命名
――『新世界より』前史・二次創作――『鍵』続編
名前をつけるというのは、研究者にとって一番楽しい仕事のはずだった。
新しい星に。新しい虫に。新しい病気に。名前をつけた瞬間、それは世界の一部になる。誰かが見つけて、調べて、理解したものになる。
俺がつけた名前は、千年残るかもしれない。
そう思うと、今でも吐き気がする。
一
久遠。四十一歳。専門は神経内分泌学、だった。
だった、というのは、もうどこの研究機関にも所属していないからだ。群馬の施設を辞めたあと、俺は東京の古いアパートの一室に、登録センター時代から持ち出したデータのコピーを積み上げて、ひとりで数字を眺めていた。
誰にも頼まれていない仕事だった。
誰かがやらなきゃいけない仕事だとも、思っていなかった。ただ、眠れなかったんだ。梶原さんが真田さんの腕を握った、あの白い部屋の光景が、目を閉じるたびに浮かんできて。
最初に気づいたのは、年齢の分布だった。
登録者、約四千二百名。発現年齢のヒストグラムを描くと、きれいな山がひとつできた。
頂点は十三歳。十一歳から十六歳までに、全体の八割が収まる。
思春期だ。
第二次性徴の時期と、ほぼぴったり重なる。性ホルモンの分泌が急増して、脳の情動系――扁桃体、視床下部、報酬系――が大きく作り変えられる時期。怒り、恐怖、欲望、恋愛感情。人間の情動が、子どものそれから大人のそれへ、嵐みたいに組み替わる数年間。
PKは、その嵐と一緒に目覚める。
考えてみれば当たり前だった。この力は想像力で動く。そして想像を駆動するのは、いつだって情動だ。水無瀬灯は「落ちないでほしい」と願って雪を止めた。朔は、母親との約束を守るために、見えない球を描き続けた。
外れ値は、梶原さんだった。四十八歳。
でも、あの人が目覚めたのは、若い部下の腕がチャックに巻き込まれる、その一瞬だった。三十年分の恐怖が、一秒に圧縮された瞬間。
情動の嵐は、思春期にだけ来るわけじゃない。
二
次に、あのふたつの事件のデータを並べた。
ひとつは、海の向こうの事件。俺たちの世界が壊れ始めた、最初の大量殺戮。
加害者は、十五歳の少年だった。名前は、報道では伏せられていたが、国際共同研究のデータベースには載っていた。
ラーマン。
もうひとつは、伊吹。
俺が報告書を書いて、橘さんが撃った男。
ふたりは、まるで違っていた。
ラーマンは、嵐だった。発現から事件まで、わずか六日。標的の選び方に規則性がない。目についたものを、目についた順に壊していく。途中で何度も、明らかに疲労しているのに止まらない。最後は、誰かに止められたんじゃない。力を使い果たして、自分で倒れた。
伊吹は、設計図だった。発現から事件まで、半年以上。その間、ほとんど力を使った形跡がない。空き缶を潰し、他人の手首を折り、課長の気管を締め、そのたびに少しずつ、自分の力の範囲を測っていた。事件の夜は、ビルの構造図を頭に入れた上で、柱を一本ずつ、順番通りに曲げた。
混沌と、秩序。
でも、ふたつの事件には、決定的な共通点があった。
三
ラーマンの脳のデータが、共同研究のサーバーに上がっていた。
事件の数週間前、彼は現地の登録施設で、例の検査を受けていた。他人の苦痛を見せる映像。そのときの脳活動の記録。
俺は、それを何十回も見直した。
普通の子どもなら、誰かが傷つけられる映像を見たとき、扁桃体が反応する。島皮質が反応する。自分が痛いのと似た領域が、かすかに光る。
ラーマンの脳は、そこが光らなかった。
代わりに、別の場所が光っていた。
視床下部の一角。側坐核。報酬系。
――快、だった。
他人が傷つく映像を見て、この少年の脳は、快を感じていた。
昔読んだ論文を思い出した。マウスの視床下部の、ある小さな領域の話だ。そこには、攻撃行動を起こすニューロンと、生殖に関わる行動を起こすニューロンが、隣り合って、混ざり合って存在している。同じ回路の、ほんの少し違う発火パターンで、マウスは相手を襲いもするし、求愛もする。
攻撃と、欲望は、脳の中で隣人同士なのだ。
普通の人間では、その間に壁がある。何重もの抑制がある。だから、人を傷つけることは、快ではなく、苦になる。
ラーマンには、その壁がなかった。
思春期の嵐が、ふたつの回路を、ひとつに溶かしてしまった。
伊吹のデータは、もっと静かだった。
快の反応は、ほとんどなかった。苦の反応も、なかった。
何も、なかった。
誰かが傷つけられる映像を見ても、伊吹の脳は、天気予報を見ているのと同じ反応しか示さなかった。
ラーマンは、他人の痛みを、快に変換してしまう脳。 伊吹は、他人の痛みを、そもそも受信しない脳。
入口は違う。でも、行き着く先は同じだった。
四
梶原さんの鍵の、あの欠陥を思い出していた。
鍵は、相手を人間だと認識しているときにしか、かからない。
もっと正確に言えば――相手を「自分と同じものだ」と感じているときにしか。
同族だ、という感覚。
目の前の誰かの痛みが、自分の痛みと地続きだという、あの感覚。それがあるから、梶原さんの喉は、真田さんの小指を曲げようとしたときに締まった。それが遮断されたから、防護服の真田さんの腕を握れた。
じゃあ、最初からその感覚がない人間は、どうなる。
伊吹には、同族なんて存在しなかった。誰も、自分と同じものではなかった。
ラーマンにとって、他人は、快を生む対象でしかなかった。
鍵穴が、ないんだ。
どれだけ精巧な鍵を作っても、かける場所がない。遺伝子に刻もうが、暗示で焼きつけようが、「同族」を感じる回路そのものが働いていない脳には、何も引っかからない。
俺は、アパートの床に座り込んで、長いこと天井を見ていた。
上の連中は、鍵ができれば世界が救われると思っている。発現者全員に鍵をかければ、二度とビルは崩れない、と。
違う。
鍵は、もともと鍵が要らない人間にしか、かからない。
五
報告書を書いた。
誰に頼まれたわけでもない報告書を。共同研究のデータベースに投稿した。匿名で。
タイトルは、長ったらしくなった。
「PK発現者における同族認識回路の欠損と、条件づけ抑制機構の無効化について――二症例の比較」
本文の中で、俺は、ふたつの類型に名前をつけた。
混沌型。発現後、短期間で無秩序な攻撃に至る。他者の苦痛に報酬系が反応する。
秩序型。発現後、長期間の潜伏と試行を経て、計画的な攻撃に至る。他者の苦痛に対する情動反応が全般的に欠如する。
どちらも、抑制機構が作動しない。
そして、慣例に従って、最初の症例の名前をつけた。
混沌型を、ラーマン型。
秩序型を――伊吹の名前は使えなかった。国内の事件の加害者の名前を、国際データベースに載せるわけにはいかない。共同研究者のひとりが、自国の似た症例の名前を提案してきた。伊吹と同じ、長い潜伏期間の後に、計画的な殺戮を行った少年の名前を。
クロギウス。
ラーマン・クロギウス症候群。
投稿して三日後には、どこかの誰かが、もっと覚えやすい別名をつけていた。
鶏小屋の狐。
フォックス・イン・ザ・ヘンハウス。
鶏小屋に入り込んだ狐は、鶏を一羽だけ食べて去ったりしない。抵抗できない鶏を、全部殺す。腹が減っているからじゃない。そこに、殺せるものがいるから。
うまい名前だと思った。
うまい名前ほど、よく残る。
六
報告書の最後に、俺は一節を書き加えていた。
第三の症例について。
名前は伏せた。十三歳。陽性判定。他者の苦痛に対する情動反応は、伊吹とほぼ同じ水準で欠如している。同族認識回路が、おそらく働いていない。
つまり、鍵はかからない。
にもかかわらず、この症例は、一度も人を傷つけていない。
撃たれても、撃ち返さなかった。処刑を命じられても、拒否した。自分の力の届く範囲に、無抵抗の人間が何人もいた状況で、誰も壊さなかった。
理由は、ノートだった。
母親と一緒に書いた、二百十七個の規則。
「人が泣いていたら、そばに行く」 「壊さない」
情動がないから、理由はわからない。わからないまま、守っている。
俺は、こう書いた。
――同族認識を持たない個体においても、外部から与えられた規則体系の自発的な遵守によって、抑制機構と同等以上の行動制御が成立しうる。これは、遺伝的・条件づけ的な抑制機構に依存しない、第三の安全装置の可能性を示唆する。
書きながら、手が震えていた。
これは、希望なのか。
それとも、この子が例外だというだけの話なのか。
一週間後、データベースから、その一節だけが削除されていた。
誰が消したのかは、わからない。問い合わせたが、返事はなかった。
ラーマン型とクロギウス型の記述は、残っていた。混沌型と秩序型の定義も。抑制機構が効かないという結論も。
消されたのは、朔のことだけだった。
俺には、わかる気がした。
「鍵のかからない子どもでも、自分で選んで壊さずにいられる」という記述は、都合が悪いんだ。
もしそれが本当なら、陽性判定の子どもを、処分する理由がなくなる。一人ひとりを見て、確かめて、その子がノートを持っているかどうか、判断しなきゃならなくなる。
それは、手間がかかる。
時間がかかる。
一秒じゃ、済まない。
だから、消された。
七
千年後の、誰かへ。
水無瀬さんと梶原さんが、手紙を書いていると聞いた。橘さんも、たぶん書いている。俺も、書いておく。
あなたたちの世界に、ラーマン・クロギウス症候群という病名が残っているなら。
名付けたのは、たぶん俺です。
その病名の下に、あなたたちは何人の子どもを処分したんだろう。
俺はそれを、止められなかった。
名前だけを残して、一番大事な一節を消されてしまった。
だから、ここに書き直しておきます。
鍵がかからない子どもがいます。その子に、同族を感じる回路はありません。他人の痛みは、わかりません。
でも、その子は、猫の骨を図鑑を見ながらつないで、撃ってきた相手の隣に黙って座って、二百十七個の規則を、一つも破りませんでした。
病名は、その子が何を持っていないかを教えてくれる。
何を選んだかは、教えてくれない。
それを見るのは、名前じゃない。
一人ひとりの顔を見る、誰かの目だけです。
どうか、名前だけで、子どもを殺さないでください。
――久遠