の頭上を見た。

 

【好感度:31%】

 

「…………」

 

 もう一度見る。

 

【好感度:31%】

 

「……やった」

 

 思わず拳を握った。

 

 金曜の朝には120%まで上がっていた。それが、土日を挟んだだけで31%。

 

 つまり俺と会っていない間にも、好感度は変動するらしい。

 

「もしかして、俺と会わなければ下がるのか……?」

 

 だとしたら話は早い。

 

 学校を休み続ければ、そのうち0%になるんじゃないだろうか。

 

「完璧じゃん」

 

「何が?」

 

「うおっ」

 

 いつの間にか、橘が目の前に立っていた。

 

「おはよう」

 

「……おはよ」

 

「…………」

 

 俺は少し首を傾げる。

 

「何よ」

 

「いや。今日も俺の顔見た瞬間に『最悪』とか言わないんだなと思って」

 

「朝からそんな元気ない」

 

「俺、今日も存在してるぞ」

 

「見れば分かる」

 

「存在罪は?」

 

「知らない」

 

 そう言って、橘は自分の席へ向かった。

 

 おかしい。

 

 いつもなら、もう二、三発は悪口が飛んできている。

 

 少なくとも、

 

『朝から話しかけないで』

『キモい』

『死ね』

 

 この辺りのどれかは入る。

 

 なのに今日は、妙に静かだった。

 

 まあいい。

 

 俺にとっては都合がいいのだ。

 

 このまま何もしなくても好感度が下がるのなら、願ったり叶ったりである。

 

 昼休みになる頃には、数字はさらに下がっていた。

 

【好感度:24%】

 

 だが同時に、さすがの俺でも気づいた。

 

 橘が、明らかにおかしい。

 

「朱里、ごめん! これ放課後までにまとめてもらっていい?」

 

「……うん」

 

「助かる! 朱里こういうの早いし!」

 

 別の女子がやってくる。

 

「橘さん、委員会の資料なんだけど、今日中にお願いしてもいい?」

 

「分かった」

 

「ありがと!」

 

 さらに別の女子。

 

「朱里ー! 昨日のノート送って!」

 

「……うん」

 

「今日中ね!」

 

「分かった」

 

 俺は少し離れた席から、その様子を見ていた。

 

 普段の橘なら、頼まれたからといって何でも引き受けるわけではない。

 

「ごめん、今日は無理」

「明日ならいいよ」

「他の人にも聞いてみて」

 

 そんなふうに、意外とちゃんと断る。

 

 俺に向ける口の悪さからは想像できない程度には、他人には優しい女だ。

 

 なのに今日は、全部「うん」と「分かった」で終わらせていた。

 

「……気持ち悪いな」

 

「はっ、ウケるw それウチの台詞だし! 須加の癖に何生意気なこと言ってんの〜?」

 

 横から、小馬鹿にするようなニヤニヤ顔が覗き込んできた。

 

 姫川莉愛だった。

 

「うわ」

 

「はぁ!? 『うわ』って何!? キモすぎなんだけどw ウチみたいなギャルがわざわざ話しかけてあげてんのに、その態度マジ草w」

 

「じゃあ話しかけなくていいぞ」

 

「ウチだってこんなキモいの相手にしに来てねーし! ……でもさぁ、須加のそのスカした顔マジでウケるから、イジり甲斐はあるよねw」

 

【好感度:100%】

 

「…………」

 

「何その死んだ魚の目w ホントキモくて最高なんだけどw」

 

 やっぱり意味が分からない。

 

 俺の中では、この100%は恋愛感情ではない。

 

 俺を煽ったり、酷い言葉で弄ったりした時の反応を見るのが楽しいとか。

 

 何を言っても独特な返しをしてくる珍獣感覚で面白いとか。

 

 たぶん、そういう意味での好感度だ。

 

 要するに――お気に入りのおもちゃ。

 

 だからこそ、0%にしたい。

 

「で、何の用?」

 

「朱里、今日なんか変じゃね〜?」

 

「仕事してるだけだろ」

 

「マジで言ってんの〜? 須加ってホント脳みそ沸いてんじゃない? 人のこと興味なさすぎっしょw」

 

「よく言われる」

 

「褒めてねーから! マジでバカなの?w」

 

 姫川は楽しそうにゲラゲラ笑いながら、ちらっと橘の方を見る。

 

「アイツ、普段あんな何でも『いいよ』って言わないじゃん? 嫌な時は『今日は無理』とか『明日ならいいよ』とか、普通に断るっしょ〜?」

 

「そうなのか」

 

「『そうなのか』って……はぁー、マジで終わってるw ホント朱里のこと何も見てねーのなw 存在価値ゼロじゃんw」

 

「俺には基本『死ね』『視界に入るな』だからな」

 

「あははっ! それなー! だって須加、存在自体がウザいしキモいんだもんw 妥当すぎw」

 

「納得した」

 

「そこ速攻で納得すんのウケるんだけど! マジでイカれてんなぁw」

 

 姫川は手を叩いて大笑いしたあと、もう一度橘を見た。

 

 さっきまでの軽い調子が、ほんの少しだけ落ち着く。

 

「朝からずーっとあんな感じなんだよねー。ウチが聞きに行っても『別に大丈夫』しか言わないし……なんかあったっぽくね?」

 

「お前が聞けばいいだろ」

 

「だから聞いたっつーの! で、『別に』って返されたから須加に聞いてやってんだろーが! 頭使えよw」

 

「じゃあ別にいいんじゃないか」

 

「はぁ〜〜〜!? 須加ってマジで人の心搭載されてねーの!? 生まれてこの方欠陥品かよw」

 

「胸の辺りにある」

 

「臓器の場所聞いてねーし! 返答が意味不すぎてマジ草生えるわw ほんとおもしろw」

 

 姫川は盛大に肩を揺らしたあと、ふっと息を吐いた。

 

「ま、ウチがこんな無能な須加に相談したのが間違いだったわ〜!」

 

「それには同意する」

 

「あっさり認めるなー! マジ腹立つけどw」

 

 数歩歩いてから、姫川は振り返った。

 

 ヘラヘラと、意地悪そうに笑っている。

 

「……でもさ〜。朱里って、須加みたいなキモい奴の前でだけはいっつも一番好き勝手暴言吐いてんじゃん?」

 

「主に悪口をな」

 

「だから、須加のこと都合のいいゴミ箱扱いしてんのかなーって思っただけ!」

 

 ひらひらと手を振る。

 

「じゃーね〜、珍獣くんw」

 

 姫川はそのまま去っていった。

 

 俺は少しだけ考えてから、もう一度橘を見る。

 

【好感度:24%】

 

 数字は下がっている。

 

 本来なら喜ぶところなのに。

 

 なぜか今日は、素直に喜べなかった。

 

      ◇

 

 放課後。

 

 橘を見つけたのは、人気のない階段の踊り場だった。

 

 壁にもたれて座り、スマホを見ている。

 

 画面は何度も通知で光っていた。

 

『朱里、帰りにスーパー寄ってきて』

 

『弟の塾のお迎えもお願い』

 

『明日の委員会資料、橘さんまとめてもらえる?』

 

『朱里なら大丈夫だよね!』

 

 その全部に、

 

『分かった』

 

『大丈夫』

 

『いいよ』

 

 そう返している。

 

「断れば?」

 

 橘の指が止まった。

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

「……何」

 

「嫌なんだろ」

 

「別に」

 

 スマホが震えた。

 

『今日もお願いね。朱里ならできるでしょ』

 

 橘はしばらく画面を見つめたあと、また『分かった』と打った。

 

 俺は隣の壁にもたれる。

 

「お前の抱えてるもんなんて、俺は知らねぇよ」

 

 橘が、わずかにこちらを見た。

 

「家で何があるのかも知らない。学校で何個頼まれてるのかも知らない。俺だって、人の事情全部察して気遣ってやれるほど出来よくない」

 

 返事はない。

 

「でも、今のお前が全然楽しくなさそうなのは分かる」

 

 橘は黙ったまま、スマホを握っていた。

 

「人がお前を頼るのも、親がお前を頼るのも、今のお前を見てるからじゃないだろ」

 

 朱里ならできる。

 

 朱里なら断らない。

 

 朱里なら大丈夫。

 

「自分にとって一番都合のいいお前を見てるだけだ」

 

 沈黙が続いた。

 

 やがて橘が、ぽつりと呟く。

 

「……断ったら、困るでしょ」

 

「誰が?」

 

 橘は答えない。

 

「お前じゃない誰かが?」

 

 また沈黙。

 

「じゃあ、たまには困らせろよ」

 

 橘が顔を上げた。

 

「お前、俺には好き勝手言うじゃん。死ね、キモい、消えろ、顔も見たくない。俺のことは散々おもちゃにするくせに、他の奴には全部『いいよ』だろ」

 

 どう考えても、バランスが悪い。

 

「俺にやってるみたいに、他の奴にも少しくらい嫌われろよ」

 

「…………」

 

「お前は別に完璧じゃねぇ。プリントぶち撒けるし、口悪いし、すぐ死ねって言うし。ただのドジで、生意気なクソガキだ」

 

 橘の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 

「優等生演じてる暇があるなら、その口の悪いやつのまま、誰にだって噛みついてけ」

 

 俺はそこで話を切った。

 

「じゃあな」

 

 階段を上っていく。

 

 何段か進んだところで、背後から小さな声が聞こえた。

 

「…………バカ」

 

 それだけだった。

 

      ◇

 

 翌日。

 

「橘さん、これお願いしてもいい?」

 

「ごめん。今日は無理」

 

「え?」

 

「明日ならやるよ」

 

「あ、じゃあ明日お願い!」

 

「うん」

 

 別の女子がやってくる。

 

「朱里ー! 昨日のノート貸して!」

 

「自分で取りなさい」

 

「お願い!」

 

「じゃあジュース」

 

「えー!」

 

「嫌なら貸さない」

 

「分かったって!」

 

「交渉成立」

 

 教師に仕事を頼まれても、

 

「先生、それ昨日も私でした。今日は別の人にしてください」

 

 普通に断った。

 

 橘は、別人になったわけじゃない。

 

 頼られれば手伝う。

 

 嫌なら断る。

 

 文句も言う。

 

 笑う。

 

 そして何より――

 

 俺に、必要以上に構わなくなった。

 

 俺はその姿を眺めながら、数字を確認する。

 

【好感度:0%】

 

「……やった」

 

 本当に0になった。

 

 望んでいた通りだ。

 

 もう橘は、朝から俺に絡んでこない。

 

 俺の顔を見つけて、わざわざ悪口を言うこともない。

 

 平和だ。

 

 ようやく手に入れた。

 

 その時だった。

 

「橘、昨日ありがとな」

 

 クラスの男子が橘に声をかけた。

 

「何?」

 

「委員会のやつ。今日、俺やっとくよ。昨日任せっぱなしだったし」

 

「……ほんと?」

 

「おう」

 

「じゃあお願い。ありがと」

 

 橘が笑った。

 

 男子が少し照れたように頬を掻く。

 

「橘って、そうやって笑うと結構可愛いよな」

 

「……は?」

 

 橘の頬が、ほんの少し赤くなった。

 

「急に何言ってんのよ」

 

「悪い悪い」

 

「バカ」

 

 楽しそうだった。

 

 俺にじゃない。

 

 別の男に。

 

「…………」

 

 胸の奥が、妙にざわついた。

 

 何だこれ。

 

 好感度0。

 

 俺が望んだ通りだ。

 

 橘は自分らしくなった。

 

 俺にも構わなくなった。

 

 他の奴とも普通に笑っている。

 

 全部、良いことのはずなのに。

 

「……まあいいか」

 

 俺はノートを開く。

 

 新しいページに、一人の名前を書いた。

 

『姫川莉愛』

 

【好感度:100%】

 

「次だ」

 

 席を立つ。

 

 俺が姫川の方へ歩いていく。

 

 その背中を――

 

 橘が、ほんの一瞬だけ目で追った。

 

【好感度:0%】

 

 ↓

 

【好感度:1%】




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