俺を馬鹿にしてくる女全員の好感度が100%なのだが――よし、下げてみよう 作:冷凍シャケ
――私、山田美智子。30歳。
都内の高校に勤める、ごく普通の独身女教師。
彼氏いない歴、30年。
趣味は婚活サイトのプロフィール欄を眺めながら、
「この人、写真より絶対ハゲてる」
と予想すること。
そんな私には、ある秘密があった。
30歳の誕生日を独身未婚で迎えた女性の前にのみ現れるという、伝説の妖精――
「ミソジー」
「誰?」
『ミソジー!』
謎のマスコットらしき生き物が、どこからともなく現れた。
丸い。
ピンク色だ。
だが目の下には、ひどいクマがある。
『美智子! あなたは選ばれたミソ!』
「いや待って待って待って」
そこでようやく朱里が割り込んだ。
「何の話!?」
「ここまでのあらすじだ」
零也が当然のように答えた。
「1行目から違うわよ!!」
「まだ始まったばっかりだろ」
「始まりから間違ってるのよ!」
「いいから聞け」
零也は構わず原稿へ視線を戻した。
「ミソジーから授けられた力によって、美智子は魔法熟女へと変身することになった」
「魔法少女みたいに言うな」
『唱えるミソ! 変身の呪文を!』
「ええ!」
美智子は婚姻届を天高く掲げた。
「戸籍よ!」
『ミソ!』
「税金よ!」
『ミソミソ!』
「社会保険料よ!」
『ミソミソミソ!!』
「私の手取りをこれ以上削るなァァァ――ッ!!」
眩い光が辺りを包み込む。
光が消えた時、そこに立っていたのは――。
肩パッド。
紫色のドレス。
左手に婚姻届。
右手にゼクシィ。
「魔法熟女――ミラクル・ミチコ!!」
「ダッサ!!」
朱里が叫んだ。
しかし零也はむしろ乗ってきた。
「こうして魔法熟女となった美智子は、異世界――」
零也が振り返る。
「ゴーコーンワールドへと旅立った」
「名前が最低なのよ」
ゴーコーンワールド。
かつては男女が酒を飲み、趣味や仕事について語り合い、なんとなくLINEを交換する平和な世界だった。
だが――。
ある日。
世界に異変が起こった。
30代童貞たちの膨大な負の感情。
孤独。
嫉妬。
親からの「いい人いないの?」。
親戚からの「結婚まだ?」。
マッチングアプリで送った『いいね』四百七十二件が全滅した悲しみ。
それらが混ざり合い――。
危険生命体。
ヒキニーが誕生したのである。
「設定が最悪すぎるでしょ」
「ヒキニーは女性を見ると、『女は結局顔しか見てない』と鳴きながら襲いかかる」
「やめなさい」
「なお本人のプロフィール欄には『容姿は普通以上希望』と書いてある」
「生々しくするな!!」
そんなヒキニーたちによって、ゴーコーンワールドは壊滅寸前。
唯一残された希望。
それは――。
高学歴。
高収入。
自営業。
身長182センチ。
料理好き。
子供好き。
浮気しない。
義両親との同居なし。
趣味は旅行とカフェ巡り。
そしてなぜか35歳まで独身だった――。
「奇跡のイケメン・ケンジ!!」
「設定盛りすぎよ!!」
彼をヒキニーたちから守り抜き、無事に現実世界へ送り届ける。
それこそが、魔法熟女ミチコに課せられた使命だった。
「ケンジさんは……」
美智子は震える手でゼクシィを握り締める。
「私が守る!!」
『美智子! 来るミソ!!』
ズズズズズズ……。
大地が揺れる。
闇の向こうから――。
無数のヒキニーが現れた。
『女ァ……』
『女ァァ……』
『普通の男でいいって言ったじゃん……』
『その普通が年収六百万なんだろォォ……』
『優しい人が好きって言ってたじゃん……』
「多い!!」
美智子を取り囲むヒキニー。
百。
二百。
いや、千を超えている。
『三十過ぎた女は価値が――』
「黙りなさいッ!!」
美智子の目が光った。
「年齢で女性の価値を決める男に――」
両手を広げる。
巨大な魔法陣が空を覆う。
「私の年収を聞く資格はないッ!!」
『美智子! アレを使うミソ!?』
「ええ」
『でもあの魔法を使えば、美智子の婚活偏差値もただでは済まないミソ!!』
「構わない」
美智子は微笑んだ。
「私はもう――」
風が吹く。
30年間一度も左手薬指につけることのなかった指輪が、静かに輝く。
「失うものなんてないから」
「悲しすぎるだろ」
朱里がとうとうツッコんだ。
零也は声量を上げる。
「食らえヒキニー!! 魔法熟女最強奥義!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「――『年収600万未満・強制ログアウト』ォォォォォ!!」
『ギャアアアアアアアア!!』
ヒキニーたちの体が次々と光になって消えていく。
『580万なのにィィィ!!』
『あと20万なのにィィィ!!』
『住宅手当込みなら600万あるゥゥゥ!!』
「問答無用!!」
『ボーナスを含めてくださいィィィ!!』
「知らん!!」
最後の一匹が消滅した。
静寂。
美智子はゆっくり顔を上げる。
その先には――。
白馬に乗ったケンジがいた。
「美智子さん」
「ケンジさん……」
二人が見つめ合う。
ケンジは爽やかに微笑んだ。
「僕――」
美智子の胸が高鳴る。
「25歳以下がタイプなんです」
「ブチ殺すぞォォォォォォォォォ!!!」
「やめろォォォォォォ!!!」
朱里が原稿を奪い取った。
「何なのよ今の話!!」
「ここまでのあらすじだ」
「一文字も合ってないわよ!!」
「途中までは合ってただろ」
「どこが!?」
「主人公がいる」
「そこまで遡ったら大体の作品が合ってるのよ!」
零也は原稿を取り返そうとする。
朱里が高く掲げた。
「ていうか何よ、魔法熟女って!」
「作者の次回作候補だ」
「ボツにしなさいよ!」
「ちなみに作者には、今ちゃんと出してる作品がある」
「急に宣伝始めたわね」
零也はどこからともなく一冊の本を取り出した。
「タイトル――」
一拍置く。
「『ハズレ職【長老】、最弱なのでまともには戦いません ~年金とゲートボールで格上をハメる俺と、残念な最強勇者~』」
「長ッッッ!!!」
「略して『長老』」
「最初からそれで出しなさいよ!」
零也は帯を指さした。
「内容は、最弱職【長老】を引いた主人公が、年金とゲートボールを武器に格上をハメていく異世界ファンタジーだ」
「年金を武器にするな」
「作者はな」
零也は遠い目をした。
「本当は、こっちをめちゃくちゃ頑張りたかったらしい」
「へえ」
「構想を練って」
「うん」
「タイトルを考えて」
「うん」
「設定を作り込んで」
「うん」
「キャラも考えて」
「うん」
「『これで俺は行くんだ』って覚悟を決めて――」
零也は今読者が読んでいる作品を指さした。
「な――んか、こっちが上手くいった」
「言い方!!」
零也は作者からの伝言を読み上げる。
「『悔しいいいいいいいいいいいいい!!!』」
「作者ァァァァァ!!」
「『なんでだよォォォ!! 長老の方も読んでよォォォ!!』」
「ここで宣伝するな!!」
「『年金で戦うんだぞ!?』」
「知らないわよ!!」
「『ゲートボールで格上ハメるんだぞ!? 面白いだろ!?』」
「必死すぎる!!」
「『こっちは設定いっぱい考えたのに!!』」
「やめてあげて!!」
「『なのに、なんで好感度が見える変人の方が――』」
「誰が変人だ」
「あなたよ」
零也は少し考えた。
「……つまり作者は今、複雑な気持ちで俺たちを書いている」
「最悪の制作環境ね」
「一話書くたびに『長老……』って呟いてるらしい」
「未練がすごい」
「俺が面白いことをするたびに」
零也は拳を握り締めた。
「『なんでお前なんだよォォォォ!!』」
「主人公に嫉妬する作者初めて見たわ」
「でも俺たちが失速すると」
「うん」
「『それはそれで困る!!』」
「面倒くさいわね!!!」
――バァン!!
教室の扉が勢いよく開いた。
「そこまでだ!!!」
「!?」
そこに立っていたのは――。
校長だった。
「校長!?」
「須加くん」
校長はゆっくり歩いてくる。
「ここまでのあらすじを語るのであれば……」
メガネを押し上げる。
「私を忘れてもらっては困る」
「忘れさせてくれ」
「私にも、その後がある」
「いらねえよ」
校長は窓の外を見た。
「――あの日」
「始めんな」
「あの日……教頭と唇を重ねてからというもの」
「始めんなっつってんだろ!!!」
夕陽。
なぜか急に窓からオレンジ色の光が差し込んだ。
「以前までの私は、教頭をただの仕事仲間だと思っていた」
「俺は聞いてない」
「だが……」
校長はそっと自分の唇に触れる。
「一度知ってしまった温もりというものは――」
「やめろ」
「簡単には忘れられない」
「やめてくれ」
「毎朝、職員室で彼を見るたび――」
「殺してくれ」
ガラッ。
「校長……」
「来たァァァァァ!!」
教頭だった。
校長。
教頭。
二人が見つめ合う。
「教頭……」
「校長……」
「何この作品!?」
校長が一歩近づく。
「私は……あの日の続きを――」
「やめろォォォォォォォォ!!!」
零也が二人の間に飛び込んだ。
「なんで俺たちよりラブコメしてんだよ!!」
「須加くん」
「なんだ!」
「若者には分からんさ」
「分かりたくねえよ!!」
「大人の恋というものは――」
「朱里!! あらすじ読め!! 今すぐ!!」
「えっ」
「早くしろ!! このままだと作品を乗っ取られる!!」
朱里は零也から原稿を奪い取った。
「もういいわよ! あとは普通にやるから!」
――というわけで。
ここからが本当の、ここまでのあらすじである。
須加零也はある日突然、他人から自分へ向けられている「好感度」が、数値として見えるようになった。
友人。
教師。
家族。
通りすがりの人間。
果ては、三年間毎朝挨拶していた近所の猫まで。
ちなみに猫からの好感度はマイナスだった。
人間関係というものは残酷である。
そんな中、零也にはどうしても理解できない数字があった。
普段から零也に対して暴言を吐き、冷たく当たり、とてもではないが好意を抱いているようには見えない四人の女子。
彼女たちの頭上に浮かんでいた数字は――。
全員、好感度100%。
口では「消えて」と言われる。
顔を合わせれば嫌そうな顔をされる。
なのに数字だけは100%。
明らかにおかしい。
そこで零也は決意した。
この四人の好感度を、全員0%まで下げる。
普通のラブコメなら好感度を上げるところだが、この男は下げる。
なぜなら主人公だからである。
最初の標的となったのは、成績優秀、品行方正、周囲からの信頼も厚い優等生――橘朱里。
ただし零也に対してだけは、恐ろしく口が悪い。
零也は彼女の好感度を下げるため、あらゆる方法を試した。
嫌われるために奇行へ走り。
蛙化現象を狙って、文字通り蛙になり。
その結果なぜか解剖されかけ。
氷室玲奈を巻き込み。
さらには校長まで巻き込み。
作戦を決行するたびに、恋愛からどんどん遠ざかっていった。
しかし、どれだけふざけても好感度はなかなか下がらない。
そんな中、零也は一つの法則に気づく。
朱里に対して親切な行動を取ると、なぜか好感度が下がる。
普通は逆である。
だがこの作品では、普通のことほど信用してはいけない。
ようやく攻略の糸口を見つけた零也だったが、一筋縄ではいかなかった。
好感度が下がったと思えば翌日には120%。
朱里を尾行していたはずが、気づけば段ボール箱に詰められ。
そのままマダガスカルへ運ばれ。
最終的には現地で謎の「アヌス戦争」を指揮して帰国した。
なぜそうなったのかは、今振り返っても誰にも分からない。
しかし。
そんな意味不明な出来事を繰り返す中で、零也は朱里の抱えていたものを知っていく。
朱里は周囲から「優等生」であることを求められ続けていた。
頼まれれば断らない。
期待されれば応える。
自分が我慢すれば済むのなら、自分が我慢する。
そうやって何でも一人で抱え込んでいた。
それを知った零也は、朱里にもっと好き勝手に生きろと背中を押した。
優等生でいる必要なんてない。
もっと人に嫌われたっていい。
自分のために生きろ。
――好感度を下げたい男とは思えないほど、妙にまともなことを言いながら。
その結果。
ついに朱里の好感度は――0%になった。
目標達成。
攻略完了。
これで朱里編は終わり。
零也はそう思っていた。
ところが。
朱里が自分以外の男子と楽しそうに話している姿を見ると、なぜか胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
いや。
零也本人が分かろうとしていない。
そして、0%になったはずの朱里の好感度も――。
1%。
2%。
3%。
少しずつ。
しかし確実に。
再び上がり始めていた。
もちろん。
当の零也は、そんなことを知る由もない。
そして現在。
零也が次なる標的として選んだのは、ギャルの姫川莉愛。
彼女もまた、零也に対する好感度は100%。
そこで零也は、姫川の好感度を下げるための作戦を考えた。
ギャルに嫌われたい。
ならば――。
自分がギャルになればいい。
どういう思考回路を通ればそうなるのかは不明だが、零也本人は大真面目だった。
そしてギャルになるため、顔に醤油を塗って登校。
当然、失敗した。
その後、朱里の協力で本格的なギャルメイクを施して再挑戦。
すると今度は、なぜか校長と教頭まで巻き込む大惨事へと発展。
そして、この作品における記念すべき初のキスシーンを――。
校長と教頭が飾った。
ラブコメとは何なのか。
誰にも分からなくなりつつある。
だが。
問題はそこではなかった。
零也がこれだけの奇行を繰り返し。
恥をさらし。
周囲を巻き込み。
姫川に嫌われようと努力した結果――。
肝心の姫川莉愛の好感度は。
【好感度:153%】
上がっていた。
それも。
めちゃくちゃ上がっていた。
静寂。
姫川が首を傾げた。
「何見てんの?」
「…………」
零也はゆっくり原稿を閉じた。
そしてカメラ目線になった。
「以上」
「え?」
「ここまでのあらすじでした」
「終わらせるな」
「次回から新章です」
「現実から逃げるな」
「魔法熟女編です」
「もっと逃げるな!!」
「第一話――『ミチコ、街コンへ行く』」
「本編やれェェェェェェェェェ!!!」
――ここまでのあらすじ・完。